消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(288) オバマ現象の解剖(33) 米中融合(2)

2010-03-07 10:36:05 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 一 中国政府による米国債購入停止への米国政府の怯え


  中国の中央銀行である中国人民銀行(People's Republic of China、以下、PBOCと表記する)は、〇九年七月一五日、〇九年上半期の金融データを発表した。中国の外貨準備高は、二兆一三一六億ドルで、対前年比で一七・八四%増加した(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2009-07/15/content_18142141.htm)。

 ちなみに、日本の外貨準備は、〇九年七月末時点で、一兆〇二二六億ドルで、対前年比でわずか〇・一%の増加でしかなかった(http://www.mof.go.jp/1c006.htm)。

 米財務省の発表データ(Major Foreign Holders of Treasury Securities)によると、中国が保有する米国債は〇九年五月末に過去最高の八〇一五億ドルに達し、図抜けた世界最大の保有国であった(ただし、〇九年九月には七九八九億ドルに減少させた)。米国外で保有されている米国債のじつに二四・三%が中国によって保有されているのである。〇九年三月の一か月間だけでも中国は二三七億ドルの米国債を購入したと『上海証券報』(二〇〇九年五月一二日付)が伝えた。〇八年五月から〇九年五月までの一年間で中国が購入した米国債は二九四六億ドル強であった(ただし、〇八年六月に集計方法が異なったためにこの数値は正確ではない)。PBOCによると、安全を期して、短期国債の割合が増えてきている。それでも、三〇%を超えてはいない。大部分が長期国債で保有されているのである(『人民網日本語版』二〇〇九年五月一八日付)。 

 日本の〇九年五月末に米国債保有は、六七七二億ドルで世界第二位の保有額であった(〇九年九月には七五一五億ドルに増加させている)。世界でのシェアを若干下げて、二〇・六%弱であった(http://www.treas.gov/tic/mfh.txt)。日中だけで外国人保有米国債の四五%も占めているのである。他の国・地域の米国債購入額は数値は二大保有国に比べるとはるかに小さい。

 オバマ政権は、複数年にわたり財政赤字が一兆ドルを超えるとの見通しを示したが、それを覚悟して未曾有の資金散布政策を実行中である。〇九年会計年度(〇九年九月三〇日に終了)は単年度で過去最高となる一兆四五四七億ドルの財政赤字となった(http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009081300086)。

 この赤字を賄うために、中国と日本が、〇八年六月~〇九年五月に新規発行された米国債の五七%も買った。新規発行額六九六八億ドルのうち、中国が二九四七億ドル、日本が一〇一九億ドルも買ったのである(http://www.treas.gov/tic/mfh.txt)。

 財務省は、〇九年三月、金融機関から、政府債を約三〇〇〇億ドル、さらに、GSE(政府系住宅金融機関= Government Sponsored Enterprises)のファニー・メイ(Fannie Mae=連邦住宅抵当金庫=Federal National Mortgage Association)やフレディ・マック(Freddie Mac=連邦住宅金融抵当公庫=Federal Home Loan Mortgage Corporation)が支払い保証しているMBS(不動産担保証券=Mortgage-Backed Securities)を約七五〇〇億ドル程度購入した(http://jp.reuters.com/article/domesticEquities4/idJPnTK826687720090323)。

 このように、本格化する増発国債が消化できるのかどうかがオバマ政権の最大の懸念事項であることは明白である(Volpe[2009])。

 中国は、〇八年九月に五八五〇億ドルと日本(五七三二億ドル)を抜いて保有額でトップに立っ以来、米国債買いに弾みがついている。

 しかし、今後の中国は、大口の買い手として期待できないのではないか、あるいは、中国が米国債の保有比率を落とすべく、一部を売却するのではないかというのが米国当局者の懸念でもある。〇九年一月の米国からの資本流出が一四八九億ドルと、月別流出額において記録的な数値を示したことが明らかになるや否や、〇九年三月、温家宝(Wen Jiabao)首相は、ドル資産の安全性に不安を覚えていると米国政府を牽制した。これは、ガイトナー長官が就任前の〇九年一月に議会の公聴会で、中国政府が人民元(RMB=Rénmínbì)を元安方向に操作しているようだと発言したことへの中国政府の反発でもあった(http://jp.ibtimes.com/article/biznews/090418/33120.htmlhttp://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0126&f=business_0126_015.shtml)。

 中国の金融専門雑誌『チャイナ・グローバル・ファイナンス』(China Global Finance)などは、「財務省債(Treasury Bonds)価値の大暴落につながる米国の将来の財政赤字を管理し、削減する米国政府の能力に世界は疑問を持っている。中国の一流学者たちは、中国は米国債投資において決定的な打撃を受けるであろうと警告している。この被害を最小化することが基本的な課題である」と書いた。

 この記事を紹介した『エポック・タイムズ』(Epoch Times)は、〇六年末から〇八年半ばまでに外貨準備からの投資で出した損失額が八〇〇億ドルであったこと、この数年間で初めて、〇九年一月の外貨準備が三〇〇億ドル減少したことをあげ、今後、中国からの資本流出が続き、中国の外貨準備は減少傾向を示すであろうと警告した(http://theepochtimes.com/n2/content/view/14369/)。

 PBOCの周小川(Zhou Xiaochuan)総裁も、〇九年四月に米国のドルに替えて、IMFが発行するSDR(特別引き出し権=Special Drawing Right)を基軸通貨にすべきであるとの激しい発言をした(http://www.ctrisks.com/files/common/Macro_Risk_Report_May_2009.pdf)。彼はまた、「米国は、貯蓄率を高め、貿易と財政赤字を 減少させるなどの国内調整を急ぐべきである」と当時の財務長官、ポールソン(Henry Merritt "Hank" Paulson)にきつく当たった(Jacobs[2008])。

 中国政府の保有する外貨の外国投資は、〇九年には抑制気味に運営される方針であると、SAFE(中国国家外国為替管理局=State Administration of Foreign Exchange)は説明をしている。中国の保有するドル資産が目減りすることを警戒していたからである。副首相の王岐山(Wang Qishan)も、訪中したポールソンに対して、「中国の在米資産と投資の安全性を確保すべく米国は経済を安定すべきである」と申し入れた(Jacobs[2008])。

 さらに、CIC(中国有限投資公司=China Investment Corporation)会長の楼継偉(Lou Jiwei)も、強い不満を米国要人に漏らした。「米国の金融組織に投資している中国は不安感を増している。わが人民は怒っている。彼らはやってきて口々にいう、『あなた方はどうして彼らを救うのか、あなた方は粥をすする貧乏人の代表者のはずだ。にもかかわらず、あなた方はフカヒレを楽しむ連中を救っている、なぜだ』と。我々はそのように糾弾されている」と(Fallows[2008])。

 〇九年四月一二日付の『ニューヨーク・タイムズ』(New York Times)は、〇八年一一月に四〇〇億ドルも米国債を積み増すといった、ひたすらドルを貯め込む政策を、中国が撤回しそうだと伝えた。〇九年一月と二月に中国政府が米国債を売ったという情報がその判断の根拠である(誤報であることが後日分かった)。

 中国政府が密かに米国債を売却しているのではないかという類の情報はしばしば流されてきた。〇九年一月六日付の『日本経済新聞』は、「米国債をある程度売って、ユーロや円の資産を増やすべき」とする五日付『中国証券報』の意見を伝えた。
 〇八年八月末には、中国四大銀行の一つである中国銀行が保有する米連邦機関債を売却したことが判明した。米国で金融危機の炎が燃え盛ろうとしていたときの情報であった。その情報に刺激されたのか、ポールソン財務長官がファニー・メイとフレディ・マックへの資本注入を発表した(http://www.stockcafe.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=3341)。市場の不安の沈静化を意図した発表であったが、その日に米国債のCDSプレミアム(3)は跳ね上がった。市場が米国債の信用力に疑問符を付けたのである。

 〇八年九月二四日、国連総会出席のためにニューヨークを訪問した温家宝首相は、ガイトナー・ニューヨーク連銀総裁(当時)やルービン(Robert Edward Rubin)元財務長官ら米金融界の大物との会合を持ったさいに、「誰也離不開誰」という表現をしたという。「お互いに離れられない」という意味である。米国債を手離そうにも、価格暴落という火の粉がかかるので、米国債が消化難に陥ることは避けたいということを温家宝首相はいいたかったのであろう(http://www.asahi.com/special/world_fluctuation/TKY200901050308.html)。

 さらに、〇八年一二月四日、北京で開催された米中戦略対話の席上で、中国側議長の王岐山・副首相が「中国の在米資産や対米投資の安全を確保するように希望する」と米国側議長のポールソン財務長官に要求したと伝えられている(http://jp.reuters.com/article/treasuryNews/idJPnTK023377020090109)。

 〇九年五月二〇日付ロイター電によると、中国の専門家らは「金融危機がいつ終息するかも分からず、慎重な対応が求められている」とし、米国債を買い増しすることは「腐ったリンゴの中から、マシなものを選ぶようなもの」だと指摘し、長期国債の保有量を減らす可能性を指摘した(http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20090520000/1.htm)。

 減価する米国債を中国に買い続けてもらうには、国際通貨制度における中国の発言権を高めることに米政府が協力するしかない。具体的にはIMF改革における中国の関与を米政府が認めることである(『産経新聞』二〇〇九年五月三〇日付、http://news.goo.ne.jp/article/sankei/business/m20090530025.html?C=S)。

 事実、ガイトナー長官は、米上院銀行委員会の公聴会で、中国政府が、「人民元レートへの介入を大きく減少させていて」、「人民元の対ドル・レートの大幅な上昇圧力を容認している」、つまり、「中国政府の為替レート政策は過去二年の間に大きく変化した」と証言した。これは、米国政府がもはや中国政府に人民元切上げ圧力を加えないことを意味する(http://j.peopledaily.com.cn/94476/6668847.html)。

 それにしても、ガイトナーの発言は奇妙である。中国は人民元の対ドル・レートを引き上げるどころか、人民元安に全力投球しているからである。〇九年五月二六日には、人民元レートは〇・五%引き下げられた。翌、二七日にはさらに〇・三九%引き下げられて、一ドル=六・八三二四人民元となったほどである。

 ただし、人民元レート形成メカニズムの改革がおこなわれるようになった〇五年七月二一日当時に比べ、四年後の〇九年七月二一日には、人民元対ドル・レートの累計上昇幅は二一%に達している。その面ではガイトナーの指摘もいちがいに誤りであるとはいえない。しかし注目すべきは、人民元の上昇の多くがガイトナー就任以前に発生したものであり、人民元の実質実効為替レートが、〇九年に入って四・四一%下がっていることである。

 〇五年七月二一日、PBOCは、市場の需給を土台とし、通貨バスケット制を参考に調整をおこなう管理された変動相場制度を実施すると宣言し、人民元レートの「波動の時代」が始まった。しかし、初期の段階では、人民元レートは小幅な変動しかさせず、〇六年五月になって、対ドルレート基準値がようやく八元を突破し、最初の一年の人民元対ドル・レート上昇幅は一・五%にとどまった。そして、貿易黒字により、外貨貯蓄が次々と新記録を更新するなか、人民元レートは〇七年に五・五%、〇八年に一〇・九%と一気に上昇した。そして、〇九年七月二〇日の仲値で計算すると、四年間で人民元は対ドルで二一・一四%、対ユーロで三・四%、対円で一・一六%、対香港ドルで二〇・六六%、対ポンドで三・三%上昇した。そうした局面があったことは否定できない。

 しかし、〇九年に入ってかたは、人民元の対ドル、対香港ドルレートはほぼ変動がなく、半年で二五ベーシス・ポイントと三五ベーシス・ポイントの上昇にとどまり、上昇幅はいずれも〇・〇四%だった。対ユーロと対ポン・ドレートは下落傾向にあり、それぞれ〇・〇五%と一三・二%下落した。つまり、ガイトナーの発言は、その時期の人民元の実体を反映したものではなかった(以上の数値は、「人民網日本語版」二〇〇九年七月二一日より引用。http://j.peopledaily.com.cn/94476/6706021)。.

 これは、中国政府が人民元安を作り出して輸出を強引に伸ばそうとしていることの現れである。ここには、かつての、いわゆる「ポールソン」効果が働かなくなった状況を読み取ることができる。

 子ブッシュ政権下のポールソン財務長官は、何度も訪中して中国政府に人民元切り上げ圧力をかけてきた(Morrison & Labonte[2008])。そしてそれはつねに実現されてきた。これが「ポールソン」効果と呼ばれているものである。

 ポールソンが訪中したときの中国の輸出伸張は順調であった。したがって、ポールソンの人民元切り上げ要請に部分的に応える余裕が中国にはあった。しかし、いまやそうした状況にはない。輸出税還付という政策手段だけでは、この世界不況下で輸出の減退を防ぐことはできなくなっているのである。そして、それを容認せざるを得ないほど米国は中国を当てにしているのである。

 首都経済貿易大学公共管理学部の張智新(Zhang Zhixin)・副教授は、「中国と米国が世界金融危機に共同で対応し、経済刺激のための巨額の資金を米政府が投入し続けている現在、中国という最大の債権者の安定を図ることが米国の現実的な選択である」、「中国は米国による人民元切り上げ圧力に対処する術を身につけてきたし、米国も人民元切り上げ圧力を加えるようなことはしないであろう」といい切った。

 中国商務部研究院の梅新育(Mei Xinyu)・研究員も、「ガイトナー長官の訪中目的は、米国の経済刺激プランへの中国の支持をとり付けることであり」、人民元切り上げ圧力を加えることではないと張・副教授と同じことをいった。

 中国による対米貿易黒字の解消は、為替レートを動かすことによってではなく、米国が対中輸出を禁じているハイテク分野の対中輸出を解禁することによって実現されるべきだと、上海財経大学現代金融研究センターの奚君羊(Xi Junyang)・副主任は、現在の対共産圏輸出抑制の米国の政策を批判している(上記、「人民網日本語版」二〇〇九年六月一日より。http://j.people.com.cn/94476/6668847.html)。

 上述の、IMF改革に中国を関与させるというガイトナーの方針は、訪中直前の報道関係者との会話にも現れている。〇九年五月三〇日、米財務省がそのときの模様を伝えている。同長官は、IMFの運営で中国の発言力が増すべきだとの上院銀行委員会での証言と同じことを語り、米国は国際システムの改革に大きく関与しようとしているのだが、そのプロセスに中国にも関与してもらいたい。それが米国の利益にかなうことであり、われわれは、「G7のような関係を中国との間にも構築したい」と語った(ロイター、二〇〇九年六月一日、http://www.worldtimes.co.jp/news/bus/kiji/2009-06-01T093448Z_01_NOOTR_
RTRMDNC_0?JAPAN_383096-1.html)。

 すでに述べたように、中国の外貨準備高は二兆ドルを超えた。ドルが大幅に下落してしまえば、中国の受ける打撃は巨大なものになる。その意味で、中国が今後も米国債を買い増しするのか否かに世界の注目が集まっているのは当然である(Fen, Junchen, "Is Amounting U.S. Treasury Bill a Threat to the Chinese Foreign Reserve?," Mar. 3, 2009. http://www.igloo.org/frankfeng_pku/isamountin)。