まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

母と子、3代

2007年06月14日 | にこにこ
 大阪にいる実家の母とテレビを観ていると、お料理番組の中で「らっきょ」の話題になっていました
 
 私には、らっきょにはほろ苦い思い出があります 結婚してから毎日、私は毎晩違うメニューの夕食の支度をして主人の帰りを待ちました。もちろん、当時の主人はまだまだ若手で忙しく、毎日自宅で夕食をしていたわけではないのですが、たとえ遅くても自宅で夕食をする、という時には、とにかく、大学当時から下宿し、就職の後も寮暮らしだった主人に、少しでも家庭料理を食べさせてあげたい・・・という思いで、がんばってたんですねえ、ふふふ

 一貫校に在学していた私には大学受験の必要なく、進学もすでに決まっていて、高3のわりには気分的にはリラックス そんな私ですから、ほぼ毎日、仕事で忙しい母の替わりに夕食の支度をしていました
 そのおかげで、結婚が決まっていた時には、すでにお料理に関してはベテラン?! あり合わせの材料でお料理を作る、というような主婦修行にも慣れていましたので、毎日違うメインディッシュ・・・というのは、それほど苦にはならなかったのでした
 
 しかし、とうとう3ヶ月ほどすると、メニューも底をつき、いよいよカレーライスの登場、となりました
 実家では、カレーライスの薬味は、あまり用意はしませんでした 絶大な威力を誇っていた父が嫌いなものは、絶対に食卓にはのぼらない・・・と、私の実家では、暗黙の了解事項だったのでした
 ですからきっと、父は福神漬もらっきょも、ちっとも好きではなかったのでしょうね カレーと一緒に出されることはありませんでした

 けれど、新婚3ヶ月目の私としては、何となくカレーのテレビのCMのように、オシャレなガラスの小皿などに入ったらっきょ、福神漬、ピクルス等、是非、出してみたかったのです
 私は、いつものスーパーではなく、いそいそと漬け物専門店を訪ねました そこにはいろんな種類のらっきょがあり・・・私が迷っているのを目ざとく見つけたらしい店主は・・・
 「奥さん、らっきょ、ですか?そりゃあ、うちの自慢の黄金らっきょにしてくださいよ 騙されたと思って。おいしいよー カレーにはぴったり

 何だか、すべて見透かされているように思った私は、何とはく気恥ずかしく、進められるがままに、奮発して「店主お薦め黄金らっきょ」を買いました 
 いくらだったかは忘れましたが、とにかく、100グラム入れていただいて、「おいくらですか?」と聞き、満面の笑顔の店主に「○○円です」と言われた時、卒倒しそうになったことを今でもよく覚えていますから、きっととんでもなく予想をはるかに超えた金額だったのでしょう・・・

 じつは、この話しには傑作な?悲しい?落ちがあり・・・
  「今日はとうとうカレーなんだけど、あの駅前の由緒正しそうなおつけもの屋さんで、らっきょを買ってきたんよ」と、CMさながらのガラス小皿を食卓に出した時、主人がひと言。
  「ぎゃー、僕、らっきょ、嫌いやねん

 これがマンガなら、きっと、4分の1ページくらいに私の大写しの顔が描かれ、その横に「ガーーーーンッ」と書かれた吹き出しがあるでしょうね。
 ・・・そんなことを思いながら、私はほのぼのと両親のそばで番組を観ていました
 
 すると、急に思い出したらしく、唐突に母が唐突に話し始めたのでした

  「あのね、彼岸花、あるでしょう?あの彼岸花を、ぎゅっと引っこ抜いたらね、らっきょのような根っこがついてくるんよ、知ってる? 
 私、初めてその根っこを見た時、ものすごくうれしくてねえ。『いやー、らっきょがこんなにたくさん咲いてるんやあ』って思ったの あなたのおばあちゃんは、ものすごくお料理が上手で、何でも手早く、おいしく作る人でね・・・らっきょや梅干し、梅酒など、みんなものすごく上手に作る人やったんよ 
 この時期になると、私はいつも、母親の横で、いろんな話しを聞きながら、らっきょの株を一つ一つにわけて、皮を剥いて・・・って手伝って、らっきょの甘酢漬けを漬けたもんよ 
 せやから、彼岸花の根っこを見たとたん、私はすぐに思ったの 私がたくさん彼岸花を採って帰ってあげたら、きっと母親がものすごく喜ぶなあって、ってね ほんまは、彼岸花が咲く頃には、すでにらっきょは漬けは終わっているわけやけど、そんなことは子どもやから、すっかり忘れててね・・・
 とにかく、暗くなるまで、一生懸命に彼岸花を摘んで、抱えるほど持って帰ったん。『お母さん、ただいまー、らっきょ、こんなに採ってきたよー、もう買わなくてもいいんよー』ってね。
 そしたらおばあちゃん、にこにこ笑って、あたまをなでなでしてくれてねえ・・・『トミちゃん、残念やねえ。これはね、彼岸花で、らっきょとは違うんよ せっかく採ってきてもらったのに、悪いねえ。』やって。
 私は、なんか悲しくなってねえ・・・ これがらっきょと違うんやったら、せっかく咲いてた彼岸花をこんなにたくさん採ってしまって、彼岸花にも悪いことしたなあ、と思ったし、何だか恥ずかしかったしね・・・
 そしたらね、おばあちゃんが、言ってくれるの。『大丈夫、大丈夫。明日の朝、ちゃんとまた近くに埋めてらっしゃい あなたがらっきょと間違ったのは球根やから、元通りに埋めてやったら、ちゃんとまた芽を出すよ、心配せんでも大丈夫 きっと、また来年、あなたが埋めたところに、ちゃんと花を咲かせるから 来年は、一緒に見に行きましょね』ってね。おばあちゃんは、私が感じてたこと、みんなお見通しやってんよ・・・

 「明くる日、私は朝早くに起きて、彼岸花の球根を元の場所に戻しにいったん そしたらね、ちゃんと、次の年、おばあちゃんが言うたように、そこはまた、たーくさんの真っ赤な彼岸花が咲いてね・・・ 私、ものすごくホッとしたもんよ
 狭山(梅田の高層マンションに引っ越す前に住んでいた場所の名前)のお庭にも、いつからか彼岸花が咲くようになってでしょう?あれは、庭に来る野鳥が、種を運んできたか、野鳥のフンから芽が出たか、どちらかやと思うけど
 あのお庭の彼岸花、私は大切にしてたんよ なんで(どうして)って、彼岸花を見たら、私はいつもおばあちゃんのことを思い出してね・・・
 49年間で、初めて聞く話しでした。

 確かにそう言えば、引っ越しするまでの家の庭に、たった4,5輪ですが、毎年、彼岸花が咲いていましたね・・・
 咲き始めたのは、私が結婚してからでしたが、たまたま秋に帰省すると、手入れの行き届いた庭には不釣り合いに見える真っ赤な彼岸花があり、それでも妙に松の緑にマッチして、凛と咲いていたのを覚えています・・・
 あの彼岸花を愛でながら、私の母はいつも、自分の母親との思い出を、懐かしく思い出していたのですねえ・・・ 今はもう、さら地になってしまい、庭の木々もすべてなくなってしまった、と聞いた、昔の家の庭をあらためて思い出しました
 そして同時にあの鮮やかな赤い花を思い出します

 花を愛する心・・・食を大切にする心・・・それは、母から娘である私に受け継がれた心だと思っていましたが、じつはもう一代遡った祖母から私へ、脈々と受け継がれている大切な心なのだな、と実感しました
 
 奈良県の奥のほうの町に、自分の息子の家族と暮らしていた母方の祖母とは、残念ながら、私は子どもの頃からそれほど頻繁に顔を合わせることはありませんでした
 私にとっての祖母は、常に穏やかで、いつも上手に和服を着こなす小さなおばあちゃん・・・
 しかし、これからは私も、らっきょと彼岸花を見るたびに、その多才だった祖母のことを思い出すでしょうね・・・

 母も、穏やかな笑顔で料理番組を見ていましたが、きっと心の中では、母親のことをたーくさん思い出していたのでしょうね
 
 私は、たんぼのあぜ道で、一心不乱に彼岸花を摘む「幼い母」の姿を想像しました・・・


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