黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

「崩壊」していく日本(8)――「メディア」に対する右派の攻撃

2015-11-29 16:56:23 | 仕事
 元北海道新聞の社会部記者の畏友から、以下のような情報が寄せられた。
 「安保法制=戦争法案」を強行採決した後の安倍自公政権の目に余る「メディア」への攻撃、右派勢力はこの国を何が何でも「戦争する国」にしたいようである。
 少し長いが、以下の「情報」を熟読して、僕らは警戒を怠らないようにする必要があるだろう。

【『NEWS23』岸井攻撃の意見広告を出した団体の正体!謎の資金源、安倍首相、生長の家、日本会議との関係】                 =「LITERA」1月27日

 一昨日、TBSが『NEWS23』アンカーの岸井成格氏(毎日新聞特別編集委員)の降板を決定したと本サイトが報じたところ、大きな反響が寄せられた。
 解任騒動の引き金となったのは既報の通り、「放送法遵守を求める視聴者の会」なる団体が今月14日の産経新聞、翌15日の読売新聞に掲載した意見広告の存在だ。9月16日の同番組の岸井氏による「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という発言を取り上げ、「放送法」第4条をもち出して〈岸井氏の発言は、この放送法第四条の規定に対する重大な違法行為〉と攻撃したのである。
 しかし、こんな団体、今まで見たことも聞いたこともない。なんなのだろう、と思っていたら、その「放送法遵守を求める視聴者の会」(以下、視聴者の会)が昨日、記者会見を行った。
 記者会見の開催について同団体がTwitterで発表したのは会見直前、しかも場所などは公開されていなかったため、IWJが行った生中継で確認したのだが、それは広告同様、とんでもない内容だった。
 まず、最初に「視聴者の会」代表呼びかけ人を務める作曲家・すぎやまこういち氏が昨今の政治報道について“極端に偏った報道が目立つ”と言い、「国民の知る権利を損なっている」と非難。そして「(この会の活動に)攻撃的な意図はない」とした上で、“世の中の政治的な運動はだいたい「○○を打破せよ!」というようなものだが、我々の運動はいまある法律を守れと言っている。めずらしい運動です”と述べた。
 だったら、その前にまず、安倍首相に憲法を守れと言えよ!と突っ込みたくなったが、他の呼びかけ人も同じ調子だった。まるで不正に立ち向かう正論のようなポーズをとるのだが、中身はまったくなく、いつのまにかネトウヨ的陰謀論をがなりたてる。
 たとえば、同会で事務局長を務める文芸評論家・小川榮太郎氏は現在の報道について“国民への洗脳レベルに達している”、ケント・ギルバード氏は“放送局自体が活動家になっているように見える”と訴えた。
 どうやらこの人たちの頭の中では、少しでも政策を批判したとたん、オウム真理教やISのようなテロ集団に分類されてしまうらしい。
  しかも、笑ってしまったのが、この会見で呼びかけ人たちが、何度も「政治との連動性はまったくない」「公権力とは関係を一切もたない運動」などと主張していたことだ。彼らの活動を“政府と連動した報道圧力”と指摘した本サイト記事を意識してか、小川氏は「(この活動が政治介入を招くという意見は)笑止千万」と一蹴し、「非力な一国民として」声をあげたのだと繰り返し強調したのである。
 よくもまあ、ぬけぬけとこんなことが言えるものだ。いったい、彼らは自分たちが今までどんな活動をしてきたか、忘れてしまったのだろうか。政治的に「偏って」いるのは、それこそ「視聴者の会」呼びかけ人たちのほうではないか。
 まず、代表呼びかけ人のすぎやま氏は、「安倍総理を求める民間人有志の会」の発起人を務めた人物で、「新しい歴史教科書をつくる会」が内部分裂した後に立ち上げられた「教科書改善の会」にも参加。昨年の衆院解散の際には、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した安倍首相を“勇者”と表現し、「勇者が国を思い踏み切った解散」と絶賛する一方、あるときは〈日本国内が「日本軍VS反日軍の内戦状態」にある〉と言い出したりと、ネトウヨと見紛う発言を連発している。
 代表がこの有り様なのだから、他の呼びかけ人もお察しの通り。渡部昇一氏と渡辺利夫氏は狂信的な極右発言を連発しつつ、安倍首相をべた褒めしてきた保守論壇人だし、ケント・ギルバート氏は今年、あの“ネトウヨ文化人の登竜門”であるアパ懸賞論文で最優秀賞を受賞。安保法制が可決された後には「安倍首相と与党、国会に『おめでとう』と言いたい」と語った御仁だ。
 また、経済評論家の上念司氏は本サイトでもお伝えしたようにSEALDsメンバーの個人情報や、安保法制に反対していた一般女性を痴漢冤罪の犯人だというデマを拡散するなど、卑劣な“安保反対派攻撃”をSNS 上で繰り広げてきた人物。そして、経済界から唯一呼びかけ人となっているイエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は、沖縄の基地運動で住民がフェンスに反対の意志表示を行ってきたものを「清掃」と称して撤去するなどの活動を行っており、安倍首相もかかわる保守組織「日本教育再生機構」の顧問も務めている。
 また、この11月10日、極右組織・日本会議が中心になって改憲イベント「今こそ憲法改正を!武道館1万人大会」が開催されたが、実は「視聴者の会」呼びかけ人7名のうち4名がこの日本会議のイベントの代表発起人に名を連ね、ギルバート氏にいたっては、同大会で講演を行って大喝采を浴びているのだ。
 さらに、ポイントなのは、この「視聴者の会」の事務局長に、あの小川榮太郎氏が就任していることだ。「視聴者の会」の意見広告には、「偏向報道」の根拠として、各局の報道番組における「安保法制両論放送時間比較」というデータが掲載されているのだが、このデータを提供したのも小川氏が10月に立ち上げ、代表理事を務めている「一般社団法人日本平和学研究所」なる団体だ。
 つまり「視聴者の会」は事実上、小川榮太郎氏が取り仕切っていると言っていい状態なのだが、この小川氏、安倍晋三総理復活のきっかけをつくったあの『約束の日安倍晋三試論』(幻冬舎)の著者なのである。
 いや、たんにヨイショ本を出版しただけではない。たとえば、小川氏は「創誠天志塾」なる私塾を開いているが、自身のブログでこの塾を安倍首相復活のための団体と明言している。
〈三年前の二月十一日、私は同志の方々と共に、天志塾を創塾しました。創立当初の天志塾は、安倍晋三氏の総理大臣再登板の為の民間有志運動として始まりましたが、安倍氏が総理就任の後は、日本の国柄、文化、政治を幅広く学び、考究する場に、その意味を徐々に変へながら、ささやかながら活動を続けてきました。〉(2015年2月11日のブログより)
 実際、この塾の活動内容を見てみると、安倍絡みのイベントばかりが目立つ。2012年に開かれた第一回目の月例勉強会のテーマは「僕は、安倍晋三を再び総理にする!」というもので、ゲストは昭恵夫人。自民党総裁選直前の同年9月には、安倍晋三本人も出席して「安倍晋三総裁選決起集会」への参加を呼びかけも行っている。
 ウェブマガジン「トレード・トレード」に掲載されたインタビューのよると、小川氏が安倍氏を首相にしようと思ったきっかけは、3・11直後に受けた「天の啓示」だったという。
〈これは天の啓示みたいなものがあったのです。(中略)実際にあの大地震が起こり、原発の事故があって、人がいない、灯りも点いていない新宿で会議を開いていた時、ふと次期首相は安倍晋三氏が適切であるという啓示が降りてきたのです。〉(小松成美の一語一会 第70回より)
 こんなオカルティックな動機で政治家の支援活動を始めるというのも信じられないが、小川氏は早速“安倍氏を総理にするための戦略プラン”を作成。下村博文・元文科相を通じて安倍氏に渡したという。
そして、12年の自民党総裁選で小川氏は前述の「創誠天志塾」を使ってこんな働きをしたのだと語っている。
〈SNSによって安倍さんの声がより多くの人たちに拡散するお手伝いをしました。当初、安倍事務所はSNSの活用について懐疑的だったのです。SNSなどのインターネットメディアに嵌ると支持されているという幻想を生みかねないという事が理由でしたが、敢えて天志塾の若い塾生たちが、強くSNSの活用を勧めたのです。〉(同前)
 ようするに小川氏は、ただ安倍首相を“応援”するだけでなく、総理に返り咲くためのプランを練ったり、復活をさせるために私塾を開いたり、挙げ句はSNSの活用という安倍首相がネトウヨを味方につけるというネット展開の進言者だったというのだ。実際、“ネトサポ”こと自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)の活動が活発化したのは第二次安倍政権以降。安倍首相は小川氏のアドバイスや、彼が指揮する運動組織によって息を吹き返すことに成功したわけだ。
 これでよくおわかりいただけただろう。「視聴者の会」の実態とは、極右思想家の集まりであるだけでなく、安倍首相と直接関係する人物が仕切る運動組織なのだ。彼らが“平等で正しい報道を”などといくら訴えても、何の説得力もない。
 しかも、「視聴者の会」のキナ臭さはそれだけではない。そもそも大きな疑問なのは、会の「資金源」である。
 今回、「視聴者の会」は、産経と読売新聞の2紙に意見広告を出しており、「賛同者の皆様からの寄付によって出稿しております」(広告紙面より)と説明している。だが、読売新聞全国版の全15段広告の正規価格は約4800万円。産経新聞は同じく約1300万円といわれている。あわせて6000万円以上。新規のクライアントは値下げ率も低いため最低でも4000万円以上はかかるだろう。
 ところが、この会の発足は、記者会見での小川氏の発言によれば「11月1日付け」。HPの開設日は11月中旬と思われ、YouTubeへのチャンネル登録日も11月13日、公式TwitterとFacebookへの初投稿日は15日と20日だ。そのような状態で、一体4000万円以上の寄付をどうやって集めたというのか。
 明らかに特定の企業、団体、もしくは個人が出資したとしか考えられない。
 さらに、「視聴者の会」には、宗教や宗教的な臭いがする組織の影もちらついている。
 まず、前述した小川氏が立ち上げ、各局の報道番組の放映時間調査を行った「一般社団法人日本平和学研究所」だが、この組織が入居するビルの登記簿を取ったところ、その所有者は「一般社団法人倫理研究所」だということが判明した。この「倫理研究所」とは民間の社会教育団体だが、大元は「扶桑教ひとのみち教団」(現在のPL教団)より分裂した組織で、理事長の丸山敏秋氏はトンデモ理論である親学の「親学推進協会」の評議員のほか、日本会議では代表委員を務め、倫理研究所も日本会議と密接な関係にある。

 そして、この丸山氏は単に日本平和学研究所に部屋を貸しているだけでなく、同研究所の監事を務めていた。
 また、もうひとつの宗教団体との接点もある。小川氏が例の「安倍首相復活の組織」として開いた私塾「創誠天志塾」の前身は「青年真志塾」という名で、神谷光徳なる人物が塾長を務め、当時、小川氏は幹事長という立場でかかわっていた。11年12月には同塾の月例会で安倍晋三氏も講演会を開いている。
 だが、この「創誠天志塾」塾長の神谷氏は「生長の家栄える会」名誉会長という地位にある宗教団体「生長の家」の幹部だった。また、「青年真志塾」はこの神谷氏が会長を務める「日本経済人懇話会」の傘下組織という形だったが、同会の会員企業にも「宗教法人生長の家」「宗教法人生長の家 本部錬成道場」が当時名を連ねていた。
 後述の取材では小川氏は信者ではないということだったが、「生長の家」シンパとしてその人脈にがっちり組み込まれていたことは間違いないだろう。
 前述した改憲イベントが代表的なように、日本会議=宗教極右は安倍首相が押し進めようとする改憲に向けて国民運動を展開しようと目下、活発にうごめいている最中だ。そこであらためて小川氏の倫理研究所や生長の家人脈を考えると、小川氏の動きはこうした宗教極右の改憲運動と連動しているのではないかという気がしてくる。
 小川氏が「視聴者の会」を結成した理由──それは、今後の改憲運動に際して、メディアにおける護憲勢力を封じるための攻撃部隊として、報道に圧力を強めていく狙いがあり、その第一弾として岸井氏およびTBSに抗議に出た、と考えれば合点がいく。
 そして、小川氏自身が安倍首相と直接的な結びつきをもつ以上、「視聴者の会」の自民党との関係も疑われて当然だ。事実、自民党は、本サイトで既報の通り、「放送法の改正に関する小委員会」の佐藤勉委員長がテレビの安保法制報道は問題だとして、「公平・公正・中立は壊れた。放送法も改正したほうがいい」と露骨に恫喝。自民党への批判的な報道を監視する「報道モニター制度」も、ここにきて動きが目立っているという。そんななかで発足した「視聴者の会」の主張や活動は、自民党の意向と完全に一致する。いや、まるで安倍政権の別働隊のようでさえある。実際、安倍首相の右腕であり総理大臣補佐官の礒崎陽輔氏は、同会の意見広告を〈極めて冷静で妥当な意見です。〉とTwitterで意見を述べ、わざわざ同会HPへリンクを張っている。
 これでもかと言わんばかりに政治的な団体が、憲法違反の安保法制を批判する報道を「政治的偏向」だと攻撃し、謎の巨額の資金を使って報道に圧力をかけ、表現の自由をどんどん侵害していく。こんなことが許されていいのか。

 本サイトはこれまで述べてきたような問題、疑惑について、「視聴者の会」事務局宛にメールで質問した。以下はその一問一答の抜粋である。

──通常、産経新聞及び読売新聞への全面広告の出稿は、正規の価格で合計5000万円程度の金額が必要になる。11月1日の設立からごく短期間で、どのようにして巨額の出稿費を捻出したのか。

A. 出稿料の具体的値段については公表を差し控えますが、11月1日以前より放送法遵守を求める団体を立ち上げて意見広告の出稿をすると言う目的を明確にし、資金提供者の目処が立った段階で設立しました。

──特定の個人・企業・団体から大口の寄付を受けた事実があるか。たとえば、「共同呼び掛け人」の一人である鍵山秀三郎氏、または氏が創業したイエローハット社が、御会に資金を提供しているという事実などはあるか。

A. 資金提供者に関する詳細はお答えできません。

──「日本平和学研究所」が本部を置いているビル(倫理文化センター)は、「一般社団法人倫理研究所」の持ちビルで、その6階では、かつて小川榮太郎氏が「創誠天志塾」という私塾を開き、勉強会などを行っていたことが確認されている。まず、「日本平和学研究所」と「一般社団法人倫理研究所」はいかなる関係にあるのか。

A.「日本平和学研究所」と「一般社団法人 倫理研究所」は団体上は一切関係ありません。ただし、「一般社団法人 倫理研究所」丸山敏秋理事長が、「日本平和学研究所」の監事を務めています。

──「日本平和学研究所」が、自民党から今回の安保法制報道の調査データの提供を受けたという事実はあるか。
A. ございません。

──「視聴者の会」が「一般社団法人 倫理研究所」から人的支援、もしくは資金提供を受けている事実はあるか。
A. ございません。

──「視聴者の会」事務局長の小川榮太郎氏は、かつて「宗教法人 生長の家」の関連団体傘下にある「青年真志塾」で幹事長を務められていた。小川氏は「生長の家」信者か。また、「視聴者の会」が「生長の家」から人的支援、もしくは資金提供を受けている事実はあるか。

A. 平成23年当時約8日か月間「青年真志塾」幹事長だった事実はあります。ただし、小川は「生長の家」信者でなく、「生長の家」と視聴者の会との人的、資金的関係も一切ございません。
 同会は、今回の意見広告の資金がどこから提供されたかについて、結局一切、答えず、生長の家などの宗教団体、自民党との関係についても否定した。だが、一方で、小川氏が「生長の家」系の勉強会の幹事長をつとめ、「一般社団法人倫理研究所」丸山敏秋理事長が、「日本平和学研究所」の監事を務めていることは認めたし、何より、呼びかけ人たちのこれまでの行動が、その政治性を物語っていると言えるだろう。

 これから先、極右団体の圧力によって、表現の自由がおびやかされないためにも、今後もこの会の正体や思想的背景を検証していくつもりだ。     (編集部)





批評家としての仕事――『立松和平の文学』(仮題)を書き終えて

2015-11-28 10:17:21 | 仕事
 2009年のはじめに企画が実現することになり、著者の立松和平と協同で全巻の構成を考え、そして翌年の初めに刊行が始まった『立松和平全小説』(全31巻+別巻1 勉誠出版刊)、刊行が終わったのが今年の1月、当初は2年半で完結する予定だったのだが、刊行が始まった年の2月8日に立松が急逝した(享年62歳)ことや編集の手違いなどがあって、完結するのに丸々5年の歳月を要してしまった。その間、僕は中国(武漢)の大学で教えるということもあったが、担当した全巻の「解説・解題」は遅れることなく編集者に渡すことができた。
 各巻平均して1300枚前後を収録した『全小説』、ほとんど「手弁当」で毎回25枚以上の「解説・解題」を書いた僕にとって、この仕事はかなりハードな仕事だったが、担当編集者は仕事とはいえ僕よりさらに大変だったろうと推測する。また、立松が急逝したということもあり、また最近の出版不況ということもあって、『全小説』は「思いの外」売り上げがのびなかった。そんな『全小説』31巻を5年という長い歳月、1巻も欠けることなく刊行し続けた出版社(勉誠出版)には、感謝してもしきれない気持である。
 そんな『立松和平全小説』全31巻に付した「解説」は、事柄の性質上重複する部分もあり、全部で「1000枚」を越える分量になっていた。それを完結直後から『立松和平の文学』として編集し直す(書き直す)作業に入って、ようやく昨日「814枚」(「序」や「後書き」を除いて)にまとめ終わった。今年は中国へ行かなくても済むということもあり、筑波大学を定年退職後では珍しく、連載を2本抱え(時事通信配信の週1回で全18回の「戦争文学は語る」と、現在も続いている「解放」誌における月1回の「情況への異論・反論・抗論」)結構忙しい思いをしながらの「解説」の書き直し(編集のし直し)、時間が結構掛かってしまった。
 立松の文学について、僕はこれまで『立松和平―疾走する境界』(91年 六興出版刊、増補版は副題を「疾走する文学精神」として97年に随想舎から刊行)と、『立松和平伝説』(2002年 河出書房新社刊)の2冊を出しているが、いずれも立松が健在で、現代文学の最前線を走っているときの「中間報告」的な作家論であった。しかし、今回の『全小説』の「解説」を書き直したものは、立松が亡くなったということもあって、立松の全ての著作に目を通した(何度も読み返した作品もある)後の作家論であり、僕の中では「決定版」と言えるような内容に仕上げたつもりである。
 今度の『立松和平の文学』(仮題)の内容については、いずれ刊行が決まった時点でまた紹介することになると思うが、1970年に『途方にくれて』で文題デビューしてから2010年遺作になった『白い河―風聞・田中正造』(東京書籍刊)と『良寛』(大法輪閣刊)まで、遺作の2冊が象徴するように、立松は生涯、「人間いかに生きるべきか」の問いを底意に潜ませながら、「正義」と「救済」を求めて続けてきた、と「決定版」を書き上げた今、そのように思っている。
 そして、また今思うのは、立松の何百編にも及ぶ長短の小説作品、いずれも「手を抜かず」「全力疾走」した結果である。読み応えのある作品が多い。是非、もう一度関心を持って読み直して欲しい、と今は思うばかりである。 

「崩壊」していく日本(7)――改憲派(右派)が目指すものは?

2015-11-13 08:45:56 | 仕事
 <昨日の続き>
 今、必要があって今年の8月に刊行された「文春ムック・戦後70年企画」の『奇聞・太平洋戦争―肉声でみる怪談・気談・美談・珍談』(文藝春秋発行)を読んでいるのだが、そこに収録されている「A級戦犯たちの妄想―日本が大東亜戦争に勝っていたら」(原題「太平洋戦争に勝ってたら」「文藝春秋」1961年2月号)と、昨日の記事で触れた右派(右翼)団体の中心「日本会議」の目指すものが、奇妙に「一致」していることに気付いた。
 具体的には、この44年前に「文藝春秋」編集部が記事にした「日本が大東亜戦争に勝っていたら」に記載されている、1943(昭和18)年11月5・6日に東南アジア各地の指導者(傀儡)――中華民国・王兆明、タイ・ビー・ピブン・ソン・クラム大統領(名代が参加)、満州国・張景恵総理大臣、フィリピン・ホセ・ベー・ラウル大統領、ビルマ・バー・モウ大統領、スバス・チャンドラ・ボース自由インド仮政府首班――を集めて開かれた「大東亜会議」における「大東亜共同宣言」なるものを貫く思想(論理と倫理)が、いかにもインドやベトナムの学者(?)まで動員して3日前の10日に開かれた「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の目指すものと酷似している、と思ったということである。
 「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に参加した共同代表の桜井よしこをはじめとする発言者のここの言葉については、新聞やネットで調べてもらうとして、「大東亜共同宣言」である。以下に全文を掲げるので、赤字の部分を「中国」あるいはアメリカに置き換えて読んでもらいたい。これを読めば、「日本会議」やその最高顧問になっている安倍晋三首相らが何を考えているかが、よく理解できるだろう。安倍首相の唱える「積極的平和主義」なる「戦争のできる国」構想の根っこがどこにあるかがよく分かる。常に権力は内外に「敵」をつくり、その「敵」から自国(国民)を守るためと称して「戦争」を引き起こしす(戦争に加担する)のである
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 大東亜共同宣言

  抑々世界各国が各其の所を得相寄り相扶けて万邦共栄の楽を偕にするは世界平和確立 の根本要義なり
  然るに米英は自国の繁栄の為には他国家他民族を抑圧し特に大東亜に対しては飽くなき侵略搾取を行ひ大 東亜隷属化の野望を逞うし遂には東亜の安定を根本より覆さんとせり大東亜戦争の根本は茲に存す
  大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂し大東亜を米英の桎梏より解放して其の自存自衛を完うし左の 綱領に基き大東亜を建設し以て世界平和の確立に寄与せんことを期す
 一、大東亜各国は協同して大東亜の安定を確保し道義に基く共存共栄の秩序を建設す
 一、大東亜各国は相互に自主独立を尊重し互助敦睦の実を挙げ大東亜の親和を確立す
 一、大東亜各国は相互に其の伝統を尊重し各民族の創造性を伸暢し大東亜の文化を昂揚す
 一、大東亜各国は互恵の下緊密に提携しその経済発展を図り大東亜の繁栄を増進す
 一、大東亜各国は万邦との交誼を厚うし人種差別を撤廃し文化を交流し進んで資源を解放し以て世界の進運   に貢献す
 (原文は、平仮名ではなく片仮名を使用している)

 日本の「侵略=加害者性」などあたかもなかったかのように、「友好」や「協同」「互恵」などを語る。このような「厚顔無恥」ぶりが現在まで続いていると思うとなとも気恥ずかしい気がするが、僕らはアジア各地を侵略=植民地化した日本帝国主義(軍国主義)がこのような「美辞麗句」を並べて、日本の帝国主義的野望を「正当化」使用としたことを、まさに自分たちの「歴史認識」として持ち続けなければならないのではないか、と改めて思う。
 安倍首相が唱える「美しい日本」や「日本を取り戻す」の「日本」が、この「大東亜会議」などに現れた思想を体現するものだとすれば、僕らは安倍首相らを断固拒否しなければならない

「崩壊」していく日本(6)――改憲派(右派)の「日本会議」って何?

2015-11-12 10:07:42 | 仕事
 安倍晋三氏が政権を握ってから特に目立つようになった「日本会議」(1997年結成)という「国粋主義者(過度に「日本」を強調するナショナリストたち)」という団体、一昨日(11月10日)彼らが中心になって日本武道館で1万人余りを集めて「美しい日本の憲法を作る国民の会」なるものが催され、そこにはこの会の協同代表の一人である「極右」のジャーナリスト桜井よしこをはじめ、自民党の衛藤首相補佐官や下村前文科省大臣、例の沖縄の辺野古沖新基地建設に反対している「琉球新報」と「沖縄タイムス」の2紙など潰してしまえと叫んだ作家の百田氏、さらには経済界の幹部たちが参集し>、「21世紀にふさわしい憲法を追求しする時期にきている」、「現行憲法で国民と日本国を守ることができるのか」ということで、来年の参議院選挙で自民党が勝利した暁には、いよいよ「憲法改正」を行うべきだ、と気勢を上げたという
 安倍「極右」内閣が、「安保法制=戦争法案」を強行採決で成立させた勢いを駆っての「後押し」なのだろうが、衆参の自民党議員が「280人」も参加しているというこの「日本会議」について今ひとつ分からないのが、この会が掲げている「真正保守の政治実現」とか、「21世紀に相応しい憲法」とか、「美しい日本の憲法」とかいう言葉は何を意味しているのか、ということである。
 このようないかにも「大衆受け」するような「抽象的な言葉」の乱用は、この集会にビデオメッセージを寄せた安倍首相の言葉遣いと同じで、「空虚」で「内実が想像できない」観念語としか思われず、この集会に参加した人たちの言動を見ていると、どうやらこの「美しい日本の憲法をつくる会」が目的としているのは、何と言うことはない、安倍首相が首相就任時に掲げた「戦後レジュームからの脱却」と同じで、日清戦争からずっと「対外侵略戦争」を行ってきた戦前の「絶対主義天皇制国家」の再建であり、中国や韓国から「非難されない=馬鹿にされない」アジア地域の盟主としての地位を確立することのようである。
 この集会で主張された「憲法改正」必要論は、まとめて言ってしまえば、「安保法制=戦争法案」を強引に成立させた安倍「極右」政権が法案成立に関して繰り返し主張してきた「中国脅威論」「韓国蔑視論」と同じで、中国の脅威から「日本を守る」ためには「戦争ができる国」になるためには、「憲法前文」や「第9条」を改正することが必要、というものである。
 この集会に参加した人たちに共通している(欠如している考え)は、先のアジア太平洋戦争への「反省」および「正しい歴史(事実)認識」である。言葉を換えれば、先の戦争において日本人が320万人余り、中国を中心にアジア全域で2000万人と言われる「犠牲者=被害者」への意識が欠如しているだけでなく、「加害者意識」等全く存在していない、ということである。
 重要な案件が山積しているのに、また野党が憲法に基づいて開会を要求しているのに、外交日程と予算案の作成を理由に臨時国会を開こうとしない安倍「極右」政権(「軽減税率」のことばかりにこだわって自民党に同調している公明党は、もはや「平和の党」でもないし、「福祉の党」でもない)、また沖縄全体が「反対」の意思表示しているにもかかわらず、アメリカ追随の辺野古沖新基地建設を強引に推し進めようとする安倍内閣、これほど国民を「馬鹿」にした政権も珍しいのではないか。こんな政権だから、図に乗って右派の団体である「日本会議」などが大きな顔をして武道館などで集会を開くのである。
 そして、そんな政権に「51%」もの支持>(「読売新聞」の世論調査結果、しかし、安倍政権支持の「読売新聞」だから、この結果についてはいささかの疑問を持つ)を与える国民、どうやらこの国は本当に「崩壊」しつつあるのかも知れない。

「崩壊」していく日本(5)――この言葉の「軽さ」何とかならないか!

2015-11-07 09:30:11 | 仕事
 何度も繰り返すが、安倍首相の「言葉の軽さ」は度し難く、それは橋下大阪市長の「三百代言」的な発言とお案じくらい「品位」に欠けており、そのような人物を首相に仰ぐ日本という国の「民度」がいかに劣悪であるかを世界に向けて発信することになってしまい、腹が立つやら恥ずかしいやら、総体として何とも言えないほど「哀しい」気持になっている。哀しいのは、安倍氏の発言が、一国の責任者を気取っているが、その本質において今流行りの「反知性主義」そのものだと思うからである。
 安倍晋三の「言葉の軽さ」について、気が付いたことをアト・ランダムに記して、考える材料を提供したい。
①「世界に先駆けて第4次産業革命を実現する」→誰に「入れ知恵」されたのか、石炭(蒸気機関)による第1次、石油(電気)による第2次、情報技術の発達による第3次(本当は「原子力エネルギー」と言いたかったのだろうが、さすがにフクシマの後では「原子力」については言えにのだろう)の次に用意されている「人工知能」や「ビッグ・データ」の活用のことを指すらしいが、人工知能(コンピュータ)にしろビッグデータにしろ、要はコンピュータの活用問題でしかなく、それを「第4子産業革命」というのは、いかにも「ほら吹き」安倍晋三らしいが、今ほどコンピュータ社会の「行く末」が懸念されていることを、彼は知らないのだろうか。コンピュータは、「ツール」でしかない。そんな「ツール」に依存する社会に果たして「未来」はあるのか。
②「TPP」交渉において「聖域は守られた」→多くの農業関係者が心配しているように、TPPが実施されれば、「食糧自給率40パーセント」が下がり、日本の農業が衰退の極に達するのは火を見るより明らかである。僕の住む地域の耕作地がいかに荒れているか、また農業後継者が極端に減っている現状を見れば、安倍首相の言葉がいかに「空念仏」か分かるだろう。
③「希望的出産率を1.8に」→現状が「1.3」以下であることを考えれば、あくまでもこの「1.8」が安倍首相の「希望=妄想」であるかがわかるだろう。年収200万円以下の「非正規労働者が40%」存在する状況を放置して、どうして出生率を高めることができるのか。安倍氏の頭の中はどうなっているのか、僕には全く理解できない。
④「介護離職ゼロをめざす」→これこそ安倍首相(と厚労省の官僚たち)が「嘘つき」であることの証なのだが、「老々介護」や「在宅介護のひどさ」など介護の現場を知らない者の「世迷い言」としか思われない。介護施設が次々と倒産し、また職員の待遇の低さ故に職員数が足らず空きベッドを余儀なくされている特養ホームなどが多数存在すること、安倍氏はどう考えているのか。社会保障費は削減するのに防衛予算だけは中国や北朝鮮の「脅威」を振りかざして増額する、安倍氏の頭の中に「アメリカ追随」はあっても、「日本」は存在しないのかも知れない。
⑤「1億総括役社会の実現」→これについては、「アホ」らしくて言う言葉もない。第1弾もそうであったが>、「アベノミクス」第2弾の「新三本の矢」が「虚仮脅かし」の何の保証もない自己満足的なものであることは、多くの識者が言っていること。
 以上に加えて、「フクシマは完全のコントロールされている」や「原発ゼロを目指す」と言っていながら次々と原発を再稼働していく厚顔ぶり。これは「丁寧に対話していく」と言いながら辺野古沖の米軍新基地建設を強行していくのと同じ手法である。 許せない

「崩壊」していく日本(4)――昨日の続き、短く。

2015-11-03 09:33:09 | 近況
 昨日は、しばらくぶりに実現した本格的な「日中韓首脳会談」について、もっぱら「歴史認識」=政治・外交の側面を中心に論じたが、マスコミが余りにも「政治・外交」問題としてしかこの首脳会談の意味について触れていないことを知り、ネトウヨや稲田朋美などという「エキセントリックな=右翼的な」政治家などが決して触れない、この「日中韓」の首脳会談が意味するもう一つの側面、つまり「経済」関係についても触れておく必要がある、と今朝になって思い至った。
 と言うのも、少し前になるが、僕が武漢の華中師範大学大学院で教えていた時のこの6月に卒業した「最後の教え子たち」の就職先を聞いて、グローバル化した日中米の「経済」――中韓の関係については、インチョン-青島間の飛行機、及びフェリーが毎日就航していることを知れば、この2国の経済関係が日中米に劣らず密接になっていることは、すぐに了解できる――が、いかに切っても切れない関係にあるか、を今更ながら思い知らされたということがある。教え子たちの就職先は、三菱銀行をはじめユニクロ、無印良品、IBM,通訳事務所、イーオン、あるいは日本との合弁会社などであって、学部時代から大学院にかけて習得した「日本語」(彼女らの日本語は、昨日も触れた拙著にも書いたことだが、日本の学生が英語などの外国語を学んだレベルを遙かに凌駕している)を生かしたものであった
 僕は、出席を要請された国慶節(湖北省主催)で三菱商事、日立電設などの支店長や現地責任者にあったことがあるが、彼らが異口同音に言っていたのは、今や日本経済は中国との関係無しには成り立たない、ということであった。僕は中国からの帰りはほとんど上海経由だったのだが、いつもその乗客の半数以上が日本人であり、その大半が観光客ではなくビジネスマンか労働者風の人たち、学生であった。その都度、いかに日本経済と中国とは密接な関係にあるか実感したものだが、そのような「密な経済関係」がありながら、「政治・外交」上は中国がもっとも嫌う「靖国神社参拝」などを強行して強面(ナショナリストぶる)を続ける安倍首相(以下の右派政治家たち)、それはこの度世界記憶遺産に登録された「南京虐殺事件」についても、「真実が証明されていない」などと詭弁・強弁を繰り返して、たぶん国内のネトウヨなどに向けてのパフォーマンスだと思うが、「イチャモン」をつける――そんなことをするから、「南京事件」を否定する論理と同じ論法で、せっかく世界記憶遺産に登録された「シベリア抑留体験の記録」に対して、ロシアから異議が提出されるのである。 
 国内に向かっては「ナショナリズム」を鼓舞し、国外では何よりも「経済」を優先させる。この安倍政権のダブル・スタンダードを、僕らは早く見抜き、近隣諸国と真からの「友好」関係を成立させなければならない。
 安倍「極右」政権のダブル・スタンダードを象徴するのが、「日中韓三国首脳会談」が開かれているその時に、自民党の「重鎮」と言われる二階氏が何百人もの経済人を連れて訪中し手いたことである(1年ほど前の第1回では「3000人」の経済人を引き連れての訪中であったという)。それと、福田元首相も繰り返し中国を訪問し、日中友好関係の構築に尽力(?)しているという事実、ネトウヨに踊らされたとしか思えない「嫌中」・「嫌韓」もまた政治家のダブル・スタンダードがもたらしたものであること、そのことにも僕らは気付くべきである。
 それと、これは先月25日に行われた「辻井喬(堤清二)を偲ぶ会」でも話されたことだが、日中間の「文化交流」は確実に進展していること、このことも安倍政権の強面が一種のパフォーマンスであることと共に、僕らは覚えておく必要がある。

「崩壊」していく日本(3)――またぞろ、こんな輩(女性)が……

2015-11-02 09:09:51 | 仕事
 オバマアメリカ大統領に中が「強制」されて仕方なく1日から開催されている「日中韓首脳会談」(日中会談・日韓会談)、その具体的中身については「秘密・オフレコ」になっているようで、何とも気持ち悪いが、その気持ち悪さとは別に、会談のメイン・テーマ(建前)が「歴史を直視して」ということについて、何を今更、という気持が湧き上がると同時に、3国の「歴史認識」が余りにかけ離れている現実をどう考えればいいのか、本当に、特に日本(安倍首相以下自民党の政治家や「おおさか維新の会」(橋下代表)などの右派の政治家たち)は「歴史を直視する」気持があるのか、という疑念を押さえることができないということがある
 と思うのも、これは再三このブログで言ってきたことでもあり、また1年前に出した拙著『葦の隋から中国を覗く―「反日感情」見ると聞くとは大違い』(14年11月 アーツアンドクラフツ刊)の中でも書いたことだが、安倍首相をはじめ日本の保守派(右派)の政治家たちや「ネトウヨ」と言われる人たちは>、「事実」に基づいた<正しい>歴史認識を持っていないのではないか、と思えてならないからである。
 例えば、「日中韓首脳会談」の開始を伝えるニュースにツイートした文章を見ると――この手のニュースが報道されると、決まってあたかも「動員」されたかのように、権力(安倍政権)に「賛成・同調」する意見が集中する。一部の報道に拠れば、安倍首相はそのような意見が集中するフェイスブックを見て、自分の政策や政見が支持されていると確信しているとか。しかし、ネット上の意見(ツイートなど)がいかにいい加減なものであり、事実に基づかない「偏向」したものであるか、興味のある人は一度覗いてみればいい>――、「従軍慰安婦問題は捏造されたもの」、「南京大虐殺などはなかった」、などという言葉のオンパレードである
 しかし、今更「村山談話」や「河野談話」を持ち出すまでもなく、「従軍慰安婦」の存在も、「南京大虐殺」が存在したことも、様々な「検証」を経て「事実」であったと日本のみならず世界が認めてきた「歴史的事実」である。これも何度か言ってきたことだが、アジア太平洋戦争体験を基にした文学作品(小説、等)を読めば、随所に「朝鮮ピー屋」(何故、慰安所を「ピー屋」と言うのか、その正確なことは分からない)という朝鮮人女性ばかりの慰安所が出てくるし、そこで「強制的」に「性奴隷」にされた朝鮮人女性の多くが「女工募集」などという「嘘」に騙されたと訴えたりしている。日本の保守派(右派)やネトウヨの人たちの主張は、その大半が「従軍慰安婦」は「強制」されたものではなく(日本軍は関与しておらず)、「自発的」に「売春」に身を投じたのだ、というものだが、文学作品や多くの「証言」、「記録」が伝えているのは、朝鮮人「性奴隷」の多くが「嫌々」戦場に連れてこられた、という「事実」である。
 確かに、戦場における「性奴隷=従軍慰安婦」のうち多くを占めていた日本人女性の場合は、売春防止法が施行された1958(昭和33)年まで、「赤線」とか「青線」と呼ばれる「公認」の娼婦たちの集まる場所があり、戦時下においてそこで「働く」女性たちが「進んで」従軍慰安婦になったという「事実」はあった(文学作品や当時の記録、証言に、そのような事実も記載され残っている)。そして、そのような遊郭や女郎屋の多くに、当時日本の植民地であった朝鮮半島から来た女性たちが多数存在していたのも事実である。だからといって、「従軍慰安婦」の「強制連行」はなかったと主張する人たちの多くがその主張の根拠にしているように、朝鮮人従軍慰安婦(性奴隷)が、進んで戦場に赴き「売春」していた、というのは「間違い」である。彼女たちは「嫌々」売春を「強制」されていたのである。
 また、昨日(1日)のフジテレビ「新報道2001」に出演して、「日中韓首脳会談」が始まったというのに(あるいは、そのことを承知しながら、安倍首相の忠実な「イヌ」として代弁者を買って出たのかも知れないが)、稲田朋美自民党政調会長が「南京大虐殺」について、あたかも存在しなかったことを前提とするように「事実か事実でないかが重要」などと発言した。彼女は早稲田大学法学部出身の「弁護士」である。彼女の「先生」たちが挙って安保法制=戦争法案を「違憲」だと言っているときも、安倍首相にぴったり身をすり寄せる「ネトウヨ」が大好きな右翼の政治家らしく、「合憲」だと主張してきた「筋金入り」の右翼女性政治家だが、日中韓が「歴史認識」をめぐって重要な会談を行うという時になって、またぞろ「南京大虐殺はなかった」という発言、これは安倍首相が本音ではこんな「会談」はしたくない、オバマ大統領に言われたから仕方なくソウルまで出掛けていったのだ、ということを代弁したものとしか思えないが、稲田先生「在日特権を許さない会」の人たちと仲良くしている暇があったら、南京まで行って「南京事件記念館」を見学すべきである。それと、日中戦争に在を取った小説、石川達三の『生きてゐる兵隊』(1938年)や火野葦平の『麦と兵隊』(同)や『土と兵隊』、『花と兵隊』などの作品を読んだ方がいい。そこには、「前(プレ)南京事件」と思えるような日本軍将兵による中国人(兵士のみならず、女・子供・老人)への残虐行為が縷々記載されている 朝鮮人従軍慰安婦の存在も、また南京大虐殺も「事実」なのである
 僕らは、この「事実」を認めて、その上で韓国(北朝鮮も)・中国と「平和」で「友好」的な関係を築いていかなければならない