消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(27) 新しい金融秩序への期待(27) ついに買い手がいなくなった米国債(3)

2008-12-12 01:19:27 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

野崎日記(27) 新しい金融秩序への期待(27) ついに買い手がいなくなった米国債―米国発金融恐慌の行き着く先(3)


 二 邦銀の攻勢


 日米欧の中央銀行は、金融不安を和らげるために大量資金供給を実施しているが、市場では、ドル資金の出し(供給)が極端に細った状態が続いている。ロイター・ニュースによれば(二〇〇八年九月一六日)、「ドルの短期市場は機能不全に陥っている。長期市場では社債発行もまともにできない状態だ」とバークレイズ銀行・チーフストラテジスト梅本徹氏は述べたという。

 ドルの短期市場では、期間三か月を超える資金の調達が不可能になっている。優良行でも一か月物の資金は一度に五億ドル程度しか調達できない。ドルの流動性枯渇は、ドルが既に基軸通貨としての体をなしていない証拠である。

 ニューヨーク連銀によると、銀行間で短期資金を融通するフェデラルファンド(FF)市場では、リーマン破綻を受けた九月一五日の取引で、FFレートが七%まで急騰し、FRBの誘導目標の三倍を超える水準に達した。

 全米の地区連銀による金融機関向けの窓口貸出(公定歩合を基準とする貸付)は、二〇〇八年九月一〇日時点で過去最高の二三六億ドルに達した。金融機関の間では、同貸し出しに頼ることが、財務の弱さの表れと見なされるから、二〇〇八年の初めには窓口借入を控える傾向があったが、九月になると、背に腹は変えられない状況になってきた。  

 一部の欧米投資銀行は、短期資金に頼る部分を減らし、安定的な長期資金調達を増やす動きを見せている。それは、日本でのサムライ債(15)発行増となって現れている。サムライ債は発行ラッシュである。

 二〇〇八年九月までに発行されたサムライ債の金額は二兆五〇〇〇億円で、過去最高だった二〇〇〇年の二兆八五六七億円に迫る。

 サムライ債の発行体である欧米金融機関は、ベーシス・スワップ(16)を使って円資金をドルに転換するが、二〇〇八年七月半ばからドルの資金調達コストが急拡大したため、一時的にサムライ債の発行が抑制された。背景には、欧米金融機関のサムライ債を通じたドル資金調達の拡大に加えて、海外業務拡大に伴い、ドル資金調達ニーズが高まった邦銀のドル需要がある。邦銀は、欧米銀が融資に慎重になるなか、外国企業向けの協調融資を大幅に伸ばしてきた。日銀によると、邦銀海外支店の貸出残高は二〇〇八年七月末に三五兆七二二七億円となり二〇〇七年七月末の二六兆三六四二億円から急拡大している。しかし、世界の金融市場が痙攣を起こしているなかでの、邦銀の融資拡大は勇気ある行動として賞賛されるべきなのだろうか。一九九〇年代後半のジャパン・プレミアムの悪夢は忘れたのだろうか(ロイター日本語ニュース;http://business.nikkeibp.co.jp/article/reuters/20080917/170801/?ST=print)。

 リーマンの破綻によって、日本の金融機関もかなり大きい損失を出していることから、サムライ債市場そのものが機能を停止をしたというのが、『ビジネスウィーク』誌東京支局、テクノロジー担当のケンジ・ホールである(Hall[2008])。同氏の記事によれば、大手邦銀は、リーマンに対する融資で推計二七億ドル(約二九〇〇億円)の債権をもっていたが、リーマンの破綻によって、その一部しか回収の見込みはない。大手以外の日本の金融機関ももリーマンが発行した一九五〇億円のサムライ債の大部分を保有していた。中堅地方銀行、生命保険会社、年金基金がそれである。

 日本は、金融機関や企業が数日間で巨額の資金を調達できる世界でも数少ない市場の一つであった。欧米の信用市場では資金供給が激減し、日本市場がそれに代わる資金調達先として浮上していた。米小売り大手ウォルマート・ストアーズ(WMT)、スイスの金融大手UBS、ドイツの自動車大手ダイムラー(DAI)、オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ、本社:メルボルン)などが、サムライ債を発行していた。

 その結果、サムライ債の発行額は、二〇〇八年に入って急増していた。新生証券の推計では、二〇〇八年八月までに発行されたサムライ債は約二兆四〇〇〇億円で、すでに、二〇〇七年通年の発行額二兆二五〇〇億円を上回った、二〇〇八年九月、米銀大手シティグループ(C)は過去最高額の三一五〇億円のサムライ債を起債した。

 サムライ債の利率はほかの円建て外債よりも高い利率となっている。サムライ債の発行体は利率を国債よりも〇・三%から一%高く設定しているものの、欧米で資金調達する場合を考えれば、格安の資金調達コストになる。

 サムライ債の発行体の多くは格付けも高い有名金融機関や企業で、日本の投資家は安全な投資先と考えて債券を購入していた。しかし、この信頼も、もう通用しなくなった。リーマンのサムライ債は、アルゼンチン政府がサムライ債の償還不能に陥った二〇〇一年一二月以来、初めてのデフォルト(債務不履行)となった。投資家たちは、ほかの米証券会社が発行したサムライ債を売却して現金化し、これ以上の損失拡大の阻止に努めるようになった。そして、サムライ債の価格を当初の投資額の2割に設定する投資家も出始めている。全国一六四の信用組合を傘下にもつ、全国信用協同組合連合会(全信組連)は、リーマンのサムライ債に五五〇〇万ドル(約五八億円)を投資していた。証券各社は大慌ての投資家から寄せられる問い合わせへの対応に追われた。

 サムライ債市場が回復するには時間がかかるであろう。二〇〇一年九月一一日の米同時多発テロと、アルゼンチン債のデフォルトをきっかけに、サムライ債市場が数年間低迷し、二〇〇五年後半になり、やっと市場は回復を始めた経緯がある。状況は日々刻々と変化し続けているのである(BusinessWeek, September 19)。