2004年の大統領選では、米国の白人の福音主義者たちの78%がブッシュに投票した。再選された子ブッシュ大統領は2005年2月2日に「一般教書演説」を行い、翌、3日に「朝食祈祷会」を開いたが、「一般教書演説」の草稿を書いたのは、マイケル・ガーソンという当時40歳の福音主義者であった。翌日の朝食祈祷会の主催者も、同じく、福音主義者のダグラス・コーであった。彼は、当時、76歳であり、「フェローシップ・ファンデーション」の総裁である。
『タイム』(2005年2月7日号)は、初めて、もっとも影響力のある米国の福音主義の指導者25人を選んだ。上記2人はその中に含まれていた。『レフトビハインド』の著者、ティム・ラヘイも選ばれた。同誌が初めてこのような特集を組んだのは、子ブッシュの再選に福音主義派教会、とくにメガ・チャーチが大きく貢献したと見なしたからである。同誌の表紙は、25人の顔と十字架が描かれていた。そして、「ブッシュが彼らから受けた恩恵はなにか?」、「民主党に必要なものはより多くの宗教ではないのか?」という見出しが付けられた。
その他、選ばれた25人の中には、大物の伝道者、ビリー・グラハムとその息子のフランクリン・グラハム、ワシントンに本拠を置く保守系シンクタンク「宗教と自由研究所」の所長、ダイアン・ニッパーなどが含まれていた。
しかし、大物のパット・ロバートソンとジェリー・フォルウェルの2人が選に漏れた。 2004年時点で、代表的な福音主義者を選ぼうとすれば、パット・ロバートソンを外すことはできなかったはずである。彼は、1988年の共和党大統領予備選に出馬した経験があり、2004年の子ブッシュ大統領再選に大きく貢献した人である。彼は、全米で数百万人の会員を抱える「クリスチャン連合」の創設者でもあり、さらに、国民的人気のあるケーブル・テレビ(クリスチャン放送網=CBN)を運営し、自らも宗教番組、「700クラブ」に出演して、福音主義の拡大の原動力になっている人でもある。
『タイム』の副編集長、スティーブ・コープは、彼を外したことについて、すでに地位を築いた人よりも、これから影響力を増すような新人を選んだと弁明した。確かに彼は、当時75歳であったが、選ばれた人の中には、彼よりも年長者が結構いたので、年齢は理由にならない。むしろ、ロバートソンの、かずかずの、あまりにも過激な米国・イスラエル擁護発言のせいであろうと思われる。
最近では、血栓症などで2005年1月4日に入院したイスラエルのアリエル・シャロン首相を評して、ロバートソンは、自らの番組で、聖書の「ヨエル書」を引用して「イスラエルがガザ地区の入植地を撤退したことに神の罰が下ったのだろう」と発言した。 これには、米国民はもとより、イスラエル政府も直ちに不快感を表明した。
ロバートソンは、ガリラヤ湖畔に「クリスチャン・テーマ・パーク」の建設を願っていた。イスラエル政府も、協力を申し入れていたのに、ロバートソンの発言に抗議する意図を込めて、支援の打ち切りと協力の撤回を決めた。
いずれにせよ、福音主義者たちが、ことイスラエルに関するかぎり、一切の批判を許さないという姿勢を堅持していることは確かである。そして、彼らの支持が子ブッシュの背骨になっているのである。
このロバートソンは、「進化論」を支持する人たちを非難したことがある。これまで米国では、進化論支持者と、旧約聖書創世記にあるように神が天地を創造されたとする天地創造説支持者の対立が続いてきた。
米国民の過半数が「創造説」を信じていると言われる米国では、公立学校で「創造説」を教えることの是非が問われてきたが、憲法には政教分離原則が盛り込まれており、1987年に最高裁が「聖書の創世記を授業で教えることは、政教分離に反する」との判断を示して以来、公立学校で「生命は神が作った」とは教えられない。同時に、公然と「進化論」を教えることにも抵抗があり、生命誕生問題は、公教育の現場ではタブーとなっている。
しかし、「創造説」へのこだわりは大きく、最近では、生命の誕生にはなんらかの知的計画が関与したとする「インテリジェント・デザイン」(知的計画)を授業で教えようとする動きが米国に出てきた。
ダーウィンの「進化論」では生命誕生のなぞに答えられない、「時間をかけたからといって、複雑な生物は生まれ得ない」、「より高度な『力』が、生物を創造した」など、生物が誕生して固有の形をもつようになった背景には、なんらかの知的計画があると主張するのが、「インテリジェント・デザイン説」である。
この説は、「神」や「創世記」といった言葉を用いてはいないものの、「創造説」の1つであることは間違いない。進化論支持派は、「インテリジェント・デザイン」について天地創造説の「神」を「知的計画」に置き換えただけだと批判している。
2005年11月8日、東部ペンシルベニア州と中部カンザス州でこの問題に関して、対照的な、異なる2つのできごとがあった。
ペンシルベニア州南部のドーバー市では、教育委員会の選挙で「インテリジェント・デザイン」を支持する8人が落選した。2004年、この町で、生物の授業において、「進化論には『穴』があり、インテリジェント・デザイン説は穴を埋める理論の1つだ」とする文書を教師が読み上げることを教育委員会が決めた。しかし、これは、政教分離の原則に反するとして法廷論争が続いていた。
一方、カンザス州の教育委員会は、同じく8日、公立学校を対象とした「生命誕生をめぐる科学的な論争」を教えるとするカリキュラム改訂案を賛成6、反対4で可決した。直接言及していないが、授業で進化論だけでなく「インテリジェント・デザイン説」も合わせて教えようとしたものである。「創造説」を授業に取り入れるかどうかは、各学校の判断に委ねられるが、福音主義者の圧力があったことは確かである。 ドーバーで、「創造説」的な「インテリジェント・デザイン説を」支持する人たちが教育委員会選挙に8人も落ちたことをロバートソンは激怒し、10日には、ドーバー市が「神」を拒絶したと批判し、「神が怒りを下すだろう」と語ったとロイターが伝えた(2005年11月11日)。
ロバートソンは1998年には、フロリダ州オーランド市が同性愛者団体の活動を許可したことを批判し、同市にハリケーンや地震、テロ攻撃などの災害が発生するであろうと警告した。
彼は、2005年8月22日にも物議を醸す発言をした。米国との対立が深刻化しているベネズエラのチャベス大統領を暗殺すべきだとまで言ってしまったのである。
同氏は自分の番組「700クラブ」で、チャベス大統領を「共産主義とイスラム原理主義を米大陸に広めている」と批判した上で、チャベスが繰り返し言及してきた「米国によるチャベス暗殺計画」に触れ、「もしそれが本当なら、我々は暗殺を実行すべきだ」、「独裁者を始末するのに(イラクのように)2000億ドル(約22兆円)も使って戦争をやる必要はない。秘密工作員に仕事をやってもらう方がずっと楽だ」、暗殺には情報機関の数人の活動で十分と述べたのである。
ベネズエラのランヘル副大統領は、翌、23日の会見で「米国は対テロ戦争を説く一方、このような影響力のある人物にテロリスト的発言を許している」、「この発言は明らかな犯罪だ」と米国に対処を求めた。
これに対しマコーマック米国務省報道官は同日、「不適切な発言だが、米政府の政策ではない」と、ローバートソンの発言を単なる一市民のものにすぎないと強調した。
ロバートソンの発言は、予想以上に波紋を広げ、24日、ロバートソンは記者会見で謝罪した。しかし、謝罪はしたものの、イラクのフセイン元大統領やヒトラーを引き合いに出し、「無実の傍観者の群れに車が突っ込もうとしているとき、ただ惨劇を待つことはできない。ドライバーからハンドルを奪い取らねばならない」と、比喩的にチャベス大統領を改めて批判した。
南米最大の産油国ベネズエラは、米国にとって原油の主要な輸入国だが、チャベスは南米でもっとも目立つ反米主義者で、米州自由貿易構想をはじめ、イラク戦争のほか、米国の政策にことごとく反発してきた。ロバートソンの発言は、チャベス政権に対する米国内の保守派の苛立ちを示したものであろう。
パット・ロバートソンは、過激な発言のゆえに、『タイム』では選ばれなかったが、福音派拡張の大きな力であったという事実は否めない。