徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:カズオ・イシグロ著、『The Remains of the Day(日の名残り)』(Faber & Faber)

2018年07月09日 | 書評ー小説:作者ア行

『The Remains of the Day(日の名残り)』、ようやく読み終わりました。仕事で忙しかったのもありますが、使われている語彙が文学的とでもいうのでしょうか、あまり見ない、知らない単語や言い回しが多くて、読破するのにかれこれ3週間かかってしまいました。『A Pale View of Hills(遠い山なみの光)』や『The Buried Giant(忘れらた巨人)』はもっと読みやすかったのですけどね。

この作品は映画化もされているので、知っている方も多いでしょうけど、イギリス貴族の館に務める執事の話です。物語の「現在」は1956年7月。伝統溢れるお屋敷「ダーリントン・ホール」と一緒にアメリカ人のファラデイ氏に買われた(雇われた)執事、スティーブンスが休暇を貰い、ご主人様の車Fordで旅に出ます。目的地は以前の同僚で、つい最近手紙をくれたミス・ケントン(現ミセス・ベン)の住むコーンウォールのリトルコンプトンという街。お屋敷が今大変な人手不足なので、夫婦関係がうまくいっていないらしい彼女にもしかしたら職場復帰してもらえるかもしれないと淡い期待を抱いて出かけます。それじゃバカンスじゃなくて、半分仕事では?と思わずにはいられませんが、まあ真面目一辺倒で35年間「閣下(his lordship)」と呼ばなければならないような貴族様、ダーリントン卿に仕えてきた執事さんなので、「らしい」といえばそうなのかもしれません。

スティーブンスが語るのは現在の旅行のことが5%くらいで、残りの95%は過去の追憶です。ミス・ケントンに会いに行くので、彼女がらみの追憶が多いのですが、敬愛するご主人様・ダーリントン卿の戦前の国際(裏)舞台でのご活躍についての思い出などもかなり詳細に語られます。また彼の職業について、執事としての尊厳(品格)についての考察部分も多いです。「偉大な執事(great butler)」とはどういう人か、みたいな。執事たるもの四六時中執事でなければならず、プライベートの顔は他人に見られてはならないとか。今時は変わってきているが、彼の世代ではそれが標準、のようなことが語られています。なんかもう「ご苦労様」って感じですが。

語り口は淡々としており、思い出の中の会話からも彼の堅物さ加減が伝わってきます。そして新しいご主人様であるファラデイ氏がどうやらウイットに富んだ受け答えやちょっとした冗談を交えた会話を期待しているらしいということに気づいたので、自分にその方面のスキルがないことを自覚し、大真面目にそのスキルを磨こうとして努力はするものの、現在まで成功していないことを気に病んでたりするところが可笑しいです。いろいろなことを思い出し、旅の途中でいろんな人に出会い、ミス・ケントンにも再会して、ほんのりと彼女に対する過去にあった甘い気持ちをようやく自覚し、人生のあり方とかいろいろ考えた後に、港町のちょっとしたイリュミネーションイベントに集まった人たちの会話を聞きながら、人と人の温かい繋がりには冗談が欠かせないと改めて思い、帰ったら真剣に努力しようと決意を固めて話が終わります。え、そこなの?(笑)

最後の章で、実はこれがすれ違って実らなかった哀しいラブストーリーなのだということが明らかになるのですが、悲しいというよりはほろ苦いけど、滑稽なストーリーですね。「もっと早く気づけよ、バカ」と言いたくもなりますが、そういう鈍い所と真面目に冗談スキルを磨こうとする不器用さがきっとこの執事さんの魅力なんだろうと思いました。


 

書評:カズオ・イシグロ著、『The Buried Giant(忘れられた巨人)』(Faber & Faber)

書評:カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)

書評:カズオ・イシグロ著、『A Pale View of Hills(遠い山なみの光)』(Faber & Faber)