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気ままに

大船での気ままな生活日誌

”画家の眼差し、レンズの眼”展 in 葉山

2009-07-21 18:07:36 | Weblog


神奈川県立近代美術館(葉山)で、”画家の眼差し、レンズの眼”展を観てきた。なかなかユニークな企画で面白く、眺めることができた。

明治初年、カメラが入ってきて、まさに、そのまんまの景色や人物が紙上に”描かれる”のだから、当時の洋画家たちは腰をぬかすほどびっくりしたに違いない。彼らが、写真を模写するように、絵を描きはじめたのは、当然の成り行きといえるだろう。そして、次の時代には写真家が絵を描くように、すなわち絵画的写真(ピクトリアリズム)を撮るような方向に進む。そんな両者の、相互変遷を、写真100点、油彩画30点、そして水彩画、日本画、版画を展示し、楽しませてくれる。

とくに、第1章の”写すといいうこと”が面白い。たとえば高橋由一が描く”山形市街図”は、菊地新学という写真家の”山形県庁前”とほとんど同じである。絵画的にじゃまなものをちょっとだけ外す程度の”模写”である。浅井忠は、写真模写の常連だったことも知り驚いた。たとえば、”農夫帰路”、これも横に展示された農村風景の写真の忠実な模写であった。”横浜アルバム”の写真や絵葉書が使われたようだ。

あと、第二章、”写真のような絵、絵のような写真”、第三章”画家の眼、レンズの眼と、つづく。この辺からはぼくは自分好みの絵や写真を中心にながめていた。どこの章にあったのか、忘れてしまったが、気に入った作品をいくつかあげておく。

一番のお気に入りは、”ラグーザ玉像”(二世五姓田芳柳作)。はじめ玉を王と呼んで、王女さまなのかと思ったら、名前のタマ(玉)だった(汗)。八代亜紀の描く、猫のタマのように可愛い少女だった。あとで、地階の図書館で調べたら、昭和20年代までは”少女像”であったが、いつのまにか女流画家、ラグーザ玉の肖像となってしまったようだ。真相は、その作家の容貌とは似ても似つかぬもので、新橋の芸者おえんを撮った日下部の写真をもとに描いたとのことだ。それなら、題名も元に戻せばいいのにと思うのに、そんなことは、芸術の世界ではどうでもいいことなのだろう(笑)。絵ハガキがなかったので、お見せできないのが残念である。東博所蔵なので、そのうち、また彼女と会うことができるだろう。

ちらしを飾った、福田平八郎の”芥子花”も良かった。並べて展示されていた、写真(ゴム印画)の”けし”なかなかいい雰囲気を出していた。絵も写真も、稀勢の里対日馬富士のように、いい勝負をしているようにみえる。



ちらしの裏面に紹介されていた、福田平八郎のこれも観たかったのだが、後期展示の方に入っていて、残念であった。大阪市立近代美術館建設準備室蔵なので、観る機会があまりないかも知れない。ボクも素人写真で、さざ波を撮るのが好きなのだ。



前述の浅井忠の”農夫帰路”。


版画もたくさん展示されていたが、どこかの説明文で”写真は光によって生まれる造形であり、版画は光を作り出す造形である”とあったが、なるほどと思った。

岸田劉生の静物画もなかなか良かったし、広重の浮世絵をまねした写真なども、面白かった。

実際のモデルさんや景色の写生ではない、写真の模写なんてと、ちょっと低く、みていたところがあったが、今回の展覧会で、その認識を改めた。

。。。

葉山の海岸はもう、子供たちの天国になっていた。


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