きのうは、伊賀上野で‘観光’。
だいぶん歩いて、身体は よう疲れた。
それで、湯船で気を入れて身体をほぐし、
早めに床に着いた。
今朝、目覚めてみたら、
疲れは、ほとんど抜けているようで、
「よし、だいじょうぶ☆」って
自分に確認して起き上がった。
初めて天守閣に登った。
星野道夫さんの『時々遠くを見ること』という言葉を思い出した。
いつも自分が原チャリで
トコトコ走っている道の、乗用車や、トラックさえも、
豆つぶみたい。
日常のあれこれ、ナンダカンダなんて、
些細なこと――。
でも、その些細なことの積み重ね、寄り集まりで、
社会が成り立ってるんだねぇ。
連れとは、相変わらず会話はモタモタ…。
でも、気心知れた間柄では、疲れ具合がちがう。
このちがいは、なんなんでしょう――。
心の底では通じ合っているという実感があれば、
表層のことなんて、
ということなのかしらね。
だいぶん歩いて、身体は よう疲れた。
それで、湯船で気を入れて身体をほぐし、
早めに床に着いた。
今朝、目覚めてみたら、
疲れは、ほとんど抜けているようで、
「よし、だいじょうぶ☆」って
自分に確認して起き上がった。
初めて天守閣に登った。
星野道夫さんの『時々遠くを見ること』という言葉を思い出した。
いつも自分が原チャリで
トコトコ走っている道の、乗用車や、トラックさえも、
豆つぶみたい。
日常のあれこれ、ナンダカンダなんて、
些細なこと――。
でも、その些細なことの積み重ね、寄り集まりで、
社会が成り立ってるんだねぇ。
連れとは、相変わらず会話はモタモタ…。
でも、気心知れた間柄では、疲れ具合がちがう。
このちがいは、なんなんでしょう――。
心の底では通じ合っているという実感があれば、
表層のことなんて、
ということなのかしらね。