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2008.5.1 Yさんのこと(味覚三代)、そして私のこと

さすが、食い道楽の親を持った子供です。
彼女の父親は、大変な食道楽だったと彼女は言っていました。

彼女の家は、大阪の中央卸売り市場の近くだったので、父親は素人なが
ら、そこへ毎日買出しに出かけていたそうです。
その頃は、素人はなかなか卸売り市場へは行かなかったものです。
今では、女性も行く人がいますが、当時は、玄人の男性が行く所でした。
父親は、鯛など高級魚を買って来て、自分で捌いて刺身など作っていた
そうです。
父親の家系は、父親の祖父の代から、食道楽だったそうです。

彼女とは、長い付き合いでしたが、彼女がそういう家庭で育ったことも、
彼女自身、食に強い関心があったことも、私は今回、彼女が調理師学校
を卒業する迄、全く知りませんでした。

私は、味覚が秀でた人を見ると、必ず、その人の親はどうかと思って
聞く癖があリます。
しかし、彼女については、味覚に秀でていることなど(というか、食に
関心があることさえ)知らなかったので、聞いていなかったのですが、
期せずして、かねてから言われていることが正しいことを証明してくれ
ました。

そのこととは、「衣は一代、住は二代、食は三代」と言う言葉です。
「味覚三代」とも、言われます。
味覚は、親の代から連綿としてして引継がれるものだということらしい
です。
私は、この言葉に、若い頃から大変関心を持っていました。

私の尊敬する女板前のKさん、友人のTさん、Mさん、Iさん、
料理上手な人は全部、親が素晴らしい味覚を持っていたらしいことを知
りました。

一方、私は…と言うと、田舎の農村出身の父母で、取り立てて言うべき
ことは無いし…、と長い間、引け目を感じていました。
料理については、若い頃から、長年、私なりの精進もしてきましたが、
その一点から、自分の舌に、自信がありませんでした。

ところが、ある時、父が素晴らしい味覚を持っていたらしいことを、
父の残した手紙から、知りました。
そして、父の母親も、そうであったらしいのです。
父の母親は、村では珍しく夏でも白足袋を履き、刀自(とじ=九州、
四国では武家の奥方のこと)と呼ばれていた人らしいですが、この人の
ことを、父が言っていったのを思い出したのです。

その時、私は自分にも「味覚三代」の資格があったのか?と驚きました。
それは、嬉しい衝撃でした。6~7年程前のことでしょうか?
それから私は、自分の味覚に少し自信を持つ様になった経験があります。
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