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斎藤美奈子さんのコラム・その30&山口二郎さんのコラム・その15

2018-12-18 05:55:00 | ノンジャンル
 恒例となった、東京新聞の水曜日に掲載されている斎藤美奈子さんのコラムと、同じく日曜日に掲載されている山口二郎さんのコラム。

 まず12月12日に掲載された「正しい年表」と題された斎藤さんのコラム。全文を転載させていただくと、
「書店には『当代一のストーリーテラーが、平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版!』を謳(うた)う歴史の本がもっか山積み。発売されてまだ一カ月なのに、アマゾンには早くも五百件近いレビューがついていた。
 でも、この本のことは別の媒体(さっき原稿を送ったばかり)に書いたので、これ以上はふれない。それよりも、右の本といっしょに買った別の歴史の本が予想以上に素晴らしく、ちょっと感動してしまったのだ。
 『ともに学ぶ人間の歴史』(学び舎)。じつはこれ、中学校の歴史分野の教科書である。
 まず驚いたのが巻末の年表で、日本史の時代区部は『北海道など』『本州など』『沖縄など』の三本立て。17世紀を例にとれば、北海道は『アイヌ文化の時代』、本州は『江戸時代』、沖縄は『琉球王国』だ。この年表で学んだ子どもは日本の多様性を知り、北の先住民にも沖縄の基地にも目が向くだろう。
 受験向きではないこともあり、採択しているのは国立や私立の一貫校が中心。昨夏、この教科書を選んだ灘中学に大量の抗議文が送りつけられたことでも注目された。抗議は慰安婦に関するものだったが、そんなのは枝葉の問題。このような教科書で学んでいる中学生がいると考えるだけでも嬉(うれ)しい。唯一の難点は、少部数のためか入手しにくいこと。なんとかならない?」

 また、12月9日に掲載された「人間破壊の国」と題された山口さんのコラム。
「入管法改正案の審議の中で、外国人技能実習生が三年間で69人も死亡していたことが明らかになった。現在の技能実習制度は奴隷的労働の温床となっていることは明らかである。この事実についての見解を問われた安倍首相は、『見ていないから答えようがない』と答えた。これだけ多くの人命が失われているのだから、答えようがないはないだろう。審議の前日、『ややこしい質問を受ける』と軽口をたたいた揚げ句がこれか。
 沖縄では辺野古埋め立てのための土砂搬入の準備が進められている。土砂を積みだす施設はカミソリ付きの鉄条網で囲われていたというニュースもあった。このまがまがしい鉄線は、あたかも県民を強制収容所の囚人とみなしているようで、沖縄を見下す国家権力の象徴である。
 敢えて言う。今の政府は人でなしの集まりである。外国人労働者は人間ではなく単なる労働力であり、死に追いやられる人権侵害があっても平気の平左。沖縄で県民が民主的手続きを通して新基地建設について再考を求めても、一切聞く耳を持たず、力ずくで工事を始めようとする。沖縄県民は主権を持つ国民の範疇(はんちゅう)には入れられていない。
 人間の尊厳に対してここまで無関心さらには敵意をたぎらせてるのは、あの権力者たちが人間として欠陥を抱えているからとしか思えない。」

 そして、12月16日に掲載された、「野蛮の国」と題された、山口さんのコラム。
「安倍政権はついに辺野古への土砂の投入を始めた。沖縄県民の身を切られるような痛みを想像しながら、暴挙を傍観するしかないのが情けない。
 民主主義国家において、力による直接行動は弱者、被治者が強者、権力者に異議申し立てをするとき、一つの方法として是認されている。黒人の政治参加の権利を求めたワシントン大行進から、最近のフランスにおける黄色いベストの運動に至るまで、市民が街頭に出て声を上げることで、強者が己の間違いに気づかされることがある。
 日本では、正反対に権力者が少数者、被治者に対してむき出しの力を振るっている。政府は合法的手続きを取ったと言い張るが、それは防衛省幹部が私人のふりをして行政不服審査に訴えたという茶番に由来する偽の合法性である。
 権力者の力ずくがまかり通るのは野蛮国である。スペインの思想家、オルテガは『大衆の反逆』の中で野蛮人の特徴として、他人の話を聞かない、手続き、規範、礼節を無視することを挙げている。日本の権力者にもそのまま当てはまる。『敵とともに生きる! 反対者とともに統治する! こんな気持ちのやさしさは、もう理解しがたくなりはじめ』たとオルテガが書いた。
 私たちにも、野蛮を拒絶し、文明の側に立つという決意を固めることくらいはできる。」

 今回も大変勉強になりました。