詐害行為取消権に関する続きです。
不動産の廉価売却を例にする。債務者Bが受益者Cに不動産を二束三文の廉価で売却し,C名義の登記がなされたところ,これをBに対する債権者Aが詐害行為を理由に売買の取消しを求めて訴え,勝訴したとする。実務的には,その判決では,売買の取消と,所有権移転登記の抹消が宣言されることになり(AのBに対する金銭の支払いを求める訴えも併合提起し,同じ判決で同時にBに対する債務名義を得ておく場合も,実務的には多い),この判決に基づき,C名義となった登記をB名義に戻し,その上でB名義に戻った不動産をAが差し押さえることになる。これは,詐害行為取消訴訟の実務で,もっとも典型的な例だと思われる。
この事例の,どこで相対効理論が生かされているのであろうか。よくいわれることであるが,受益者名義の登記を債務者名義に戻してしまう以上,絶対的効力を認めたのと大して変わらないはずである。強いて言えば,詐害行為取消訴訟の被告に,債務者を含める必要がないという点はありうる。しかし,それでは,実際の実務で,債務者を被告としていない詐害行為取消訴訟がどれだけ存在するだろうか。詐害行為取消訴訟は,あくまでも差押えをする前提として起こされる訴訟であるから,債権者の債務者に対する債務名義が存在しないと,別途債務名義を取得する必要がある。そうであるなら,上記括弧書きでも触れたように,はじめから,詐害行為取消訴訟に債権者の債務者に対する金銭請求訴訟を併合提起する場合は多い。この場合,当然債務者も被告として含めざるをえない。そうだとすると,詐害行為取消訴訟において債務者を被告とする必要がないという相対効の理論を持ち出してみても(はじめから執行証書(民事執行法22条5号)が存在するような事例ではともかく),実務的にはそれほど大きな意味のあることではない。
したがって,上記のような典型的な事例において,相対効といってみても,はじめから執行証書が存在するような事例以外では,実務的な意味はあまりないように思われるのである。
問題なのは,転得者Dが登場した場合である。受益者Cが悪意で,転得者Dが善意の場合,親亀であるBC間の売買が詐害行為で取り消されたからと言って,子亀であるCD間の売買まで覆されてしまっては(厳密に言えば,他人物売買となってしまう),おそらく転得者に対する詐害行為取消権行使の要件として転得者の悪意を要求している法の趣旨に反するであろう。絶対効を主張する形成権説は,ある意味ではこの点に決定的な問題があったともいえそうである。
しかしである。民法典全体を見渡せば,本来絶対的効力があるはずの取消権が行使された場合に,一切第三者は保護されないかといえば,法律上例外を設けている場面はいくつかあり,その典型が詐欺取消である。
詐欺取消は,善意の第三者に対し対抗できない。しかし,それならば詐欺取消の効力は相対効として説明されるかと言えば,決してそうではない。せいぜい,善意の第三者との間では,取消の効力が制限されるというにとどまる。あくまでも取消権の絶対効を前提とし,例外的に善意の第三者との間では,その効力を制限するだけだというのである。
それならば,詐害行為取消権において転得者が登場する場合であっても,何も相対効で説明しなくとも,「善意の転得者に対抗することができない」という詐欺取消の善意の第三者の場合と同様の構図で理解することはできないのだろうか。私には,このように理解することに,何らの支障もないように感じるのだが。
もし,以上のように考えることができれば,詐害行為取消権を絶対効で説明することが可能になるように思われる。そして,詐害行為取消権も,他の取消権と全く同様の効力として統一的に理解することができるようになり,非常にわかりやすくなる。絶対効だとすると,民事訴訟法の理論からすると,被告側は必要的共同訴訟と理解せざるを得なくなり,債務者も必ず被告としなければならなくなるので,その点で実務に変更を求められるが,既に述べたことからも分かるように,現状でも,債務者に対する債務名義を取得する目的で,実質上債務者が被告に加わっている詐害行為取消訴訟が多いので,実務的にもそれほど大きな変更が求められるとは思われないのである。
つづく
不動産の廉価売却を例にする。債務者Bが受益者Cに不動産を二束三文の廉価で売却し,C名義の登記がなされたところ,これをBに対する債権者Aが詐害行為を理由に売買の取消しを求めて訴え,勝訴したとする。実務的には,その判決では,売買の取消と,所有権移転登記の抹消が宣言されることになり(AのBに対する金銭の支払いを求める訴えも併合提起し,同じ判決で同時にBに対する債務名義を得ておく場合も,実務的には多い),この判決に基づき,C名義となった登記をB名義に戻し,その上でB名義に戻った不動産をAが差し押さえることになる。これは,詐害行為取消訴訟の実務で,もっとも典型的な例だと思われる。
この事例の,どこで相対効理論が生かされているのであろうか。よくいわれることであるが,受益者名義の登記を債務者名義に戻してしまう以上,絶対的効力を認めたのと大して変わらないはずである。強いて言えば,詐害行為取消訴訟の被告に,債務者を含める必要がないという点はありうる。しかし,それでは,実際の実務で,債務者を被告としていない詐害行為取消訴訟がどれだけ存在するだろうか。詐害行為取消訴訟は,あくまでも差押えをする前提として起こされる訴訟であるから,債権者の債務者に対する債務名義が存在しないと,別途債務名義を取得する必要がある。そうであるなら,上記括弧書きでも触れたように,はじめから,詐害行為取消訴訟に債権者の債務者に対する金銭請求訴訟を併合提起する場合は多い。この場合,当然債務者も被告として含めざるをえない。そうだとすると,詐害行為取消訴訟において債務者を被告とする必要がないという相対効の理論を持ち出してみても(はじめから執行証書(民事執行法22条5号)が存在するような事例ではともかく),実務的にはそれほど大きな意味のあることではない。
したがって,上記のような典型的な事例において,相対効といってみても,はじめから執行証書が存在するような事例以外では,実務的な意味はあまりないように思われるのである。
問題なのは,転得者Dが登場した場合である。受益者Cが悪意で,転得者Dが善意の場合,親亀であるBC間の売買が詐害行為で取り消されたからと言って,子亀であるCD間の売買まで覆されてしまっては(厳密に言えば,他人物売買となってしまう),おそらく転得者に対する詐害行為取消権行使の要件として転得者の悪意を要求している法の趣旨に反するであろう。絶対効を主張する形成権説は,ある意味ではこの点に決定的な問題があったともいえそうである。
しかしである。民法典全体を見渡せば,本来絶対的効力があるはずの取消権が行使された場合に,一切第三者は保護されないかといえば,法律上例外を設けている場面はいくつかあり,その典型が詐欺取消である。
詐欺取消は,善意の第三者に対し対抗できない。しかし,それならば詐欺取消の効力は相対効として説明されるかと言えば,決してそうではない。せいぜい,善意の第三者との間では,取消の効力が制限されるというにとどまる。あくまでも取消権の絶対効を前提とし,例外的に善意の第三者との間では,その効力を制限するだけだというのである。
それならば,詐害行為取消権において転得者が登場する場合であっても,何も相対効で説明しなくとも,「善意の転得者に対抗することができない」という詐欺取消の善意の第三者の場合と同様の構図で理解することはできないのだろうか。私には,このように理解することに,何らの支障もないように感じるのだが。
もし,以上のように考えることができれば,詐害行為取消権を絶対効で説明することが可能になるように思われる。そして,詐害行為取消権も,他の取消権と全く同様の効力として統一的に理解することができるようになり,非常にわかりやすくなる。絶対効だとすると,民事訴訟法の理論からすると,被告側は必要的共同訴訟と理解せざるを得なくなり,債務者も必ず被告としなければならなくなるので,その点で実務に変更を求められるが,既に述べたことからも分かるように,現状でも,債務者に対する債務名義を取得する目的で,実質上債務者が被告に加わっている詐害行為取消訴訟が多いので,実務的にもそれほど大きな変更が求められるとは思われないのである。
つづく