気ままに

大船での気ままな生活日誌

松坂18勝 そしてわが街

2008-09-22 10:42:47 | Weblog
松坂18勝、稀勢の里2勝、合わせて20勝(笑)。昨夕は稀勢の里が同郷(茨城県)の雅山を突き出しで破り、ようやっと両目が開きました。そして、今朝未明、松坂が、西武時代を含めて、自己最多となる18勝をあげました。今シーズンの登板機会は、あと一回ですから、ボクが期待していた20勝には一歩及びません。で、稀勢の里の2勝を加えて、20勝にしてみました(汗)。



夜中の2時に起きて、生中継を観ていましたので、完全な寝不足で、頭がぼおっとしたまま、小雨そぼふる中、朝散歩に出掛けました。目を覚ませてくれたのが、この彼岸花です。砂押川辺の桜の木の下に10本ほどの彼岸花がありますが、一昨日に1本だけ咲き始め、お彼岸のお中日に間に合うのか心配だったのですが、昨日は2本目が咲き、今朝は3本目がしっかりと紅い花をつけていました。残りのも蕾が膨らんでいて、明日のお中日にはしっかり間に合いそうです。”彼岸花”とはよくいったものです。



。。。

昨日は近所の神社のお祭りがありました。ボクはこのあと上野に向かったのですが、上野が雨になっていましたので心配していました。帰ってからワイフに聞くとどうも土砂降りになってしまったようです。残念でしたね。








この神社の近くのラーメン屋さん。このブログで紹介したことがあります。寅さん、行きつけのお店で、寅さん発案の半ラーメン、半チャーハンセットが現在もメニューにあります。先日の”アド街”で大船を取り上げていたのですが、”でぶそば”は11位に入っていました。ご主人は代変わりしていて、デブ(店の名前の由来)ではなかったです(笑)。




ついでながら、テレビを観なかった人のために、”アド街”の大船ベスト10をあげておきますね。

1位 大船観音 (大船のシンボル)
2位 大船軒 (鰺の押し寿司で有名)
3位 松竹大船撮影所跡(跡地に寅さんとひばりちゃんのタイル画)
4位 仲通り商店街 (連日アメ横のような人出、庶民的商店街)
5位 ルミネ(高級店も入っている)
6位 鎌倉ハム富岡商会 (日本のハム製造のはしり)
7位 ミカサ (大船撮影所の監督、俳優さんが利用したレストラン。カツメシは現在も人気メニュー)
8位 鎌倉女子大(大船撮影所跡に移転。公開講座はボクも利用している)
9位 モノレール(江ノ島に20分ほどで行ける)
10位 フラワーセンター (よく行ってます)
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”源氏物語の1000年”展 in 横浜

2008-09-21 09:55:44 | Weblog


横浜美術館で開催されている特別展”源氏物語の1000年”を観てきました。国宝、重要文化財を含む100点をゆうに超す、膨大な展示品に圧倒されました。源氏物語初心者のボクには消化不良でしたが、源氏物語、そして作者紫式部の日本文化における、群を抜く大きさは十分感じ取ることができました。

実はロッカーに荷物を預けたとき、いっしょに老眼鏡も預けてしまい、細かいところはよく観察できませんでしたが(汗)、紫式部自筆の仮名文字にはカンドーしました。1000年前の紫式部の息づかいが聞こえてくるようでした。日本文化の源流ともいえる、仮名文字は紫式部の時代に出来たものですが、式部自身もどこかで、今はどうしようもない世の中だけど、仮名文字ができたことだけはすばらしいこと、と述べています。

源氏物語は、400字詰め原稿用紙にすると、2300枚になるそうです。これほどの大作を1000年も前に(世界最古の物語)、女性によって書かれたのです。こんなすばらしい本をボクが読み始めたのは、はずかしながら(笑)、ごく最近のことなのです(汗)。奥の細道の一節に源氏物語の”夕顔”のことが出ていて、ちょっと読んでみたくなり、ワイフの村山リウ訳源氏物語を手にとってみたのです。しかし、上、中、下巻とありますが、上巻で頓挫、その先には進んでいません(大汗)。やっぱり、光源氏のような好色一代男にはついていけません(爆)。

今回、屏風や絵巻などの源氏絵が多数展示されていましたが、それぞれ、物語の名場面が描かれています。物語に詳しい方ならば、より楽しく観ることができると思います。ボクの知っている、夕顔の場面、女童が白い扇の上に夕顔をのせ、従者に差し出している情景の絵もありました。これらの源氏絵は、江戸時代では浮世絵にも描かれ、歌麿、広重、鈴木春信らの作品も展示されています。近代にも受け継がれ、上村松園、下村観山、安田靫彦らの絵にうっとりしました。そういえば、先の院展にもひとつありました。1000年もの長い間、こうして受け継がれてゆく、源氏物語の、紫式部の、偉大さが分かります。

現代語訳の源氏物語も、瀬戸内寂聴さんのを中心に展示されていました。与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、橋本治さんと、ずいぶんたくさんの訳本があるのには驚きました。ボクが読み始めた(でも終わらない)村山リウさんと、
”鎌倉文人”の尾崎左永子さんのが展示されていなかったのは残念でした(笑)。

寺崎広業作 ”紫式部”(1896)。紫式部を描いた作品もたくさんありました。とくに、紫式部が石山寺の一室で琵琶湖の浮かぶ中秋の名月をみて、源氏物語の着想したという伝説をモチーフにした絵が目立ちました。



もう一度、こんどは老眼鏡を忘れずにのぞいてみたいと思います。

。。。

美術館の前の噴水と子供。


美術館の前でみた、アオスジアゲハ。花から花へ、昆虫界の光源氏(笑)。
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善光寺

2008-09-20 10:38:11 | Weblog
昨晩の雷神さまのお怒りはすごかったですね。お怒りになるのは当然ですね、最近の食の安全に関わる事件の数々、目に余るものがあります。一夜明けて、台風が過ぎ去り、雲間に青空がみえてきました。”雨過天青雲破処”雨上がりの雲間からのぞく青空の色は格別です。

散歩道、この青空を見上げていて、この明るさと対極の、真っ暗闇のことを思い出していました。先日、訪れた善光寺のお戒壇めぐりです。本堂の内々陣を通り、奥に進むと、回廊の入り口に出ます。そこから中に入ると、まさに”一寸先は闇”の世界になります。その回廊は秘仏(日本最古の仏像)のご本尊が安置されている瑠璃壇の下を通っていて、中程にご本尊につながっている”極楽の錠前”というのがあり、そこを探り当て、結縁するというわけです。

闇のなくなった現代を生きるボクたちは、闇の怖さ、そして光りのありがたさを感じる心をすっかり失っています。ほんの5分ほどの真っ暗闇の経験でしたが、そのことを思い起こすことができ、うれしく思いました。

善光寺さん(地元の人はこう呼んでいます)の本堂。ここに闇の回廊があります。来年、7年に一度の、ご本尊の分身である前立(まえだち)御本尊のご開帳があるそうです。


修理が終了し、何年か振りに三門が特別公開されていました。階上には四国八十八箇所の各寺院の本尊(代像)が安置されていました。ここをお参りすると、88カ所お参りしたことになりますと、お寺の方がおっしゃっていました。実は、ボクもいつか88箇所巡りをと思っているのです。辰濃和男さんの”お遍路は人生の深呼吸だ”の言葉を思い出しました。 お遍路は何かを捨てにゆくこと、心の中を空っぽにすれば、新鮮なものが流れ込んでくる、そういう意味だそうです。



西暦642年に開かれた善光寺さんの参道には、伝統のお店や宿がずらりと並んでいます。そのひとつの唐辛子屋さんに入って、中辛の七味唐辛子を買ってきました。早速、昨夕、ワイフの得意料理、肉じゃがにふりかけていただきました。


善光寺さんの隣りに東山魁偉館もあり、見学したかったのですが、新幹線の切符をみてあきらめました。次回は、善光寺さんの宿坊に泊まり、ゆっくりと”善光寺町”を歩いてみたいと思いました。長野は東京から1時間半です、これならいつでも行けると思いました。
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山田温泉に泊まる

2008-09-19 11:07:35 | Weblog
今回の信州一泊旅行は、信州高山温泉郷のひとつ山田温泉に泊まりました。松川渓谷沿いの、宿も6,7軒という静かな温泉町です。そこの藤井荘という旅館に泊まりました。A級グルメにうるさいワイフが、どこからか噂を聞いてきて、是非一度、ここのお料理を食べてみたいと言っていたのです。

夕食の和食懐石を食べ終え、”今まで食べた中で一番おいしい”、とワイフが誉めていました。でもいつもそう言うので、ボクはあまり信用していません。ボクは蕎麦とかラーメンなどのB級グルメにはうるさいのですが、A級はほとんど分かりません。とくに素材がなんだか分らなくなるほど、ごちゃごちゃに料理されているものは、うまいんだか、ごまかされているのか、わけが分らなくなってしまいます。ただ、いつも驚くのは、食べてしまうのがもったいなくなるような、美的センスの溢れた盛りつけです。今度のも、とくに前菜盛りつけは見事なものでした。カメラをもっていきませんでしたので、残念ながらおみせできません。

ボクは和懐石料理の場合は必ず日本酒を頼みます。おいしいと評判の和懐石は、いつもお酒もおいしく飲めます。つい、もう一本となります(汗)。今回のもおいしく飲めましたので、ここのは、評判通りのお料理なんだと思います。お酒が大部、すすんだ頃、ワイフが今日は何の日か知ってる?と聞いてきました。えっ、何の日って、9月16日?お彼岸には早いし、中秋の名月は過ぎたし、はてと・・しばらく沈黙のあと、はたと気づきました。なななんと、我々の結婚記念日だったのです。

ボクらは、いつも、なんとか記念日に特別なことをしないできていますので、全然、気づかなかったわけです。ワイフはこのことを承知で、この日に設定したのかと聞いてみますと、自分の、プールに行く日、美容院に行く日、その他の用事を差し引いたらこの日しかなかったそうです。たまたまだったとのこと。じゃー、お祝いだと、もう一本つけてもらったのは言うまでもありません(汗)。

朝飯も当然和食でした。うちはいつも朝食は、サラダ山盛り、野菜ジュース、アイスコーヒーのパン食で、和食はめったにありません。ですからというわけではありませんが、とてもおいしく食べられました。おかずがおいしいので、ご飯と五穀米のおかゆもぺろりでした。今度はカメラをもってきましたのでパチリ(笑)。おいしそうでしょ。



景色もごちそうでしたよ。部屋からみられる緑の洪水。この下に松川が流れています。秋の紅葉もすばらしいらしいです。


旅館から川辺に降りる道。

旅館内に大浴場と露天風呂がありますが、旅館の前にも、むかしからの、銭湯のようなお風呂もあります。


今度は紅葉か、山桜(これもきれいらしい)の頃、訪れてみたいです。
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今朝の散歩で

2008-09-19 09:39:41 | Weblog
今朝の散歩で、秋を感じた風景をいくつか。いつものお寺の境内です。

桜の落葉が。
桜もみじ用にも残しておいてくださいね。


猛暑が収まるころ、赤いほおずきが目立つようになり、1週間ほど前から苔緑が鮮やかになり、数日前から白萩がほころび始めました。昨日、訪れた宝戒寺の白萩も、5,6分咲きでした。

秋草の向こうのお地蔵さんも猛暑を乗り切りほっと一息。

彼岸花はまだですが。
宝戒寺の白い彼岸花が一本だけ咲いていました。八幡さまの横の通りの彼岸花は花茎が数センチほど顔を出していました。お彼岸に間に合うでしょうか、心配です。



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嬉しい1日 イチロー&稀勢の里

2008-09-18 20:47:33 | Weblog
まさか、今日一気に決めてしまうとは思いませんでした。他球場のイチローの打席を中継しながら放送していたレッドソックス対レイズ戦を途中まで観て、外出してしまいました。夕方、大相撲秋場所中継を観るために、午後4時過ぎに戻ってきてびっくりです。

な、なななんと、イチローがこの試合、3安打して、一気に、8年連続の200安打を決めてしまっていたんです。なななんと、大リーグ、107年ぶりの快挙、ウィリー・キーラーが1894~1901年に記録して以来の大偉業なのです。こんな大事な試合を見逃してしまうなんて、本当に、残念で残念で仕方がありませんでした。たぶん、イチローもこの偉業は地元シアトルで決めたかったと思いますよ。

とにかく、すごいことです。次ぎの当面目標は、張本さんの生涯安打数 3085を越えることですね。



ウィリー・キーラーとイチロー


イチロー快挙の日、稀勢の里も白鵬を破る金星でした。”うふっ”の日でした。本当は”うふふ”の日にしたかったのですが、まだ1勝なので”う”は一つ。明日、琴三喜に勝てば、うふふ(ふの数が勝ち星を表わす)となります。負けると、とほほほほほ(”ほ”の数が負け数を表わす;泣)となります。今日の勝利をきっかけに一気に、二桁勝利に向かい、”うふふふふふふふふふふ”にして欲しいです。豪栄道豪太郎も好調で嬉しいです。休場の豊真将の分までがんばってね。


はい、明日もいただきです。


お二人に黒姫高原の、人気三羽がらすのダリアの花をプレゼントします。




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北斎 in 信州小布施

2008-09-18 10:10:19 | Weblog
晩年の北斎が過ごした小布施は一度、訪ねたかった町でしたが、今回、その望みがかなえられました。1時間半ほどの滞在でしたが、北斎館では小布施時代の肉筆花鳥画や祭屋台の天井画をたくさん鑑賞することが出来、満足しました。”富嶽三十六景”も20景ほどが一同に展示されていて、見応えがありました。ボクに馴染みの”江ノ島の冨士”と”七里ヶ浜の冨士”が並んであり、嬉しかったです。北斎といえば、版画ですが、北斎のデッサン力のすごさ、想像力がよく分る肉筆画も最近、好きになってきました。

北斎館

ボクの好きなカワセミも描いています

菊の絵も迫力があり、すばらしかったです

祭り屋台の天井画、龍

祭り屋台の天井画、男波。対で女波もある。あの波ですね。

最晩年の作品。冨士越龍。冨士と龍でさよならのメッセージでしょうか。

。。。
北斎、80代半ばから数年間、豪商・高井鴻山の庇護を受ける。高井鴻山記念館も近くにある。

小布施の小路

こんな表札が。小布施オープンガーデンといって、100近くの家がこれに参加、庭をみさせてもらえる。

このお宅の庭。

どこのお宅も花がいっぱい。


小布施がすっかり気に入りました。もう一度、是非、訪れたい町となりました。



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黒姫高原のコスモス畑

2008-09-17 22:14:32 | Weblog
信州一泊旅行から帰ってきました。速報として黒姫高原のコスモス畑を紹介します。ここは、もともと冬はスキー場なのですが、シーズンオフでも楽しめるようにと、コスモス畑をつくっているのです。スキー用のリフト上からも、コスモス畑を眼下に楽しめますし、もちろん歩いて間近に楽しむこともできます。

こんなふうに、リフトに乗って

どこまでもどこまでも続くコスモス畑

ブルーの朝顔との対比もいいです

黄色いコスモスとの対比も

黄色いコスモスが多い、いわゆる黄花コスモスではありません。ピュアーな黄色。


リフトを降りると、そこは野尻湖を望める展望地であった。反対側は、この日は雲に隠れた黒姫山。むかし、黒姫山というお相撲さんがいましたね(笑)。この辺の出身でしょうか。

ここにはコスモスではなく、自生のマツムシソウや女郎花。すすきや桔梗も。




そこから、ボクらは松川渓谷にある山田温泉の旅館に向かいました。(つづく)

関係ないことですが、稀勢の里、また負けました(対戦相手は朝青龍ですが)。これで4連敗です。とほほほほ(”ほ”の数が負け数を表わしています)。ぼくの予想の10勝5敗はほぼ絶望的になりました。明日は白鵬戦。是非挽回してほしいです。
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鶴岡八幡宮例大祭 神幸祭

2008-09-16 07:30:15 | Weblog
横浜のお祭り見物の翌日、こんどは地元の八幡さまのお祭りを見学してきました(汗)。鶴岡八幡宮・例大祭の”神幸祭”が15日午後1時から開催されていました。

公暁のように(笑)、大銀杏の影で待機していました。

すると、正装した神職の方々が登られて行きました。いよいよ始まりです。

しばらくの沈黙のあと(神事が行われていたのでしょう)、先ほどの方々が降りてきました。

そして、お待ちかね、神輿が。貫禄のある、古色蒼然とした御神輿です。

そして2基目、3基目と続きます。白装束の氏子の方々に担がれ、ゆっくり、ゆっくり降りてきます。あぶないですもんね。

階段を降りて、御神輿は舞殿の横を通って進みます。

古色蒼然の御神輿、近づいてみると、ほこりではなく花模様(菊?)でした(笑)。

そして、第三鳥居へ向かいます。すごい人出。

ここから、神職、錦旗、神馬、ちょうちん、太鼓、盾、弓矢などの行列が若宮大路を二の鳥居まで進みます。

すごい人出で、前に進めませんので、脇の門から出て、雪の下の小路を抜けて、二の鳥居まで出てきました。もう馬はお役目を終えて、帰るところでした。

御神輿も到達していました。

案内によると、この鳥居の下で、緑の千早、緋袴姿の八乙女たちによる八乙女舞が行われます。これも観たかったのですが、午後3時から、鎌倉芸術館での中村紘子さんのピアノリサイタルがありましたので、ここまでとしました。

。。。

中村紘子さんの演奏、すばらしかったですよ。ベートーベンの”月光”やショパンのワルツ全14曲も。堪能しました。紘子さんものっていて、アンコールを3曲も弾いてくれました。

。。。
八幡さま、今日は世界的にも有名な、流鏑馬祭です。毎年行っているのですが、今日はこれから一泊旅行で信州に出掛けますので、残念ながら今年は行けません。関係ないことですが、稀勢の里、連敗です。とほほ。
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横浜 お三の宮・日枝神社のお祭り

2008-09-15 20:06:25 | Weblog
いつもの気まま散歩で偶然、出会った横浜関外の鎮守さまのお祭り、日枝神社の例大祭。日曜日(14日)、数時間、伊勢佐木町界隈を歩き回り、このお祭りのほぼ全容を把握することができました(笑)。

実は横浜美術館に行く予定でした。昼ご飯はこの10月で閉店する横浜松坂屋のレストランでとろうと、関内駅で降りたのです。すると、松坂屋の前に、御神輿が陳列されているあるではありませんか。それも由緒ありげな御神輿が。お祭り好きなボクは、突如予定変更しました。源氏物語関連の展示はまだしばらくやっている、でも、お祭りは今日を逃したら、1年は観られないのだ、と。

由緒ありげなこの御神輿は、”火伏の神輿”。大正天皇の即位のときお三の宮・日枝神社に奉納されましたが、関東大震災と横浜大空襲のときも燃えずに残り、そう呼ばれるようになったそうです。そして神輿の彫刻は高村光雲作。
この御神輿は前日に”火伏の神輿行列”として、烏帽子、水干姿、白装束の氏子に担がれ、伊勢佐木モールを練り歩いたとのこと。観たかったです。

この獅子頭も高村光雲作。

午後2時頃から、伊勢佐木町一、二丁目町内の大神輿がここから出発するというので、松坂屋レストランでスパを食べて、三の宮に向かいました。15分ぐらいで着くのかと思ったら、大間違い、その3倍ぐらいは歩いてしまいました。伊勢佐木モールが切れて、さらに京急黄金町駅近くを越え、漸く辿り着いた三の宮。

お宮の境内の唐獅子の石像。裏に昭和11年9月再建と記してある。そして、寄贈者の名前のトップに”野澤屋”の名が。横浜松坂屋の前身だ。この当時から、三の宮を力強くバックアップしていたことが分る。

もっと、前の歴史も案内板に記されている。江戸時代に吉田勘兵衛良信が、この辺りの入り海を埋め立て、吉田新田を開拓した。そして、寛文13年(1673年)に江戸の三王権現を勧請し、新田の鎮守として創建した。それ以来のお祭りなのだ。
ちょうど、この辺りの町内のエイサーエイサーのかけ声と共に、神輿がやってきた。運がいい。


そして、ボクはここからタクシーで、午後2時からの神輿巡行を観るために戻ることにした。すると、途中でこの御神輿の隊列に出会う。すぐ、タクシーから降り、見物する。巨大な神輿です。神輿の前には天狗さま、そして中区長ご夫婦らに先導されてゆっくりと行進していました。

天狗さま。

社宝大神輿は千貫神輿とも呼ばれ、昭和30年代までは、飾り立てた黒牛に曳かせていたそうだ。現在はこのようにトレーラーで牽引している。


そして、松坂屋前に戻ると、和太鼓の演奏が始まっていた。太鼓の音はいつ聞いてもじーんとくる。

そして、伊勢佐木町一、二丁目の大神輿が動き始める。

伊勢佐木モールの入り口まで行って、すぐ戻り、横浜松坂屋の前で、敬意の揉み。野澤屋時代から永年お世話になった、来月閉店の横浜松坂屋。礼を受ける店長(たぶん)も涙ぐむ。ボクもついほろり。


思いがけず、横浜を代表する数々の御神輿に出会え、また、日枝神社例大祭のほぼ全容を知ることもでき、本当に幸せな1日でした。
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