消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(37) 新しい金融秩序への期待(37) ハイパーインフレーション(1)

2008-12-24 10:44:49 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

野崎日記(37) 新しい金融秩序への期待(37) 金融機関救済資金が生むハイパーインフレーション(1)


 はじめに

 米国で、「金融経済安定化法案」(1)が〇八年一〇月三日に成立したにもかかわらず、世界的な株価暴落が止まらない。連日、戦後最大の下げ幅を記録したのが、法案成立後の〇八年一〇月の世界の株式市場であった(菊川[20080926]、http://www.afpbb.com/article/economy/2435657/3375181)。

 金融崩壊と実物経済の縮小がスパイラルを描き始めた。そして、素材価格の暴騰という典型的な世界的スタグフレーションが姿を整えつつある。そ暴騰の火種を加えているのが、米国政府による巨額の資金散布である。


 一 心肺機能が停止した米国金融市場

 金融機関が心肺の停止に陥りつつある。金融工学の計測値によれば、三・四%超の一日当たりでの株価下落は、八八年間に五八日程度のわずかな日数だけで(実際には一〇〇一日)、四・五%以上の下落は六日程度(実際には三六六日)、七%超は三〇万年に一日しか起こらない(実際には四八日)とされてきた。ところが、EESAが上院を通過した〇八年一〇月一日の翌日のニューヨーク市場の株価は四%、下院を通過した同月三日には三%、六~七日には、ピークから三〇%も下げた。それこそ、計算上は何十万年に一回、歴史的実績からしても数十年ぶりの大暴落が続いたのである(計測値と実勢値については、東洋経済編集部「20080906]、三九~四〇ページ)。

 〇八年一〇月の第一週は、MMF、インターバンク、クレジット、CP等々のすべての金融市場の崩壊現象が見られた。まさに、心肺機能停止寸前にまで金融システムは追い込まれれていたのである(Roubini[20081003])。

 三〇〇社を超える不動産貸付業者が倒産した。SIVは毀損した。SIVブローカーの主要五社のうち、二社が破綻し(ベアとリーマン、残り三社は、FRBの監督に服する商業銀行に衣替えさせられた(メリル、モルガン・スタンレー、ゴールドマン)。巨大なヘッジファンドから出資者が資金を急激に引き揚げている。モルガン・スタンレーは、一〇月二日時点で、顧客のヘッジファンドからの預かり金の三分の一を解約された。しかも、投資銀行だけではなく、商業銀行からも預金が流出している。しかし、EESAが成立するまでは、全預金の六三%しかFDICの保証を受けていなかった。

 二〇〇八年第二・四半期のFDICの報告によれば、米国の全預金は七兆三六〇億ドルあった。うち、FDICが保証できるのは、四兆四六二〇億ドルであった。法案成立後も、預金保護の上限、一〇万ドルを二五万ドルに増額したが、それでも、全預金の七三%をカバーできるだけであった。一兆九〇〇〇万ドルがまだ保証されていない。現実的にも二五万ドル以下の保証では意味をなさないであろう。どんな小規模のビジネスも二五万ドル以上の現金を使用しているし、大規模なビジネス、とくに外国取引では数百万ドルの現金を投入していなければならないからである。外国の銀行とのインターバンク取引では八〇〇〇万ドル達している。二五万ドル以下の預金保証ではほとんど意味をなさないのである。眼前に展開しているのは、「闇でうごめく銀行システム」(shadow banking system)の音を立てての崩壊である。

 金融機関だけではない。企業も、CP市場が崩壊してしまっているために、通常の運転資金の調達に困難を覚えている。金融システムの崩壊が資金調達の重要な手段であったCP発行を阻止している。CPによる企業の資金繰りの悪化が続けば、金融の混乱が実物経済の崩壊を生み出してしまう可能性が非常に大きくなる。〇八年九月、一年以内に満期になり、借り換えが必要な資金は全米で五〇〇〇億ドルあった。しかし、九月中にCP市場の縮小幅は二〇〇〇億ドルになった。市場規模の縮小率は毎週八・七%のスピードで進んでいる。

 大恐慌の足跡が確実に近づいている。預金者の資金が銀行を通じて間接的に企業に融資される間接金融システムに比べて、資金市場から証券を発行して資金を調達するという直接金融システムは、金融崩壊時にははるかに脆弱なものであったことが、〇八年の金融危機が示した。金融の構造変化を果敢に遂行するのではなく、短期資金を市場に放出するだけの救済(bailout)手段では、米国発の金融恐慌のグローバル化は阻止できないのである(Roubini[20081006])。


 二 金融危機の諸段階

 ヌーリエル・ルービニ(Nouriel Roubini)は、金融危機が進行する局面を一二段階に分けている(Roubini[20080205]。その段階区分からすれば、〇八年一〇月の金融危機は第九段を過ぎ、第一〇段階に突入しつつある。そして、最終段階の恐慌の発現は目前なのである。

 第一段階は住宅価格の下落局面。住宅価格は、〇七年二月時点でピーク時の価格の二〇~三〇%下落し、それだけで家計の損失額は四~六兆ドルとなった。三〇%の住宅価格下落とは、一〇〇〇万世帯が「ジングル・メール」を出すということである(2)。

 第二段階は安易な貸付行動の付けが回る局面。頭金なし、所得証明なし等々の安易なローンがサブプライムローン問題を深刻化させた。しかし、ルーズな貸付は、プライムローンにも波及していた。これを忍者ローン(NINJA loans)という。すべてのローンの六〇%がそうした貸付競争に起因するものであった。〇八年二月段階で、ゴールドマン・サックスは、米国が住宅ローン取引で四〇〇〇億ドルの損失に見舞われたと推計した。当然、銀行の財務内容は悪化した。

 第三段階は、デフォルトが一般の消費者金融にも波及する局面。クレジット・カード、自動車ローン、学資ローンなどでデフォルトが多発する。

 第四段階は、モノライン会社の資金繰り悪化の局面。ローン証券の支払いを保証していたモノラインが支払い不能に陥る。モノライン自体の格付けも下げられる。そうすれば、購入した証券価格も暴落する。金融システム内で相互警戒感が高まる。

 第五段階は商業施設への波及局面。商業施設の新規建設も停止してしまう。

 第六段階は中小の銀行が破綻。米国ではFHLB(the Federal Home Loan Banks=連邦住宅貸付銀行)による住宅金融会社への支援が広がっていた。 すでに、〇七年一一月には、カントリーワイド(Countrywide)という住宅ローン会社がFHLBから五五〇億ドルの支援を受けていた(Salmon[20071127])。

 第七段階は、レバレッジによる損失の巨額化が表面化する段階。

 第八段階は実物経済への危機の波及。金融危機の直撃を受けて、実物経済を担う企業の倒産が激増する。米国の企業のデフォルト率は、一九七一~二〇〇七年平均では三・八%であった。〇六年と〇七年の二年間は非常に低かった。しかし、〇八年に入って、一〇%を超えるようになった。デフォルト率が高くなると、支払い保証をデリバティブとして売買するCDS市場が打撃を受ける。五兆円の証券額に対して、CDS取引は名目でその一〇倍の五〇兆ドルもあるという異常な事態が存在していた。このことによる損失は二五〇〇億ドルは下らない。