立て続けに海堂尊作品を読みましたが、この『氷獄』でとりあえず一段落となりそうです。
『氷獄』は桜宮サーガの短編集で、「双生」「星宿」「黎明」の短編3編と「氷獄」の中編1編が収録されています。
「双生」の時間軸は1994年春、東城大学医学部付属病院に碧翠院桜宮病院院長の双子の娘・すみれと小百合が半年間研修に来ることになり、愚痴外来もとい不定愁訴外来の田口医師が二人の面倒を見るという面倒を押し付けられるという話です。『螺鈿迷宮』~『輝天炎上』に連なる桜宮サーガのエピソードの1つで、ミステリーの要素は全くありません。
その間に来診に来ている老夫婦(痴呆症初期の妻とパーキンソン病の夫)をめぐる治療法・対処法がテーマです。
「星宿」の時間軸は2007年冬、東城大学医学部付属病院の別棟、オレンジ新棟が舞台です。『ナイチンゲールの沈黙』に連なるエピソードで、髄膜腫で入院中の中学生の村本亮の「南十字星を見たい」という願いを叶えるために看護主任の如月翔子が便利屋・城崎に相談し、協力の輪が猫田師長、田口医師、高階病院長に広がり、厚生労働省技官の白鳥圭輔を巻き込んで実現するというストーリーです。
手術を嫌がる村本亮君を手術に前向きにさせようと尽力する如月翔子が中心となって物語が進行し、『ナイチンゲールの沈黙』の登場人物である城崎とその助手となったかつての網膜芽腫患児・牧村君のその後がさりげなく織り込まれています。
因縁は作品中で簡単に説明されていますが、やはり本編を読んでいないと今一つ味わえない部分があるのではないかと思います。
「黎明」の時間軸は2012年春、膵臓癌のステージ4の診断を受けた妻・千草のために何でもしたいと焦る夫・章雄の視点で描かれる東城大学医学部付属病院に新設されたホスピス病棟の状況です。『螺鈿迷宮』~『輝天炎上』に連なる桜宮サーガのエピソードの1つで、ホスピス病棟の外来担当医を兼任する田口医師が例によって高階病院長の密命を受けてホスピス病棟内に渦巻く問題に対処します。治る希望を捨て、死を受け入れるというホスピス病棟の方針を受け入れられない夫・章雄とその方針に反発する看護婦が結託して起こす行動はどのような結果に生きつくのか。
これも本編を読んでいないと背後関係が今一不明で釈然としない感じが残るように思います。
最後の「氷獄」は著者のデビュー作である『チームバチスタの栄光』で逮捕された麻酔医・氷室の裁判編です。中編なだけあって、医療対司法の攻防のストーリーラインが幾筋も絡まり、読み応えがあります。『極北クレーマー』で扱われる極北市民病院の妊産婦死亡で医師が逮捕された事件も絡み、検察の闇に鋭いメスが入れられます。
氷室の国選弁護人を引き受けることになった日高正義の回想という形を取り、バチスタ事件と青葉川芋煮会集団中毒事件の冤罪弁護団による死刑囚Pの再審請求の二つの弁護案件を軸に語られます。
愚痴外来の田口医師の出番は少ないのに対して、厚生労働省技官の白鳥圭輔はかなり中心的な役割を果たし、新米の日高弁護士をいいように振り回します。
その他にもお馴染みのキャラが数人登場して桜宮ワールドの健在ぶりがうかがわれます。
ただ、2・3謎も残ります。これは続編への伏線なのかなと思いますが。
電子書籍版の方には特典として「小説 野性時代」連載時扉イラスト、電子版共通あとがき、電子版あとがき『氷獄』付録1【海堂尊・全著作リスト】、付録2【作品相関図】、付録3【桜宮年表】、付録4【「桜宮サーガ」年代順リスト】、付録5【「桜宮サーガ」構造】、付録6【「海堂ラボ」登場人物リスト】、付録7【あとがき索引】が付いています。
これだけ多くの作品が1つの桜宮ワールドで展開されていると、様々な齟齬が出てきそうですが、著者がものすごく几帳面で年表・人物表等を細かく作り込んでいて矛盾がないのはすごいですよね。
私も網羅癖があるので桜宮サーガの作品は文庫化されているものは全て読んでますが、事件はともかく登場人物は全部覚えていられませんので「この人誰だっけ?」状態になることがしばしばあります。