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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

プチギフト、素敵です!

2013年03月31日 | にこにこ
  「プチギフト」この言葉、意味をご存知ですか?
先日、朝のテレビ番組を見ていると、今、若い人達の中で流行しているもの、として紹介されました。それは、ささやかな「お礼」の気持ちや、ちょっとした「手みやげ」なのだそうです

 職場で、同僚や後輩に自分の仕事を頼み、それをしてもらった時・・・お友達との間で貸し借りをした時・・・たんに「ありがとう」とお礼を言うだけではなく、感謝の気持ちをよりきちんと表すために、オシャレな小袋のキャンディーや一口サイズのお菓子などを手渡すのだそうです
 最近では、既製のお菓子の小袋タイプ、「Thank you!」などと書かれた金太郎飴、ミニサイズのどら焼きなど、そういうシチュエーションを想定したお菓子がたくさん発売されているとのことでした。

 そういえば・・・ひと月ほど前、青山通りを歩いていると、オシャレなお店が目にとまりました 気になって入ってみると、そこには妙に小さな袋に入ったカラフルなキャンディーや、2、3粒だけ入ったチョコレートなどが売られており、「??このオシャレさは、子ども向けとは思えず・・・いったい、誰がここまで買いにくるのだろう?」と思ったものです。

 番組では、職場の引き出しの中にズラリと並んだ「プチギフト」が紹介され、なるほど・・・と思いました。そして、ちょっと仕事を手伝ってもらった同僚に、「どうもありがとう」と声をかけ、「一口サイズのどら焼き」を差し出すOLも映し出されました。
 一口サイズどら焼きを受け取った男性社員は「ああ、どうも」と笑顔。その男性がインタビューを受けると、「やっぱり、こういうのって嬉しいですよね。なんか、またいつでも言ってよ、なんて気持ちになります」との言葉。
 ほー・・・

 彼らに「どうしてプチギフトを贈るのですか?」と質問をすると、その答えは「コミュニケーションを円滑にするため」「こういうことをすることによって、お互いが和み、人間関係がスムーズにいくから」という返事が返ってきていました。
 いやいや・・・私は良い時代が復活したなあ、と思ったものです。

 日本には、昔からお歳暮やお中元、という文化があります。
また、贈り物をする時には、欧米のように「リボン」をかけて渡すだけではなく、「熨斗紙」をかけたり、水引を用いたり・・・独自の文化がありますね。
 お祝いやお礼として現金やそれに準ずる商品券などをお渡しする時、そのままで熨斗袋をお渡しするのではなく、その熨斗袋を乗せる「台として」、ちょっとしたお菓子などを一緒に渡す・・・こういう慣例もあります。
 日頃、ご無沙汰をしている目上の方や、いつもお世話になっている方に、感謝と親愛の思いを込める・・・それに、季節を感じさせる一筆せんに「ひと言添えて」お送りするなんて、本当に素敵な日本の文化だと思うのです

 しかし、今から10年ほど前でしょうか、たまたま、そんな「日本の風習」が話題にのぼった時、あるお母様から「先生、そんな考え方は古いですよ。時代は21世紀です。そんなこと、欧米ではしませんよ!贈り物の慣習って、昭和の遺物って思いますよねえ」と、5年間、海外に駐在されたそのお母様から、けんもほろろに言われたことがありました。一理ある意見ではありましたが、私は、そこにカサカサしたもの、を感じ、とても情けない思いをしたものでした。贈り物が大事とは言わないまでも、そのママのお言葉、お考えには「うるおい」のようなものが感じられず、心が寂しくなりました

 バブルの時代を経て、世の中の考え方、価値観が、一時妙な方向に動いていった時・・・欧米の生活、特にアメリカナイズされた生活こそが一番モダンで、日本古来の風習や習慣を「古いもの」として排他することが国際人になること?!のような風潮がありました。こういう思考の人が、当時、どんどん生まれていました。
私は日本人として、そう言う風潮を、とても悲しく感じていました
 単なる「儀礼」としての贈り物は、確かに寂しく意味のないことかもしれませんが、「ご無沙汰を詫びて、ご機嫌をうかがう」「日頃の感謝を込める」こういうことは、人と人とが暖かい空気感を持って、優しく、そして凛々しく暮らす知恵であり、守るべき「心」だと思っています

 震災以降、私達日本人は「優しい気持ちを大切にし、それをしっかりと表現する国民」になったと思います。そのきっかけが、あまりにも悲惨な出来ごとであったこと、そして今でも厳しい条件のもとで多勢の方が不自由な思いで暮らしていらっしゃることは、本当に辛い思いでいっぱいです。
 しかし、「優しい気持ちを素直に表現することで、多くを語らずとも『なごみの時間、穏やかな時間』が流れる!人と人との関係を、優しいものにしたい!」とう思いが、若者達の間に生まれたこと・・・それは、大きな学び、だと思います

 プチギフト・・・もともと私は、素敵なものを見つけたり、美味しいものを見つけると、すぐに仲良しさん達に紹介したい、共感したい、と思うタイプ、です
 今時の若者達のように、オシャレで可愛いプチギフトを活用しようと思っています

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席を譲る、席を譲られる

2012年11月25日 | にこにこ
 「席を譲られてしまったよー 初めてのことでねえ、ショックだったあ。いやいや、結構ですと言って固辞したんだけどねえ
 私が馴染みのお店に入っていくと、待ってましたとばかりに話してくださいました。いつもとても親しくしているお店のご主人で、確か今年74歳になられたのだと思います。ハンサムでダンディー、年齢を超越したステキな方です

 そう言えば、私の叔父も、半年ほど前に同じようなことを言い、憤慨していたことを思い出しました。
その叔父もお店のご主人と同じ年。子どもがいないこと、年齢を感じさせない若さがあることも同じで、よく似たタイプです。
 子どもがいると、いやでも我が子の成長とともに自分が年取っていくのを感じます。私もあと数年のうちに「おばあちゃま」と呼ばれるようになり、「ああ、私もそんな年になったのだなあ・・・」と感慨を持って孫を抱っこするのでしょう
 そういう意味では、私の叔父もこのご主人も、日頃から年齢を実感することのない生活をされていた、という伏線はあったのだと思いますが、あまりのよく似た反応に、それを聞いた私のほうが苦笑でした

 席を譲る・・・なかなか勇気のいるものです
私の生徒達は、「電車やバスの中では静かにする」「座りたい!などと言ってダダをこねない」「動いている間は、歩き回ったりしない」「お年寄りにはお席を譲る」etc. などと公共の乗り物の中での「お約束」をニコニコと話してくれます。
 確かに、比較的子どもの場合は、あまりいろいろなことを考えず、「どうぞ」と席を立ち、譲ることができます。(とは言え、「すごくドキドキしたよ」とも話してくれます)
 しかし、大人はいろいろ考えますよねえ・・・「結構です!と断られたらどうしよう・・・」「まわりの人は見るだろうなあ」「すぐに降ります、と言われたら、私はどうすれば良いのかな・・・」などなど。そんなすべての思いを吹っ切って、「どうぞ」と席を譲るのです。みなさまは、いかがですか?

 この日、私はご主人にこの話をしてみました。
すると、「なるほどねえ・・・そんな思いもあるんだねえ・・・僕は今日、立ってくれた女性の気持ちには思い至らなかったなあ ただただショックでね、ハッハッハ」という反応でした。
 お親しい間柄だったので「どんなに素敵に年を重ねていても、ハツラツとして若々しく見えても、カッコイイおじいさん、おばあさんであっても、やっぱり『席を譲ってくれた人よりも年長者である』ことは事実でしょう?それにね、席を譲られた理由は、何もヨボヨボしていると思われたからでも、とんでもない年寄りだあ、なんて思われたわけでもないですよ、きっと。感じの良いステキなおじさま、おばさまだったらよけいに、私は進んでお席を譲りますよ~」とも話しました。

 相手のことを考える・・・よく言われることです。それがいかなるシチュエーションでも、平常心で相手の立場を考えることは難しいですね。
 でも、相手の行為や言動に思いを寄せたとたん、自分の心がとても「優しく、穏やかになれること」に気づくことは、非常に意味のあることだとも思います。

 たとえば・・・
小さいながらも荷物を持ち、乗り込んでこられた高齢者に「どうぞ!おかけになりませんか?」と席を譲る・・・
「まあ、ご親切にありがとうございます。でもね、私、次で降りますから。ありがとう!」と辞退する・・・
お互い笑顔で、元の席につく人、ポールを握る人。そして、次の駅に到着すると、双方会釈をして別れる・・・そこには、あたたかい空気が生まれ、きっと譲ったほうも、譲られたほうも、気持ちの良い時間、会話になったことでしょう
 
 相手のことを考えるという本当の意味、目的は、もしかしたら、自分自身が「優しい心になること」「穏やかな思いになること」なのかもしれないな、と感じています。


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人を思う心 オリンピックから感じること

2012年08月02日 | にこにこ
  テレビは、オリンピック一色、です
私も、家にいる時には、ずっとテレビを点けっぱなしで、録画の試合、ライブの試合・・・と、日頃はあまり馴染みのない競技にも見入っています。

 その今回のロンドンオリンピック。
私は、日本選手の今までとの「違い」に気づいています・・・
 それは、メダルを取った選手達、メダルに手の届かなかった選手達、いずれの選手達も、インタビューを受けた時、必ず口にする言葉・・・
 「多くの方々に支えられ、応援していただけたからこそ。心より感謝しています。」
 それを語る選手の表情から、その言葉は決して美しい感謝の「慣用句」ではなく、誰もが、心からそれを実感し、心の底からの感謝の思いを込めて話していることを実感します

 いつの頃からだったでしょうか・・・あれはシドニーオリンピックあたりから、だったかもしれません。
これから試合に臨む選手達にマイクを向けると、なぜかみな、決まって「オリンピックを、この機会を楽しみたいです」と言うようになりました。「せっかく出場できたのだから、楽しみたい」と。

 けれど、私はとてもその言葉に「違和感」を感じました
なぜなら・・・あなたは確かにがんばったご褒美として、オリンピックへの出場権を勝ち取った!でも、あなたと同じように努力を重ねながらも、残念ながらオリンピック出場のチャンスを手にできなかった数多いる選手達の思いを思えば、「楽しむ」という言葉は、あまりにも不謹慎?傲慢?自己中心的?と思えてならなかったのです

 それに、少なくともオリンピックとは、古代オリンピックの時代から、選ばれし者が、自分の国を代表して、自国の国旗を背負い、スポーツに挑むという時間。そんな尊いチャンスを「自分の楽しみにしてどうする」と思ったのでした。
 
 国を代表する、という証拠に、今でも表彰式の時、選手達は英語ではこうアナウンスされますよね。
 「Gold Medalist, 〇〇〇〇、representing国名」
「represent」とは、表す、表現する、象徴する、という意味の英語です。「金メダリスト、〇〇〇〇さん。〇〇国を代表する、〇〇国を象徴する人です」というような意味であって、敢えてその単語が使われるのは、金メダリストの〇〇さんは、〇〇人です、というだけではなく、〇〇国を代表する人なのですよ、という深い意味があってのこと、と私は感じていました。
 だからこそ、市民アスリートではない彼らが、世界の大会であるオリンピックに出場し、「楽しみます」という言葉を発することに、ある種の憤りさえ感じていたのでした。

 話をもとにもどしましょう。
私が今回、選手達の様子が違うかな?と感じたこと・・・それは、彼らがみな、自分の努力の賜物、辛く苦しい練習の結集である競技の結果を「感謝の思い」で表現していること、です。
 これは、前回の北京オリンピックでも、それほど感じられなかったことでした。

 私が考えるに・・・未曾有の大惨事となった東日本大震災。直接の何らかの被害は受けなかったとしても、私達日本人は、みな、この悲劇を我が事として受け止めました。そして、実際に現地に出向き、ボランティアとして活動した人、募金をした人、今でも心に留め、一日も早い復興と、被災者の心の平安を祈り続けている人・・・私達は、この震災で、「人は人の役に立てる」「人は人の役に立たなければならない」「人は人を支えられる」「人は人によって支えられている」「人は人を助けられる」「人は祈りを捧げられる」そういうことに気づいたのだと思います
 
 そして、オリンピック選手のように、努力を惜しまず、必死に艱難辛苦を乗り越え、自分を磨きをしている人達であればあるほど、自分の力、努力だけでは成しえないことがある
 人からの支え、応援あってこその今・・・ということを肌で感じるのでしょう

 大変皮肉なことですが、日本人はあの震災を機に、みな、優しい心 人を思う心 感謝する心 を、あらためて手に入れたのだなあ・・・と感じる、このロンドンオリンピックです。


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娘のお弁当

2012年06月11日 | にこにこ
 娘のお弁当を作り始め、今日で3日目になりました。
いつもより少し早く起き、窓からベランダ越しに外を眺め、今日の一日の無事を祈り・・・そして、キッチンへ。私の心が、まっすぐ「娘」に向かっていることを、とても意識します

 息子とともに通わせた年少の幼稚園時代。あらためて年中から転園をして過ごした2年間。小学校、中学、高校・・・と、娘のお弁当作りは15年間続きました。
 特に小学校の6年間は、主人にはインドネシア駐在の期間があり、また同時に1年の3分の1におよぶ海外出張のあった時期で、家族の中でのお弁当の作り手は私一人だけ。どんなに私の体調が悪くても、気軽に他のママ友にお弁当作りをお願いするという環境ではなく、絶対に私が寝込んではいけないという緊張感がありました。そういう意味では、当時は、たかがお弁当、されどお弁当・・・でしたねえ
 そしていつしか、中高の時代になると、惰性のような気持ちも多く・・・正直、決して毎日、愛情を込めてお弁当作りをしていた、とは言えなかったのではなかったか?と思います

 でも、今あらためて制服姿の娘を思い出し、何とあの頃は娘は「幼かったのだろう」と思います。
たとえそれが15歳、18歳の娘であったとしても、まだまだ何事に対しても経験浅く、自分で確固とした判断も下せない・・・本人が意識してそれを欲していたかどうか、は別として、あの頃は親の庇護が必要不可欠な時代だったのだと思います
 それなのに、12,3歳から大学入学までの時期、特に母親と娘は(それは、父親と息子は、というふうに置き換えることも可能でしょう)なぜかもめることが多い時期で、時には反目しあい、口を利かなかったり、視線を合わせなかったり・・・
 そんな時のお弁当は、きっと手抜きの上に愛情がこもらず・・・おいしさのかけらもないお弁当だったに違いありません。

 今、あらためてそんなことが見えるようになり、もう二度と戻っては来ない時間に、情けない思いでいっぱいになります
 どんなに大人びた嫌味で親を愚弄しても、子どもは子ども。親は強者で子どもは弱者、でしたねえ・・・あの当時、愛情のこもらないお弁当の蓋を開け、砂を噛むような思いで食べたお弁当。いったい娘は、何度そんな思いで私のお弁当を食べたことでしょう。

 社会人2年目の娘。「倹約もしたいから、私、明日から会社にお弁当を持っていくことにするわ、ママ」と言ったのは先週のこと。親ばかではありますが、あんなに糸の切れた凧のような大学生生活を送っていた娘が、こんなに変身し、勉強熱心で働き者の社会人になるとは・・・そんな娘をうれしく眺めています
 彼女の会社には、冷蔵庫も電子レンジもあると言います。そして、雑貨を扱う会社であることから、夏にはオシャレな扇風機や空気清浄器、冬にはストーブや加湿器など、サンプルとして使う商品もオフィス内にたくさんあるのだそうです。
 そんなオシャレなオフィスの中で、パソコンを前にお弁当を広げる娘を想像し、ああ、本当に大きくなったものだ・・・と、胸が熱くなりました

 もちろん、自分でお弁当を作って出かけて行く心づもりだった娘ですが、私はさまざまな思いを込めて、お弁当作りをかって出ました
 「ごちそうさまでした」と、毎日お弁当箱を学校のカバンから出して、シンクの横に置いていた娘。あれから7年の年月が流れても、残業を終えて帰ってくる娘は、同じようにお弁当箱を出して自室に向かいます。でも今は、お弁当箱は会社できちんと洗われ、そこに置かれています。何か、嬉しいような、切ないような・・・
 
 今週は、時間を見つけて、娘用のお弁当箱とナプキンを買いに行こうか・・・なんて、考えている私です。今は間に合わせのお弁当箱と、私の大判のハンカチで包んだお弁当を持って出かけている娘。お箸だけは、高校の最後の時期に買った懐かしいもの。
 えんぴつ型のお箸を見つけて、思わず「きっと娘は喜ぶだろう」とウキウキと買い求めたものの、受験勉強しか頭の中にはなく、いつも疲労困憊していた当時の娘は、さほどそのお箸にも興味を示してはくれませんでした
 そんなことを思い出しながら、愛情の押し売りをし、それに応えてくれない子ども達に一人でイライラしたり、一人で悲しんでいた母親であった私に苦笑します。

 そう言えば、わが子のお弁当作りが終わった時、私はブログを書いた気がする・・・そう思い、古いブログを探しました。「学校生活、最後のお弁当」
あれから7年。私には幸いにも、娘の「ごちそうさまでした!」の声を聞ける日がやってきました 私はあの頃よりも、ずっとずっと愛情深く、その声に応えます。「今日もお疲れ様

 親子とは・・・本当に素敵なものです
その時期、その時期で、いろいろに変化する親子の関係。もし、今、親子の関係が難しい時期にあり、言いあいが絶えなかったとしても、今という「点」は明日につながり、その時間の点の連続は、ずっと先に続いていきます
 私は、娘との関係に悩み、苦労した、と感じていた母親の一人です。娘も私に対し、届かない思いや歯がゆい思いをして、何度も腹を立て、ベッドの中で悔し涙や悲しい涙を何度も流したに違いありません

 でも、すっかり社会人になった娘の毎日を見ていて、今となっては、娘とのどの時間もその尊く、すばらしいものはない・・・そう感じています


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「知ること、感じること、考えることの」すすめ

2012年05月18日 | にこにこ
 知ること、感じること、考えることは素晴らしい これは、私の持論です。
教室で、子ども達が新しいことを知った時の嬉々とした顔・・・「ああ、なんて素敵なんだろう」を私のほうが感激します。そんな時はいつも、どうぞこの子達が、いつまでも、何歳になっても、この「知ることは素敵だ」という感覚を忘れないでいて欲しい、と思います

 つい私達大人は、そういう「知る感動」は、子ども達のもの、若い感性を持った子ども達に必要なこと、と思いがちです でも、実際には「知ること」は何歳になっても、きっと人を活性化し、脳と心をイキイキさせる素晴らしいことに違いない、と思うのです

 半月ほど前ですが、私は叔父のお供で、銀座に書道家の個展を観に行きました。
叔父が日頃から親しくしている方の還暦のお祝いの個展で、会場には畳3畳~5畳分くらいの大作から、小さな色紙まで、たくさんの作品がありました
 私は、字を書くことは好きですが、「書道」となると普段は縁がなく、お恥ずかしながら知識はまったくありません。小学校の頃は「木曜日はお習字の日」とおけいこに通い、得意なおけいこの一つでしたが、4年生のある日、お習字の帰り道、あろうことかピンポンダッシュをしてその家の人につかまり、オバチャンに大目玉を喰らったことがありました その日以来、お習字の先生のところに行くことが億劫になった・・・という記憶が鮮明です

 その日、個展の会場ではご本人である書道家の先生が、ずっと付いてまわってくださったのですが、私は自分のあまりの無知さに赤面。同時に、こんなにも「文字を書く」ということが、深いものだということを知りました
 子どもの頃の「お習字」は、単に字を上手に書くために習っていたこと。でも、この日に見せていただいた「書道」は、字そのものもさることながら・・・
 「何を書くか?」
 「どんな紙に書くか?」
 「どんな筆で書くか?」
 「どんな墨で書くか?」
 「どんな書体で書くか?」
 「出来上がった作品を、どんな装丁にするか?」などなど・・・
その一つ一つのご説明に、私はメモを取りたい気持ちでいっぱいになりました。
 その日、先生が書かれた作品は、中国の古代詩から、現代詩、母校の大学の寮歌まで。文字そのものだけではなく、作品を読ませていただき、とても心に染み入りました
 また、書かれた紙の産地は、埼玉県の小川町のものから、チベットの紙まであり、当然のことながら、100円ショップの半紙とは氏育ちの違うもの。寮歌を書かれた紙と墨は、ご自身の大学卒業を記念に買われたものだそうで、今日まで大切に保管されていたものだったのです。40年近く保存するための知識、そのご苦労もあったでしょうね。
 作品の一部となっているお軸も、先生が表具師さんに斬新な提案をなさり、仕上げていただいたモダンなパッチワーク様のものもありました。

 還暦記念の個展・・・ですから、お年は60歳なのですが、非常にお若く見えることも、お話をしていて、とても静かなお人柄の中に熱いものを感じられたのも、その方が常に多くのことに対しセンサーを働かせ、いろいろなことを感じていらっしゃるからなのだろうなあ・・・と思ったものです
 私はこの日の夜、見てきたたくさんの作品のことや、お聞きした多方面にわたる多くのことを思い出し、いつまでもワクワクして寝付けませんでした。

 きっとみなさまの中には、私が幼児教室マナーズの「まどか先生」として、宝石のことを熱く語ったり、保険のご紹介をしたりすることを「???」の思いで、メールやブログをお読みになる方がたくさんおいでになることと思います。
 でもね、たとえばそれが宝石で、「まもなくオーストラリアのアーガイルという鉱山のピンクダイヤは枯渇する」とか、「オパールがどうしてあのような色になったのか?」「ローマ帝国の時代から続くハニーカム手法は、こうして出来上がるのです」などということを、その宝石を目の前にしてお聞きしたら、本当に心が動かされ、ワクワクし、それは装飾品以上の意味をもって、パワーを感じますよ
 また、今まで何となくテレビのコマーシャルを見て、「何て保険の宣伝は多いのだろう!」と思いつつも、自分の入っている保険のことをちっとも真面目に考えなかったとして、あらためて「現実のこと」として教えいただく機会を与えられたら、そりゃあ、きゃー真面目に考えなくちゃと思います。
 私にとって、身の周りの事、すべてが「わー、きゃー、ほー、ひぇー」という感嘆、感激、刺激なのです

 私は、大人だからこそ、子どもを育てる親だからこそ、「知ること、感じること、考えること」の素晴らしさを常に体験しているべき、と思います それは、若さの秘訣でもあります
 それが日頃、目にする何の変哲もないこと、ものであっても、意識して見たとたん、それは自分の感性に訴える何か、になるはずです

 「知ること、感じること、考えること」は、本当に素晴らしいことです
常に驚きを持って物事を見られる意識、感性・・・きっとそういうお父様やお母様の家庭の子どもは、豊かな感性を生活の中、ご両親から受け継がれていくことでしょう


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