黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

茶番? それとも笑止?

2007-12-01 06:50:14 | 近況
 昨日、最近は恒例になっている「5時のニュース」を見ようと、スイッチを入れたところ、モンゴルから再来日(帰国)した横綱朝青龍の記者会見の模様を各局とも中継していた。当方としては、防衛省の贈収賄問題に絡む政界ルートの中心・額賀財務大臣の証人喚問問題はどうなったのかを知りたくてテレビをつけたのだが、何十分も続く「お詫び会見」の中継にいささかうんざりさせられた。たかが外国人力士の「仮病」を理由にした巡業ボイコット(サボタージュ)に、何故これほどまでにマスコミは騒ぐのか?「国技」だから?しかし、誰が大相撲を「国技」と決めたのだろう?僕は、よく知らない。
 だがそれとは別に、テレビの中でひたすら「私が悪うございました」と謝り続け、反省し続ける朝青龍の姿を見せられているうちに、この人は本当に自分が「悪いこと」をしたと思っているのだろうか、という疑問がわいてきた。というのも、「仮病」を使って母国モンゴルに帰ったこと、それが相撲協会という興業組織(金儲け組織)に対する「裏切り」であったこと、誘われてサッカーに興じたこと、等々、そもそも問題の発端に対して、彼はまず「反省」しなければならないはずなのに、例えばサッカーに興じたのも、中田ヒデという引退した「世界的なサッカー選手」に誘われたのが真相だと思うが、本人もマスコミも何故か理由は分からないが、今回の朝青龍問題から「中田ヒデ」の存在を消してしまっている。
 このことは、これもニュースで見たのだが、例のボクシングにおける「亀田」問題の張本人「大毅」(18歳)も朝青龍と同じ日に「謝罪会見」をしたそうで、テレビの画像に表れた言動を見る限り、朝青龍と同じで、何故自分が「謝罪」しなければならないのかが分かっていないのではないか、と思った。朝青龍も亀田少年も自分が「作られた虚像」であることを全く理解しておらず、自分に「力」があるから現在の地位(金と名誉)を得たのだと錯覚している姿には、ほとほとあきれるしかなかった。亀田少年を見ていると、「ルール(世界)は自分のものであり、そのことに文句がある奴は敵だ、とぐらいにしか思っていないのではないか、といいたくなる。「ジコチュウ」もここまで来れば、あとは「破滅」しか残っていないのではないか。
 しかし、考えてみると、僕らの周りには、(もしかしたら僕も含めて、ということになるかも知れないが)余りにも「虚像」が多く、多くの人がその「虚像」に惑わされているのではないかと思われることも、多い。例えば、選挙結果だけを見れば圧倒的な「人気」を誇っているように見える(武断を気取っているが)文人政治家の石原慎太郎東京都知事。彼など「虚像」の典型で、彼の「南京大虐殺などなかった」発言一つとっても、あるいは在日韓国人・朝鮮人に対して「第三国人」呼ばわりするその無神経さ一つをとっても、到底「文学者・作家」とは思えず、では何が彼を「人気者」にしているのかを考えると、それは村上龍がかつて『愛と幻想のファシズム』で描き出したように、窮民の「英雄待望」なのではないか、それほどにこの国は「追い詰められ」、巷には「ワーキングプアー」と言われるような窮民が溢れている、ということなのかも知れない。
 それなのに、肝心の「額賀財務大臣の証人喚問」問題は、「全会一致」という全く民主主義的ではない「ルール」のために消滅してしまった、という。だがしかし、守谷前事務次官が証人喚問で証言した「額賀氏は(武器商人)ジョン・アワー氏との宴席に出席していた」ということに対して、断固「そんな事実はない」と突っぱね続けた額賀大臣とそれを支え続けた自民党、どちらかが「嘘」をついているとしたら、それはもう「守るべきものがなくなった」守谷前事務次官の方が「真実」を述べている、と考える方が自然だろう。対して額賀氏の方は、もし自分が宴席に同席していたと認めてしまったら、防衛省利権に風穴を開けられ、多くの政治家をそのスキャンダルに巻き込むことになってしまうから、その分必死である。常識では考えられない、家族での食事会でエレベータホールにて撮ったとされるスナップ写真まで持ち出して、潔白を強調する。強調すればするほど、「怪しい」と思うのが庶民感覚というもの、そのことを額賀氏も自民党も分かっていない。もし本当に「潔白」であれば、手続き問題など関係なく「証人喚問」に応じればいいではないか。素朴にそう思う。にもかかわらず……。
 昨日は、そんな茶番劇を三つも見せられ、いささかげんなりしているところである。