ボッケニャンドリの思ったこと

思ったこと感じたことを書いているけど間違い、勘違い、思い込みも(^^;

薪ストーブの煙突の煤をチェックした

2009年10月21日 08時24分06秒 | 薪ストーブ、木こり、チェーンソー
写真-1 ストーブ燃焼中

 10月になってストーブは2、3度焚いた。 写真-1のように調子良く燃えている時に外に出て煙突の様子を見ると写真-2のような感じで煙が見えない。だから家の前を通ってもストーブを焚いてるとは思わないだろう。背景の空はこのオレサマの心のように澄み渡ってる。


写真-2 ストーブ燃焼中の時の煙突



 先シーズンから煙突掃除をしてないけど煙突から出てきたスズメが真っ黒でないくらいだから煤は少ないのだろう。それでも念のため煙突内部を確認してみる。写真-3のストーブの煙突の曲がってる所を外して下から覗いてみた。


写真-3 点検のために黄色矢印のところを外す


 写真-4は勿論中秋の名月ではない。煙突の笠の隙間から入る太陽の光で笠の裏が良く見える。


写真-4


 次の写真-5はストロボを焚いて撮ったところ。煙突の終端も内部も丸く見えるし継ぎ目が分るくらいだから煤を取らなくても良さそうだ。このまま今シーズンも煙突掃除をしなくても済めばいいけどね。


写真-5


 薪はニセアカシヤ、コナラ、そしてアカマツの都合3種類。アカマツなど針葉樹は薪ストーブ愛好家は嫌う。それは煤が溜まり易いってことだけど良く乾燥すれば大丈夫だ。乾燥し過ぎは火力が落ちるとか聞いた事はあるけど良く分らない。今は3年もしくは4年物を燃やしてる。

 今月はスズメが何度か入った。スズメにとってそんな場所に迷い込むのは不本意だろうけど煙突掃除ということでメメ(そうちの猫)よりは役に立っている。だったらいっそ毎月1度スズメを5羽くらい煙突に突っ込んで掃除して貰うってのはどうだろう。動物虐待?
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腐るほどあるって言葉

2009年10月21日 08時22分49秒 | 薪ストーブ、木こり、チェーンソー
 林の木は全部切られたが、その木を切る算段をした人が薪用に欲しかったら持ってっていいよとわざわざ家に言いに来てくれた。同じ人から去年も話があったけど、1日でやってくれって言われてしまって参った。もしそんなんだったら断ろうと思ったら今回は少し余裕があるようだった。で、ついつい欲が出て貰うことになった。

 貰える原木は切った木の総量に比べると極僅かなんだけど独り占めするには大量過ぎ。そこでうちと同様に薪ストーブのある家に声をかけた。本来なら3軒に声をかけるところだけど2軒にした。というのも声をかけなかった1軒は自分で業者と相談して既に大量に運んであったからだ。4年前と同じような事をやっていた。

 4年前にボッケ家の隣の木が切られた時のことなんだけど、木を4軒で分けることになった。簡単な話し合いをして4等分と思ったらせっせと運び出す家があった。そしてあれよあれよという間に半分くらい持ってった。ところが直ぐに切ったり割ったりせず放置。今年になってようやくそれをやり始めて終った。でも既に木は茸だらけになっていた。

 タダで貰えるものなら幾らでも貰いたい。でも処理出来ないほどあっても仕方無い。腐るほどあるっていう言葉がある。例文:ボッケ家には金が腐るほどある。で、この言葉は使わずに置いといたら腐ってるのと同じっていう意味なのかなぁと思った。
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