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ティム・バートン監督『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』その1

2018-08-10 07:06:00 | ノンジャンル
 WOWOWシネマで、ティム・バートン監督の’16年作品『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を見ました。
 不安をかきたてる音楽をバックにタイトルロール。
 “ようこそ フロリダへ”の看板。「人生って空しくない? 砂漠の足跡も明日には消えて。同じ日を繰り返す。“10代は友だちを作って楽しめ”。僕にはそれが重要だった」のナレーション。スーパーの品出しをするジェイク。「エイミー、ジェイクだよ。数学の授業で一緒の」「あんたの紙おむつ?」。エイミーの友たち「マジかよ?」と言って、オムツの重なりにオムツを投げつけ、山を崩す。笑いさざめくエイミーの友だちたち。(中略)
 「でもその日、全てが変わった」のナレーション。女性の運転する車に乗り込むジェイク。(中略)「ちょっとおじいちゃんちに電話してみる」とジェイクは言って携帯電話を取り出す。
 電話。「エイブだ」「ジェイクだよ」「ここへ来てはならん。いいか? 危険だから近づくな」「今日は薬飲んだの?」「銃の保管庫の鍵が引き出しから消えてる」「父さんが心配して預かってるんだよ。大丈夫?」「奴らと銃なしで戦えと?」。電話、切れる。「大変ね。アルツハイマーなの?」「認知症さ」。
 夜、祖父宅へ向かう車。異形の人物とすれ違い、「気味の悪い男ね」と運転席の女性。
 祖父宅に着く車。女性「何かあれば叫んで」。ジェイク、ドアをノックする。「おじいちゃん?」。鍵を開けてジェイクが家に入ると、荒らされた跡。「シェリー!」「どうしたの?」「部屋が荒らされてる」「車に銃があるわ。待ってて」。
木々にぶら下がっている藻のような植物。懐中電灯で部屋を探ると、血痕が。庭のフェンスに大きな穴。森の中を進んで行くと、祖父がうつ伏せで倒れている。「おじいちゃん!」仰向けにさせると、両目がくりぬかれている。携帯で911に電話するジェイク。祖父「早くここから去れ。よく聞け。島へ行け。エマーソンを見つけろ。絵はがきだ。“ループ”へ行け。1943年9月3日。“鳥”が全てを説明する。わしの言った通りにしろ。約束だぞ。お前を守れるかと思っていたが、もっと早く話すべきだった」。息を引き取る祖父。シェリー、ジェイクに「後ろ!」。巨大な異形の生き物がジェイクに襲いかかろうとしている。シェリーは拳銃の弾を次々に撃ち込み、異形の生物を倒す。
 「でも何もいなかった」。カウンセラーに語るジェイク。「悪夢を見てから1カ月になるけど、まだ幻想を見ることってあるんですか?」「特殊な状況に置かれれば見える場合も確かにあるわ」「警察では野犬が祖父の目を食べたと言っていました。祖父が持っていたフォークについていた血も動物の物であることが立証され、駐車場を見つける世界へ」のナレーション。“ケルン島”の絵はきが本に挟んである。裏には「エイブへ 無事に過ごしてますか? 子どもたちも心配しています。また訪れて下さい。待っています。アルマー・ペレグリンより」と書かれている。
 カウンセリング。ジェイク「2年前の葉書なので、彼女はまだ生きている可能性も。お父さんも気分転換して執筆も進むし、お母さんも家事から解放される」父「カウンセラーさんの意見は?」「行くべきだと思います。それが一つの区切りなるかもしれないので」。
 船上で読む父。ハヤブサ(英語でペレグリン)が空を飛ぶ。ジェイク、鳥に向って「エイブ・ポートマンの孫が来たぞ!」と叫ぶ。両親には「冗談だよ」。
 ホテルに入る3人。誰もいない。目のない人の絵が飾られている。男が目の見えない男を車椅子で運んできたので、「経営者は俺だ」と父が訊ねる。「オギーおじさんとケヴだ」と自己紹介する2人。
 青年たちが群がっているところへ父が行って、「君たちの中で息子を島の反対側へガイドしてくれる人はいないか?」。誰も手を上げないので、カネを見せると1人がそれを掴む。
 「俺はワーム。こっちはMC・ダーディ・D」。ダーディ.俺たちは最高のラッパーだ」。
 ワームがラップを歌い、ダーディがリズムを刻むドラムスの役を演じながら歩く2人。「そっちを下りて。もっともっと」。ジェイク、やがてドロに足が埋まる。笑って去る2人。何とかドロから脚を抜いて森の中を進んでいくジェイク。
 やがて廃墟となったゴシック建築が姿を現わす。
 戻ってきたジェイク「施設に何が?」ケヴ「ドイツ機が屋根を爆撃し1943年9月3日に所長と子どもたちは皆死んだ」。
 ジェイク「なぜ秘密にしてたんだろう?」父「自分が入隊した後、仲間が殺されたんだろう。孫に話せる話じゃない。だから人を遠ざけて……。帰ったらゴラン先生にちゃんと相談してみよう」。(明日へ続きます……)

 →「Nature Life」(http://www.muse.dti.ne.jp/~m-goto

P.S. 今から約30年前、東京都江東区で最寄りの駅が東陽町だった「早友」東陽町教室の教室長、および木場駅が最寄りの駅だった「清新塾」のやはり教室長だった伊藤先生、これを見たら是非下記までお知らせください。福長さんと黒山さんと私が、首を長くして待っています。(また伊藤先生の情報をお持ちの方も是非お知らせください。)