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2019.01.18 久しぶりのミニクラス会

(1月17日)

久しぶりのミニクラス会へ出席。高校時代のクラス会で、毎月開催している。
皆さんは毎月集まっているけれど、私は3〜4カ月振りに参加した。

場所は、阪急御影の蘇州園、もともとは中華料理店だったらしいが、
今は,イタリヤ料理店。

 

大きな広い日本庭園が素晴しかった。
建物も美しい日本家屋。
でも、何故、中華料理店の庭が日本庭園なのかしら?
そして又、今ではそれがイタリア料理店になっている。
歴史の変遷を感じた。
 

建物の中も豪華。ここは、ワインバーらしい。

 

料理も美味しかった。

 

今回の参加者は、クラスのメンバー以外に、隣のクラスの3名が加わり計9名。
クラスクラスと言っても、60年以上前の話だけれど。^^
この日は、豪華な場所で美味しいお料理を頂き、盛り上がった楽しい集いだった。

 

 

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2019.01.17 阪神大震災から24年、そして<阪神大震災と私>【ブログ第1700話目】

(1月17日)

阪神大震災から,今日で24年目。

 

阪神大震災で亡くなられた少女が可愛がっていたオウムにやっていた餌の
ヒマワリの種が、全壊した家の庭に落ちて花開き、その種を天皇陛下が
育てられて詠まれたものだと、たしかテレビで言っていた。 


今朝の追悼の集い。この会も、今年で終了だとか。
93才の会長の方が挨拶をしておられた。
 



<阪神大震災と私>

阪神大震災から,今日で24年目となった。
私は、その日、日本に居なかった。
旅行嫌いの私が、どうしても行って見ておきたかったところ、それは英国から
中国へ返還される前の香港だった。
上海生まれの私が、6才の時までいた当時の記憶の中の上海に、もしかしたら、
わずかでも似た所が残っているとしたら、それは返還される前の香港に残って
いるかも知れないと思っていたから。
と言っても、小学校1年生だった私は、日本人居留地に住んでいて、その道路
向かいの日本人小学校に通っていたので、その道以外はほとんど知らなかったが。
(しかし結果的に、その返還前の香港への旅では、特に収穫は無かった。) 

「お願い、次に香港に行く時は誘ってね」とひつこく頼んでいた友人から、ほと
んど10年もしてから、あんたまだ行く気があるの?と聞いて来たので、私が絶対
に行きたいと強硬に意志を示したことが、彼女のもう1つの案を引っ込めさせて、
香港に行くことを決定させた。 (香港返還の2年半前だった。)

その年上の友人に、亡くなる直前の私の母が、私を頼むと電話していたと言うことを、
この香港旅行後10年以上経ってから、その友人から聞いた。
もちろん,母が彼女に頼んだのは、一般論のことで香港旅行とは関係ない。
母が亡くなったのは、香港旅行の更に15年程前だったから。
「やっぱり母が私を香港にやってくれたのか?旅行嫌いの私を、わざわざ地震の日に
香港に行く様にしてくれたのか?」
衝撃はあったが、それでもやっぱりそうだったのだ!という思いの方が強かった。
母が行かせてくれたと言うことは、私の中ではすでに確信だったから。

兄の驚き方は、凄かった。
「旅行嫌いの◯◯ちゃん(私のこと)が、揺れる前に荷物を持ってチャッチャッと
脱出して、揺れ終わってから荷物を持ってチャッチャッと戻って来た?
こんな不思議なことがあるんや!こんな不思議なことがあるんや!!!」

神戸に戻ると,家は全壊。もし、家に居たら怪我どころではなかったと思う。
しかし、長年の友人達と往年の顧客の方々が献身的な再建を支援して下さって、
1年半後に神戸に戻ることが出来た。
(これについては、何度もブログに書いたが言い尽くしていない。8話UPしたが、
実は20話程書いている。しかし完結ではない。
この旅行については、人知を超えた不可思議な出来事が沢山あり過ぎて、自分の
筆力ではとても書き切れず、最後迄書けず疲れてしまって、諦めてしまった。)

神戸再出発後の私は感謝感謝の毎日で、今度は自分が!と、しゃにむに頑張った。
その思いは、いまだに叶えられていない。感謝は益々深くなる。 

そのボランティアの仲間の内、のばらさんが2年半前に亡くなった。
他の方々が、いつまでもお元気でいて下さることを、願うばかりです。 
 


 
※ なお、今日という節目の日に、ブログは偶然ながら【第1700話目】となりました。

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2019.01.16 マグロの山掛け、「チタンのおろし器」に改めて感動したこと。

(1月16日)

スーパーで、まぐろの中トロの少量パックが売られていた。
少量だからか、値段もお手頃だったので、 山掛けにしようと思った。
折良く、山芋の使い掛けがあるし…。
山芋はチタンの保存容器に入れていたからか、真っ白で充分使える。
(12月24日に使った残りなのに不思議。チタンだからか?長芋でなく
山芋だからか?) 

 

チタンのおろし器で、おろす。
ここで驚く。

先日、擂り鉢でこの山芋をおろしたときよりも、ずっと滑らかだった。
しかも、擂り鉢ではとてもおろし難い。時間もかかるし、力も要る。
指まですりおろしそうになって、少し痛い。
(「2019.01.13 根菜食開始、便秘と食事の量について思ったこと。」)


一方チタンのおろし器は、大変軽く、とても細かい肌理で、気持ちよく
すいすいと滑らかにおろせる。 スピードが全く違う。
チタンのおろし器が優れ物だとは、もちろん知っていたが、 正直、擂り鉢
の方が本格的かと思っていた。
ところが、チタンのおろし器でおろした方が、断然肌理が細かく滑らかだ。
しかも、擦った物がべちゃっとせずに盛り上がっている。
擂り鉢で擦ったものより、美しいと思った。

意外だった。改めて感動した。比べ物にならないと思った。
10年程前に、妹と感動したことを忘れていた。
 (その時は、長芋だったが。) ↓
(「2010.05.02 チタンの岩塩おろしで、山掛けを」) 

 

純チタンおろし器(10,286円)

◎この「チタンのおろし器」は、ご家庭はもちろん、これはプロ仕様なので、
ぜひプロの方に知って貰いたいと思う。

※なお、チタンのおろし器は、離乳食を作る時の強い味方となると思う。
大根おろしには目が細か過ぎて、向かないかも知れない。


  

(夕食)

マグロの山掛け(まぐろ、山芋、青紫蘇、海苔)、白菜塩漬け(おかかと醤油掛け)、
蓮根のカレー炒め(作り置き)、おつゆ(昆布出汁、かつお出汁、豆腐、残り物類)、
ご飯、お屠蘇
 

久しぶりのまぐろの山掛けの美味しかったこと!
たっぷりの山芋おろしの滑らかな口触りが豪華だった。
 

友人の影響で、いろいろな野菜の塩漬けを摂ることを始める。まずは白菜から。
お屠蘇はまだ1袋ある。これが終わる迄、まだしばらく梅酒が始められない。 

 

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2018.01.15 とんど焼き

(1月15日)

近くの松原神社のとんど焼きに、我が家の注連縄(注連縄もどきのリースの様なものだが)
を持って行き、焼いてもらった。
いままでは、もどきを何年も使っていたが、素晴しい注連縄が売られていることを知って、
今後はそれを求めて、本来のやり方(新年15日に神社で燃やしてもらう)をしようと
思っている。 
恥ずかしながら、転居後13年目にして、この神社への元旦の初詣は初めてだったし、
15日のとんど焼きも初めて!
ようやく、まともな日本人になりました。(いくらなんでも遅すぎる!^^;;) 

先日、さくらさんから、とんど焼きの時に古い年賀状を燃やして貰ったら良いよと聞いた。
良いことを聞いた。彼女は,お母さんの言い伝えで、こういうことをよく知っている。
(え?もしかしたら、常識かしら? 私は、本当に常識が無い。)
昨年、戸棚を整理した時、10数年間の年賀状で戸棚が満杯になっていたので除けたが、
さて処分方法がわからず、困っていた。
それで、今朝、この古い年賀状を持って行き焼いてもらった。相当の量があった。
本当に助かった。

 

      

おみくじを引いたら、何と「大吉」だった。
中を読むと、とても有難いことばかりで、嬉しかった。

 

(帰宅後、昼食)

白菜と鶏肉の丼物(昨日の煮物と白ご飯で丼に)、お吸い物(昨日の煮汁に
昆布出汁とかつお出汁を加えて、かまぼこ、春菊、柚子皮)、蓮根のカレー炒め
 

昨日の失敗作を、中身と煮汁に分けて保存しておいたものを、徹底利用しようと
思った。しばらく、これらを利用するつもり。

 

 

(夕食)

お雑煮(餅2つ、かまぼこ、春菊、鶏肉、柚子)、白菜煮物(昨日の残り)、
辛子明太子、冷や奴(生姜、葱)、蓮根のカレー炒め、ご飯、お屠蘇

 

お雑煮もリメーク料理、昨日の煮物のお汁に昆布出汁とかつお出汁を加えて、
かまぼこや柚子皮と共に、お餅2つで好物のお雑煮にした。
失敗料理でも捨てるのは忍びない。
と言うことで、転んでも、ただでは起きたくない私なのでした。^^;;
 



今日の午後は、本当はミツバチ会で会う予定だったが、急遽ヤーちゃんが、インフルエンザに
なったので、延期になった。
それで、楽しみにしていたBちゃん作の『百合と南天の実の造花』が、まだ貰えないことになった。 
残念! でも仕方が無い。
インフルエンザは、治るのに10日程掛かるだろうと思う。 

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2019.01.14 夜中に胃痛、根菜はよく噛まないといけなかった。

(1月14日)

    

今日は、成人の日で祝日。国旗を揚げる。 
(明日は、この注連縄をどんと焼きに持って行く予定。 )

 

夜中に,胃痛がして目が醒めた。
最近、根菜を食べることが大切だと気が付いたのは良いけれど、
調子に乗ってどんどん食べて、あまり噛んでいなかったことに気が付く。
そうだ、私は胃が強くないのを忘れていた。反省。
いえ、胃が丈夫でも、よく噛まなければならない。特に根菜は!

根菜と言っても、ごぼうや蓮根ばかりとは限らない。
芋や、野菜を、沢山食べよう。
今日は、たっぷりの白菜を使って、白菜鍋を作ろうと思った。
 

 

チタン鍋特大(今は廃番)に、白菜、えのき茸、舞茸、水菜、葱を
たっぷり入れて、上から、鶏屋さんで売っていた鶏のスープを注いだ。 

 

水気が上がって来たが、色が濃い過ぎる。
スープの希釈の量を間違っていた。少し辛すぎた。

私は、いつもは昆布で鍋や汁物を作るが、今回初めて鶏屋さんで既製品の
スープを買って来た。水で割るらしいが、その量を間違ったらしい。

 

   

大量に作ったのに、私の勘違いで大失敗。

くったっとした白菜を沢山食べる予定だったが、辛くて無理だった。
やっぱり、いつもの昆布で作った鍋が一番と思った。
まあ、「こんなこともあるさ」の巻でした。 大変失礼致しました。 

 

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2019.01.13 根菜食開始、便秘と食事の量について思ったこと。

(1月13日)

山芋を、擂り鉢で擦る。

かつおだしを,加えてのばす。

(実は、山芋の使い差しが残っているのを覚えていたが、使えるかどうか心配していた。
念の為調べると、12/24に三分の一ほど使って、残りをチタンの保存容器に入れていたもの。
とんでもなく古い。
でもまだ充分使えそう。チタンなので、大丈夫かもしれないとは思っていたが。 )

 …ということで、擦り流し汁にしてみた。

 

(夕食)

サラダ(グリーンリーフ、水菜、人参、ソーセージ)、ごぼうと牛肉の旨煮(作り置き)、
蓮根のカレー炒め(作り置き)、 山芋擦り流し汁(海苔、わさび)、ご飯、お屠蘇
 

山芋の擦り流し汁は、やっぱり美味しかった。


<便秘と食事の量について>

私は、子供の頃から便秘症だった。
子供の頃は酷くてお腹にガスが溜まって、横隔膜挙上症になってしまった程。
今は、酷い便秘症とは言えないが、緩下剤を少しだけ飲んでいる。効かない時もある。
でも、薬はいずれ止められないものかと思っていた。 

先日、ふと思った。

少食が良くないのではないか?
沢山食べて、押し出さないといけないのではないか?
押し出される材料、つまり根菜や穀物等を充分食べてないのがいけないのではないか?
特に、私は通常,家にいる時は昼食は少量しか食べていない。これでは材料が足りない。
押し出せない。(尾籠な話ですみません。)

少なめの食事は止めよう。
試しにお昼をご飯にして、沢山食てみよう。
そう閃いた私は、さっそく、実験してみた。 

①試しに、1日目、近所のあかなすで日替わり定食680円(ご飯は少な目でと言わず、定量で。)
②2日目も、あかなすで、日替わり定食680円 (ご飯普通盛り)

もちろん、夕食は家で、ごぼうや蓮根等を多用して充分食べた。

…と、その実験結果ですが、
第1日目翌朝から、大成功!
第2日目翌朝も、大成功! 
そして、今日第3日目も、大成功!
便秘はなし。トイレで頑張る必要は、全くなし。 

…ということで、な〜んのことは無い、
便秘とは、単に押し出すものが不足していただけ!
…ではないかという結論に達しました。

食の細い人は、どうぞご参考に。原因はそれかも分かりません。 

根菜、野菜、穀物等、便となり押し出す力のあるものを充分摂取することが必要と分かりました。

ただ、こういう時、食べるものが無かった時代、食べるものが無い世界のことを思えば、申し訳
無さを覚えつつ、食べるものの溢れている今の日本に感謝しながら、この結論に達しました。

本日は、尾籠な話でごめんなさい。 



 

 

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2018.01.12 ヒペリカムの実と、トールペイントの額

(1月12日)

Bちゃんからメール。
「ことしもよろしくね。百合の花(造花のこと)出来たよ。
美味しいもん、初ランチしようや〜!」

彼女は、私の為に、百合の花と南天の実の造花を完成させてくれたらしい。
私も,この頃落ち込んでいたので、 久しぶりに3人で会いたい。

 

「赤い実と言えば、今我が家の玄関にヒペリカムの実を活けてるよ。」
と言うと、ヒペリカムを知らないらしく興味を示したので写メを送って上げる。
便利な世の中。 

彼女は、すぐネットで調べて、ヒペリカムも、又作ってみたいと言っている。
やる気充分な人やね。すごい! 

 

     

ところで、彼女は、我が家のこの上の漆塗りの額をまねて、トールペイントで
作っているけど、もう出来上がったかな?

聞くと、素晴しい出来で、本物と変わらないものになりそうだとのこと。 
送って来てくれた写メが、これ。
確かに素晴しい。あと1カ月ぐらいで、仕上がるとのこと。

でも、なんとまあ、ベニヤ板でここまで出来るの? あんたは天才かい?
出来上がりが楽しみ。

 

 

(夕食)

蓮根のカレー炒め、ごぼうと牛肉の旨煮(昨日の残り)、水菜と人参のサラダ、
お雑煮(かまぼこ、きぬさや、三つ葉、椎茸、柚子の皮、餅1個)、十穀ご飯、
お屠蘇

お雑煮の美味しかったこと!満足でした。 

 

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2019.01.11 昨夜は眠れました、そして「ごぼうと牛肉の旨煮」のこと。

久しぶりに、昨夜は眠れました。
悩んでいた「のばらさんロス」のことを、書かせて頂いたからでしょうね。
自分でも、思わぬ効果に驚きました。 

書くのが難しくて苦戦したので、寝たのは深夜2:30分。
しかし、嬉しいことには、ぐっすり眠れて、今朝起きたのは 9:26分でした。
熟睡の感がありました。 

嬉しい!
ようやく吐き出したら、眠れたなんて。こんなことがあるの?と思いました。

でも、私は良いけど、読まされる方は迷惑ですよね。クダクダと。
読んで頂いた方、どうかお許し下さいませ。有り難うございました。
 



<夕食は好物のごぼうの旨煮>

ごぼうはぶつぎり、又は乱切りが美味しいが、私は、歯の為に薄切りにした。
(ごぼうはさっと水に晒したが、晒さない方が良いとも言われている。)
鍋にごぼうを敷き詰めその上に牛肉を広げる。 油等は引かない。
少量の醤油と酒少々を廻し掛ける。
好みで、砂糖を使っても良い。

蓋をして、中火で煮る。
醤油と酒少々とごぼうの水気のみで煮る。
煮上がったら、上下を混ぜて、味を均等にする。
器に盛ってから、かいわれ等の青みを散らす。
牛肉を上等にすると、お客料理として喜ばれる。
 

(夕食)

ごぼうと牛肉の旨煮、胡瓜とジャコの酢の物、お吸い物(かまぼこ、椎茸、三つ葉、柚子の皮)
ご飯、お屠蘇

ごぼうの旨煮は大盛りにした。これで3回分ぐらいある。
やっぱり美味しい。大好物。
お吸い物の美味しかったこと。柚子の皮を入れたお吸い物は抜群。
お屠蘇は、まだ2袋あるので、急いで飲まなければ。
せっかく梅酒を頂いたのだから。

 

迎春用品の器の一部、まだ出している。
これが好きで片付けられられずに、今迄は、ひどい時には、お雛様迄出していたが、
これは反省。 来週には片付けたいと思う。   

 

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2019.01.10 今年も梅酒を頂く、そして苦しい「のばらさんロス」の日々。

(1月9日)

今年も、のばらさんのご主人から、梅酒が届けられた。
 

 8リットル入りの大瓶であった。
 

これは灯油などを移すのに使うポンプだと思うが、梅酒を移すのに重宝
している。昨年は、大型花瓶の水換えに使って助かった。
たった108円の優れもの。

のばらさんのご主人が、移し替えの時こぼすので、床中べとべとになると
言われていたので、このポンプを買ってきて、この日お渡しした。 

 

私は、わざわざ大きい清酒のパックを買って、空き箱を梅酒の移し替え用に
利用している。ガラス瓶は、割れそうで怖いから。
これが台所にゴロゴロあるので、知らない人は,私のことを酒豪だと思って
いるかも知れない。
清酒は、梅酒の無い時ぐいのみに1〜2杯の飲むぐらいで、料理にはよく使う。

のばらさんが生きていた頃は、週に2〜3回は会っていたので、梅干しも梅酒も
もっと小さな瓶で貰っていて、無くなれば又お替わりをしていた。
私も、始めはお替わりを遠慮していたが、のばらさんが言った言葉で、次から
安心してお願いする様になった。
それは、私のお替わりをご主人が喜んで、「え〜?そうかそうか?オーちゃん、
梅干し食べてるんや。えらいえらい!」と言って張り切って詰めているよと…。
え〜?お替わりすると褒めて貰えるの?それを聞いて私は態度が大きくなって、
次からは平気で梅干しと梅酒をお替わりしていた。
高価な物なので、材料費をお払いしたいと言っても、梅干しはお金を貰うと縁起
が悪いのだと言って、取ってくれなかった。本当かしら? 

その後、彼女が亡くなってからはご主人が大きな瓶のままで届け下さる様になった。

ちなみに、梅干しと梅酒の作り方は、のばらさんの母上から婿殿に伝えられていて、
のばらさんは作り方を知らなかった。
彼女が亡くなっても、ご主人から「これからも長生きして貰いたいので届けますから」
と言って貰っている。のばらさん、ありがとう!
 


 <苦しいのばらさんロスの日々>

今日は、朝10時の約束だったが、朝7時45分にピンポンが鳴って、びっくりした。
ご主人は、歯医者さんの予約を忘れていて、私とダブルブッキングしてしまったとの
ことで、あわててとんぼ返りで帰られた。 
8時に目覚ましを掛けていたが、この頃眠れなくて7時に起きていたので良かった。
しかし、今回時間がある筈だったので、近くの喫茶店へでも行って、ご主人にのばらさん
がいなくなってからの、私の「苦しいのばらさんロス」を聞いて貰おうと思っていたのに、
それが出来なかった。
(以前は私は明け方まで仕事をしていて、昼前にようやく起きていたので、のばらさんから
それを聞いていたご主人は、私が10時でも良いと言うと、びっくりされていた!そんなに
早く起きているのと。ショップの構築が一段落した今は、珍しく私も人並みになった。) 
 

毎日昼前に、のばらさんは「おはよう、 おーちゃん、起きてる?」と綺麗な優しい声で
電話をくれた。
二人の時間が合えば、車で迎えに来て、私が足が悪い間は、 神戸はもちろん有馬温泉や、
京都迄も車で連れて行ってくれた。
その頃、六甲連邦の山の名前を二人で全部覚えたものだった。
山に登った訳ではなく、ホテルオークラの最上階から眺めていただけだったが。
電話は毎日数回、そして会うのは3日に一度ぐらいだったか?
私の脚が治ってからはメールが多くなり、「今日の午後は暇よ、そっちは?」
それに対して、私も時間があれば電車で大阪、神戸へ出掛けたり、茨木で落ち会って、
彼女の車で色々なところへ連れて行って貰った。

彼女の家は裕福なお宅なのに、信条からかボランティアの仕事をしていて、仕事柄いつも
携帯電話を胸にぶら下げていたので、連絡がすぐ取れてお互いに返事を待たせることが
無かった。
20年程前は、彼女の帰宅は深夜11時だったので、それから電話をし合っていた。
遅く帰宅した彼女に、「偉いね。喜んでおられるでしょう?」と言うと「え?だれが?」
「相手の方がよ。」と言うと、何と彼女は「喜んでいるのは私よ。」と言った。
彼女の一回忌の時の食事の席で、私がこのことを言うと、彼女の優しく素晴しい三人の
娘さん達は、皆感動していた。

24年前の阪神大震災で神戸の我が家が全壊し、寝屋川の避難所から大阪に通勤しながら、
休日にボランティアの方達と大阪で集合して神戸の復興に通った1年半の間、ボランティア
の方々の中で一番大人しい彼女が、実は熱心な陰の推進者だった。人の気が付かない所への
配慮には頭が下がった。

1年半の避難生活の後、再建叶って神戸へ戻った時、一念発起して定年1年前に職場を辞めて
新しい目標に向かった私へ、彼女は全身全霊で励ましてくれた。

当時パソコンで漫画を描くことがプロの目標だった時代、おばさんの私は、漫画ではなく
花や風物等を描けないものかと無謀な挑戦をして、手探りでやり出した時、マッキントッシュ
の先生方がこんなことが出来るのかと驚愕して、これはどうやって描いたのか? 次からは、
作品を描く度にプリントして渡して欲しいと言われた頃、私はほとんど眠っていなかった。
朝日が射して朝だと分かる日々だった。それで筋肉を弱らせて、やがて歩けない程になった。
そんな危なっかしく歩み出した私を、彼女は惜しみなく励まし誉めてくれた。
おかしな表現だが、ヨチヨチ歩きの幼子に「アンヨは上手」と優しく手を打って歩かせる母親の
イメージを私はいつも感じていた。 

そして、20数年前ホームページを作った時、13年前ショップを作った時、11年前ブログを
始めた時、そして、それ以来ずっと絶え間なく、彼女に全部見て貰っていた。

もちろん彼女は素人だが、彼女は私に自信を持たせ、背中を押してくれる無くてはならない人
だった。
クヨクヨ型の私は、彼女の「いいやんか!」という一言で、不安と胸のつかえがストンと落ちて、
又前を向いて進むことが出来た。この「いいやんか!」に助けられた。
彼女は、あかんたれの私には母親の様な役割だった。実際に、娘3人、孫8人の子育て上手だった。

素人の彼女だけれど、いつも心から誉めてくれた。それは、ご主人も同じだった。
初めて握ったマウスで初めてのことに挑戦する私に、奇しくもこんな人達が居てくれたなんて!
いつも神様に感謝していた。
彼女の性格は簡単に書けるものではない。元職場の後輩で、50年間変わらない人だった。私は
心の中で観音様と呼んでいた。 もちろん今でもそう思っている。やっぱり観音様だったんだと。

今でも、何かがあった時、思わず電話をしようとして、もう彼女はいないのだと気付く時の
悲しさと虚しさ。
2年半経ってもそれは薄れない。却って深まっている。最近眠れなくなった。
(それで日中居眠りばかりしている。)
この思いをご主人に話して、お互いに共感したいと思っていたのに、出来なかったのが残念。

ブログを見て、毎日楽しそうでいいねと言う友人が居るが、苦しい「のばらさんロス」のことは、
なかなか伝わらないだろうと思う。今迄人に言ったことは一度も無い。

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