懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺き民家 里山の風景

2012年01月15日 | 茅葺き民家
旅行中、 朝食の時に隣の席で食事をしている中年の夫婦に声を掛けた。
だれかれとなく話し掛けていく私に家内は呆れ顔、いつも連れ合いでないような顔をする。東京にお住まいで秋の紅葉を見に来たそうだ。
奥さんが「里山の風景が好きで散策するのだそうだ」と名もない里山を巡って歩くのだそうだ。
こんな名もない風景を求めて旅行する人を見るとうれしくなる。
近年、里山の言葉をひんばんに聞くようになった。
この里山と言う言葉は私の広辞苑には載っていない。25年ほど前から使われ始めたようだ。みんなに浸透したのは1995年に今森光彦氏が発表した写真集『里山物語』であろうか、琵琶湖西岸に居を構え周辺の里山をフィールドワークにしている。

それまでは集落の取り囲む山並みを外山(とやま)とか端山(はやま)と呼んでいた。それに対して深い山は深山(みやま)と言われていた。
深山、外山を詠んだ句にこんなのがある。
「深山には霰降るらし、外山なるマサキのカズラ色づきにけり」

里山は山のみをさすのではなく小川、ため池、水田、棚田、集落や動植物、昆虫の生態を言うのだそうだ。これば琵琶湖の周辺をフィールドにしている写真家、今森光彦氏の「里山物語」を見るとよくわかる。
外山は本来は「そとやま」であるが言いにくいので「とやま」になったのであろう。
人名にも外山さんは九州に多く何人か知っている。
話は余談だが略す言葉は沢山あるが代表傑作は柳楽(なぎら)であろう。息子の同級生にこの姓の子がいた。なんで「なぎらな」のと平仮名で書いてハットわかった。
「やなぎらく」の頭のやと尻のくを略したのだ。
深山の言葉は花の名前に残っている。深山きりしま、深山りんどう、深山おだまきなどに残る。

写真 島根県大東町のある茅葺き民家