宮応事務所の皆さんにご無理をお願いして、兄の二男・甥の結婚式に参列しました。
新しい出会いと若い二人の門出に参列できて、本当によかったです。
甥は、大学院をでて、外資系のコンサル会社に就職するも、思うところあってか、一転して「有機農法」を行う農業者に弟子入りし、研修期間を経て「上州百姓・山口農園」を営んでいます。 そこに嫁さんが来たのです。 それも海外に展開する「土木女・ドボジョ」! その出会いなど感動モノでした。
甥が弟子入りした新郎主賓の方のご挨拶がまたよくって、私もご挨拶に行って、すっかり意気投合しました。
また、新婦のお母様は、愛知県豊橋市の市会議員で、今期で引退されるとのことでした。
日本農業を守り、発展させる、お二人に幸多かれとたくさんの祝福が送られました。
今日の県知事選挙を皮切りに、4月26日の後半戦投票日まで丁度1ヵ月、一斉地方選挙が始まりました。
岡本一神奈川知事候補の応援に、共産党の志位委員長が横浜西口に来ました。
宮応事務所では、公営掲示板のポスター張りのメンバー以外は「みんな横浜へ」とし、横浜西口は身動きできないほどの大勢の人で埋まりました。
候補者岡本一さんは、全労連の副委員長をやり、大企業の「内部留保」の実態を明きらかにした人で、「内部留保を取り崩して賃上げを」との政策を今では、政府も言い出しているのです。 2度、川崎市長選挙に挑戦し、自治体の仕事をする労働者に労働条件を保障する「公契約条例」の実施を公約に掲げ、選挙戦を戦い、当選には至りませんでしたが、川崎市が他市に先んじて「公契約条例」を定めた推進力になったのも、岡本さんの力です。
全国第2位の財政力を財界ではなく、県民本位に使えば、神奈川県はもっと住みやすくなります。 だって、高校進学率、中学校給食率などなど全国最下位なのですよ。 つくづく、もっと住みよい神奈川にしたいと思いました。 知事には最適なかたです、岡本一さん
志位委員長は、戦争立法をストップさせるためにも、一斉地方選挙で、知事選挙を皮切りに県議選の大躍進をと訴え、岡本コールが沸き起こりました。
大和のくぼ純予定候補はじめ、県議候補者も大型宣伝カーの上で紹介されました。
昨年、50年前に上草柳の舘野鉄工所に厚木基地の米軍戦闘機ファントムが墜落した慰霊祭をしましたが、慰霊碑を建立した場所が国有地なので国の許可が必要とのことで、いったん慰霊碑を撤去しました。
その後慰霊祭実行委員会のメンバーを中心に、ご遺族や地元自治会の意向確認もして、やっと国の許可を得ました。
さらに同時進行していたパンフレット「もう落ちないで ここは人の住む街」が完成しました。
一部 500円です、大勢の方に読んでいただきたいです。 これから全国的に宣伝・広めていきますのでよろしくお願いいたします。
3月22日午後から、桜森コミセンで「慰霊碑建立とパンフ発行のつどい」が開かれ、横浜緑区への米軍機墜落事故の被害者椎葉寅雄さんの講演があり、たくさんの方のご参加を頂きました。
私もパンフレット発行のメンバーに名を連ねていますが、中々時間が取れなくて恐縮です。
、
いよいよ一斉地方選挙が始まります。
3月26日の知事選挙の告示を皮切りに、4月26日の市長、市議の投票日まで続きます。
また、3月26日からは、候補者カーのみが拡声器使用となりますので、その他は使用できません。 「選挙が始まると途端に静かになる」のっておかしくありませんか。 政策をお知らせし、有権者の判断を仰がねばならないのに!です。
という訳で、今日はハンドマイクを持って地域に出て、街角で直接訴えました。 宣伝カーでは、回れないような裏道にも入ってお話させていただきました。
途中、通りがかった方には、くぼビラと宮応パンフをお渡ししました。
写真は、一緒に回った方々です。 私の写真は、ほかの方が撮ってくれましたが明日アップします。
3月20日は、市内小学校の卒業式で、私は地元の引地台小学校の式に参列しました。
卒業生は、2クラス一クラス27人で54人が、小学校を巣立っていきました。(小規模校ほど少人数になります)
以前は平場で行っていましたが、数年前から壇上で行われ、担任から名前を呼ばれ、壇上に登って、「私は、(僕は)中学校に行ったら、(大人になったら)○○○になりたいです、そのために頑張ります」と、自分の夢を発表するのです。
どの子も一生懸命考えたのでしょう、会場全体が子ども達を慈しむように暖かい雰囲気に包まれました。
校長先生は、「学校は何時でも貴方たちを見守っています。 いつでもきてくださいね」と。
PTA会長は、ご自分のお子さんも卒業なので途中で涙声なってしまいましたが、温かいご挨拶でした。
来賓紹介で私のお隣の引地台中学校長の「中学校で待っています」のご挨拶に、卒業生から熱いまなざしが向けられました。
来賓控室に戻って、「この学校は本当に地域のみなさんに暖かく見守られています、これからもよろしくお願いいたします。」の校長先生のご挨拶を頂きました。
写真は、先日の「事務所びらき、決起集会」に遅れて参加できなかった方が届けてくださったチューリップです。
昨日は、これまた「参加できなくてごめんなさい。 これみなさんでどうぞ」と3カートンもの飲み物と果物の差し入れがありました。
ありがとうございました。 元気が出て、来週の3月26日県知事選挙告示を皮切りに、4月26日市議選投票日まで、あと1ヵ月頑張ります。
今日の午前中、「窪さんを県政へ!女性のつどいが開かれ、くぼ県議予定候補とほりぐち、高久、さとう、宮応の4市議候補が参加しました。
参加者からは、高校進学、学力の問題、学費の高さ、高齢者の介護施設、住宅問題など、どれもこれも、神奈川県政に関わる問題で、「くぼ節」がさく裂しました。
しかし、深刻な問題です、「県営住宅では、修理の予算がないので、業者を紹介するから自己負担で修理してくれと言うのです。 こんなのありますか!」と。
とんでもありません! 神奈川県は愛知県についで、「財政力第2位」の件で、問題は何に使っているかです。 住宅の修理は規則に定められているものは県が行うべきものです。 県会議員はなにやってんだか。
川崎市の中学1年生の上村遼大君が策害された事件は、学校も家庭もご近所も警察もあれだけ大人が関わっていながら、命を守れなかったにショックを受けました。3月19日付の新婦人新聞に不登校の子どもと親の相談活動を続けてきた神戸大学名誉教授の広木克行さんと教育評論家の尾木直樹さんのコメントが心にしみました。
広木さんは、犯行を認めた18歳の少年Aについて、彼の残忍な言動の背景には暴力やいじめから救われぬままに成長してきた被害者としての体験があることを忘れてはならないこと、子育てと教育における虐待や体罰という「暴力の文化」が生み出す一つの典型と指摘しています。
遼大君は明確なSOSを発していましたが、それは友達から学校に届くことはありませんでした。 「書類作りの事務的仕事に追われ、生徒と話す時間さえ十分に取れない現場では、教師の仕事は一通り指導したという形や回数の追及で精一杯の状況です。ここにメスを入れて改善しなければ教師が生徒のSOSに気付くことさえ難しい」の指摘にうなずくしかありません。
尾木さんは、「守り手としての親の姿を」として、「子どもの命、安全は絶対守るよ、心配なことあったらお母さんに何でも言いなさい」と、しっかり伝えることも大事と述べています。
今日午前中は、Mさんと上草柳地域を訪問しました。
暖かい陽気に誘われて、外に出ている方も多く、気軽にあそこにもここにもとお声をかけさせていただきました。
こういうの得意で楽しいですね。 歩き始めても、あそこもここもと約3時間歩きました。 途中ランチもしました。
高校の同級生の家にも久しぶりに訪問、そうでした、夫さんはウチの夫の知り合いでした。 土建の業者さんからは「宮応さんは、大丈夫だよ」と言われましたが、「それがあぶないのですよ。」 「やるべきことをやるべき時までにやる!」これが鉄則です。
午後1時からは、宮応宣伝カーが出動し、午後4時からは、県知事予定候補」の岡本一さんと県議予定候補のくぼ純さんが大和駅で政策を訴えました。
(本番の予行練習です)
約一週間前に予約して、16日午後から議員団で県立瀬谷養護学校の視察を行いました。 ところが私は、直前になって緊急の私用が入り参加できませんでした。 以下、出来立てほやほやの「くぼ純サポーターズ」ブログから転載します。
県立瀬谷養護学校を視察
鈴木校長が学校の様子など、お話いただき、校舎を案内していただきました。
小中高等部があり、300人ほどの生徒さんが通っており、一人ひとりの成長に寄り添った教育をされ、お互いに刺激しながら、毎日を送っているそうです。
先週・今週と卒業式があり、会場の体育館では、各クラスでつくった作品が飾られていました。
しかし校舎は、県の教育予算が最低レベルというのがよくわかる状況でした。食堂や体育館への通路、視聴覚室では雨漏り。定期的なメンテナンスができていれば、防げたと思います。また、未だに和式トイレと遅れを感じました。
校長先生は「地域で支えあいながらお互い成長し合える環境ができることが理想。養護学校でサポートしていくことも大事だけど、地域の学校で学びあえるようになればいい。けれど、それにはマンパワーが足りない。」と教育予算の少なさ、教員不足を嘆いていました。
なんとしても県議会選挙で議席を取り戻し、全国2位の財政力を県民生活に向けさせ、学ぶ環境の充実を目指します。
【スタッフ D】
心配された雨も上がり、3時から宮応ふみ子事務所びらきと決起集会が開かれました。 狭い事務所には満杯の人、人。
私は、1987年、3人の子育て真っ最中の42歳で「母と子の願いを市政に」と市議に立候補し、当選。 最初の一般質問は、少人数学級【40人学級)実現の問題だったこと、現在の35人学級実現へと繋がる28年間に時間を感じます。 学校建設、学童保育づくり、交通問題、街づくりなど地域の皆さんの思い、問題を取り上げてきました。
今度の選挙は、後には引けない「この国を戦争する国にしてはならない」踏ん張り所、介護保険の後退も許せないと訴えました。
選挙戦の分析、共産党の頑張りが求められていることなどお話しました。 皆さん、ウンウンとうなずきながら、私の8期目を何としても押し上げようとの思いが一つになりました。
選対本部長のくぼ、宮応勝利のための方針を受け、最後は「頑張ろう」三唱。 差し入れの手作り和菓子を頂きながら、あっちでもこっちでも話に花が咲き、「宮応パンフレット」をお持ちいただきました。 私が事務所を出たあと、Iさんが遅れて来られたとのこと、ありがとうございました。
明日から猛ダッシュです! ほぼ連日更新のふみこのブログもコピーしてパネルで披露しました。
大和駅北口(相鉄口)ポスト周辺にいつも雨水がしたたり落ちていて、投函する方々が困っているのを目の当たりにしました。
一体これは何だと観察すると、雨の翌日小田急高架から、出ていることが判りました。
取りあえず、翌日、すぐに大和市役所の担当課に転落しましたが、「すぐ現場を確認し、小田急に連絡します。」とのこと。
数日経っても変化なしで、宮応事務所のメンバーと「小田急大和駅」にどうなっているのか聞きに行き、副駅長と面会しました。 副駅長はご存じなくて、慌ててポストまで走って行って事態を確認し、対応については後で私に連絡するとのことでした。
夜、連絡がありました、設備などを担当する部署では、事態を把握していて週明けに対処、昨日また連絡があり、本格修理は時間が掛かるので、取りあえず応急処置で雨水の滴り越智を止めたとのことでした。
今日、それを確認しました。 市役所、小田急の皆さん、ありがとうございました。