アルベール・カミュの『ペスト』は近代フランス文学の代表作の一つで、作者名と題名は知っているものの、実際に読んだことはないという方は少なくないのではないでしょうか。
少なくとも私はその一人で、この度、電子書籍の安売りがあったので『異邦人』と共に購入し、ようやく実際に読んでみました。
アルジェリアのオラン市で、医師のリウーが鼠の死体を発見するところから始まる本作品は、その題名の通りペストがいかにやって来て、またいかに去って行ったかを語ります。その語り口は淡々としており、非常に鋭い観察眼がいかんなく発揮されています。
ペスト自体に対する恐怖もさることながら、街が封鎖されてしまうことで余儀なくされる別離やさまざまな不便さと、それによる人々の緊張・不安・焦燥、親しいものを失くす悲しみ、そして、時と共に諦めにも似た慣れなど、人々の反応はつい最近のコロナパンデミックで見られたものとほぼ同じと言えます。
ただ、現代ではSNSがあるため、人と人のつながりが完全に切断されてしまうことがありませんが、カミュの描くオラン市の人々は通信手段が基本的に一切なく、ごくまれに電報を打てるくらいでした。
ペストによって変貌を遂げる人、変わらない人、どちらも描かれています。キリスト教者としてペストをどうとらえるべきか、ちょっと異端的な説教をする司祭。また、逃げ出そうと懸命になっていた新聞記者が、逃げる算段をつけて、いよいよというところで踏みとどまり、医師リウーを助ける決意をするなど、人それぞれの葛藤が共感を呼ぶところでしょう。
ただし、宮崎嶺雄訳はいただけないですね。昭和44年の発行であるせいか、翻訳文学であることが丸分かりの文体で、日本語としては不自然で読みにくい箇所が多数あります。新訳が出るのも無理もない話です。