本日発売分です。
「ブルートレイン」と言えば20系の印象が強く、自分が乗った寝台特急はほとんどが24系になってからです。
乗務員で思い出すのは、これが最後と思い20系の臨時急行「桜島」に乗って当時の西鹿児島から新大阪に乗ったことです。 24系にしか乗ったことがなかったのですが、20系のドアが手動でした。 走行時に施錠するだけで、停車駅で車掌がドアの開け閉めをしてました。 20系の時代は車掌補(給仕)が全車両に乗ってましたが、車掌二人が7両編成のドアを停車の度に開閉してました。 1995年の夏、姫路で乗り込んだ「まねき」の弁当を求め、変わり果てた神戸の街が車窓にありました。