星のひとかけ

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痛ましさへの感受性…:「がま蛙とばらの花」ガルシン短篇集

2020-06-13 | 文学にまつわるあれこれ(林檎の小道)
 
 ―― あの、いま頃、花壇はきれいかしら? ばらは咲いたかしら?


            「がま蛙とばらの花」


 『ガルシン短篇集』 中村融 訳 福武文庫 1990年


冒頭の、 この少年の問いかけと同じ想いを 私も先月5月の入院~自宅療養の日々のあいだに感じていました。

私ばかりではきっとなかったことでしょう。 今年は誰もが外出自粛の影響と、公園や公共施設の閉鎖のために、 美しく花が咲いているはずの庭園やバラ園も見に出掛けることもできず、 花たちは誰の目にも触れずにひっそりと咲いていたでしょうから。。

誰にも見られなくても、季節は移り、 花はただ人知れず咲いている。  その風景を思いながら、 ガルシンの美しくもせつないこのメルヘンを思い出していたのです。


「がま蛙とばらの花」のことは前にほんの少し触れました(>>)。
病の床に臥せっている少年と、少年が大事にしていた花壇、、 手入れのされなくなった荒れた花壇で 人知れずそっと咲いたばらの花。

少年も、ばらの花も、かよわくさびしい存在なのですが、

この短篇のなかでとりわけ不思議な、、そしていかにもガルシン作品そのものを象徴しているかのように感じられるのが、 花壇に住まう《がま蛙》の存在。

じめじめと暗い花壇の底辺からがま蛙はふと上を見上げ、 可憐なばらの花に目をつけ 「こんな香りの高い、美しいもののそばへ、もっと近づいてみたいと思いました」 その自分の「やさしい気持ち」をあらわそうとしても蛙には唯一つの言葉しか思いつかないのでした。 
がま蛙の口から出てくる唯一の言葉は、、

――待ってろよ!  お前をたべてやるからな!

というおぞましい言葉だけだったのです。
がま蛙が 美しいばらの傍へなんとか近づきたいと考えるその想いは、、 憧れとか、 思慕とか、、 おそらくは初めて心に芽生えた純粋な せつない恋ごころにちがいないと思うのです。
しかし悲痛にも がま蛙には他の言葉で自分の想いを表現するすべが見いだせないのです。

 お前をたべてやるからな!

恐怖におののくばらの花。。 けれども花は動くことが出来ません。 がま蛙はばらの枝によじ登り、 枝にはえたするどい棘に刺され、 手足を血まみれにしてそれでも少しずつばらの花のほうへと近寄っていきます。。


 ***

作家ガルシンは 精神の病に冒され、 精神病院に入院されられた時の体験をもとにした「赤い花」という作品が殊に有名で 岩波文庫のガルシン短篇集でも読めますが、 このメルヘン作品「がま蛙とばらの花」は福武文庫のほかは、 ガルシン全集でしか読めないと思います。

「赤い花」は 精神病院に収容されている男が 庭に咲いた赤い花(罌粟の花)を 世界中の悪の造化の象徴であると信じ、 その花をむしり取ることに執着し逃走を繰り返す話ですが、、 その赤い花への執着と 最後に花を奪って力尽きる様子は、 この世界に流れた災いや戦乱の血、 人間の罪を集約した血、、 それを自分の一身に受けて、 その花を抱きその罪をすべて抱えていこうとする贖いの行為にも思えて、、 ガルシンが生涯をかけて自身の文学作品に込めた痛切な《祈り》のようにも感じられます。


先の「がま蛙とばらの花」に登場する 病に伏す少年、 ひっそりと咲くばらの花、 そしてがま蛙、、 彼らの結末は書きませんが それぞれが痛ましさを背負った存在だと思います。 そういうか弱い存在の痛ましさへの共鳴、 共感、、 そして「赤い花」にみる 世界の罪悪 世の中の災厄に心が破れるほどの感受性をもっていたであろうガルシン。

ぜひとも 「がま蛙とばらの花」のメルヘンと 「赤い花」の狂気とを、 両方つづけてお読みいただけたら、 がま蛙のばらへの想いも、 精神病院の男の赤い花への執着も、、 両方が響き合って理解し合えるのではないかと、、 そんなふうに思います。


ガルシンのメルヘン、、 青空文庫で少し読むことができます。 「アッタレーア・プリンケプス」もやさしさに満ちた作品です。
(ガールシン フセヴォロド・ミハイロヴィチ 青空文庫>>

 
 ***




梅雨入りをして  すっきりとした青空はしばらくおあずけになるのかな・・・


雨のしずくを抱いた薔薇の花壇もきっと美しいでしょう、、 

ひっそりと咲く紫陽花にも会いたいな。。



ひと気のない 夜明けまもない時間に

そっと 紫陽花見に行ってみようかな、、 と思ってる…



できれば。。。
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