黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

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民主主義の危機(6)――お為ごかしの「反省」、その唇が乾かないうちに……

2017-06-21 09:48:34 | 仕事
 安倍首相の言葉が「軽く」口先だけであることは、僕だけでなく多くの識者やジャーナリスト、市民が指摘していることであるが、16日に閉幕した通常国会を受けての「スピーチ・記者会見」は、意あっまでに増して非道かった。
 多くの人がその「不備」や「欠陥」を指摘し「反対」を表明してきた、憲法改正にじゃまになる反対派を黙らせるための「平成の治安維持法」とも言うべき「共謀罪」を、何が何でも成立させるために行った国会運営は、安倍晋三(や菅官房長官をはじめとする取り巻き政治家たち)が、独裁者的体質を持っていることを、白日の下に晒した。
 つまり、安倍首相は自分自身が深く関わっていたが明らかになりつつあった「加計学園問題」(及び森友学園問題)に蓋をしようと、「姑息」な、国民をだませると思ったとしか考えられない「稚拙」な情報操作――自分の子分(取り巻き)に責任を取らせるような形で、うやむやの内に「終わり」にしようと躍起になった――を糊塗とするために行った「トカゲのしっぽ切り」、彼は本当にこれで「終わり」になると思ったのだろうか?
 余りにも強引な、その国民を騙すような政治手法が新聞各紙やメディアの世論調査で支持率を10パーセント以上下げたことに対して、たぶん「内心」はそのうち今回の「疑惑隠し」についても、先の特定秘密保護法や安保法制の制定(集団的自衛権行使容認)の時と同じように、経済政策で何とか操作して「景気がよくなった」「収入も上がるだろう」と言えば、国民はファシストとしての自分のことをすぐに忘れるだろう、と思ったのではないだろうか。
 それに加えて、「国民は過去のことをすぐ忘れるから(馬鹿だから)」と内心では思いつつ(と推測される)、神妙な顔つきで「反省の弁」を口に出し、さらには得意な「何かあれば、丁寧に説明・対応していく」と言えばそれで終わりになる、何とかやり過ごせるのではないか、と高をくくっているとしか思えない態度。 しかし、今回の「加計学園問題」、あまりにも「腹心の友」に便宜を図りすぎていることは、誰の目にも明らかで、「公正さ」や「「公平さ」に欠けている。加計学園問題が、これまでの特定秘密保護法や集団的自衛権容認の時と違うのは、思想的=「公」的な問題ではなく、「政治」を余りに私物化していることを国民は告発しているからである。
 「私」的な問題を隠蔽するために、官邸から内閣府(その大臣や職員)までを巻き込み、「嘘」をつかせて平然としているその鉄面皮のような安倍首相に国民は怒っているのである、安倍首相の「何かが起こったら、丁寧に説明する」などという「約束」など、絶対に守られないと国民は思っているということである。
 現に、昨日(20日)、文科省から「加計学園問題」に関して官房副長官の荻生田光一が深く関与していることが明らかな「新たな文章」――「新たに発見」というのは、文科省の「嘘」で、前回の文科省大臣の命令による「再調査」の時に、すでに存在が明らかになっていたのだろうと思う。しかし、大臣に不信感を持っている文科省職員は、安倍首相のあまり強引な「えこひいき」に抵抗すべく、「二の矢」「三の矢」を隠し持っていて、小出しに資料の提出を行おうとしているのではないか――への対応に関して、自民党は「証人喚問」もまた「再調査」も、もちろん安倍首相の「手稲にな説明」も行わない、とする。
 つい先頃「宣言した」ことの舌の根が乾かないうちに、「丁寧な説明」を拒否する安倍首相、この人の頭の中はどうなっているのだろうか。もしかしたら、「空っぽ」なのかも知れない。「空っぽ」であるが、強者のアメリカトランプ大統領)には、追従笑いは絶やさない。
 しかし、「アホ」な首相に、「お馬鹿」なその部下たち、この国の前途は「暗い」
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民主主義の危機(5)――本当に危機を実感しました。

2017-06-17 05:38:49 | 仕事
 この1ヶ月余りの、国会での攻防や安倍内閣の振る舞いを見ていて実感したのは、僕たち日本人がアジア太平洋戦争に敗北することで獲得したで「平和と民主主義」が本当に危機的状況に追い込まれているな、ということであった。にある、
 遅ればせながら、いま僕は黒川創の最新長編『岩場の上から』(新潮社刊)を少しずつ読み進めているのだが、この「戦後100年」(現在から30年後)の「完全に国民の自由や基本的人権が失われた監視社会=ファッシズム国家」の姿を描いたディストピア(反ユートピア)小説の世界と、今安倍晋三ファシスト首相(自公政権)が推し進めようとしている「政治」(の結果)が重なるような気がして、背筋が寒くなるような思いを何度もせざるを得なかった。
 そのことを誰もが分かる形で露呈した昨日(6月15日)の参議院での集中審議、安倍首相はじめ関係閣僚や関係閣僚が、口を揃えて「反省」の言葉を発したが、野党からの「事実」に基づいた彼らの答弁を聞いていると、どうでも「加計学園問題」を今国会で「終わりにして」(封じて)、後は改憲へまっしぐらで突き進もうとする意図が見え見えで、余りこれは言いたくないのだが、トランプ大統領の「ロシア疑惑」(他の政策も含み)を正々堂々と追求している議会やマスコミが示している「民主主義」精神と比べて、何ともやり切れない思いを強くした
 どう見たって獣医学部の新設に関して、安倍首相以下の蓮中が首相自ら「腹心の友」と言っている人物が理事長をしている加計学園に「便宜を図った」ことを必死で隠蔽しようとしているとしか思えない今回の出来事、集中審議における「口裏合わせ」の答弁を聞いていて、僕としては怒り心頭に達したが、それと同時に「平成の治安維持法」である「共謀罪」が強行採決で通ってしまったことを考え合わせ、僕らの未来がどうなるのか、憂鬱にならざるを得なかった。
 それにしても、何度でも言うが、そんな安倍内閣に「50%」前後の支持率を与えている「目先の利益」しか考えず、「百年の大計」を生き方に反映させない国民(日本人)に、もどかしい思いを禁じ得ない。

 今、先の黒川創の長編を読み進めながら、昨年の2月になくなった「団塊の世代」を代表する作家津島佑子の「3・11フクシマ」後に書かれた二つの長編『ヤマネコ・ドーム』(講談社刊)と『ジャッカ・ドフニ――海の記憶の物語』(集英社刊)や短編集『半減期を祝って』(講談社刊)、エッセイ集『夢の歌から』(インスクリプト刊)などを読み、次の本『原発文学史・論』(仮題)の一章にすべく書き進めているのだが、「未来」を見据えながら「生命」の有り様を考え続けてきた津島佑子の精神(思想)に思いを馳せると、昨日国会で繰り広げられた論議の「姑息さ」「矮小さ」に呆れざるを得なかった。現実の酷薄さ、と言ってしまえばそれまでだが、どうしてもともっと「長い射程」で物事を考えられないのか、つくづく自分の「無力さ」を感じざるを得なかった。
 「嫌な時代」だが、何とかしなければ、と痛感した一日であった。
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民主主義の危機(4)――あまりに「姑息」=厚顔無恥な安倍政権

2017-06-11 05:20:38 | 仕事
 安倍首相(夫妻)の関与は明らかとしか言いようがない一連の森友学園問題、加計学園問題に対する安倍政権の対応を見ていると、つくづく「民主主義の危機だなあ」と思わざるを得ない。何故なら、僕は民主主義の基本は国民全て(当然、政治家も含む)が「対等・平等」の関係にあり、いかに「個人の自由」が保障されているか、にあると思ってきたが、森友・加計問題に対する政府(安倍首相、菅官房長官、文科省大臣、等)の対応を見ていると、その民主主義の基本である「対等・平等」と「自由」が著しく損なわれていると思われるからである
 また、そのような「民主主義の危機」は、この欄で再三再四言ってきた政権を担う人たちの驚くべき「言葉の軽さ」にある。前文科省事務次官の前川氏や現役の文科省事務職員が「文科省内に存在している」と証言している、加計学園が目論んできた今治市での獣医学部新設に関して「首相の意向や関与」があったとする文章に対して、「怪文書だ」「出所不明だ」とか、「私は関与していない。首相の首をかける」とか、あるいは「文科省内のその文章があったかどうか、確認できなかった」と言い張ってきた首相の腰巾着・菅官房長や安倍首相、文科省大臣が、80%以上の国民が「おかしい」「首相官邸の関与があったのではないか」と言い始める(世論調査の結果)と、一転して「徹底した再調査を命じた」、とこれまでの「シカト」は何だったのかと思わせる対応振りを見せたが、この対応は、余りにも国民を「愚弄した」姑息=厚顔無恥な、としか言いようがないものであった。

 政治家の言葉は、よく「二枚舌」と言われてきたが、この加計学園問題(森友学園問題に関しても同じ)に対する安倍政権の「二枚舌」は、余りにも「国民を馬鹿にした」もので、酷すぎるのではないか。
 同じことは、国会審議(論戦)において安倍首相が発する「印象操作」という言葉の頻発についても言える。前文科省事務次官や現職の職員の「証言」によって、首相自ら「腹心の友」と言っている加計学園理事長加計光太郎氏の計学園が今治市に計画していた獣医学部の新設可能になったのではないか、そのことに対する「証拠」はたくさんあるが、真偽はどうなのか、との野党の質問に対して「印象操作だ」という言葉しか発しない安倍首相だが、本当にこの人の言葉は「軽く」、「レッテル張り」が好きである。本当に「お馬鹿」=厚顔無恥なのではないか、と思わざるを得ない。
 しかし、考えてみれば、そのような「お馬鹿」な首相に対して、連立を組んでいるからという理由で何の批判もしない「平和と福祉の党」公明との面々も、情けないとしか言いようがない。安倍首相のの言動や振る舞いを「おかしい」と思わないのだろうか、不思議で仕方がない。まあ、もっともかつて創始者と二代目が治安維持法で逮捕拘禁された経験があるにもかかわらず、平成の治安維持法といわれる共謀罪に賛成し、成立に手を貸している公明党だから、安倍首相の「おかし」な言動に対してノーが言えないのだろうが、本当に非道い情況である。加計学園問題に対して公明党も同罪である。
 同じように、首相らの「軽い言葉」に騙されて長い間「50%」――この「50%」という支持率に関して、インターネット上では「支持率20パーセント」「不支持率「80%」になっていて、ずいぶんと落差があるが、どちらが正しいのだろうか――を越える支持率を安倍首相に与えてきた国民も、また同罪である。 
本当に嫌な時代になってきた。
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民主主義の危機(3)――権力の私物化、これぞファシズム

2017-05-31 11:03:44 | 仕事
 加計学園問題に関して、権力に阿る=なびくばかりの幹部官僚が大井中で、腹をくくったような今年の1月まで文科省の次官を務めていた前川氏による加計学園の獣医学部設置に関して「首相の意向があった」、「官邸の最高レベルが言っている」、「総理は言えないから私が言う」などという証言に対する、「傲り」の頂点にあるとしか思えない安倍政権の対応を見ていると、「怒り」というより、「呆れてものが言えない」としか言いようがない。
 いくら野党が「前川氏を証人喚問に」といっても、政権総ぐるみで「その必要がない」というばかりで、前川氏が示した文科省内部で流れていたという「8通の文章」についても、「幹部に聞いたが確認できなかった」というばかりで、前川氏が「普通に調べればすぐに見つかる文章だ」と言っているのに再調査をする気配さえ見せないその態度(やり方)。
 これは、国連の特別法国間が、自公と維新の絵画強引に成立させようとしている「共謀罪」に対して、「表現の自由を冒すものだ」「人権に配慮していない」と言っているのに、これは国連の意思ではなく、個人の意見に過ぎないとして、謙虚に他者の意見を聞く態度を持たないのと同じ政治のやりかたで、さらに言えば、先ほど終わったG7の会合で国連の事務総長と会談した安倍首相が、国連事務総長は慰安婦問題に関する日韓合意について日本側の主張を認めた、と報告したが、韓国のメディアや国連の報道官に拠れば、事務総長は合意したのではなく「二国間で協議して解決してくれ」と言ったのだという。もし国連事務総長の対応の法が正しいとするならば、安倍首相は「嘘を言った」ことになる。安倍首相は、何でも自分の都合のよい方に解釈する(嘘をつく)ことを繰り返してきたが、国際社会においても自分の都合のよいように解釈し、それを国民に報告する。僕らは、とんでもない政治指導者を持ったものだと思うが、もうこれは「独裁(ファシズム)政治」としか言いようがない
 自民党には、こんな横暴な総理・総裁に対して、「異議申し立て」をする硬骨漢はいないのか。更には、「平和と福祉の党」を看板に掲げる公明党の国会議員たち、どんなに甘い汁を飲まされているのか、安倍ファシスト首相に反対する議員はいないのか。
 そしてまた、繰り返して言うが、そんな自公政権に「支持率50パーセント」を与える国民もまた「愚か」としか言いようがないが、日本の民主主義がますますおかしくなっていること、加計学園問題は一挙にそのことを白日の下に晒すことになった。
 それにしても、そんな自公政権を後押ししているのが「北朝鮮」であること、このこともここではっきり指摘しておきたい。「戦争がしたくて仕方がない」安倍ファシスト首相に、ミサイル発射実験を繰り返して「戦争への口実」を与えているとしか思えない北朝鮮(金正恩)の態度、安倍首相が彼らの動きを理由に安保法制(集団的自衛権行使容認)や共謀罪など一連の日本国憲法や基本的人権を無視した政策を推し進めていることを、北朝鮮(金正恩)は知らないのか。 
 これも本当に困ったことだ。strong>
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民主主義の危機(2)――究極の腰巾着・菅義偉官房長官

2017-05-26 10:30:50 | 仕事
 森友学園問題に引き続いて、安倍首相(夫妻)の「傲り」と「不誠実さ」を象徴する加計学園問題が起こり、「共謀罪」の衆院での強行採決と相まって、多くの国民が「政治不信」を募らせ、また国民の多くがそのような政治状況に「怒り」を隠さなくなっているにもかかわらず、維新の会を味方につけた自公政権の「内部」は全く波風が立っていないように見えるのは、どうしたことなのか? 僕には、全く理解できない 
 特に、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っていること」があって初めて実現した加計学園の愛媛県今治市における獣医学部の新設問題は、誰がどう見ても政権の屋台骨を揺るがすような、首相の横暴(権力乱用)が明らかになった事件なのに、自公政権内では「良識」(正論)が通じないのか、大学の新学部設置などを主管する文科省の内部で、安倍首相(とそれを取り巻く権力亡者たち)の「意向」が直接的に反映したことを示す文章が何通(8通)も出てきたというのに、安倍首相の見事なまでの「腰巾着」ぶりを示してきた氏が官房長官が、何も確認しないまま最初に「それは怪文書の類だ」と言ったものだから、以下の松野文科大臣も、また国会議員になった当初は「弱者」の味方だと思っていた「ヤンキー先生」こと義家文科副大臣も、「そのような文章は確認できなかった」と、しらを切り通す始末。
 それほどに自分が獲得した(おこぼれに預かった)地位を守りたいのか、それとも心から「極右政治家」を代表する安倍晋三首相を信奉しているのかわからないが、首相(自公政権)を「守りたい」という気持しか伝わってこない、呆れた答弁しかしない安倍自公内閣の面々。彼らに「自浄作用」を求めるのは「蛙の面に小便」に等しい願望だとは思いつつ、何とも「虚しい」気持を禁じることができない。
 このような安倍首相(夫妻)に関わる加計学園問題についての対応は、文科省内で作成されたとされる「総理の意向」等の文面がある8通の文章は「本物だ」と断言した前川前文科省事務次官に対する政府(官邸・内閣)の否定・批判(安倍首相や菅官房長官)にも共通するもので、自分たちを批判する者は絶対許さない、認めないという「頑なさ」によって、実はそのような文章の存在を認めている、と僕たちに知らせるようなものになっている。
 また、国会議員に「良識」を求めるのは、いまさらとも思うが、それにしても「文科省内に出回っていた8通の文章」を「怪文書」と断じ、また前川前文科省事務次官の証言に対して「人格批判」としか思えない出会い系バー通いを持ち出して存在自体を否定するような菅官房長官の記者会見におけるあの「冷たい」、何が何でも安倍首相(夫妻)を守ろうとする態度は、何なのか。彼は何が望みで、あのような国民を「愚弄」する発言などを平気で繰り返すのか。
 菅官房長官のプロフィールを見れば、1948年12月生まれだから、今年の暮れで68歳になる朱運選挙7回当選のベテラン議員(政治家)である。しかも学歴を見ると、苦学して法政大学の法学部を1973年に卒業したとある。1973年卒業ということであれば、早稲田大学と並んで学生運動の中心であった法政大学で彼は何を学んだのか、と思わざるを得ない。また、苦学生の彼は、毎日のようにキャンパスで開かれていた学生集会をどのように見ていたのか。今や日本を代表する保守(右翼)団体「日本会議」のメンバーが菅官房長官と同世代の、当時「生長の家」の信者だった学生たちによって担われていたことを考えると、菅官房長官も法政大学の学生時代はその類の学生だったのか、と思いたくもなるが、安倍首相の「戦後レジュームからの脱却」「憲法改正」などといった威勢のいい空語を本気で信じて、彼の忠実な「ポチ公」になっている真意は何なのか、本当によく分からない。 まさか「影の総理」を気取っているわけではないと思うが、「スガスガしさ」が全く感じられず、いつも「何か魂胆がある」と感じさせるような彼の会見を見ていると、正直言って「胸糞が悪くなる」。そんな「感じの悪い」菅「腰巾着」官房長官が内閣の要となっている安倍政権には、もう退場してもらうしかないのではないか。切実にそう思う。
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