消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(303) オバマ現象の解剖(48) 一人勝ち(9)

2010-03-30 22:46:16 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 


(1) 対象となった七社とは、AIG、バンク・オブ・アメリカ、シティグループと、ゼネラル・モーターズ(GM=General Motors)、クライスラー(Chrysler)、GMの金融子会社のGMAC、クライスラー・フィナンシャル(Chrysler Financial)社。ファインバーグ監督官は、各社の上位二五人、計一七五人の上級幹部に報酬の削減を命じる方針。削減率は平均五〇%で、とくに現金で支給される給与のカット率は九〇%に上る。
 すでに公的資金を返済したゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース(JP Morgan Chase)、モルガン・スタンレーは制限の対象外。三社とも巨額の報酬原資を計上し、とくにゴールドマンは〇九年の報酬額が過去最高を更新する見通し。世論や議会の批判の矛先はむしろ、ゴールドマンなどに向いている(http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/091022/fnc0910222217026-n1.htm)。

(2) SECは、「全国的に認められた格付け機関」(NRSRO=Nationally Recognized Statistical Rating Organization)を指定している。この指定を受けた信用ある格付け会社の格付けを受けないかぎり全米で証券を発売できない。ローエンスタインは、そうした格付け会社ではなく、「全国的に認められた企業」(Nationally Recognized Companies)をこそ、SECは指定すべきだというのである。その当否はともかく、二〇〇八年九月時点では一〇の格付け会社がNRSROに指定されている。ムーディーズ、S&P、フィッチ、A・M・ベスト・カンパニー(A. M. Best Company)、ドミニアオン・ボンド・レーティング・サービス(Dominion Bond Rating Service, Ltd)、日本格付研究所(JCR=Japan Credit Rating Agency, Ltd)、格付投資情報センター(R&I=Rating and Investment Information, Inc.)、イーガン・ジョーンズ・レーティング・カンパニー(Egan-Jones Rating Company )、LACEフィナンシャル(LACE Financial)、リアル・ポイント(Realpoint LLC)がそれである。

 NRSROは、文字通り、国民から広く認められた信用ある格付け機関という意味であり、この認定を受けると一流格付け機関としての地位を確保できる。しかし、「国民から広く認められた」という基準はあまりにも曖昧なものであり、新規参入者がそうした認定を受けることは不可能であり、事実上、米国のムーディーズとS&Pを特別扱いするものである。現実に、両者で米国での格付け市場の八割を占有している。
 この制度は一九七五年に施行された。これら格付け会社から一流と認定された証券への投資については、破産に備える積み立て資本を軽減するという意図を持った制度であった。発足当初のNRSROは七社であったが、合併により、一九九〇年代には、ムーディーズ、S&P、フィッチの三社になった。しかし、二〇〇三年にカナダのドミニオン・ボンド・レーティング・サービス、二〇〇五年に米国のAM・ベスト、二〇〇七年に日本の二社と米国のイーガン・ジョーンズが追加された。そして二〇〇八年にさらに二社が追加されて一〇社になったのである。 

 認可状は「ノー・アクション・レター」(No Action Letter)と呼ばれている。NRSROとしての活動をSECは妨害しないという意味である(SEC, "Credit Rating Agencies—NRSROs," September 25, 2008. http://www.sec.gov/answers/nrsro.htm; SEC[2003])。

.(3) BIS規制とは、国際的な金融システムの健全性を保ち、国際業務に携わる銀行間の平等な競争条件の確保を目的として、一九八八年にBCBS(バーゼル銀行監督委員会=Basel Committee on Banking Supervision)において策定された、銀行を対象とする「自己資本比率規制」のこと。自己資本比率は、株主資本等から構成される自己資本を「分子」、一定のルールに基づき計算されたリスク・アセットを「分母」として計算される。これを「バーゼルⅠ」という。しかし、その後、金融の自由化・国際化がさらに進み、銀行の抱えるリスクが複雑化し、バーゼルⅠの規制では限界があると認識されるようになった。そして、二〇〇四年六月末には新BIS規制(いわゆるバーゼルII)のルールが公表された。

 バーゼルIIでは、自己資本比率の計算の精緻化が目指された。信用リスクの計算が精緻化され、新たに、格付会社による外部格付を基に計算する「標準的手法」が、これまでの銀行自身の内部格付に基づいて計算する「内部格付手法」に付け加えられた。銀行は、どちらの手法を採用してもよいことになった。また、事務ミスや不正行為等により損失を被るリスク(オペレーショナル・リスク)分母のリスク・アセットに加えられた。日本では、バーゼルⅡによる規制は二〇〇七年三月末から実施された(     http://www.zenginkyo.or.jp/service/hint/details/keyword_15.html; BIS, Basel II: International Convergence of Capital Measurement and Capital Standards: A Revised Framework- Comprehensive Version, June 2006; http://www.bis.org/publ/bcbs128.htm)。

(4) 中核的自己資本をティールⅠ(Core Tier 1)と呼ぶ。その中でさらに重要な資本がコア・ティールⅠ(Core Tier 1)となるのだろう。この定義は統一されていないが、一つの考え方は中核的自己資本から優先株・優先出資証券・繰延税金資産純額(繰税)を除き、資本性の高い普通株などを中心としたものとされる。米政府が〇九年五月のストレス・テスト(Stress Test)で打ち出した考え方である(松本[二〇〇九])。
 優先株とは、配当や残余財産などの分配を優先して受けられる株式のこと。株式配当を受け取ったり、企業が解散したときの残余財産を分配したりする場合に、普通株より優先して権利が与えられる。その代わり、株主総会において議決権を行使できない。バブル経済の崩壊後、多額の不良債権処理で自己資本の減少した大手銀行を中心に、優先株が発行されるようになった。金融危機が高まった一九九八年三月には、大手銀行の発行する優先株を政府が買い上げ、公的資金による資本注入がおこなわれた(http://www.exbuzzwords.com/static/keyword_930.html)。その意味で、優先株は中核的資本としては普通株よりも信頼性に欠ける。

 優先出資証券とは、出資証券という名称の有価証券のうち、優先株と同様に、配当または残余財産分配において普通の出資証券に優先するものをいう。優先株と同じように議決権を持たない。優先株と同じ意味で、しっかりとした自己資本ではない(http://www.tse.or.jp/rules/yusen/index.html)。

 繰延税金資産純額は、会計手法と税法との税の取り扱いの差を資産とするもの。当期利益から将来発生する費用を積み立てた場合、企業会計上では損金であるが、税法上ではそれが認められないので、積立金も利益として算入されて税金が大きくなる。将来、その費用を実際に払う場合、積立金を崩すので利益が小さくなり、実際の税額は少なくなる。先に支払った多額の税額を前払いしたものとしてバランス・シートへの計上が認められ、その額が資本となる。しかし、これはかなり恣意的なので、これも信頼に足りる資本ではない。将来赤字になれば、この資本が取り崩されるからである。GMもJALもそうであった(http://money.jp.msn.com/columnarticle.aspx?ac=fp2008012300&cc=01&nt=01)。

 (5) 二〇〇一年一一月から開始されたWTO(世界貿易機関)加盟国による通商交渉。農産品、工業品の貿易自由化という伝統的な交渉課題以外に、サービス、途上国問題、紛争処理などの新たな問題が論じられてきた。一九九九年一〇~一一月のシアトル閣僚会議では、ウルグアイ・ラウンド(一九八六~一九九四年)の結果に対して途上国の多くが反発し、新しい交渉の開始ができなかった。しばらく空白があったのち、〇一年一一月のドーハ閣僚会議でようやく新交渉開始の合意がなされた。この〇一年一一月から開始されたWTO加盟国による通商交渉を「ドーハ・ラウンド」という。しかし、〇三年九月のメキシコ・カンクンでの閣僚会議では交渉が決裂し、新ラウンドの「枠組み合意」の期限日、〇四年七月三一日には合意形成はできなかった。この日、ジュネーブのWTO本部で一般理事会が開かれ「枠組み合意」が論議され、農業自由化をめぐる対立が鮮明になったが、翌八月一日未明に枠組みだけは合意された。関税引き下げ方式や削減対象となる農業助成策などが交渉課題になった。しかし、上限関税は「今後の検討課題」とした持ち越された。

 〇一年一一月のドーハ閣僚会議で最終合意期限とされた〇五年一月一日は延長され、具体的な期日は〇五年一二月に香港で開かれる閣僚会議まで先送りされた。その後も、交渉は停滞しており、〇九年一一月現在、ドーハ・ラウンドは合意に達していない(http://www.
wto.org/english/tratop_e/dda_e/dda_e.htm)。

(6) ガイトナー米財務長官は、〇九年三月三日、オバマ大統領が、韓米FTA(自由貿易協定)をはじめ、パナマ、コロンビアとのFTAを進展させるため、議会と協力するとの認識を示した。ガイトナーは、米下院歳入委員会(House Committee on Ways and Means)の公聴会で、「皆さんが期待できることは、大統領と政府がこうした重要な合意を進展させる方法を探すため、注意深く議会と協力するだろうということだ」と述べた。

 ガイトナーは、「米国としては単に市場を開放するという約束だけでなく、米国内の業界と労働者に利益になる新たな貿易協定を作るという約束を守ることが重要だ」と強調、韓米FTAに対する追加措置の必要性を訴えた(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090304-00000015-yonh-kr)。

(7) コーデックス・アリメンタリウス(Codex Alimentarius)というラテン語からきた言葉で、食品規格という意味を持つ。一九世紀末のオーストリア・ハンガリー帝国でも使われていた用語である。コーデックス規格は、世界唯一の国際的基準。一九六二年、FAO(国連食糧農業機関=Food and Agriculture Organization of the United Nations )とWHO(世界保健機関=World Health Organization)が合同で、国際的な食品規格作りに着手。その実施機関が食品規格委員会がCAC(コーデックス・アリメンタリウス・コミッション=Codex Alimentarius Commission)。一九六三年に第一回総会がローマで開かれた。

 食品貿易で何らかの紛争が起こったとき、その裁定にあたるのがWTOで、そのさいの判断基準となるのがコーデックス規格。ただし、コーデックス規格そのものには直接の強制力はない。しかし、科学的に証明される特別な理由がないかぎり、事実上、コーデックス規格は無視できない(http://www.n-shokuei2.jp/food_hygienic/codex/sec07.shtml#wrapper)。

 しかし、食品規格がWTOの提訴制度に連動していることはきわめて危険なことである。食品添加物や残留農薬などの基準にぽいてコーデックス規格よりも厳しい基準を日本が設定すれば、それは、コーデックス基準に従っていない非関税障壁として、貿易相手国からWTOに提訴される可能性があるからである。提訴はWTOにおける二つの協定に基づいている。TBT協定(貿易の技術的障壁に関する協定=Agreement on Technical Barriers to Trade)とSPS協定(衛生及び食物検疫措置の適用に関する協定=Agreement on Technical Barriers to Trade)がそれである。これらの協定では、食品の安全性や技術的なことに関する国内基準は、原則として国際基準に整合化することが規定されている。これらの協定に基づき、貿易紛争になれば、WTOの紛争処理パネルで敗訴する可能性が高いので、事実上、各国はコーデックス基準に従わざるを得ない。

 食品貿易に関してのWTOの提訴対象になった主な例は以下の通り。①日本の焼酎の税率がウイスキーより低いので、ウイスキーの販売が妨げられているとして米国から提訴され、日本は敗訴。税率の是正で、焼酎の値段が上がり、ウイスキーの値段は下がった。②日本のりんごの検疫制度が厳しすぎるため、りんごの輸出できないと米国が提訴。りんごは輸入解禁となった。③EUが成長ホルモンを使用した牛肉を輸入禁止しているので、牛肉が輸出できないと米国が提訴。EUは敗訴。米国は、被害額の一億一六〇〇万ドルに見合うだけの報復関税を三四品目にかけた。EUはそれでも、動物やヒトに悪影響が懸念されている成長ホルモンの使用された牛肉を輸入禁止し続けている。食品の安全性を追求しようとしたために、このような目に遭うこともある。自由貿易の名の下に、食品の安全性が無視されるケースの一つである(http://tabemono.info/soshiki/kokusai/life.htm)。

(8) 「末日聖徒」の読みは「まつじつせいと」である。一八三〇年米国でジョセフ・スミス・ジュニア(Joseph Smith, Jr., 一八〇五~一八四四年)によって創始された。本部は、ユタ州ソルトレイクシティ(Salt Lake City)。一般にはモルモン教会として知られている。『モルモン書』(The Book of Mormon) を聖典とすることからモルモン教とも称されている。モルモン教には厳しい戒律(タバコ・酒・コーヒー他一切の刺激物の摂取禁止、等々)があり、また自費による二年間(女性は一年半)の宣教師活動が強く奨励されているといわれている(http://www.ldschurch.jp/)。