消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(293) オバマ現象の解剖(38) 米中融合(7)

2010-03-15 21:20:39 | 野崎日記(新しい世界秩序)



 おわりに


 既述のように、中国は米国債保有額を大量に増やした。これに、香港を加味すれば、さらに増える。〇九年九月時点で両地域合わせて九三一一億ドルであった。それは、外貨準備にドル以外の通貨を組み込む多様化を図ってきた、これまでの中国の政策の大転換があったことを意味している。

 〇九年の第一・四半期における米国債保有額の四〇〇億ドルもの増大は、過去の最高記録であった。ところが、その間の外貨準備高の増加は七〇億ドルしかなかった。つまり、中国は三三〇億ドルの外貨を減少させる一方で、四〇〇億ドルの米国債新規購入をしたのである。これは、おそらく膨大な外貨をCICなどの国家投資ファンドに移し変えたからであると思われる。いずれにせよ、この膨大な米国債購入は、ドル価値の急激な低下を阻止する効果を結果的には持っている(http://www.taipeitimes.com/News/worldbiz/archives/2009/05/18/2003443843)。

 しかし、ウォーレン・バフェット(Warren Edward Buffett)によって憂慮された米国債バブルを、結果的なものであれ、中国側が助長してしまいかねない。

 バフェットは、つねに二五五.五億ドルもの現金を用意しているバークシャー・ハザウェイ(Berkshire Hathaway Inc)という投資会社の総帥である。彼は、〇九年二月二七日、自社の株主に宛てた報告の中で米国債投資を止めるように勧告した。エンストを起こした車のエンジンをかけるべくFRBと財務省は膨大な資金散布を継続しているが、これは必ずや激しいインフレーションを生み出す。米国債はボロ屑になってしまうだろうとバフェットは強調したのである。

 バフェットはいう。

 「投資社会は、米国債価格を過小に付けていた段階から、過大に付ける段階に移行してしまった。・・・投資収益はかぎりなくゼロに近づき、通貨の購買力は時間の経過とともに減少してしまうだろう」。

 「金融史を一〇年ごとに整理すれば、次のようにいえることは確かであろう。一九九〇年代はインターネット・バブル、二〇〇〇年代初期は住宅バブル、・・・そして、〇八年からは米財務省バブルであった。いずれも異常なできごとであった」(
http://uk.reuters.com/article/businessNews/idUKTRE51R1Q720090228)。

 今後、ドルはつるべ落としのように、価値下落をするであろう。ちなみに、〇九年一一月二六日には、ドルは八七円台に突入し、金価格は一トロイオンスが一一九二ドルと市場最高値を示した(10)。

 

(1) ガイトナー米財務長官が、〇九年五月一三日、「資産五億ドル以下の銀行向け資本買い入れプログラム再開」を計画したことを指す(http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=157194)。

(2) 日本では三〇年物国債が発行されており、フランスでは五〇年物国債が発行されている。ところが、米国では三〇年物国債(あるいはそれ以上の長期国債)は、二〇〇一年を最後に発行が停止されていた。米財務省が三〇年といった長期の債券はコストがかかると判断したことによる。現存する米国債でもっとも期間の長い債券は、二〇〇一年に発行された三〇年物国債で、償還予定は二〇三一年である。しかし、〇六年第一・四半期に米国は、三〇年物国債の発行を再開した(http://blog.livedoor.jp/kawase_oh/archives/20947163.html)。

 米財務省は、一年以内の償還期限の財務省証券を割引証券(ビル=bill)、二~一〇年までの償還期限のものはすべて利付証券(ノート=note)、一〇年超で発行されるものを利付債(ボンド=bond)と呼んでいる。

 米国国債の種類は、トレジャリー・ビル(T.Bill)(割引債 三か月物、六か月物、一年物)、トレジャリー・ノート(T・Note)(利付債 二年物、三年物、五年物、一〇年物)、トレジャリー・ボンド(T.Bond)(利付債三〇年物)である(http://www.nomura.co.jp/terms/japan/he/treasury.html)。

 (3)  CDSプレミアムとは、信用リスクの大きさを示す指標である。CDSとは、クレジット・デフォルト・スワップ(Credit Default Swap)の略である。CDS取引は、債権を直接移転することなく、信用リスクのみを移転する取引である。CDS取引は、プロテクション(Protection)の売買である。債券の保有者は、債券発行者の支払停止に会えば損失を被る。そのさいに、発行者に代わって債券の支払いをするという約束がプロテクションである。債券保有者は、このプロテクションを買う。プロテクションの買い手が、売り手に支払う対価がプレミアムである。このプレミアムは通常四半期ごとに支払われる。プレミアムは、年率bp(ベーシス・ポイント)で表す。ベーシス・ポイントとは、一%の一〇〇分の一、つまり〇・〇一%のこと。たとえば、一〇bpは、〇・一%である(http://www.j-cds.com/jp/about_cds.html)。

(4) CICは国営の投資会社である。〇八年九月二九日に正式に活動開始したCICは、SAFE(中国国家外国為替管理局=State Administration of Foreign Exchange)が保有する銀行株(建設銀行や中国銀行など)を継承した。加えてPBOCの外貨準備高のうち、二〇〇〇億ドルの資金を対外投資に用いるとされている(Martin[2008])。

 国家が経営する投資会社のことをSIF(国家投資ファンド=Sovereignty Investment Funds)という。シンガポールのテマセク・ホールディングズ(Temasek Holdings)などがそれである。大型投資で話題になったドバイやカタールの会社など、国策投資会社が、海外の証券取引所や資源関連の企業へ出資するようになった。 中国のCICはスタート時点の資金が巨大なので世界の注目を浴びている。CICは、ブラックストーンのIPO時に三〇億ドル出資した。これは、ゴールドマン・サックスが中国政府に持ちかけて合意がなされたものである。ゴールドマン・サックスは、米国政府と関係が密接であり、CICは、米国金融機関と組んで、巨大な投資案件を進めている。ソーントンが重要な役割を担っている(http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P1http://investbest.seesaa.net/article/59009034.html)。

(5) 英国の米国債保有の〇八年三月~〇九年三月の月別数値は以下の通りである。〇八年三月二〇〇一億ドル、〇八年四月二四六八億ドル、五月二七一二億ドル、六月二七九一億ドル、この月から集計方法が変わった。新しい集計方法の六月は五五〇億ドル、七月六六一億ドル、八月八二五億ドル、九月一一二八億ドル、一〇月一三三二億ドル、一一月一三二四億ドル、一二月一三〇九億ドル、〇九年一月一二三九億ドル、〇九年二月一二九一億ドル、三月一二八二億ドル(Major Foreign Holders of US Treasury Securities. http://www.treas.gov/tic/mfh.txt)。集計方法の変化も否定できないが、英国は長期的方針として米国債購入を控えているといえる。集計方法変化によって数値が増えた国の方が多かったからである。

(6) SEDは、〇六年一二月から北京で第一回会議が開かれた。文字通りの中米経済政策の調整会議。米国の対中貿易赤字、中国政府による為替市場操作疑念が主題となている。原則年二回中米各地で交互に開かれている(http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/china-research/topics/2008/no-81.html)。

(7) レノボ(聯想集団)は、中国のパーソナル・コンピュータ (PC) メーカー。一九八四年、中国科学院の計算機研究所において設立された。設立時の名称は中国科学院計算所新技術発展公司。一九八八年香港聯想集団公司設立、一九八九年北京聨想計算機集団公司設立。一九九四年香港聯想公司が香港株式市場に上場、一九九七年には聯想ブランドが中国内のパソコン売上トップを記録、二〇〇〇年、『ビジネスウィーク』誌が聯想集団を世界IT企業一〇〇社中、八位に位置づけた。

 〇四年一二月、レノボはIBMからPC部門を一二億五〇〇〇万ドルで買収した。レノボはIBMのPCのブランドであるシンクパッド(ThinkPad)の商標を五年間維持するとしている。〇八年一月には低価格品アイデアパッド(IdeaPad)ブランドを導入した。
 〇四年のIBM社のPC部門買収によりレノボのPCの世界市場シェアは、デル、ヒューレット・パッカードに次ぐ三位となったが、〇七年のエイサーによるゲートウェイ買収により、四位となった。

 株式の四二・三%をレジェンド・ホールディングスという持株会社が保有しており、同持株会社の筆頭株主(六五%)は中国科学院である。IBMは議決権のない優先株のみを保有する(http://www.pc.ibm.com/ww/lenovo/investor_factsheet.html)。

 〇六年五月一九日、米国務省は、〇六年の三月二〇日にレノボから一三〇〇万ドルで購入した一万六〇〇〇台のPCについて、安全問題を考慮して、機密文書を扱わない業務だけで利用するという発表をした。米中経済安全保障関係検討委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)から一斉にレノボPCの導入に抗議されたためである(http://japan.cnet.com/column/china/story/0,2000055907,20122968,00.htm)。

(8) 一九九五年、中国最初の外国への投資会社として設立。出資者はモルガン・スタンレーで、当初、三五〇〇万ドルを出資していた。総裁は、朱云来(Zhu Levin)、一九九八~二〇〇三年まで首相を務めた朱鎔基(Zhu Rongji)の息子である。中国最大の外国投資会社(http://www.cicc.com.cn/CICC/chinese/index.htm)。

 ブルームバーグによれば、CICCは、新規株式式公開(IPO)関係では、中国第一の座を保っているが、〇八年一月、三四・三%の株式を保有しているモルガン・スタンレーがCICC株を売却し、提携関係を解消する準備を進めている(http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=90003001&sid=awpGr4ZRMNbI&refer=jp_commentary)。

(9) 〇四年八月に合弁成立。ゴールドマン・サックスは、まずこの月に、合資銀行を設立し、さらに、苦境に陥っていた海南証券を救済、この再建計画の首謀者、方風雷(Fang Fenglei)に八億元を融資、この資金で方が高華証券を設立。この証券会社は、ゴールドマン・サックスが中国の現行規定では最高比率となる三三%の株式を所有。「高華」はゴールドマン・サックスの中国語「高盛」と中国を意味する「華」から取られたものとされる。高華証券には、レノボも出資。実質的にはゴールドマン・サックス・チャイナともいえる高華証券となった(http://www.news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2004&d=0810&f=business_0810_001.shtml)。

(10) 〇三年に米国は、新しい二〇ドル札を発行している。〇三年一〇月九日ワシントン発の共同通信の配信では次のように記されていた。

 「偽造防止に工夫を凝らした米国の新二〇ドル紙幣の流通が九日に始まり、ニューヨークのタイムズ・スクエアでイベントが開かれた。二〇ドル札はもっとも流通枚数が多い。新紙幣は初めて黒と緑以外の色を背景に用いたのが特徴で薄い桃色や青などの配色。プラスチックの垂直線が埋め込まれているほか、透かしや傾けると色が変わって見える数字で偽造防止を図った。ジャクソン(Andrew Jackson、一七六七~一八四五年)第七代大統領の肖像や紙幣の大きさは変わらない」。

 これは、金兌換ができる新ドル貨発行の布石ではないかという見方が広がっている。米国が金本位制に戻るのではないかという噂はここ数年来ずっと出続けている(http://electronic-journal.seesaa.net/category/5295267-1.html)。

 国外の旧紙幣に区別を設け、国内の旧紙幣は新ドル札と交換できるが、国外の旧紙幣には新ドル札との交換は認めないというようなことにでもなると、国外の旧ドル札は無価値に近いものになってしまうだろう。これは、国外の米国債価格にも影響する。これにデノミネーションが加われば、完全な金融テロになってしまう。

 可能性が大なのは、アメロ(AMERO)という新通貨制度の創設である。米国単独ではドルの信認回復が無理であるとして、NAFTA(北米自由貿易協定=North America Free Trade Agreement)を基礎とする新共通通貨が発行されるかもしれない。アメロを導入するさいに、米国は、借金を消滅させる目的で、内外で新通貨の交換比率を変えるなどいろいろ仕掛けてくるかもしれない、等々の噂が飛び交っている(http://electronic-journal.seesaa.net/article/116472819.html)。

 荒唐無稽であると切り捨てきれないものがこうした噂にはある。アメロ、ないしは北米通貨に関するアイデアは、一九九九年にカナダの経済学者ハーバート・グルーベル(Herbert G. Grubel)が提唱して以後、論争が沸騰している。以下、論争に関する主な文献を挙げる。

1. Bennett, Drake[2007], "The Amero Conspiracy", International Herald Tribune,
          Novenmer 25.
2.  Grubel, Herbert G. [1999], "The Case for the Amero: The Economics and Politics of a North
          American Monetary Union"(PDF), The Fraser Institute.
          http://www.fraserinstitute.org/Commerce.Web/product_files/CasefortheAmero.pdf
3.  Pastor, Robert A. [2001], Toward a North American Community: Lessons from the Old
      .    World for the New, Peterson Institute
4.  Cohen, Benjamin J.[2004], "North American Monetary Union: A United States Perspective",
          Global & International Studies Program. http://repositories.cdlib.org/gis/29.
5.  McLeod, Judi[2006], "Debut of the Amero," Canada Free Press, Dedember 14.         
          http://www.canadafreepress.com/2006/cover121406.htm.