(注)本レポートは「マイライブラリー(前田高行論稿集)」で一括してご覧いただけます。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0287KajikiruQatar.pdf
はじめに
カタール首長がハマドから息子のタミームに交代して以来4カ月が過ぎた。中東の君主制国家の歴史で君主が生前に譲位するのは極めて珍しいことである。ハマドが未だ61歳の若さで健康にも特に問題がなかったと見られるだけにその真意をめぐり種々の憶測も流れた。(*注)
(*注)拙稿「カタール首長禅譲の謎に迫る」参照。http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0272QatarTamim.pdf
それはともかく新首長は即位後直ちに一族のアブダッラー内相を首相に任命し内閣の若返りを図った。以来4カ月、ここにきてタミーム首長体制が本格的に動き出した。本稿では外交、エネルギー、金融の各分野について新たな動きを検証してみたい。
外交:GCC協調に舵を切る
タミーム新首長は即位後の8月初め、最初の外国訪問先としてサウジアラビアを訪れている 。サウジはGCCの盟主であり先ずは順当な外交デビューであった。そしてハジ(巡礼月)が明けた10月末、彼はサウジ以外のGCC4カ国(UAE、オマーン、クウェイト及びバハレーン)を歴訪したのである 。カタールはGCC6カ国の中で最も人口が少ない(カタール政府は同国の人口が2百万人を突破したと報じているが 、そのほとんどは出稼ぎ外国人労働者であり実際の自国民は30万人前後にすぎずバハレーンよりも少ない)。1980年生まれのタミーム首長は未だ33歳の若さであり、サウジアラビアのアブダッラー国王(90歳)を始め各国元首とは祖父と孫或いは父と子供ほども年齢に開きがある。タミームが即位直後にサウジアラビア、そして今回残る4カ国を歴訪したのは年長者を敬うベドウィン(アラブ遊牧民)の伝統を体現したものであろう。とにかくこの歴訪によってカタールはGCC重視の姿勢を明確に示したと言える。
実は彼の父ハマド前首長と他のGCC諸国の関係は必ずしもしっくりとしたものではなかった。ハマドが自国の存在感を示すため独自外交を推進したからである。リビアでは当初カダフィとの仲を取り持ってフランスの歓心を買ったが 、「中東の春」では一転してカダフィ打倒のNATO空爆に参加し西欧での同国の評価を高めた。スーダン、イエメン紛争でも独自の仲介外交を行い、最近では首都ドーハにアフガニスタンのタリバン事務所の開設を認めた 。そして揺れるエジプトについてはムスリム同胞団を積極的に後押しし、政権が経済運営に失敗するや多額の援助でムルシ大統領を支えた。
ここにあげたカタールの対リビア、対エジプト外交はサウジアラビアを筆頭とする他のGCC各国のそれとは全く逆だったのである。リビアの場合GCC諸国はNATOのリビア空爆に反対であった。カダフィを許せないとしてもGCC諸国は何かにつけて中東に民主主義を押し付ける欧米諸国を苦々しく思っておりNATOの軍事介入は容認できなかったのである。アフガニスタンの場合、タリバンは国際テロ組織アル・カイダのルーツである。エジプトの場合もカタール以外のGCC各国はイスラム原理主義のムスリム同胞団を危険な存在と見ている。
他のGCC諸国の神経を逆なでしてまでもカタールのハマド首長が独自外交にこだわったのは、カタールの国際的名声を高めたいとする彼一流のパフォーマンスであった。国内にアル・カイダ、イスラム原理主義など政治的な反政府勢力が無く、しかも天然ガスのおかげで経済が絶好調のカタール。ハマドには恐れるものは何もなかったのである。
加えて彼にはアル・ジャジーラTVと言う世界が認めた強力なメディアがある。「一つの意見とその反対意見(One opinion and its counter opinion)」をモットーとするアル・ジャジーラはそれまでには無かったタイプのテレビ・メディアとして中東各国にとって煙たい存在である。サウジアラビアも数度にわたり支局の閉鎖を命じるなどアル・ジャジーラは各国との外交問題の火種となってきたが、カタールはその都度報道の自由を重視する西欧各国を味方につけて切り抜けてきた。
しかしその神通力に陰りが生じている。それはエジプト政変に対するアル・ジャジーラの報道にイスラム同胞団びいきの姿勢が強く出ていることである。一部ではアル・ジャジーラがイスラム同胞団に乗っ取られたとも言われている。ハマド前首長の末期にはカタールと他のGCCとの溝がかなり深くなっていた。
タミム新首長はその溝を埋めようとしている。彼がGCC5カ国のトップと意見を交わしたことはカタールがGCC寄りの外交に舵を切ったことを意味する。12月に開催される恒例のGCC首脳会議が見ものである。
(続く)
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