世界変動展望

私の日々思うことを書いたブログです。

刑罰の根拠について

2009-02-24 00:28:08 | 法律
 刑罰の根拠は現在の通説では相対的応報刑論である。相対的応報刑論とは刑罰は基本的に犯罪行為に対する報いであるが、その範囲で犯罪防止目的(抑止効果、加害者の矯正)を考慮するというものだ。

 私は刑罰の根拠として応報という考え方が納得できない。なぜ犯罪を犯したからといって、加害者に害悪や苦役を与えることが正当化されるのだろうか。刑法の古典学派の時代には絶対的応報刑論[用語1]という考えがあって、その考えで刑罰が正当化される理由は「犯罪は法の否定、刑罰は犯罪の否定。否定の否定だから刑罰は肯定。」といった論理で刑罰を正当化した。私はそんな「裏の裏は表」といった論理が刑罰を正当化する理由にはならないと思う。

 むしろ、応報として害悪を与えるという考えは矛盾しているとすら思える。「犯罪は他人に害悪を与える行為なので否定する。」これは賛成できる。しかし、なぜ害悪を与える行為を否定しておきながら「犯罪者に害悪を与えることを肯定する」のか。この論理は矛盾ではないか。

 罪を犯したものが何らかの責任をとらなくてはならないのは当然だが、その内容が害悪である理由は応報刑論だけでは説明できないと思う。

 だから私は刑罰が正当化される根拠には刑罰を加えることで良い結果を生み出す積極的な理由がないといけないと思う。つまり、刑罰は無目的に加えるべきではなく、刑罰を加える積極的な価値がなくてはならない。積極的な価値とは例えば社会秩序や治安が保たれるとか犯人が更正して全うな人間になるといったことだ。

 ただ、応報刑論[用語2]のよいところは罪の重さと刑罰の重さの均衡を説明するには適しているところだ。例えば、人を故意に死なせたのに罪の重さが罰金程度だったとしたら、ほとんどの人はおかしいと思うだろう。罪の重さと刑罰は均衡を保たねば正義が保てないと多くの人は考える。

 もっとも、刑罰の本質を犯罪防止と考えるなら、重い罪を犯しても軽い刑罰で十分に抑止効果や犯人の矯正が実現できるならそれでよいとする考えも成り立ちうる。

 よく考えると応報刑論も目的刑論[用語3]も犯罪と刑罰をすべて合理的に説明できるわけでなく事情に応じて刑罰根拠を判断していくしかない。

 ただ、少なくとも私は絶対的応報刑論のように無目的で刑罰を与えることは反対である。

用語
[1]絶対的応報刑論:刑罰は純然と犯罪に対する報いとして与えられるというだけのもので、目的は一切ないという考え。そのため絶対的応報刑論では犯罪防止目的を考えない。
[2]応報刑論では犯罪は悪行為なので応報の内容は苦役であり、罪の重さと刑罰は均衡を保たなければならないとする。
[3]目的刑論:刑罰の根拠を犯罪の抑止効果や犯人の矯正といった目的とするという考え。

動画サイトの動画を貼り付けるのは違法か?

2009-01-29 00:51:21 | 法律
 Youtubeやニコニコ動画で紹介されている動画は違法投稿も数多い。それを視聴する分には合法だが、ブログやmixiで動画を貼り付けたりリンクを貼るのは違法だろうか?

 結論から言うと、私には違法かどうかわからない。それは著作権法の解釈によるだろうが、判例や警察の通達など公式見解が出ているわけでないためはっきりと断言できない。

 少なくとも現段階では違法の可能性があるので、本ブログではYoutubeやニコニコ動画の動画を貼り付けて紹介していない。視聴者がYoutubeなどの動画サイトの動画を見る分には合法だから動画サイトで視聴できることを教示する分には合法だと考えられる。そこで本ブログでは動画を貼り付けず「視聴したい方はYoutubeなどの動画サイトを検索してほしい。」という旨の記述をしている。

 現在の情報化社会では動画を紹介することも重要な情報伝達手段で、これが罰されるかもしれないといって萎縮してしまうと表現の自由の保障上問題である。基準を明確にするため警察や検察はきちんと公式見解を示してほしい。「合唱・音楽」のカテゴリーにある記事は本当はYoutubeなどの動画を貼り付けて紹介したいのだが、違法かもしれないので萎縮し上記のように記述するにとどまっている。表現の自由の重要性上、「罰されるかもしれないから表現するのをやめよう。」と萎縮効果を生じさせるのをできるかぎり阻止するべきで、私のような動機で表現が躊躇されるのは望ましくない。

 gooブログやmixiにもYoutubeやニコニコ動画の動画を貼り付けるシステムがあり、多くのユーザーが違法投稿の動画を貼り付けて紹介している。動画貼り付けは日常的に行われているといっていいだろう。違法かもしれない手段を作り出してユーザーが自由に使えるようにすることに問題があると言われるかもしれないが、それほど日常的に行われていることが犯罪として罰されるのが適当かと考えると、不適当ではないかと思う。刑法とは一般人を基準とした判断であるがゆえに。

 また、動画をブログなどで紹介することは重要な情報伝達手段であることを考えると、表現の自由上これを可能な限り認めることは必要だ。

 とにかく、国は速やかに動画紹介に対する見解を明らかにして、動画貼り付けの基準性を明確にすべきである。

現行犯逮捕は誰でもできることについて

2009-01-27 00:49:45 | 法律
 刑事訴訟法第213条に「現行犯人は、何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と定めている。つまり、誰でも現行犯逮捕ができる。これは知らない人も多く、警察官でないと逮捕できないと勘違いしている人もいる。一般人が現行犯逮捕した場合は警察官を呼んで犯人の身柄を引き渡せばよい。

 現行犯逮捕は憲法上でも認められ、犯罪の嫌疑の明白性ゆえに何人も令状なく逮捕できるのである。

 誰でもできる現行犯逮捕だが実際は一般人が現行犯逮捕することはめったになく現行犯逮捕が濫用されることはないのだが、理論上は濫用されるおそれがあると思う。

 残念ながらほとんどの人たちは日常生活を送る上で何らかの犯罪を犯しているだろう。法律を学ぶと日常的なことでも刑法犯にあたることが結構多いとわかる。私たちは日常生活を送る上で知らないうちに犯罪を犯し、犯罪を目撃しているのである。

 警察でそういった日常的犯罪が検挙されないのは罪の軽微さから検挙の必要性がないと判断されるからである。日常的犯罪は無視されることも多いし、警察が対応するといってもせいぜい注意するくらいで警告に従わず行為を続けたというのではない限り逮捕されることはない。逮捕というのは大きな人権侵害行為だし、軽微なことですぐ逮捕するのは逮捕権の濫用である。警察は通常そのことを認識している。

 しかし、一般人が現行犯逮捕する場合はどうか。先にも述べたように私たちは日常的に犯罪をよく見かける。犯罪を現に見かけたからといって軽微なことまで現行犯逮捕するというのは現行犯逮捕の濫用である。

 ほとんどの一般人は現行犯逮捕をしないのでそのような濫用的逮捕が横行することを心配していないが、現行犯逮捕をする機会に遭遇した人は軽微な犯罪で逮捕をするのではなく逮捕するに相応しい重大な犯罪の時のみ逮捕を実行してほしい。

「疑わしきは被告人の利益に」の解釈と法的根拠

2008-11-13 00:03:51 | 法律

「疑わしきは被告人の利益に」という無罪推定の原則があるが、この解釈を誤解している人がいる。「犯罪を犯したかどうか疑わしくグレーな時は、おまけして被告人を無罪にしてあげよう」と考えている人がいるが、正しくない。

法律の世界では有罪か無罪かしかなく、その中間はないのである。つまり、有罪でない場合は完全な無罪であり、犯罪を犯したかどうかがグレーな時も完全な無罪なのである。

「疑わしきは被告人の利益に」という無罪推定の原則は犯罪の明確な証明があったときにのみ有罪となり、それ以外の時は無罪となることを意味すると同時に、犯罪の立証責任を検察官に負担させ、立証できないときは被告人を無罪とする原則でもある。

無罪推定原則の法的根拠は憲法31条の適正手続き保障の規定の解釈や刑事訴訟法336条後段によるとされる。

憲法31条「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」

重要なのは「法律の定める手続きによらなければ」という文言である。憲法31条は”原則被告人は無罪である。しかし、例外的に法律(=刑事訴訟法)の定める手続きによれば有罪とできる”と解釈されているのである。

刑事訴訟法336条「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならない。」

これは犯罪の証明がないときは無罪という直接的な規定である。無罪推定原則が刑事裁判で鉄則とされるのは、刑事訴訟法の条文があることも理由だが、それ以上に無罪推定原則が憲法上の保障を受けているためである。言うまでもないことだが、憲法上の保障は法律上の保障よりも強い保障である。


不倫を利用して別れさせても無罪!

2008-09-23 23:58:16 | 法律
 探偵のHPに「別れさせ工作」というものがあるのを見かける。本当にやっているのかどうかはわからないが、本当なら道義上極めて悪質な行為である。愛し合っている恋人関係や家族関係を崩壊させてしまうというのは罪深い。家族関係等は家族の人的基礎であり、これが崩壊すれば家族全員が精神的、経済的に大きな負担を被るからだ。

 どのような手段で別れさせるのかはわからないが、想像するとたぶん、ターゲットに別の異性を接近させ不倫(参考[1])するように誘い離婚原因をつくるというものだろう。

 もし、このような方法なら刑法的には残念ながら無罪である。不倫が犯罪ではないからだ。昔は姦通罪というものがあったが、女性だけが罪となるのが憲法の平等原則(憲法14条)に反するという批判があったためか、現在では廃止され不倫は犯罪ではなくなっている。

 しかし、このような別れさせ工作によって家庭が崩壊し、夫婦だけでなく子供たちまでが非常に辛い思いをするかもしれない。このような行為が犯罪として処罰されないというのがおかしい気がする。

 探偵が行う別れさせ工作というものが、どのようなものかわからないが、おそらく私の想像以外にもいくつか手段があるだろう。それらの方法が全て刑罰法規に抵触しないなら別れさせ工作は刑法的には無罪となってしまう。

 極めて問題のあることだと思うが、別れさせ工作は民法的には明らかに不法行為(民法709条)である。しかも、このような公序良俗に反する依頼は不法原因給付(民法708条[2][3])によって、依頼のために渡した金銭等が返ってこない。従って、依頼者側にとっては探偵に頼むときは金銭を渡す前に別れさせ工作してもらう必要があるのだろうが、そのようなことはやめてもらいたい。

 探偵の側も、不法原因給付を利用して金銭を騙し取ったりすると詐欺罪となる。不法原因給付物でも騙されなければ交付しなかったものだから、物に対する使用・収益が侵害されたといえ、刑法的には不法原因給付物も保護に値するからだ。

 別れさせ工作が罪にならなかったとしても、道義的に極めて悪質だからやめてもらいたい。個人的には、このような悪質行為を犯罪として取り締まってもよいのではないかと考える。個人が不倫をしないことも重要である。

参考
[1]不倫による離婚原因には不貞行為(配偶者以外と情交を結ぶこと)が必要。ここでの不倫とは不倫相手と不貞行為を行うことを指す。
[2]第708条:不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
[3]不法原因給付とは公序良俗に反するような目的で金銭等を給付すること。この場合、その給付物の返還請求ができない。例えば、妾契約をして愛人に金銭や物を給付したが、相手が愛人として接してくれなかったとしても契約無効を理由に給付した金銭や物の返還を請求できない。妾契約のような公序良俗に反する契約は法的保護に値せず、自ら不法な契約を結んだものには法的救済を求める資格がないというのが理由である。

無許可投稿動画を視聴しても無罪

2008-09-14 23:53:43 | 法律
 Youtubeなどに著作権者に無断で投稿された動画はたくさんあるが、これらを視聴しても無罪である。わざわざ記述しなくても知っている人、なんとなく気づいている人はたくさんいると思う。処罰の対象となるのは無許可で動画を投稿する人だが、あまりにも数が多すぎて対処しきれないのが現状だろう。

 警察は違法投稿を当然知っているが、自発的に検挙することはない。著作権違反の投稿は保護法益が個人的法益なので著作権者の申告がないと検挙されないからだ。

 氾濫する違法投稿は著作権者からの告訴・被害届がないか、又は告訴等があっても対処しきれないため事実上野放しである。著作権者側と動画サイト側が連携して違法投稿があった場合に速やかに連絡をする仕組みなどがあると聞いたことがあるが、現状を見る限りほとんど機能していない。

 一般人が気をつけなければならないのは、Youtubeなどにある著作権違反動画を私的に視聴する分には処罰されないが、ダウンロードして不特定多数の人が見れる状況にしたりすると処罰対象になってしまう。WinnyやWinMXのようなファイル共有ソフトを使ってファイル共有してはならない。

 著作権違反の動画投稿は今のところはなんともしがたい。大規模に違法投稿を防げる革新的技術を待つしか、今のところないだろう。

自転車の短時間無断借用は無罪!

2008-09-04 23:58:39 | 法律
 自転車の短時間無断借用は無罪である。

 さて、なぜ無罪になるのだろうか。勝手に他人の物を持って行ってるので窃盗罪になるとも思える。窃盗罪とは財物の占有を勝手に自己に移すことで成立する罪だが、無断一時借用は明らかに他人の財物の占有を勝手に自己に移しているからだ。

 このような無断一時借用が無罪になるのは、法がこのような行為を不可罰としたいという価値判断をし、窃盗罪などの占有移転を伴う奪取罪(その他、強盗、詐欺、恐喝)の成立に不法領得意思を要求するからである。

 不法領得の意思とは①真の権利者を排し、他人の財物を自己の所有物として、②その経済的用法に従って使用・処分する意思、とされる。この意思が要求されるのは、不可罰的な無断一時使用目的での窃盗(使用窃盗)、毀棄罪(器物破損罪など)と区別するためである。すなわち、奪取罪の実行行為と使用窃盗、毀棄罪は客観面では区別できないことがあるため主観で区別するのである。例えば、本当の自転車窃盗、一時使用目的の窃盗、壊す目的で自転車を運び出す行為はそれぞれ客観面はすべて同じなので、主観で区別するのだ。

 自転車の無断一時借用は①に該当せず、不法領得の意思がないので窃盗罪にならないのである。 

 もっとも一時使用目的で①②を硬く貫くと不都合も生じる。例えば、自動車を一時使用目的で盗んでも不法領得の意思を①②のように厳格に貫くと窃盗罪が成立しなくなってしまう。また、女性の下着窃盗のような窃盗も②を厳格に貫くと下着の経済的用法で窃盗するわけではないから窃盗罪が成立しなくなってしまう。それでは財物の占有を保護できず不都合だろう。
 
 そこで通常は不法領得の意思を緩やかに解し、

①を
・本権を有する者でなければ使用できないような態様において利用する意思
・社会通念上使用貸借又は賃貸借によらなければ使用できない形態において財物を利用する意思
②を
・財物から生ずる何らかの効用を享受する意思

と解して、自動車の一時借用や下着窃盗を窃盗罪として処罰するのである。
 
 だから、一時使用窃盗目的、本来の経済用法を目的としないなら、どんなものでも無罪になるというわけではない。自転車の一時借用でも短時間なら無罪だが、長時間は窃盗罪になる。その基準がどれくらいなのかは判例によるしかないが、少なくとも何日も借用するのは社会通念上使用貸借か賃貸借によらねばならないだろうから窃盗罪になる。

 問題はわずかな時間でも借用されたくないと考えている所有者がどう対策すべきかということだが、これは単純に自転車にきちんと鍵をかけておけばよい。それしかないだろう。

 それにしてもなぜ短時間の一時使用を不可罰としたいと考えたのか不思議だ。 

参考
[1]窃盗罪:第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万以下の罰金に処する。

犯人が証拠を隠滅しても無罪!

2008-09-04 23:55:18 | 法律

犯人が自分の犯罪に関する証拠を隠滅しても無罪である。これは条文を見ればわかるとおり、「他人の刑事事件に関する証拠を・・・」と記されているので証拠隠滅等罪は犯人以外の者が実行しないと成立しないのである[1]。

ではなぜ犯人が証拠隠滅しても無罪となるのか。犯人にとっては自分の事件に関する証拠をきちんと保全しておくということが期待できないからだ。犯人にとっては捜査機関から逃げたり、証拠を隠滅するのは無理ないことなのだ。刑法的にいえば、犯人が自分の刑事事件の証拠を保全するのは期待可能性が乏しいので不可罰となる[2]。

最近の事件の例では福岡海中道大橋飲酒運転死亡事故で、被疑者が呼気中のアルコール濃度をごまかすために水を大量に飲んで証拠隠滅をはかったことが挙げられる[3]。この事件の被疑者が証拠隠滅罪に問われなかった理由は上記のように、自己の犯罪については証拠隠滅罪が成立しないからだ。

犯人にとってはできる限り証拠を隠滅してしまった方がよいということになってしまう。おかしい気がするが、仕方ないだろう。証拠隠滅される前に捜査機関にがんばっていただくしかない。しかし、捜査は人権保障に十分配慮しなければならない。

参考
[1]証拠隠滅等罪:第104条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
[2]期待可能性:行為の際の具体的事情の下で行為者に犯罪行為を避けて適法行為をなしえたであろうと期待できること。期待可能性は責任要素の一つである。
[3]世界変動展望 著者:"実はかえって罪を重くした?-福岡海中道大橋飲酒運転死亡事故" 世界変動展望 2008.8.24


ラブレターの偽造は無罪か?

2008-08-26 23:58:34 | 法律
 ラブレターを偽造しても無罪か。通常では無罪だろう。私文書偽造罪になるとも思えるが、実は私文書偽造罪にならないのだ[1]。なぜ私文書偽造罪にならないかというと、ラブレターが文書偽造罪の客体となる文章ではないからだ。

 文書偽造罪の文章とは①文字またはこれに代わるべき可視的・可読的方法を用い、②ある程度永続すべき状態において、③客観的に理解できる特定人の意思または観念を表示した物体をいい、その表示の内容が、④法律上または社会生活上重要な事項に関する証拠となりうるもの、をいう。

 この要件をラブレターにあてはめると、①~③は満たすが、④の要件を満たさない。書面による愛の告白の通知は社会生活上重要な事項に関する証拠といえないということになっている。

 故に、ラブレターは社会生活上重要な事項に関する証拠といえないので刑法的文章といえないので私文書偽造罪にならなず、無罪なのだ。

 通常、私文書偽造罪の文書に該当するものは委任状、契約書などである。これらは①~④の要件を満たすことは想像がつくだろう。

 私見だが、愛の告白も社会生活上で重要な事項といえなくもないと思うし、書面で愛を告げることが社会生活上重要な事項に関する証拠とならないとなぜ言えるのか疑問に思ったことがある。

「あなたは確かにあの時私を愛しているといったじゃないか。それがその証拠だ!」

といって相手に示す資料にはなるだろう。
 
 文書偽造罪の保護法益は文章に対する公共の信頼、すなわち、権利義務関係・経済関係等社会生活上重要な事実関係を証明する手段としての文書に対する公共の信頼を保護することだ。

 その観点から考えると、ラブレターというのは特定の個人間で閉じた文章関係であり、他に見せたり証明したりする性質のものではなく公共の信頼を寄せる対象ではないので文章偽造罪の客体とならなくてもよいと思われる。

 もっとも、判例や文献の裏はないが、場合によってはラブレターも文書偽造罪の客体となり得ると考える。すなわち、ラブレターが裁判などで法律上の権利・義務を立証するための証拠となることはあり得ることだし、その場合は①~④の要件をすべて満たす。例えば、ラブレターの内容を被害とした刑事事件・損害賠償訴訟などではラブレターが有力な証拠となろう。裁判時ではラブレターに対する公共の信用が問題となる。もしラブレターの名義人が作成者と同一人物ではないなら、裁判時に文章に対する信頼が害されているからだ。

 文書作成者にそのことに対する認識があるなら、作成者の偽造は文章に対する公共の信頼を害していると評価できるから文章偽造罪の責任を追及してもよい。

 以上、ラブレターの偽造は通常の用法を想定して送付した分には無罪になるだろうが、ラブレターが刑事事件・損害賠償訴訟などで重要な証拠となり、偽造によって文章に対する公共の信頼が害される認識があるなら文書偽造罪が成立すると考える。

参考
[1]刑法第159条1項:行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

無銭飲食が無罪になる問題

2008-08-21 23:57:55 | 法律

無銭飲食は通常詐欺罪(刑法246条)に該当する。しかし、この無銭飲食が無罪になってしまう類型がある。

詐欺罪の成立には欺罔行為→被欺罔者の錯誤→財物等交付→財物等の占有移転という基本構造を満たす必要がある。典型的な無銭飲食は代金を払うつもりがないのに注文し(欺罔行為)、売り側がだまされて(錯誤)、料理を交付し(交付)、犯人が食する(占有の移転完了)というように基本構造を満たす。よってこの場合の無銭飲食は詐欺罪が成立する。

ここでポイントなのは代金の支払い意思なく注文している点である。欺罔行為が成立するには、欺罔行為が相手の財産処分に向けられている必要があるのだ。

通常飲食店で料理を注文すれば店側は「代金を払う意思があって注文している」と考える。代金を払う意思がないのに注文する行為は客観的に代金を払うようにみせかける行為であり、欺罔行為といえるのである。

では最初は代金を払う意思があったが、飲食後に不払いの意思を生じて逃げたときはどうか。この無銭飲食類型は飲食先行・単純逃走型とされている。

実は、この類型は食事が終了するまで通常の飲食と全く変わらない。逃走は相手方の財産処分に向けられたものではないので全く欺罔行為がない。つまり、この類型は相手の財産処分に向けられた欺罔行為がなく詐欺罪とならないのである。

ここで保護対象となるのは店側の代金債権だが、代金債権は財物[用語1]ではなく財産上の利益[用語2]とされている。逃げれば代金請求ができなくなるので、実質的には店側の意思に反して代金債権の占有を移転させたとして窃盗罪(235条)が成立しそうにも思えるが、窃盗罪は財物を保護対象とするが、財産上の利益は保護対象としない。従って窃盗罪にもならない。

以上より、犯罪の条文のどれにも該当しないので、飲食先行・単純逃走型の無銭飲食は無罪となってしまうのである。

これは理論的には問題があると思う。無銭飲食が無罪となったのでは法益保護がはかれないからだ。窃盗罪に財産上の利益を保護する規定を入れればよいとも思えるが、窃盗罪に財産上の利益を保護する規定がないのは、おそらく自転車の一時窃盗のようなものを不可罰にしたいという価値判断があるためだろう。だから、窃盗罪に財産上の利益を保護する規定をつくるのは難しいかもしれない。

では、このような無銭飲食を防ぐにはどうしたらいいのだろうか。一つには店側が代金前払いにすればかなりの予防になるだろう。

もっとも、この問題は理論的に飲食先行・単純逃走型の無銭飲食は無罪というだけで実務の世界で通用するかは不明だ。この類型が無罪になるためには「最初は代金をきちんと払うつもりだった」ということを検察官に納得してもらう必要があるわけだが、それは主観なのでわかりづらい。むしろ客観的には飲食先行・単純逃走型も通常の無銭飲食と変わりないのである。実務では主観は客観から推知されるらしいので、詐欺の故意があったと証明するほうが容易だと思う。本当に当初は代金を払うつもりだったのかということを被疑者の供述からだけではなく、様々な客観的な事情から判断され、検察官が立件できると判断すれば起訴されるだろう。それに、法益保護の観点は裁判官も検察官も同じだし、悪質な行為にはそれにふさわしい法解釈となるだろう。 

実務的には法解釈により無銭飲食はすべて取り締まれているのかもしれない。

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追加記載 2010.9.23

無銭飲食の民事上の責任について感心を寄せられたので記載します。上記の無罪になる無銭飲食でも民事上は依然として代金債務を負っているので、飲食者が任意に代金を支払わない場合は、民法414条1項により代金支払いを強制履行できます。

ただ、あくまで民事上は代金支払いを強制できるというだけで、現実に強制履行するには裁判を行って勝訴し、確定判決を得なければならないので時間的にも費用的にもたいへんな負担です。飲食代金は高価なものをたくさん食べてもせいぜい数万円でしょうから、簡易裁判所の少額訴訟を使えば通常裁判よりも小さな負担で判決を得られますが、それでも時間や費用の負担は飲食代金に比して大きいでしょう。それに飲食者が最初の口頭弁論時に少額訴訟から通常訴訟への移行を申し立てると少額訴訟はできません。つまり、裁判による解決は費用・時間を考えると現実的ではありません。

結局、法的には代金支払いを強制できても、現実に代金を支払わせるのは、相手の任意の支払いがない限り難しいのです。つまり、無銭飲食をして無罪になる場合は、刑事責任も問われないし、飲食者が代金支払いを拒めば民事上の責任も事実上問われないことになります。飲食代金を確実に徴収したい場合は、飲食物を出す前に代金を支払わせましょう。

用語
[1]財物:物質性を前提としているが、通説的には物理的管理可能性のあるものである。財布、宝石などはもちろん電気、熱エネルギーも財物である。
[2]財産上の利益:財物以外の財産的価値のあるもの一切である。債権や情報などはこれに該当する。