![]() | 熱中時代 DVD-BOX 価格:¥ 40,530(税込) 発売日:2002-09-19 |
まだ、ビデオは見ていないのだけれど、検索して設定なんぞを確認していると、なかなかよく練られている。若手教員たちが、なぜか校長先生の家に下宿しているなんて、普通、思いつかないよ!
けれど、それが、すごくはまっているのがこの作品。えらく重層的な物語に発展していく。
そして、その製作側で異彩を放っていたのが、清水欣也さん。通称、シミキンさん。
実は、ぼくの日本テレビ時代の上司。
ただ、ぼくが知っているシミキンさんは、ヤクザみたいに肩を左右に揺らしながら歩く風情は往年の辣腕プロデューサー(なにしろ、テレビが一番輝いていた時代の名物Pなのだ)を思わせるものだったものの、Muse方式と心中しそうになっていたハイヴィジョン試験放送の日テレ枠担当として、予算規模もショボイし、社内的にもプレゼンスは薄い、わりと不遇な社内晩年状況にいた。
で、ぼくも報道局を出て、希望して、ニューメディア(ハイヴィジョンも当時はニューメディア)関連に移ってきたのだけれど、これを書きつつ、ニューメディアという言葉の古さに愕然としつつ、報道時代よりも自由に使える時間で、あちこち取材しに行ったり(もちろん自費だよ)、捕鯨船に乗った時のノンフィクションを仕上げたり、のちに「夏のロケット」になる作品の初稿を仕上げたりしていたのだった。
というわけで、仕事には真面目に取り組んでおらず、上司であるシミキンさんには、常に後ろ暗いように、後ろめたいような気持ちを抱いていたっけ。
とはいえ、まったく仕事しなかったわけてはなく、当時、シミキンさんか力を入れていた「劇場通信」というハイヴィジョン番組では、かなりこき使われた(まあ、職務上当然)。
知っている人は知っている(知らない人は知らない)、世界のパパ・タラフマラにめざとく唾をつけて、「青」や「城──マクベス」といった舞台をハイヴィジョンで撮ったり。
これはぼくにとっても、刺激的な仕事で、演出家の小池博史さんとか、プロデューサーの吉井省也さんとか、パフォーマーの松島誠さんとか小川摩利子さんとか白井さち子さんとか、ひゃーすげーっと思いながら見ていたのだった。
ひょっとしたら、この時代のぼくのした仕事で最大のものは、タラフマラ関連かもしれない。
ハイヴィジョン映画祭というのが、スイスのレマン湖のほとりで開催されるのだけれど、そこに「青」の映像化作品を持っていった。
シミキンさんは、なにを考えたか、「ドラマ部門」で応募した。タラフマラは、知っている人は知っている通り、当時は(今のことはよく知らない)、ダンス部門の方がふさわしい作風だったし、そもそも「ドラマ」ではなかった。
ぼくは、スイスに工作員として送り込まれ、一週間ほどたらたら過ごし、これまたなせか知らないけれど、保養に来ていたマテウス(ドイツ代表の超有名なサッカー選手ですね)とパーティで一緒になってサインをもらったりしつつ(残念ながら、今はなくしてしまったそ)、ふと気づいたらある夜、審査員側のパーティにまで潜り込んでいた。
意図したものではなく、パーティがあるぞーと聞いて行ったら、審査員のパーティだったのだ。
そこでぼくは、たくさんの審査員と話し、いかに「青」が素晴らしいか、ドラマではなくダンスカテゴリーに変更してでも授賞すべきだと説いた(みんな、ぼくを評論家かなにかだと思ってた)。
2日後、授賞式にて、「青」は、「ミュージック・ダンス部門」を受賞した。
しめしめ。
てなわけで、ある意味、劇場通信版「青」は、パフォーマンスそのものの力に、シミキンさんの企みと、カワバタの偶然の機転がもたらしたもの。もちろん、編集もよかったしね。佐々木成明さんがやってくれたんだ。
検索してみたら、こんなところにわずかに、その賞のことが出ていた。
http://www.hit-u.ac.jp/hq/vol017/p39-44.pdf
一番下の方を見てくださいまし。
で、話は元に戻って、シミキンさん。
熱中時代は、シミキンさんの代表作というわけでもなく、ほかにも、あぶない刑事やら、太陽に吠えろやら、片っ端から時代を担ったドラマを作りづけてきた。
その制作者人生の最後年の、ささやかな輝きの中にぼくもかろうじて交わっていて、なんか不思議な感覚だ。
きょうのきょうまで知らなかったけれど、シミキンさんは2005年に亡くなったそうだ。
熱中時代、見よう。
追記
彼が若いころ、小説を書いたことがあるというのは聞いていたのだけれど、それがNWSFの前衛的SFだったのだそうだ。
どなたか、知っている人はいないだろうか。読んでみたい。
さらに追記
ツイッターでつぶやいたら、さっそく分かってしまった。
1970年
「午后の碑文」《季刊NW-SF 2号(1970/11/01)》
1971年
「天使街 (1)」《季刊NW-SF 3号(1971/03/15)》
「天使街 2」《季刊NW-SF 4号(1971/08/15)》
1972年
「天使街 第3回」《季刊NW-SF 5号(1972/01/15)》
「天使街 終回」《季刊NW-SF 6号(1972/09/10)》
1973年
「あそことここと」《季刊NW-SF 8号(1973/11/01)》
つぎはどうやって、読むか、だけど、まあ、急がずに探します。
塞翁が馬ですけど。
そして、ダンスで賞をもらった時も、やはりシミキンさんだと。