徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:アルベール・カミュ著、窪田啓作訳、『異邦人』(新潮文庫)2021/12/28

2023年08月05日 | 書評ー小説:作者カ行

『異邦人』(新潮文庫)は4か月ほど前に『ペスト』と一緒に安売りしていたので購入したのですが、そのまま積読本と化していました。しかし、2年前の積読本リストが思い出としてFacebookのフィードに上がって来て、「そうだ、積読本を消化しなくては」と思い立ち、手始めにカミュのデビュー作『異邦人』を片付けることにしました。

1942年に刊行された本作は著者の出身地でもあるフランス領アルジェリアのアルジェを舞台としており、当時の「今時の若者」だったムルソーの母が養老院で亡くなったという知らせを受けるところから始まります。
休みを取って養老院へ行き、母の埋葬を済ませ、翌日は日曜日ですることもなかったので海水浴に行き、そこで元同僚マリイに偶然再会する。二人とも同僚であった時は憎からず思っていたので、その再会を機に付き合いだし、映画館に行って、その後情事に耽る様子が淡々と描写されます。
同じアパルトマンに住む住人達とのやり取りなども淡々としており、ムルソーの無感動・無関心が浮き彫りになっていきます。どちらでも構わないから成り行きに任せて流されるような生き方で、マリイとも欲情の方が優るらしく、彼女に愛しているかどうか問われても「おそらく愛してはいない」「でも、君が結婚したいなら結婚してもよい」的な発言をし、そのローテンションぶりが実にムルソーらしさということのようです。

そうした生活の中、同じアパルトマンに住む男レエモンの痴情のもつれに巻き込まれ、頼まれるまま代筆してやったり、女との喧嘩の際には後で警察で証言してやったりするが、これが尾を引いて、アラビア人たちと争うことになり、レエモンはけがを負う。彼から預かった拳銃を持ったままムルソーはひとりで散歩に出、そのアラビア人に偶然出くわし、匕首を出されたので拳銃で撃って殺してしまいます。なぜかその男が死んだと分かっているのに、その後4発も撃ち込んでしまいます。
ここで第一部が終了します。
第二部は予審や裁判、弁護士や司祭とのやり取りとムルソーの回想が綴られています。ムルソーの罪深さを証明するためと称して、彼が母を養老院へやったことや、母の埋葬に際して悲しみを見せなかったこと、翌日にはマリイと海水浴に行ったことなどが取り沙汰され、そのように許しがたい罪深い魂であるがゆえに殺人も計画的に行ったに違いなく、極刑に値するなどと論証されていきます。(本人は「太陽のせいだ」と反駁)
こうした裁判の論証の仕方にかなりの違和感を抱かざるを得ませんが、それは置いておくとしても、ムルソーが検事や弁護士の弁論などを自分ごとに思えないことや、お前は罪を犯したと言われたから、自分は罪人なのだろうと考えたり、およそ罪の意識を持たず、従って周囲の人間が求める改悛の心も持ち得ないところなど、ムルソーの不条理さが際立ちます。
しかし、裁判官や検事などの論証もずいぶんと理不尽で、これで死刑が確定してしまう当たりに歴史的・文化的背景の違いを感じます。

近代フランス文学の傑作のひとつに数えられるだけあって、非常に興味深い人物・情景・社会描写が含まれています。アルジェの太陽の光と海に対する著者の愛着が感じられるのも魅力のひとつと言えるでしょう。

残念なのは、いかにもフランス語から翻訳したことがありありと分かる日本語文の不自然さです。
彼は付け加えて、「あなたの振舞には、私にはわかりかねる点が多々あるが、あなたが私を助けて、それをわからせてくれることを、確信しています」といった。
とか、
記者は、私にむかって、ちょいと手をあげて打ちとけた合図をして、われわれを離れて行った。
とか。
今日的な基準では「訳がこなれていない」とボツになること請け合いの文体です。