黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

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新々・武漢便り(1)――変わり続ける武漢

2013-08-31 10:17:40 | 仕事
 8月29日(木)、予定通り夕方六時半「猛暑」の武漢を実感しつつ、宿舎に到着。いよいよ、これから約三ヶ月の武漢暮らしが始まるのだと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになるが、それはそれとして、四月末に帰国してから四ヶ月、外から見る武漢の街は、相変わらず変貌し続けている。
 古い建物は壊され、その後に高層ビルが建つ。これは武漢に来るようになってからずっと「変わらない」光景だと思っていたのだが、それは僕の勘違い(思い違い)で、今度四ヶ月ぶりに武漢に来て、はっと思ったのは、「クラッシュ アンド ビルド」の現場が市外から市街地へ移ってきている、ということである。今回、空港から宿舎(大学)まで、これまでと同じようにタクシーに乗ったのだが、「何か風景が違うな」と思ったら、それは今まで何回か見慣れた「古い」ビル群が壊され、そこに何棟もの高層ビルが建ち始めていたからであった。中国(武漢)の建設、というのは、壊すのも建てるのも「早く」、実際はビルの大きさによっても異なるのだろうが、例えば僕が4月末に武漢を離れる際には足場が君であった高層ビル(隣接する高級デパートが「増床」するのだという)が、もうすでに外壁の化粧工事の段階になっていて、突貫工事をしている風には見えないのに、こんなに早くビルは建つんだ、と思ってしまった。
 武漢は、昨年12月に「地下鉄2号線」(初めての地下鉄なのに、何故「2号線」なのか、よくわからない。学生に聞いても、分からないという返事が返ってきた)が開通して、交通渋滞がいくらか「緩和」されたと言うが、「交通ルール」の無視から生じる交通渋滞は相変わらずで、モータリゼーションの波は、変わらないようである。地下鉄の開通に伴って、街並みが「きれいになった」のには、びっくりした(もちろん、裏道にはいると相変わらず、ゴミがポイ捨てされている状態は変わらないが)。
 前にも書いたことがあるが、武漢(中国)の「車事情」について書いておくと、武漢(中国)で第1人気の車はドイツ車(ベンツやBMW,など)で、次はトヨタ車を初めとする日本車で(中でもトヨタのカムリは、高級車として「あこがれの的」になっている)、昨年の「尖閣諸島・国有化問題」に端を発した「半日デモ」などの影響で、日本車の購買は少し落ち込んだようだが、今はまた回復しているとのこと。日中間の「政治=外交」が冷え込んでいる現状を見ると、ここから日中間の「政治」と「経済」のずれを見ることもできるが、「車」だけでなく、あらゆる分野に置いて「中国(経済)」を無視しては成立しない現代(経済)世界の「グローバル化」に対して、偏狭な「ナショナリズム」(これは、日中双方に言えることである)ではとうてい太刀打ちできないことを、改めて僕らは考えなければならないのではないか、とここ武漢に来て強く思った
 それにしても、4ヶ月留守にしていたら、なんだか「島流し」に成っていたような気持ちになるのは、何だろうか。昨日、「ビザの更新」(これが大変。「お役所仕事」の典型で、担当者は「自分は責任を取らない」姿勢を貫徹させ、すべて「上司」の指示を仰ぐために、時間がかかることかかること)を手伝ってくれた学生と、「お礼」の食事に、件の高級デパートのレストラン(バイキング方式)に行ったのだが、僕が4月に去ったときには、改装中だった1階のフロアーが、すべて時計、化粧品、洋服、等々の「高級ブランド」(欧米・日本の)の店になっていて、そのようなブランドに全く関心のない僕でも、目を見張るばかりの状態になっていた。
 この高級デパートの在り方は、まさに現在の中国が「格差社会」(「貧富の差」の拡大)であることの証左なのであろうが、それにしても、「富裕層(貧困層)の拡大」は明らかに中国の未来が決して明るいものではなく、何らかの「大きな問題」をもたらすと思われるが、指導部(習近平氏ら)は、どのように対処しようとしているのか、興味あるテーマである
 なお、これは十分に視聴していないので、即断できないが、沙年9月に訪中したときには、どのチャンネルでも放映されていた日中戦争を題材にした「反日ドラマ」が、これまで僕が見た限りでは1本しかなく、これも中国の「変化」かな、と思った。

 なお、実は、この記事は、昨日(31日)の午前中に書いたのだが、3分の一ぐらい書いたところで、たぶん「インターネットが切断」したためだと思うが、1日中送稿できず、今日(9月1日)の朝になって、ようやく「回復」したので書き直し、「投稿」したものである。武漢で、インターネットの「切断」はよくあることで、昨年も3回経験した。理由は分からない。サーバーの不具合だ、というのが事務方の説明である。
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三度、武漢へ

2013-08-28 04:48:57 | 仕事
 明日(29日)早朝、3度目になりますが、武漢に参ります。
 4月の末に帰国してから4ヶ月、尖閣諸島の国有化に端を発した「反日デモ」が吹き荒れていた時期から1年、中国はどのように変わったのか、あるいは変わらないのか。
 限られた情報を元にするものですが、「外側」から日本を見るとどのように映るのか、「日常生活」の中から手に入った中国(武漢)の最新情報を交えて、またこの欄に「武漢便り」を書こうと思っていますので、どうぞよろしく。
 なお、昨年の9月から始まった1年間の「中国(武漢)体験」については、「中国体感・大観―葦の隋から中国を感じる・考える」というタイトルで『大法輪』に書きました。たぶん9月号から3回(上中下)にわたって連載になります。興味のある人は、本屋の店頭や図書館などを利用してお読みいただければ、と思っております。
 では、まだまだ「猛暑」が続くという武漢に言って参ります。
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補遺2・苛立ちの原因は?――この国の形が見えないこと 

2013-08-22 15:48:53 | 近況
 島根県の松江市教育委員会が、先頃亡くなった中沢啓治の原爆マンガ『はだしのゲン』に「閲覧制限」をかけたというニュースを聞いて、暗澹たる気持にさせられた。理由は、まさにこの「事件」が「この国の形が見えないこと」を象徴していると思ったからである。つまり、「市民の声」という、本当か嘘か分からない(真に「市民の声」なのか、それとも昨今流行りの「市民」の名を騙って反「民主主義」的な言動を行う連中の「声」なのか、その実際は分からない)ものに惑わされて、あるいは惑わされた振りをして「思想・表現の自由」を制限する。まさにこれは「大衆の意向」ということでファッシズム的政策を推し進めた「ナチの手口」そのものであり、麻生太郎という漢字もろくに読めない副総理が「憲法改正」に関して「ナチの手口に学んで」と言ったことは、実は地方レベルでは「先取り」しているということの好例なのではないか、とも思う
 この『はだしのゲン』の「閲覧禁止』問題のニュースに接し、思い出すのは、1970年代の後半だったと思うが、愛知のある「保守色」の強い地域で、大江健三郎の不朽の「反核」ルポルタージュ『ヒロシマ・ノート』(65年刊)に対して、今回の『はだしのゲン』と同じような理由「政治的色合いが強い=反核思想が強調されている」で、その地域に存在する高校の図書館から消える、つまり「禁書」扱いにされ、図書館では貸し出しは元より読めなくなったという事件である。この時は、教職員組合がこの事件を問題視し、何年か後であるが、愛知県の高校生は高校で『ヒロシマ・ノート』が読めることになったが、「市民の声」、あるいは「草の根の声」という名のファシズムが罷り通っているのも、政権を担う人たちがその保守的(右翼的・国家主義的)傾向を隠そうとせず、いかにもそれが「正統・正義」であるかの如く憲法を拡大解釈して、「集団的自衛権の行使を認める」とか、「陸上自衛隊に(他国への侵攻作戦に必要な)海兵隊機能を持たせる」とか、「戦争」を前提とした論理を弄んでいるからに他ならない。
 つまり">、「権力」の側に身を寄せたり、顔色をうかがったりする連中の常套手段は、「権力」の思惑を先取りして「ご機嫌伺い=ゴマをする」ことで、そのことで「保身」を計るというものである
 今の安倍自民党政権が「数を頼り」に、あの問題の「ナチの手口を学べ」発言についても、全く見当違いの、子供にだって理解できる「論理のすり替え」で終わり、にしてしまったことからも分かるように、国会の「議論=質疑応答」を行わないで全て処理してしまう、それこそ「ナチの手口」に倣ってことを済ませてしまうような権力の在り方、まさに僕らは「民主主義」の危機を迎えているのかも知れない
 それで思い出すのが、何日か前、ちょっとした捜し物があってネットの「人気ブログ」一覧というのを見ていたら、何と上位に、明らかに「ネット右翼」のブログとおぼしきものが2つも3つもあり、これも何日か前「ネット・ウオッチャー」の中川淳一郎が東京新聞に書いていたのだが、例えば麻生副総理の「ナチの手口に学べ」発言などがあったとき、マスコミが「麻生発言は問題だと思いますか?イエスかノーで答えてください」などという「調査」があった場合、自身のブログやフェイス・ブック、ラインなどで、「問題ない」と回答せよ、と呼びかけ、ブログの読者(「ネット右翼」と言われる若者たち)は、それに応えるのだそうである。前からおかしいなと思っていたのだが、どう考えても問題があると思われる、例えば橋下大阪市長の「従軍慰安婦」発言に関しても、「橋下は正しい」とする回答が多数寄せられた事実があり、その「便利さ」と共にネット社会(匿名者が大手をふるって他者を批判しても許される社会)の「危うさ」も感じていたのだが、一部の人たちによって「世論」が形成される(ように見える)社会が「健全」でないことは確かなことで、僕らは「未来」は大きな仮題を背負っている、と言えるかも知れない
 たぶん、世の中全体が「鬱屈」しているから、このような現象が頻繁に起こるのだろうが、「鬱屈」を内にためている間は、まだいいとして、それが外に向かったとき、あのいかにもいやらしい「在特会」の「ヘイト・スピーチ」となって発現するとしたら、なんともやりきれない。
 そして、「この国の形が見えない」ことに関するダントツな現象は、福島第一原発の「汚染水漏れ」だろう。汚染水の漏れた量も、当初の「120リットル」が「300トン」になり、そのそのセシウムだけでなくストロンチウムも含む高濃度の汚染水が「海に流出」したかも知れないという、東電の発表、これはいかに原発がいい加減な「管理体制」の下にあるか、また電力会社がいかに「無責任体制」のまま「暴利」をむさぼっていたか、を明らかにするもので、「原発再稼働」などもって他であることの証に他ならない。やってられない、というのが正直な感想である。
 なお、最後に、僕は『はだしのゲン』について、80年代の初めにだが論じたことがあり(現在、その論文は『原爆とことば――原民喜から林京子まで』三一書房刊や『日本の原爆記録』第16巻に収録されている)、そこでは半ば中沢啓治批判を行っていることを付け加えておきたい。興味のあるかたは、是非一読を。
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補遺・苛立ちの原因は?――この国の形が見えないこと 

2013-08-18 09:57:52 | 近況
 何故「苛立ち」が消えないのか、このところ同じことばかり考えていたのだが、15日の「敗戦記念日」に恒例行事として行われた「全国戦没者追悼式」における安倍首相の「式辞」を聞いていて、その理由の一端が明確になってくるような気がした。
 「式辞」の内容が判明した後、各種のメディアが一斉に報じた「(式辞には)反省と追悼の言葉がなかった」ということに関連するのだが、現在の日本を牽引する安倍首相の思想――安倍氏自身は、どうやら「愛国」という何とも古色蒼然とした「感性」だけで、あとは祖父と父親の「七光り」によって頂点まで上り詰めた政治家であって、実は「ウルトラ保守」の思想を持った「ブレーン」が彼の言動を指南しているのではないかと思われる――を、例えば今回の「式辞」や広島・長崎の「原爆忌」における「言葉」を読み上げているときの顔を見ていると、「心、ここにあらず」という印象を受け、自分は「ヒロシマ・ナガサキ」の犠牲者や戦争における犠牲者に対して何も考えていないのに(感じていないのに)、「仕方なく」誰かに言わされている、といった感じしか受けないのである
 もちろん、事前に十分な「レクチャー」を受けて「式辞」などを読んでいるのだろうが、先のアジア太平洋戦争において、日本人が兵士と民間人合わせて約310万人が犠牲になり(ヒロシマ・ナガサキの被爆者を含め負傷した者を加算すれば、数はさらに多くなる)、またアジア各地で約2000万にもの人が犠牲になった「厳正なる事実」を直視すれば、日本がよその国(中国)で戦争を始め、そして米英宣戦布告した太平洋戦争を始めたことによって、そのような多くの犠牲者を生んだことに対して、「反省」し、「哀悼の意」を表するのは、人間として当たり前のことだと思うのに、安倍首相はその人間としての最低の「心」さえ封じて、恬として恥じない。あの「式辞」などを読むときの「無表情」が意味するもの、それはおのれの内部(心)に「反省」も「追悼」の言葉(気持)もないからであって、少しでも「人間的な感情」があれば、たとえ先のアジア太平洋戦争が「侵略戦争」でなかったという持論を持っていたとしても、死者(犠牲者)に対して「哀悼の辞」を表し、そのようなことを起こしてしまったこと(その責任の一端は、祖父の岸信介にもある)に対して「反省」するのではないか。
 だから、「反省」も「哀悼の辞」も表さないのは、安倍首相には普通の人間が持つ「感情」がないのではないか、と思う所以である。僕らはとんでもない「ロボット」のような人間を首相にしてしまったのである。「恐ろしいな」と思う。繰り返し言うが、戦前の、例えば石川達三の『生きてゐる兵隊』(1938/昭和13年)にしろ、火野葦平の『麦と兵隊』(同)にしろ、多くの「戦争文学」が戦争によって悲惨な目に遭うのは、「民衆」であることを伝えている。
 そして、「憲法(第9条)改正」やら「集団的自衛権の行使容認」(解釈改憲)やら、安倍氏はどうしてもこの国を「戦争のできる国」にしたいらしいが、明治時代や昭和(戦前)時代とは違って、もし現代において「国と国」とが本格的に戦争を始めたら、双方とも「破滅」しかないこと、それは各国(例えば、自衛隊が仮想敵国としている中国・北朝鮮・ロシアなどの東アジア)の「軍備」を見ただけで、すぐに理解できると思うのだが、安倍首相に日の丸の旗を振って「右傾化=戦争への道」を煽っている若者たちは、もし戦争が起これば、自分たちが「兵士」として戦場の露と消えることだけでなく、家族も友人・知人たちも「犠牲になる」ということを想像できないのだろうか。それとも、自分たちだけは「戦争」から逃れられるとでも思っているのだろうか
 その意味でも、もし僕らが「戦争のない、平和な未来」を眺望するならば、残された思想は「共生の思想」しかない。「共存共栄」の思想と言い換えてもいいが、各国の指導者及びその国の国民が「共生の思想」こそ未来を保障するものだと堅く思い定めれば、「領土問題」(尖閣諸島や竹島、北方4島)などで争うことなど亡くなるはずである。「領土」問題を引き起こす海に浮かび島々については、かねてから言っているように、関係各国が「共生の思想」に基づいて「共有」し、そこから得られる資源については、「話し合い」で分け合えばいいのである。
 さらに「共生」の思想について言うならば、軍用ヘリの墜落事故及びオスプレイの追加配備で改めて「本土=ヤマト」でクローズアップされるようになった「沖縄」問題についても、「日米安保」という「不平等条約」に盲従してアメリカの言いなりになっているのではなく、「対等のパートナー」を気取るのであれば、「集団的自衛権の行使容認」などといってアメリカに媚びを売るのではなく、ほとんど存在価値のなくなった(日米双方とも、極東地区の「平和」維持のためには沖縄の米軍基地は不可欠だと強調するが、沖縄の基地に海兵隊が常駐していないことからも分かるように、軍事専門家の中には、沖縄における米軍基地の存在価値は相対的に下がっている、と言う者もいる)沖縄から米軍基地を撤去する方向に働きかける方が、いかに極東の「平和」に貢献するか、ということがある。
 いずれにしろ、現在のように「危うい国」へと梶を切るのではなく、遅々としてでもいいから「戦争をしない国」をいかに維持していくか、そしてそのためには「共生の思想」しか残されていないこと、そのことを僕らはもう一度肝に銘じるべきなのではないかと思う。
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苛立ちの原因は?――この国の形が見えないこと

2013-08-15 04:51:56 | 近況
 8月6日のヒロシマ忌に始まって今日15日の「敗戦記念日」まで、この「熱い8月」の間、「栗原貞子の文学」(32枚)を書き、また10日に岩手県北上市の「現代詩歌文学館」で開かれた近代文学会北海道・東北地区研究集会で、「3・11と文学――私たちが今なすべきこと」と題する講演を行い(家の事情で、本来なら1泊すべきだったのだが、前橋市と北上市の間を日帰りという強行軍であった)、さらには先月の半ば過ぎから書き始めていた「現代の中国体感・大観――葦の隋から中国を感じる・考える(上・中・下)」(48枚 「大法輪」9月、10月、11月号の予定)を書きつつ、ずっと考え続けてきたのは、何故安倍政権が誕生して以来胸の奥から消えない「苛立ち(焦燥感)」の本当の理由(原因)は何なのか、ということであった。
 もちろん、現象的には、この欄で何度も書いてきたように安倍晋三首相個人及び内閣(政権)がますます「右傾化」の傾向を強める一方で、本来ならそのような政権の傾向に対して「歯止め」となるべき野党がバラバラである現状が、僕の苛立ち(焦燥感)を胸内から消してくれない理由(原因)と考えられるが、しかし、安倍政権の「右傾化」問題について、それはそれで問題であるとしても、別なところに真の理由(原因)があるのではないか、と考え続けてきたのである。
 そして、昨夜(昨日は、僕の家と家人の家のお墓参り、そして入院中の義母を見舞ってきたので、大変疲れていたのだが)就寝前に「そうか」と思ったのは、右傾化を深めつつある安倍自民党政権は「日本を取り戻す」などと言い続けてきたが、その「日本」がどのような「日本」なのか、その具体的な像が全く伝わらないということに加えて、その「日本の将来」像もまた全く見えてこないからに他ならない、ということであった
 つまり、安倍首相の言う「取り戻すべき日本」とは、何時の時代の日本のことなのか。どうも昨今の言動からは、薩長(山口と鹿児島)が権力の中枢を濁り、日本という国家を自在に扱っていた明治時代――この時代は、「脱亜入欧」(福沢諭吉)という近代化論に支えられた「征韓論」に始まって、日清・日露という対外戦争によって彩られた時代であった――をイメージしているようにも、また「A級戦犯」であった祖父の岸信介が内閣の一員を勤めた東条英機内閣時代――周知のように、泥沼の太平洋戦争を牽引した軍人内閣――のような日本を遙かに思い描いているかのようにも見えるが、いずれにせよ、安倍首相の言う「強い日本」の根底に「強い軍隊」に支えられた日本が存在するように思われる。言い方を換えれば、「軍事大国化」を目指し、その「強い軍事力」をバックに「強い経済大国・日本」を建設していくという、どう考えても「アナクロニズム」としか思えない「暗い意思」によって支えられた国家ということになるが、安倍首相の思い描く「日本」とは、まさにそんな「未来を閉ざした」思想によって構想されているものだ、と推測できる。
 「憲法改正は私の歴史的使命」と言い、祖父岸信介の同類であった「A級戦犯」が祀られる靖国神社への参拝を必死で思い、歴代自民党内閣さえ憲法上許されないとしてきた「集団的自衛権」の行使を「憲法解釈」によって可能としようとする安倍首相、これはまさに戦後日本の「平和と民主主義」をを完全に否定し日本を破滅に導く「戦争への道」でしかないが、果たしてそんな「破滅的」な国家像を持つ人間にこの国を任せてしまっていいのだろうか、と思わざるを得ない。また、昨日(14日)の東京新聞には、航空自衛隊が「集団的自衛権の行使」を先取りしたような米軍との共同訓練を行っていたというニュースがあったが、その前の「専守防衛」の枠を超えるような「空母」を思わせる戦艦「いずも」の進水式についてもそうだが、安倍政権の誕生に合わせたように、北朝鮮や中国を仮想敵国として軍備を増強し続ける自衛隊の在り方、そんなに戦争がしたいのか、とも思わざるを得ない。 こんな安倍政権を誕生させてしまったのは、僕ら国民の責任でもあるが、そのことについて、今からでも遅くないから、何としても「戦争への道」を阻止することを考えなければならないのではないか
 そして、どのような「国の形」がもっとも望ましいのか、みんなで考える必要があるだろう。
 今日は「敗戦記念日」、二度と300万人以上が犠牲となったアジア太平洋戦争のようなことを起こさないために何ができるか、もう一度原点(戦後の平和と民主主義思想を基底にした国家建設)に立ち返って、みんなで考えよう
 
 
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「ナガサキ忌」に考える

2013-08-09 08:00:52 | 仕事
 今日8月9日は「ナガサキ忌」、68年前のこの日11時2分、長崎市浦上の上空でプルトニウム爆弾(広島の場合はウラン爆弾)が破裂し、7万人余りが犠牲となり、それと同じぐらいの被爆者が生まれた。僕の敬愛する被爆作家林京子さんも、15歳の誕生日を目前に控えたこの日、学徒動員中の三菱兵器大橋工場で被爆した。その被爆の様子については、文壇的処女作であり群像新人賞と芥川賞をダブル受賞した『祭りの場』(75年)に詳しいが、忘れてならないのは、広島と長崎をを合わせて20数万人が亡くなり、それ以上の人が「被爆者」として戦後の時間を生きなければならなかった現実(事実)である。
 そのことを思うと、核武装化への道を開く、つまり原爆(核兵器)の材料であるプルトニウムを得るための「使用済み核燃料再処理工場」の稼働に執念を燃やし、その執念を隠すためにプルトニウムを主原料とする原発「もんじゅ」の稼働を何千億円の費用を掛けて「実験」しようとする政府及び「原子力ムラ」の人々は、フクシマを経験した今、何を考えて原発を推進しようとしているのか、僕にはその意図が全く分からない。別な言い方をすれば、原子力ムラの住人や政府の関係者たちは、連日報道される福島第一原発の「汚染水」の問題や一向に進まない「除洗」の問題が象徴するように、フクシマは未だに「収束」せず、地震列島に建つ全ての原発がもし東日本大震災級(あるいはそれ以下でも)の地震や津波を受けたら、フクシマと同じような状況に陥ることが明白であるにもかかわらず、何故原発の再稼働に邁進するのか、ということである
 僕はかつてあの吉本隆明から「経済オンチ」と言われた人間で,確かに「経済」の専門家ではない。マルクスの『資本論』もきちんと読んだわけではなく、かじった程度で、後は「入門書」程度の経済に対する知識しかない。しかし、その経済に「素人」の僕が見ても、自民党政府が推し進めようとする原発再稼働は、自民党を積極的に後押ししている「経済界」からの要請の基づくものであり、決して彼らの「政治哲学」から生まれたものではない。「経済」の最大原理(論理)は、いかに金儲けをするかであって、それ以上でもそれ以下でもない。つまり、「今」さえよければ(金儲けができれば)、後は野となれ山となっても知ったこっちゃない、というのが経済の原理(論理)だということである。
 だから、フクシマが一向に「収束」の兆しを見せない状況にあるというのに(汚染水の処理もできなく、「廃炉」については全くメドが立っていないというのに)、東電は中越地震で相当な被害を出した柏崎刈羽原発の「再稼働」を申請しようとしているのだろうが、僕から見ると、原発再稼働を急ぐ人たちは、「電力不足」を恐怖するあまり、1種の「集団ヒステリー」に掛かっているのではないか、と思える。言い方を換えれば、彼らは皆未来への志向を欠いた「刹那主義=ニヒリズム」に陥っているのではないか、ということである。
 そして、彼らには子供や孫がいないのだろうか、と思ってしまう。冒頭に書いた林京子さんの短編に、一人息子が小さかった頃、「被爆二世」の息子に「原爆症」が現れるのではないかと心配する余り、虫歯を抜いたとき、転んで膝をする向いたとき、「血が止まらないのではないか」と本気で心配したという話を書いたものがある。「被曝」=放射能の問題は、今富雷を生きる全ての人間の問題であって、現在の大人は子供や孫の未来についても考えて「現在」を律していかなければならないのだ、と僕は思っている。だから、フクシマによって被曝した周辺住民のことを被爆者である林さんの小説内容と重ね合わせれば、どう考えても「原発再稼働」など有り得ないと思うし、安倍晋三首相をはじめとする原発推進派が陥っている「刹那主義=ニヒリズム」の深さに思い至らないわけにはいかない、というわけである。
 安倍さんは「美しい日本を取り戻す」と言ったが、フクシマの収束が後何年かかるか全く不明で、にもかかわらずこの狭い日本が「再稼働」によって原発列島と化することを考えると、思わず「馬鹿野郎」と叫びたくなってしまう
 今日はそんな日ではなく、ナガサキの犠牲者と被爆者を深く悼む日なのに、ヒロシマ忌の8月6日にも「原発再稼働」を口にした安倍晋三首相の、いかにももっともらしい顔を思い浮かべると、ついつい乱暴な言葉を口にせざるを得なくなる。
 
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ヒロシマ・原爆の日に思う――安倍首相の「欺瞞」

2013-08-06 08:53:36 | 近況
 今日8月6日は「ヒロシマ・原爆の日」、例年のように、テレビで「平和式典」を見、そして新聞の「社説」や「<原爆特集>の記事」などを読み、「ヒロシマ・ナガサキ」について改めて自分の考えを点検し直した。それは、僕にとって、これまでも何回となくこの欄でも言ってきた「核と人類は共存できない」という思想の正しさの再確認と、一人の批評家・近代文学研究者としてどのようにしたら「反核・反戦」の思いを表現(批評行為)の中に生かしていけるか、ということの再点検でもあり、大江健三郎が『ヒロシマ・ノート』(65年)の『エピローグ』の中で宣言した「われわれには《被爆者の同志》であるより他に、正気の人間としての生き様がない」という覚悟を新たにする日でもある。
 それにしても、平和式典での安倍首相のスピーチは「非道かった」。テレビは、スピーチ前の彼の顔を何度も映していて、しかめ面とへの字に結んだ唇で、いかにも「深刻」そうにしていたが、話す内容は何とも粗末な通り一遍のもので、原爆という核兵器の被害にあった「広島』に対する思いが全く感じられないものであった。安倍首相は、歴代の首相と同じように「非核三原則」を守ると言明したが、彼が実際にやっていることは、先頃、非核保有国が集まって「核の非使用」を決議した際に、同盟う国アメリカの「核の傘」の下に存在することを世界に向かって公言するように、「不参加」を表明して、「核の使用」を認めたり、また原爆(核兵器)の材料であるプルトニウムの製造に欠かせない「使用済み核燃料の再処理工場」の存続を、「安全保障上必要」として決め、またフクシマが一向に収束しないにもかかわらず原発の再稼働を急いだり、安倍首相の「核」政策は、「核廃絶」とは裏腹の「核の容認」に他ならない。
 現に、今朝のスピーチからは、フクシマという言葉が一つも聞かれず、また原発という言葉も全く出てこなかった。たぶん、彼の頭の中では、今では「常識」になっている「ヒロシマ・ナガサキからフクシマまで」一続きの「核」問題であるという認識が全くないのだろう。こんな「核」に対して「無知」な人間にこの国の舵取りを任せてしまった僕ら(日本人)、改めて「危うさ」を感じる。
 安倍首相の「無味乾燥・無意味」なスピーチに比べれば、小学校6年生の男女が行った「平和の誓い」の方が、純朴なだけに余程身にしみる感じがした。彼らのスピーチからは、先の短い僕らと違う「未来」に責任を持つ者の自覚が感じられ、何時までも今日のような「健全な精神」を保持していって欲しい、と願わずにはいられなかった。
 テレビを見終わって、新聞に目を通して、「おやっ」と思ったのは、僕が見た「朝新聞」(特集欄)も「東京新聞」(社説)も、共に核問題に関して「原爆文学」の重要性を主張していて、長い間原爆文学について書き続け、先頃も「生ましめんかな」の被爆詩人栗原貞子について32枚の評論を書いた僕としては、「我が意を得たり」の思いであったが、フクシマに関してすでに多くの作品(小説や詩、短歌、俳句、評論)が生まれていることを考えると、持論としてきた現在は「原爆文学」から「核文学」へ移行しつつ時代、という考え方をもう一度点検して、「核文学」について整理していこう、との思いを強くした。
 今日を境に、是非多くの人が原爆文学(核文学)を読んで、核存在の被人間性について考えてもらえたら、と思う。
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「無知」と「傲慢」

2013-08-03 10:45:49 | 近況
 ここ1週間ほど、「栗原貞子生態百年記念誌」刊行会から頼まれていた原稿(「栗原貞子の文学」32枚、なお栗原貞子はヒロシマの詩人で、吉永小百合がこの時期になると朗読するようになってよく知られるようになった「生ましめんかな」の作者、10年前に90歳でなくなるまで一貫して「反戦・反核」を唱え続けてきた)に集中していて、世の中の動きは横目で見るだけだったのだが、参院選で「大勝利」した自民党(安倍晋三政権)がいよいよ「牙をむきだした」としか思えないこの2,3日の動き、「希望も持たず、安易に絶望もせず、リアルに生きること」の難しさを否が応でも感じざるを得なかった
 何よりも「憲法改正については、ナチスの手法を学んだらどうか」という麻生太郎副総理の発言に関して、麻生氏についてはこれまでも何回となく「失言」を繰り返したり「漢字が読めない」御仁であるから、彼の「無知」については今更、という思いもないではないが、そのような世界史(現代史)について全く無知な人間が一度は内閣総理大臣(首相)に選び、いままた財務担当の「副総理」として権力の中枢に置いておく自民党という政党の在り方、あるいはそのような「阿呆」な人間の発言に対して躍起になって「擁護」しようとする自民党議員たちの頭の中を想像すると、そこには「権力と利益」しか存在しないのではないかと思われ、この国の前途はどうなるのだろうか、と思わざるを得ない。
 おそらく「憲法改正」に躍起になっている安倍首相のことをおもんばかっての「失言」だったのかも知れないが、その「歴史認識」のいい加減さ、これは靖国神社に参拝する政治家たちが異口同音に「戦争で亡くなった人を悼んでどこが悪い」という詐術――何故心ある人や今上天皇、あるいは中国や韓国などの近隣諸国が首相や政治家の靖国参拝を非難するかと言えば、それは国民を泥沼の戦争に引きづり混み、かつアジア諸国を蹂躙した先のアジア太平洋戦争における「戦争指導者=A級戦犯」を「英霊」として靖国神社が祀っているからに他ならない。誰も戦争の犠牲者を悼む行為を批判(非難)しているわけではない――と同じ「稚拙な歴史認識」に基づくもので、ナチスが犯した「罪」を考慮しないで、憲法改正について「ナチスの手口から学べ」とは、本当に酷いものだ、と思う。
 もっとも、僕が麻生発言以上に「これは非道い・まずい」と思ったのは、麻生氏の発言に対してツイートした連中(どうも若い人たちのようだが)が、こぞって麻生発言について「全く問題ない」「その通りだ」と賛意を表していたことである。おそらくどこかの組織がそのような「動員」をかけての「賛意」ツイートなのだろうが、このことから改めてインターネット社会の「怖さ」を感じると同時に、麻生発言に「賛意」を表した人たちに対して、彼らもまた「歴史」に対して貧弱な知識しか持たず、そのような人たちがもしかしたら「また再びの道=戦争への道」を開いていくのでは亡いかとの思いを強くした。
 そしてそのような麻生発言に追い打ちを掛けたのが、安倍首相の「集団的自衛権の行使」を認めたい(それは、どう考えても憲法第9条に違反することだが)「強い意志」によって「内閣法制局長官」が交代したことである。何故安倍首相がこうまで歴代の内閣(自民党内閣・自公内閣)が認めてこなかった集団的自衛権の行使=対外戦争の容認にこだわるのかよく分からないが、法制局長官を換えてまで「憲法解釈」を変えようとする安倍首相の「黒い意思」。今更ながら、こんなことをさせるために国民は自民党に1票を投じたのではないと思うが、麻生副総理のようにナチス政権のやり方(手口)を学んで「憲法改正」を行おうとする自民党、何ともおぞまいいかぎりである。
 安倍首相や麻生氏に「反逆」「反対」するリベラルな自民党代議士はいないのだろうか。だとしたら、今の自公政権=政治こそ「ナチス政権」そのものなのではないか、とおもうが、どうだろうか。
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