消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(19) 新しい金融秩序への期待(19) 世界金融危機を招いたシャドーバンキング・システム

2008-12-01 11:43:22 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


破綻した証券化ビジネス


 今回の金融危機は権力側・政策側が意図的に仕掛けてものと思います。ただし、最初の権力側の思惑を超えた深刻な事態になってはいますが。金融機関が自滅したというよりも、権力側がひっくり返した。

 銀行には二種類ある。一つは預金を集めて融資するオーソドックスな商業銀行(預金銀行)。二つめは、庶民の金は集めず、金持ちの金を運用するファンドを顧客とする投資銀行。日本では、これを混同していた。「アメリカのモルガン・スタンレーより、日本の銀行は足腰が弱い」という言い方に惑わされてきた。モルガンスタンレーは投資銀行。日本の銀行は商業銀行です。

 投資銀行はアメリカのジャーナリズムでシャドーバンキング・システムと呼ばれています。表の商業銀行に対して、闇で動く金融機関。

 商業銀行は利益が薄いが、倒産しそうになったら、公的資金で助けてもらえる。助けてもらえるためにデータを権力側にオープンにする。誰から金を集めて、どこに貸して、利益をどう配分したか。全てオープンにする。これがパブリックの意味。

 これに対して、もっと大きな儲けをしたい金持ちを抱える組織が投資銀行。経済には、儲かる産業と儲からない産業がある。儲からない産業は基礎的な生産を営む業界。販売先がプロ。米国では、儲からないモノづくり産業は衰退している。儲かる産業は素人相手の業界。生産から一番離れた証券化ビジネスが一番儲かる。工場を建てる必要も、従業員を沢山抱える必要もない。大金持ちから預かった資金を運用し、利益を配当する。カネでカネを生む。これが、一番儲かる。

 ファンドのマネージャーたちは、年二~三〇%という利率で二十年間配当し続けている。儲からない産業に貼り付けられていた商業銀行とは儲け方が全く異なる。そして、投資銀行側は、いざという時に救ってくれなくてもいいから、好きにやらせてくれと金融の自由化を政治家を使って推し進めた。これが「シャドーバンキング・システム」。そして、「プライベート」という意味。

 投資銀行を自由にさせたのが、一九八〇年代からの金融の自由化=規制緩和だった。商業銀行から投資銀行に資金が移動した。そして、サブプライムなどいろいろな問題が起きる。そこに当局が気づいた。バブルはいずれ崩壊する。しかし、アメリカのものづくり産業は衰退していrことに当局は恐怖を抱くようになっていた。アメリカの覇権が失われるのではないかと。

 中国・東アジアに世界のものづくりの拠点が移っている。欧州から東アジアには巨額の投資で鉄道建設が進行している。生産と物流拠点を東アジアが確保しつつある。アメリカは朝鮮問題、アフガニスタン問題、イラン問題、そしてイラク問題で、足をとられている。

 アメリカは、金融自由化に邁進し、そして戦争ばかりしているうちに、足腰の強い国内産業が衰退し、次の時代を切り開くような生産技術を失ってしまった。あぶく銭で儲けた金持ちがいるだけ。そして、アメリカ全体から見た貯蓄率はマイナス。しかし、全世界からアメリカのバブルめがけて、投機資金が来た。アメリカの金持ちは他人のお金で儲けることができていた。ところが、これから、アメリカに投資していた中国や日本などの資金先が、アジアの急成長でアジア地域に移ってくる。アメリカは金儲けの唯一の手段=他国民のお金をもぎ取られることになる。

 このままバブルが崩壊する前に、権力の側は手を打たなければならないと考えたはずです。


会計基準変更し金融界を再編


 昨年十一月、米財務省は会計基準を変え、投資銀行が保有する証券を三種類に分けた。レベル1は市場から購入したもの。したがって、市場価格がついている。レベル2は、SECなど公的機関、四大会計基準、格付け会社などの算定基準で、多くの機関が一定の信頼を置いている人為的な価格がつけられたもの。それでも、まだ信頼されている。

 レベル3がサブプライムローン。仕組み債と呼ばれますが、市場ではなく投資会社が客ごとに勝手に価格を設定する。買い手の信用を得るために多用されたのが、格付け会社であり、いざというときは代わって支払いをする保険会社である。この保険会社がモノラインと呼ばれる。支払い保証を六〇兆ドルもしたのが、今回国有化された世界最大の保険会社、AIGです。

 ものづくり経済は沈滞している。一方でカネは余っている。どうしても投資銀行が開発した証券化商品に投資していかなければならなくなる。こういう流れがある限り、アメリカの金融商品が全世界に売れていくという構図があった。

 それが十一月に急ブレーキがかかる。投資会社は、レベル3をどれくらい持っているかを明らかにしなければいけなくなった。しかも、レベル3の証券は転売できない。市場価格がついていないからである。ファンドなどの投資家たちは、そんなに危ないレベル3を投資会社が大量に保有していたのかと騒ぎ、資金を引き揚げてしまう。日本の長銀倒産と同じで、日が経つにつれ、米国内や各国で負債の規模が段々明らかになってきているのが現在。

 保証額が大きすぎるから、AIGには契約解除が殺到する。AIGは、あらゆる証券に支払い保証をしたものだから、大変なことになっている。

 ここで軌道修正しておかなければ、アメリカ経済全体が破壊される。当局は当然そう考える。

 今回の危機のきっかけとなったのは、投資会社、リーマン・ブラザーズを当局が見殺しにしたことにある。同社は〇五年フジ買収騒動で売上百億円のライブドアに八百億円を融資した。市場価格よりも低い価格で新規株式を取得するという条件で。そして、空売りを仕掛けて同社は大儲けした。ホリエモンは息の根を止められた。同社は世界中で同じようなことをやってきた。だから、今年三月には証券会社ベア・スターンズを救済した当局が救済せず、リーマンを潰した。

 今回の危機で、これまで旧い業態と軽蔑されてきた商業銀行に、投資銀行を吸収させた。バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)やJPモルガンチェースなどが、破綻した投資銀行を救済合併しているのはそういうこと。これがFRB(連邦準備制度理事会)や財務省の思惑。

 FRBが大量の資金を短期市場に供給した。実際は短期国債を発行し、その資金をJPモルガンに渡し、それでモルガンが投資銀行を救済する迂回の仕方です。これは一種の政策金融。商業銀行を通じて投資銀行を押さえていく。

 このように説明すると疑問を感じるかもしれません。いま一番勢いがあるのは投資銀行であるゴールドマン・サックスです。同社は昨年七月に空売りをやって、二年連続で莫大な利益を上げた。ポールソン財務長官は同社の元会長。ルービン元財務長官も同社出身。ゴールドマン・サックスが、十一月の会計基準変更を察知してないと空売り成功は難しかったと思う。

 今後、ゴールドマン・サックス、JPモルガン、バンカメの三社を中心に金融界を再編する。ゴールドマン・サックスは中国に大きな基盤を築き、中国の対外金融の多くは同社を通している。同社は既に次に段階にシフトしている。JPモルガンもヨーロッパへ急速にシフトしている。その流れの中にアメリカがある。この流れに乗るべく、ゴールドマン・サックスは商業銀行に模様替えした。


危機の原因は金融近代化法


 米国当局は、商業銀行で投資銀行を抑えさせる方針だが、政策変更のタイミングが遅すぎた。一年ほど前にやっていたら、もっとましだった。こういう状況を察知した連中は既に拠点をアメリカから移そうとしている。その結果が九月からの金融危機の急激な拡大だ。

 ポイントが金融近代化法制定(一九九九年)によるグラス=スティーガル法(一九三三年)の廃止。

 グラススティーガル法は、第一に金利を下げさせる。第二に州際銀行を禁止する。国際的活動よりも、地元の中小企業・庶民に融資しろと。これが、後にCRA(地域再投資法)という形になった。アメリカは金融に関して日本より統制がきつかった。だから、フリードマンみたいなエキセントリックな自由化論者が出てくる

 第三に銀行と証券の兼業は禁止だった。大恐慌で保有証券の価値が下がる。資産デフレが起きて、貸借対照表が悪化する。資本金を埋めようとして預金者が逃げて、埋められない。その経験から、銀行、証券、保険の兼業は禁止された。それによって、戦後のものづくり産業は繁栄した。

 九九年、当時の財務長官ルービンが規制をなくし、相互乗り入れを自由にした。そうすると、商業銀行が一番損をする。日本の金融自由化でも、初めに破綻したのは、儲からない重厚長大の産業分野専門に融資していた長銀(日本長期信用銀行)だった。

 自由化すれば、証券業務に比重が移る。しかし、庶民は預金せざるを得ないから、商業銀行にお金はある。それがハイリスク証券への投資につながる。

 少なくとも、投資銀行を統制し商業銀行を復権していくという政策は正しいと思う。ただ、金融当局の予想以上にサブプライムローンの被害が大きかった。


飛び火したニンジャ(忍者)ローンの被害


 アメリカでは七十年間、不動産価格が下落したことがない。戦後の日本も土地神話があって、生前の松下幸之助は土地が下がったら日本経済は崩壊すると言っていた。実際、バブル崩壊が起きた。

 土地価格が上がるからと、庶民はどんどんお金を借りて、消費する。金融機関はどんどん貸す。そのアメリカで不動産価格が下落を始めた。戦後初です。そして、不動産上昇を前提としたサブプライムローンの仕組みは破綻。今回、世界的な金融危機に拡大した。ちなみに、サブプライムローンは闇で蠢いているという意味で「ニンジャローン」とアメリカでいわれています。ただし、サブプライムとは貧乏人に貸すということではなく、支払い能力を超えて金を貸すということである。収入一億円の人が十億円の借金をしたら、サブプライムです。

 日米では住宅ローンの仕組みが違う。日本では個人に貸す。払えなくなって、不動産価格が下落していたら、家を取られた上に一生払い続けないといけない。アメリカは住宅に貸す。払えなくなったら、住宅の鍵を返したらおしまいです。ホームレスになるが、それ以上は返済を求められない。だから、価格下落は住宅会社にもろに影響する。

 日本では住宅ローンを貸した金融機関がずっと借り手の面倒を見る。アメリカは貸した瞬間に証券化して転売する。それにはどこかに最終的な買い手がないといけない。それが九月七日に政府管理に置かれた政府系住宅金融機関であるファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)です。政府の暗黙の保証があるからと、金融機関はローンをどんどん証券化していった。

 ところが、この住宅金融機関が資金不足を起す。そして、AIGが行き詰る。AIGの救済資金だけで、米国GDPの二〇%を超すのではないか。いよいよ恐れていることが起きる。

 AIGなど巨大な金融機関がひっくり返りだし、救済資金の調達は短期国債の発行によるしかない。ところが、金融危機で米国民が短期国債を買わなくなった。短期国債を誰が買うかが焦点。金融機関は「資金繰りが苦しくなった。返せ返せ」といってくる。結局、買いそうなのは日本しかないから、日本が買えとなる。

 しかし、今回の事態で日本は大きな損失をこうむっている。外国の会社が円建て発行するサムライ債を日本が沢山買っている。この最大の発行元が破綻したリーマン・ブラザーズ。東松山市社会福祉協議会がリーマン社のサムライ債を購入して一億円の損失を出したことが報じられたが、実は地方銀行などがサムライ債をたくさん購入している。今後、損失が表面化してくるはず。

 アメリカは、日本、ヨーロッパに頼んで膨大なドルを供給してもらっている。しかし、事態はヨーロッパに飛び火。欧州諸国は、銀行国有化、預金保護、協調介入、救済基金作りなど必死になっている。欧州は証券業務ではだめだと、商業銀行業務を強化する。これは米国債を買わないぞという宣言。外国の買い手はますますなくなる。

 米国債発行には議会の承認がいる。だから、大統領選挙中はできない。
 今回取り付け騒ぎはない。商業銀行は危機ではない。庶民は商業銀行に預けているのだから。ヨーロッパで取り付け騒ぎが起きているのは、商業銀行がサブプライムローンの証券を買っていたから。米国は金持ちが融資しているので、取り付け騒ぎは起きない。しかし、彼らは三ヵ月で資金を回しているので、買い手がいなければ回らなくなる。そこで資金の不足が起きている。

 ロシアは無視。中国はリップサービスだけ。そして、サウジアラビアは自分たちがファンドを作ろうとしている。IMFは〇六年に、ドル、ユーロ、円に加え、中国、サウジを加えた五大通貨になると予測している。だから、彼らも余計なカネは融資できない。

 結局、救済財源捻出のための米国債の最後の買い手は日本政府。日本政府が、また国債を発行して、三菱UFJなどに押し付けて円を調達し、米国債を購入する。円をドルに転換して融資する。


次の市場に向かう投機マネー


 この問題は対岸の火事ではない。米国では、金融安定化法と並行し、自動車産業ビッグスリー救済が大きな焦点になっている。早晩、日本に影響する。

 金融危機の最中に麻生政権が発足したが、アメリカが強かったら麻生は首相になれなかった。昨年、「戦後レジームからの脱却」を説いてアメリカの不興を買っていた安倍が退陣。麻生が名乗りを挙げたら、直ぐ麻生包囲網が作られた。この時、アメリカ保守派のヘリテージ財団は「麻生政権なら短命に終わる」という見通しを出し、反麻生にお墨付きを与えた。だが、今のアメリカには麻生政権を阻止する力はない。

 いま日本の金融機関がおだてられて、米国の会社をどんどん買収している。リーマン・ブラザーズのアジア・欧州部門を買収した野村證券の氏家は「証券化ビジネスは終わった」と認めながら、「M&Aでいく」などと言っている。三菱UFJはモルガン・スタンレーを買収した。こんなことをやったらあかん。日本法人の実態はわからない。ババをつかまされるかもしれない。「失われた十年」の恨みを晴らすんだという英雄主義で行ったら、大変な目にあわされる。

 米国も欧州も、こんなに巨額な資金を当局が乱発して、ダブついたマネーはどこに行くのか。新たな投機の火種になることは明らか。

 金融はだめだが、新たな商品ファンドが出てくる。既に、コモディティインデックス・ファンドというのが出てきている。原油、金、プラチナなどの商品先物市場がある。しかし、扱い額が大きすぎるので、投資しているのは専門家のファンドで、庶民は手が出ない。

 これを小口化して売り出す。これを格付け会社S&Pとゴールドマン・サックスが組んでやっている。既に次の投機の舞台が設定されている。失敗した証券化ビジネスに代えて、商品投機という新しい市場が生まれる。排出権も新しい市場になるでしょう。地獄に向かう過程で、儲けるというのが金融マン。


経済・金融のオルタナティブを


 結論として、商業銀行は大事。庶民金融は持っていないといけない。
 主流派の経済学者は、国際経済の環境の変化が理解できていない。金融危機に関しても、経営者のせいにすることしかできない。新自由主義の責任から目をそらしている。左翼の側もだめ。恐慌とか過剰資本などとは言うが。それでは何も言ったことにならない。

 私は現在の「公的資金投入」には反対です。経営者の責任追及・処罰はもちろん必要ですが、今の銀行は救う必要がない。税金を使うのなら、住宅を取り上げられた庶民を救うべき。必要なのは借り手に対するモラトリアムです。今回のアメリカの場合は、まさに金融機関の自己責任。勝手に儲けさせてもらう代わりに、救済は求めないという約束だったはず。

 では、私たちの何ができるのか。先ほど、金融機関に地域での一定の融資を義務付けるCRA(地域再投資法)を紹介しました。これは一九七七年、ベトナム戦争後に作られたもので、アメリカの草の根運動の成果です。

 『金融権力』でも紹介しましたが、ESOP(従業員持株制度)など会社を金融ゲームの対象としない制度があります。新自由主義のシステムとは違う制度を日本でも作っていく必要があります。

 日本でも元々、労働金庫などがある。これらを活かしてNPO銀行などを拡大していって、オルタナティブな経済・金融のあり方をめざしていかないといけないと思います。