黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

「大政翼賛会」=大連立、ついに成る。――「脱原発」はどうなる?

2012-06-27 04:15:04 | 近況
 「消費税増税法案」に反対した民主党員は、小沢一郎や鳩山由紀夫を筆頭に「57名」に達し、建前としての「マニフェストを守れ、消費税増税は公約違反」や小沢一郎らの思惑とは関係なく、自民・公明からは一人の脱落者もなく「見事に」大連立が成立してしまったことの「不気味さ」「恐怖」が勝ったのか、57人の造反がある種の「爽快感」をもたらしたことに、自身驚いている。
 それにしても、この大連立=大政翼賛会的な野合、自・民・公、それぞれの思惑があっての結果なのだろうが、これで国民生活が圧迫されるのは火を見るより明らかなこと、野田政権はどこへ行こうとしているのだろうか。
 中でも一番心配なのが、管政権が言明した「脱原発依存」の政策がどうなるのか、この「ウナギ」になりたい「ドジョウ」(野田首相)の意向は、大飯原発の「再稼働」にGOサインを出したときから分かっていたことだが、元々「原発推進派」の政治家の集まりである自民党とそれに同調してきた「平和と福祉の党」(皮肉です)公明党が大連立を成し遂げてしまったことを考えると、悲しいことだが、もう「脱原発」をこの政権に望むのは無理、としか思えない。
 こんなはずではなかった、という思いを誰もが抱いているのではないかと思うが、こうも「人に優しくない政治」を見せつけられると、「怒り」を通り越して、悲しく(情けなく)なってしまう。「リアリズム」に徹しなければ生きていけない現実生活を見つめながら、それでも「絶望の虚妄なるは、希望の虚妄なると相同じい」(魯迅)といった別なリアリズム(観念)を傍らに置かなければ、と思うのだが、自・公・民による「大連立」は、何とも口惜しい。完全に「国民不在」のこの大連立のツケを払うのは誰か。「フクシマ」のことを思うと、そのツケは確実に僕らの後の世代が払うことになるとしか思えないが、そんな「無責任」な態度でいいのか。
 しかし、僕らは「フクシマ」の避難民(被害者)――それは、沖縄・ヒロシマ・ナガサキを終結点とするアジア太平洋戦争の犠牲者に対するものと言い換えてもいい――への想像力を完全に欠いた現在の「政治」の在り方に対して、「悲観=絶望」ばかりしていていい訳ではない。それぞれが、自分の持ち場(立場)で、牙を磨き、「反撃の時」を待つという姿勢を、随所で見せる、権力を持たない僕らにできることはそれぐらいしかないのかも知れないが、いつか彼ら(具体的には大連立を実現してしまった自・公・民)の頭上に鉄槌を食らわせたい、とする気概だけは持ち続けたいものである。

言葉が軽い――「沖縄慰霊の日」の野田発言

2012-06-24 09:11:17 | 近況
 昨日(6月23日)は、1945年の4月から始まった沖縄地上戦が実質的に終結した記念すべき日であり、それに因んだ「沖縄慰霊の日」でもある。毎年、この日には時の首相が訪れて「式辞=演説」を述べることになっているが、今年の野田首相の演説は、つい最近事故を起こしたばかりのアメリカ軍のオスプレイが沖縄の海兵隊に配備される計画が迫っているという「緊迫」したときであるにもかかわらず、「先の戦争で多大な犠牲を払った沖縄が現在の安保体制にとって重要な位置を占めている」といった「一般論」でお茶を濁し、沖縄が抱えている経済的にも政治的にも「困難」な状況について、全く応えないものを支えている。「空疎」な言葉の羅列なのである。
 これは、消費税増税に関して、「社会保障と一体」と言いながら、その具体的な内容を語らず、ただ闇雲に「不退転の決意」「国民生活に必要」を繰り返し、揚げ句の果ては「政権交代」の意義も投げ捨てて、自公と「大連立」してしまった政治手法と同じである。また、意味のない「空疎な言葉」を羅列して、それがあたかも「英知」の成果であるかの如く振る舞い、原発依存社会の「復活」を目論むような「大飯原発の再稼働」宣言と同じものである。
 何よりも、折角沖縄に行ったのだから、最低限「普天間基地」とその移設先とされるキャンプ・シュワブの辺野古沖ぐらいは「視察」すべきであり、仲井真沖縄県知事とも膝を交えて納得がいくまで「普天間基地問題」や「日米安保」について、話し合うべきであった。それなのに、仲井間知事とは空港で数分挨拶したぐらいで、東京にどんな忙しい仕事が待っていたのかは知らないが(民主党小沢グループの叛乱に備えて、「数」を確保するためには自分が必要だと思っていたのかも知れない)、これでは、「負担」だけを沖縄に背負わせて後はあなた達任せ、といった「無責任」きわまりない態度と言われても、仕方がないだろう。
 このような「無責任」な態度は、前の田中防衛大臣と全く同じで、このような「本土=ヤマト」の政治家に共通な態度は、普天間基地の辺野古沖移設計画してもオスプレイの沖縄海兵隊配備にしても、みな明治維新期における「琉球処分」と同じメンタリティー(沖縄差別)で行われているものなのではないか、と思ってしまう。先の太平洋戦争の末期に起こった沖縄地上戦で、日本軍に招集された沖縄人をはじめ学徒隊や県民防衛隊(武器が十分に行き渡らなかったので「棒兵隊」と揶揄された)の10万人を超す犠牲者を出した沖縄人の苦しみや哀しみを、田中前防衛大臣もまた野田首相も、全く理解しておらず、だからこそ「日米安保」の重視、という建前を前面に押し出して、オスプレイなどという危険きわまりない飛行機の配備を、「平気」で沖縄に押しつけようとしているのだろう。また、オスプレイの沖縄配備の前に、国内の何カ所かで飛行訓練が行われ、先日の群馬県版のニュースによると、群馬県の上空150メートルぐらいのところを飛行する訓練を行うという。沖縄配備もとんでもない話しであるが、国内での飛行訓練も、「日本国・日本人」をバカにした話しで、歴代の首相は「パートナー・シップ」とか「対等な関係」とか耳障りの言い言い方をしてきたが、このオスプレイの国内試験飛行は、日本を従属視していることの証としか思えず、そのことに一言も触れない野田首相はじめこの国の政治家は、みなダメな連中である。
 これらのことがいい例で、何とも野田首相の言葉は「軽い」のである。「軽い」言葉からは「理念」が見えてこない。野田首相の最大の欠点は、「理念」が無いままに強引に事を進めていくことで、不幸なのは、そのような言動の「軽い」首相に自分たちの運命を預けていることである。
 前の自公政権時代の小泉純一郎の「傲岸・不遜」な態度にも破棄がしたが、「鈍重」を装いながら「大連立」をしてまで国民の利益に反することを次々とやっている野田首相の顔も、最近は見るたびに吐き気がする。精神衛生上、大変よくない。何とかならないか、というのが、正直な気持ちである。

こんなはずではなかった!?(2)

2012-06-22 18:14:08 | 近況
 昨日の続きになるが、「政権交代」をキャッチフレーズに自公保守政権からの政権奪取に成功した「革新」的な(「革新」という言葉が刺激的であれば、「改革派」といっても差し支えない)民主党が、3年経ったら、政権の中枢にいる人たちが元々「保守派」であったということがあるからなのか、「自公+民主」という「大連立」を実現させるという、とんでもないことをやらかしてしまった。
 「大連立」は自公政権時代も何度か模索され、民主党政権になっても「衆参ねじれ国会」という現実の前で、どうやら水面下で何度か試みられたようであるが、「2大政党制」を目的に導入された現選挙制度などの手前もあるのか、それともやはり最終的にはどこかで「建前論」が有効性を発揮するのか、「大連立」は成立しなかった。
 ところが、消費税増税という「国民生活のため」からはほど遠い「国のため」「官僚のため」「政治家のため」としか思えない理不尽きわまりない政策の前で、何ともあっけなく「大連立」が成立してしまった。各種のマスコミが伝えるように、消費税が増税されて困るのは、「貧乏人=低所得者層」である。そのことを考えれば、資本家(財界)のために存在してきた自民党は論外として、「福祉・平和の党」を標榜する「貧乏人=庶民」の味方だったはずの公明党が、自民党に引きづられてなのか、「大連立」に加わり、実は「庶民の味方」と言っても、それは「保守的=現状維持派的な庶民の味方」であって、自民党の補完物でしかないことを自ら暴露してしまった。なお、ついでに言っておけば、公明党の「平和」政策も、自衛隊の「PKO派遣」に積極的であったことからも分かるように、日本国憲法(第9条)を基底とする「平和主義」とは全く異なるもので、いつでも「現状」を追認するといった類の、「エセ平和論」と言っていいのではないか、と思っている。さらに言えば、今問題になっている「原発」に関しても、「現状維持派」に相応しく、脱原発や反原発とはほど遠く、以前「公明新聞」に「核=ヒロシマ・ナガサキ」について書いてくれと依頼された際に、原発問題には触れないで欲しいと言われたことを、思い出す(もちろん、「ヒロシマ・ナガサキ」について書けば、必然的に「原発」に触れないわけにはいかない、と言って持論を押し通したが、反原発を押し通した拙論を掲載した記者は偉い、と今でも思っている)。
 では、何故「大連立」がまずいのか、それは「異論=批判」を封じて、「多事争論」状況を否定するからに他ならない。さらにこれまで「大連立」して「よかったこと」が一度もなかったという、歴史上の「事実」もある。日本の現代史が教えるところによれば、「大連立」の典型と言っていい「大政翼賛会」(1938年の「国家総動員法」を受けて、1940年10月に成立)は、先の「アジア太平洋戦争」と深く関係していたが、軍部の「暴走」(は、軍部だけの意思ではなく「財界」や一部の思想家、政治家の意思でもあった)を誰もが止められなかったこと、それは日本という国家が「大連立=大政翼賛会」によって運営されていたからであった。僕が「不景気」の中での今度の「大連立」を危険視するのも、「戦争」は常に「経済」とつながり、「不景気」を打破しようと「戦争」が始まる、という側面があるからに他ならない。
 僕らは、このような状況の下で「ファシズム」が台頭し、人々を塗炭の苦しみに陥れたことの大本に「大連立」があったと言うこと、この「事実」を忘れてはいけないのではないか。
 だからといって、「民主党分裂」という今日の状況を作った小沢一郎(小沢グループ)に、全面的に賛成ではないのは、昨日書いたとおりだが、それでも「カエル(ではなかった、ドジョウだった)の面に小便」然と官僚と財界の思うがままに、「脱原発」などどの話かとばかりに消費税増税に突っ走る野田首相よりは、「反対派=批判派」の存在を知らしめただけでも、意味のある存在なのではないか、と思ってしまう。
 本当に僕らはひどい「政権」を選んでしまった、と思わざるを得ない。
 今、怒りを抑えるために、家庭菜園の雑草を刈ってきたのだが、この前の台風と昨日の雨で、のび放題になっている雑草の前で、途方に暮れてしまった。それでも1時間、何も考えずに、草刈り期を動かし続けた。除草剤を一切使わない「無農薬・有機栽培」が如何に難しいか、今日もまた痛感させられた。

こんなはずではなかった!?

2012-06-21 05:12:11 | 近況
 こんなはずではなかった、と思うのは、現実を蔑ろ(無視)にして「期待」ばかりを肥大化させてしまった結果でもあるのだろうが、それにしても「3党合意」という形の「大連立」によって消費税増税を強行しようとしている野田民主党政権には、よそしていたとは言え、これほどひどい結果になるのか、と「あきれる」よりも「奈落の底」に突き落とされたような気持にさせられた。元々「ドジョウ内閣」にはそれほど期待していたわけではないが、「政権交代」が実現したとき国民が期待したのは、「2大政党制」による政策チェックによって、自分たちの生活が「よりましなもの」になるかも知れない(なるはずだ)、ということだったと思うのだが、野田首相はそのような国民の「期待」を裏切って――未だに野田首相という人の政治理念が分からない。自ら「保守だ」といっているから政治思想としては「保守」なのかも知れないが、ならば何故民主党にいるのか、保守本流を自認している「官僚」と「利権」によってその存在が保たれてきた自民党に所属すればいいのに。「私はドジョウだ」などといかにも「庶民派」を気取ってきたが、彼の登場はいかにも「理念なき現代」に相応しい首相なのかも知れない――「身を切る」努力もせず、「社会保障との一体改革」もかなぐり捨てて、「大連立」による消費税増税、ここまでやるか、という思いでいっぱいである。
 もちろん、だからといって、党内反対派を作ることに喜びを見いだしているような小沢一郎グループに「正義」があるとも思えない。かなり昔のことになるが、小沢一郎が書いたとされる「日本改造計画」を読む限り、また現実政治の中で常に「主流=中心」を求めてきたような彼の言動からは、どう見ても(考えても)「権力亡者」という印象しかない。もっと言えば、「政治」を「政治ゲーム」という「遊び」の一種と考えているのではないか、とさえ思えてくる。さらに、4億円というお金を事務所の金庫に入れていたり、選挙になるとどこから集めてきたお金だかわからないが、子分たちに配る、その「金銭感覚」も理解しがたい。つまり、小沢一宇楼という政治家からは、どんな日本にしたいのという「理念」が、野田首相と同じように見えてこないのである。
 いずれにしろ、「政治の貧困」を物語っている事実と言っていいと思うのだが、消費税増税に反対している小沢グループや「中間派」と言われる人たちから「脱原発・反原発」、あるいは「大飯原発再稼働反対」の声が聞こえてこないのは、どういうことなのだろうか。確か、「半月・脱原発」に賛成している民主党議員は120人ぐらいいたはずである。まさか、消費税増税と「脱原発・反原発」は別なものだ、と思っているわけではないだろうが、消費税増税も、また原発再稼働も、野田政権、そして自公の両党もが推し進めている政策だということを考えれば、消費税増税反対は直ちに「脱原発・反原発」に繋がっていくと思うのだが、「金権主義=金儲け主義」から脱皮できない小沢派を含めた民主党には、期待できないのかも知れない。
 かと言って、大飯原発の再稼働を「暫定的だから」などと言って認める一方で、市職員や下層労働者を「敵視」するような政策を推し進め、いよいよファッシズムの傾向を強めているような橋下徹大阪市長(大阪維新の会)に、何かを「期待」するのも危険きわまりないことだと思われる。ではどうしたらいいのか。地道に「反」を言い続けるしかないのかも知れないが、英雄待望論とは逆の意味で、真の意味で「民主主義」を実現する指導者は出てこないのかな、と思う、今日この頃である。

「6・15」を考える

2012-06-16 05:19:48 | 仕事
 昨日は「6・15」、朝から逃亡中のオウム真理教高橋克也が捕まったという報道や「消費税増税」がいよいよ大詰めを迎えた、というようなニュースが満杯で、やはり「6・15」と言うのは特別な日なのかなと思い、午後になったら今朝からのニュースと絡めて「僕の6・15」について書こうかなと思っていた矢先、手順を間違えたわけではないのに、PCに不具合が生じ、メカに弱い僕としてはお手上げ状態になり、思いあまって知り合いの編集者に聞いたのだが、今度の僕のようなケースでは「放っておくのが、一番」ということで、今朝まで何もせず「放って」おいたら、従来のように使えることが判明し、一安心し、これを書くことにしたという次第である。
 さて、昨日書こうとした「僕の6・15」だが、若い人には遙か昔の歴史上の出来事になってしまった「60年安保闘争」及び「70年安保闘争」のことである。もちろん、「日米安全保障条約」の改訂を巡って政府(保守勢力)とそれに反対する全学連や社会党(総評)・共産党が連日激しい攻防を繰り広げていた「60年安保闘争」において、「全学連」の隊列にいた東大生樺美智子さんが警察機動隊との衝突で頭を割られ死亡するという事件があった「60年6月15日」は、まだ僕はその時中学生で、新聞(家が貧しく、テレビがなかった)で「国論を二分する」そのような激しい闘争を身近に感じることはなかったのだが、教室に来る先生方の多くが「浮き足立っている」感じで、中には授業に身が入らず、「自習」などと言って職員室に帰ってしまう先生などもいて、「ああこれは大変なことが東京で起こっているんだな、そしてそれはこんな田舎にまで影響を及ぼすものなんだな」、と思ったものであった。
 「60年安保闘争」が、占領期(1945~52年)が過ぎ講和条約と共に結ばれた「日米安保」が「独立国家・日本」の行く末を決するもので、その第1回の改訂(10年ごとに改訂されることになっていた)を巡って、このままアメリカに「従属」するような形で日本はあり続けるのか(保守派)、それとも東西冷戦時代にあっては大変困難な道だけど「中立」的な立場を取るのか(革新派)、で激しく争い、結果的には「アメリカ追随」を主張する保守派が「勝利」し今日に至っているのだが、僕にとっての「6・15」は、「60年安保闘争」から10年経った「70年安保闘争」であった。ただ、「70年安保闘争」と言っても、学生運動は70年の「安保改訂問題」よりも、戦後の「大学教育」を中核としてその枠組みを変える体制側の動き――それは、「授業料値上げ」や「学生会館の管理運営権の否定」「学生寮の自治権剥奪」といった「大学改革」という名の管理強化――や、今や当たり前になっている「産学協同路線」や旧態依然たる大学教育への学生の「異議申し立て」=反対闘争(「学生叛乱」と言われた)の方にもっぱら力が注がれていた感があった。もちろん、「日米安保条約」に深く関係し、1972年に実現する「沖縄返還」を巡って、新左翼各党派によって「沖縄奪還」であったり「沖縄解放」であったりしたが、一つの政治的テーマとして存在し、その意味では「70年安保闘争」という意識がないわけではなかった。しかし、「70年」前後の「政治の季節」におけるその中心的な関心は、「知の叛乱」「帝大解体」などが如実に示していたように、「大学はどうあるべきなのか」「(旧態依然たる)大学をどう変えていくのか」といった問題であり、また「自己否定」や「造反有理」などといった言葉が象徴するように、新左翼諸党派は別であったが、多くの無党派学生にとっては、もっぱら「どう生きるべきか」といった哲学的な命題の上に「日米安保改訂」や「沖縄返還問題」というような「政治的課題」が乗っている、という感じであった。
 ――そうであったが故に、「政治の季節」の中心世代であった「団塊の世代=第一次ベビーブーム世代」が、高度成長期からバブル期を経て安定期に入った日本経済を中核となって支え、今また彼らが「定年」を迎えると、彼らの能力を「地域」や「消費」の場で使おうとする動きが活発になっているのだろう。
 しかし、「政治の季節」(全共闘運動・70年安保闘争)が終わった直後から言われてきたことだが、それ「以後」の政治や社会を動かしてきたのは、まさにそのような「政治の季節」を体験してきた人たちで――典型的な例として、早稲田大学の過激派(党派名は言わない)の闘士であった民主党の仙石氏を上げることができるだろう。氏は今や野田政権(民主党)の中枢にあって「原発再稼働」や「消費税増税」に狂奔している――、彼ら(僕ら)は、それ以前の旧態依然たる「体制」は壊したが、壊した後の「新しいもの」は、壊す前よりもひどいものになった、ということである。熱心な読者は、学生運動に参加していた僕が筑波大学の教師になっていることに反発し続けた「コメンテーター」がいたこと、彼らは僕が大学をやめたら何も言わなくなったことを覚えているのではないだろうか。「裏切り者」という意識が常に「裡」に存在し続けてきたことを、今さら「弁解」がましく言いたくはないが、あの時代に培われた「批評(批判)精神」だけは忘れずにこれからもやっていく、としか言えないが、政治の世界を眺めていると、最早「主流」は団塊の世代を通り越して、「二世議員」がその典型と言っていいのだが、見せかけでしかない「豊かさ」の中で育った苦労知らずの「ぼんぼん」たちが、「経済」に引きずられて、将来を「暗いもの」にしているようで、何とも不気味である。
「6・15」の昨日考えたことは、以上のようなことであった。詳しいことは、先に書き上げた『井伏鱒二と<戦争>』(仮題)と今書いている「フクシマ」論に対する駁論を読んでもらえればいいのだが、刊行時期が決まっていないので……。

なぜ?

2012-06-13 05:12:56 | 近況
 昨日(12日)は、久し振りの講演で、日頃考えている「差別と共生」というようなテーマで話しをしたのだが、僕のつたない話を聞いてくれた人たちの顔を見ながら、その時感じたのは、この国ではどうも全ての人間が「対等・平等」であることを原理として「共に生きていく社会」をめざす「共生」という考え方が、未だ十分に理解されておらず(一般的になっていないで)、ピラミッド型の、例えば封建時代の「士農工商」のような「階層・階級社会」を無意識に選択し、そのような社会の法が「居心地がいい」というように感じている人が、意外と多いのではないか、ということであった。たぶん、それは明治時代以降に強化された「近代天皇制(王制)」=権力構造の頂点に立つというより、三島由紀夫が言うような「文化概念」としての天皇制、共和主義的政体を目指してきた近代社会にあって「別格(象徴的)」に存在する天皇、の故なのではないかと思うが、「長いもの(強いもの)には巻かれろ」という心性が蔓延しているこの社会で、「差別」など「格差・階層・階級」を否定したところに成り立つ「共生」社会は、果たして可能なのか?
 少々「絶望的」になりながら、そんなことを講演会からの帰途も考え続けたのも、昨今の「原発再稼働」「消費税増税」に狂奔する野田政権の姿に、この政権下(もちろん、自民党主導の、あるいは自公政権下でも、さらに言えば「弱者」や「文化」を切り捨てるような政策を次々と出している橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」やそれに同調している「みんなの党」でも)では、「共生」社会への展望は拓けていかないだろう、と思ったからである。
 それにしても、財界や経産省の役人の「言いなり」になっての判断としか思えない大飯原発3、4号機の「再稼働」、野田首相は「私の責任で」などと大見得を切っているが、「フクシマ」に関して、それを許容・推進してきた歴代の自民・自公政権の指導者はもちろん、東電も、建設した原発業者も、未だに誰一人「責任を取った」人がおらず、殊にひどいと思うのは、政府に責任を押しつけて恬として恥じない東電という企業であり、そのような「無責任」な私企業を野放しにし、そこから「甘い汁」を吸ってきた自民党政権、自公政権である。その意味では、「政権交代」したばかりで「フクシマ」に遭遇した民主党政権は「気の毒」という面もなくはないが、しかし、野田首相の全く自民党と同じ体質を持つとしか思えない、その政権運営(財界や官僚とのつきあい方、等)の仕方は、国民の現在の「用強雨」を全く忖度しないという意味で最低である。
 このような野田首相の在り方がくっきりしてきたのは、「消費税増税」に関して、もうそれこそ「なりふり構わず」、政権交代を目指して掲げた「マニフェスト」など投げ捨てて(もちろん、小沢一郎のように「マニフェスト厳守」と僕は言うつもりはない、現実と理想の違いはあるだろうから「修正」しなければならないことも多々あるだろう)、、国民の存在などそっちのけで突っ走る。「社会保障との一体」はどこへ行ってしまったのか、と思わせるほどに、自民党案を「丸飲み」してまで「増税」を強行しようとする、なぜそのような「阿呆」なことを平気でやろうとしているのか、僕には全く理解できない。「私はドジョウ」などと言って国民を目眩ましにして、財界や官僚の「忠犬」として、何が何でも「増税一本槍」、本当に困った首相だな、と思う。政権内部にいる岡田副総理や前原政調会長、枝野経産大臣など、もう少し「まとも」だと思っていたのだが、「阿呆」な総理大臣に引きずられて、みんな「阿呆」になってしまったのか。これでは、「ネオ・ファシスト」としか思えない石原慎太郎やhししたとおるに漬け込まれるのは、当然か?
 当分、「苛々」は続くかも知れないが、「怒り」を隠さず、ストレスをためないようにしよう、と思う。
 とは言いながら、今書いている「フクシマ」に関する諸人の言説に関する「批判」は、ストレスを蓄積させるようなことが多く、当分解消は無理か、と思ってしまう。果たして「平穏」な日々は訪れるのだろうか。

国民の生活のため……嘘でしょう!

2012-06-09 05:12:53 | 近況
 昨夕の野田首相の記者会見を聞いていて、予想したとおりであったが、「国民の生活のために、大飯原発は再稼働させる必要がある」の言葉に、思わず「嘘だろう!」と大きな声を出してしまった。家人は何事が起こったのかとキッチンからやってきたが、事情を知ると「ひどいね」と一言言って、戻っていった。
 本当に「ひどい」と思う。この政治指導者は、「消費税増税」に関してそうであるが、何かあると民主党の党是なのか、「国民生活のため」をよく口にする。しかし、そのやり方を見ると、どう考えても「国民生活のため」ではなく、「財界のため」としか思えず、「保守派」というのが、結局は「体制(財界の動向を中心にした政治体制)」を維持するためにのみその存在価値を発揮するのだということが、今回の「大飯原発再稼働」問題で明らかになった。
 その意味では、「脱原発」を掲げながら、実際には実現困難な「限定的稼働」(7月に運伝を再開して9月まで稼働させるというような考え)を許容し、今回は「敗北だ」などと嘯いていた橋下大阪市長(大阪維新の会)なども、「改革」を掲げながらその本質において「保守派」でしかないことが明らかになった、と言える。代替エネルギーの開発や電力の無駄遣い(節電)阻止、などについて真剣に取り組まないまま(努力しないまま)関西電力(財界)が唱える「15パーセントの電力不足」という「脅し」に屈し、「再稼働止むなし」に転換したその政治姿勢は、紛れもなく「保守」のそれであり、その「保守派=橋下大阪市長(大阪維新の会)」が何故高い支持率を誇るのか、僕には全く理解できない。小泉純一郎人気、石原慎太郎人気、いずれも「ポピュリズム」の結果だと思うが、前からずっと気になっていて、先日南京を訪れた際に確信した戦時中の「侵略戦争賛美」に、今日の「ポピュリズム」も似ているのではないか、と思った。
 それにしても、野田首相の「大飯原発再稼働」発言であるが、「フクシマ」に関して、一向に進まない「放射能除洗」が象徴するように、何ほどの後始末も済んでおらず、1号機から4号機の福嶋第1原発のに対する「ケアー」も、また「廃炉」手順もそのままに、さらに言えば「死の町」と化した原発周辺地域をどうするのか、といった明確なビジョンも示さないまま、そして多くの識者が指摘する大飯原発3号機、4号機の「不備」も改善しないままに、「国民生活のため」という美辞の下で、危険な原発を再稼働させようとする目論見、本当に度し難いと思うが、何とかならないか、と痛切に思う。
 と、民主党政権の「ダメさ」を強調しても、それに変わる政党があるわけでもなし――元々このような原発事情をもたらしたのは、自民党政権(自公政権)、「みんなの党」も党首の渡辺氏の父親は熱心な原発推進派であったことを考えると、頼りにならないし、今人気絶頂にある「大阪維新の会」も、先に見たとおり、どこまで「脱原発」を貫けるか心許ないし、社民党にかつてのような力があればと思うが、それにも期待できないし、お先真っ暗である――これでは「ニヒリズム」が蔓延するしかないな、と思いつつ、しかし、若いお母さんたちを中心にして各階各層で展開されている「脱原発」「反原発」の動きに期待するしかないのかな、とも思う。
 僕としても、そのような「動き」に一部同調しながら、1しみんとして、また1批評家として何ができるのか、現在「フクシマ」に関するさまざまな言説(例えば、村上春樹や吉本隆明のそれ)に関して批評を試みているのだが、文学者(作家・詩人・批評家、等)がいかに不十分な「核」認識しか持っていないか、驚いている。
 本当に何とかしなければ、と切に思う。

武漢・南京(3)

2012-06-06 14:56:43 | 仕事
(1)
(2)
(1)武漢-南京間の新幹線の車窓から見た田園風景
(2)大学から見た武漢市内のビル群

 5年前にオリンピック直前の北京・山東省(済南)を訪れた時も同じように感じたのだが、今回の武漢・南京訪問でも痛感したのは、中国の「高度成長」のすさまじさと、それとは無関係に取り残されている農村地区との「旧態依然」たる姿との「落差=格差」であった。
 市の中心部から車で1時間半近く掛かる武漢空港から市内に向かってまず驚かされたのは、高層ビルの建設ラッシュで、その多くはオフィスビルとマンションだということであるが、動き回るクレーンを事情にしたビルが何棟も何棟も目に付いた。マンションは造っても造っても、できあがるとすぐに完売するということで、都市部の「発展」には目を見張るものがあった。なるほど高度経済成長とはこのようなことを言うのか、と東京オリンピック直前の東京の光景を思い出しながら、変に納得させられた(田舎の中学生の目に映った当時の東京の姿と、現在の中国の大都市におけるその姿には自ずと違いがあるとは思うが、地下鉄工事中だということで混雑を極めている大学正門前の大通りを見ていると、オリンピック開催のために突貫工事を繰り広げていた1964年の東京もこのようであったのだろう、と想像が付く)。
 武漢の人口は、公称800万人ということだが、誰もが聞くと「1000万人を超えているでしょう」と答える。出稼ぎが常時「200万人以上」いて、正確な人口は分からないのだという。南京も事情は同じで、日本の高度経済成長期と同じである。都会の発展を支える「出稼ぎ」という構図は、国が違っても同じなのだな、と思った。
 そんな発展し続ける都会に比べて、新幹線の車窓から見える武漢-南京間の「農村」は、ちょうど「アブラナ(菜種油の原料)」の借り入れ時であり「田植え」の季節だったのだが、アブラナの刈り取りも田植えもみな「手作業」で、かろうじて機械を使っていたのは「代掻き」だけで、僕らが子供だった頃、部落総出で田植えをしていたのを思い出した。そんなに大きくない(土地改良する前の)様々な形の田んぼに10人とか20人とかが並んで田植えをしている風景は、ビルが林立する武漢や南京と余りにも違い、この「落差=格差」が将来の中国に何をもたらすか(世界最大の人口を抱える中国の「食料」事情=自給率の低下は、世界に大きな影響をもたらすだろう)。日本のバブル崩壊とは比べものにならない「混乱」と「崩壊」が出現するのではないか。
 もちろん、1960年代後半から70年代にかけての「文化大革命」の混乱と混迷を見事に乗り切った中国だから、現在の高度成長期が終焉した後に訪れるであろう「混乱」や「崩壊」を処理するノウハウは用意してあるのかも知れないが、共産党一党と中国人民軍が支配する中国という国は、二度にわたる「天安門事件」が物語るように、本当にどうなるのか分からない。
 僕が9月から武漢の華中師範大学で大学院生相手に「日本近代文学」に関する講座を担当することを引き受けたのも、現在の中国がどのような時たちにあるのか、「大学」という場から見てみたい(見られるかどうか分からないが)、と思ったからである。その意味では、今は胸がわくわくしている、と言っても過言ではない。

「ドジョウ」が「タカ」を部下に、ちょっとおかしいね!?

2012-06-05 09:21:33 | 近況
 どうも未だに解せないのだが、なぜこうも野田「ドジョウ総理」は、消費税増税にこだわるのだろうか。フクシマの処理、税制改革、景気対策、等々、今すぐにやらなければならないことが目白押しになっているというのに、財務大臣時代によほど財務官僚に「(消費税)増税」についてレクチャー(洗脳)されたのか、政治課題はこの「消費税増税」しかないかの如く、それこそ「不退転の決意」(「猪突猛進」と読み換えよ)で突き進んでいるが、この野田首相という政治家、自ら言うように根っからの「保守派」のようで、昨日(5日)発表された内閣改造人事を見て、特にそう思った。
 中でも、「目玉人事」のつもりなのか、自衛隊(防衛大学)出身で「タカ派」の論客として知られている森本敏拓殖大学教授を防衛大臣に起用した点については、「えっ、そこまでやるの?」「この人、歴史から何も学んでいないんだな」、と思わざるを得なかった。自衛隊が発足しておよそ60年、まさに世界のトップテンに入る軍事力を備えた軍隊のトップに、初めて「制服」経験者(自衛隊出身者)がなるという前代未聞の出来事、戦前、軍人が政権の中枢に入ってろくなことにならなかったことを、「ドジョウ」首相は忘れたのだろうか。「第一次世界大戦」から「満州事変」を経て、軍部が台頭し、政権の中枢に座るようになり、最後は陸軍大臣が内閣総理大臣になり、最後は国全体が「破滅」した経験を、野田首相はどのように考えているのか。何ヶ月か前、自民党は自衛隊を「国軍」とする憲法改正案を提出したが、まさか森本氏の起用が「消費税増税」を実現するために、憲法第9条を改正して「国軍」を創設したい自民党の協力を得るため、というのであれば、もうなにをか況や、である。たぶん、今後は自衛隊出身者が防衛大臣になるという慣例が作られ、次々と「制服」経験のある者(軍隊の幹部)が防衛大臣とか副大臣とかになるのではないか、と懸念する。
 森本氏は、記者会見で「(自分が防衛大臣になっても)シビリアン・コントロールに問題はない」と言ったそうだが、尖閣列島や竹島、北方領土問題を抱え、また沖縄の普天間基地移設問題も未解決のままであり、「防衛」「日米関係」「日中関係」が緊張(きな臭い)状態にある現在、国民の信託(選挙)を経ていない者が防衛大臣になる「危険性」について、どうも「ドジョウ」氏は全く考えていないようで、本当にまずい状態になった、と思っている。折しも、朝日新聞は、社説の下のコラムで、最近の教育現場では先の戦争における「日本の加害責任」を教えると、父兄の一部から「自虐史観だ、中立性に欠ける」と非難が出たり、右翼が押し寄せることが続いている、と記者が書いていたが、「ネット右翼」と呼ばれる連中が跋扈し、「歴史」を客観的に捉えることができなくなった現在の日本が「また再びの道」を歩き始めないという理由はどこにもない。森本氏の防衛大臣就任が、「また再びの道」の第一歩にならないことを祈るばかりである。
 その意味では、もう野田さんには退陣してもらうしかないと思うが、民主党政権に取って代わるものが自民党というのでは、フクシマ(原発問題)一つとっても、「笑い話」にもならないし、かといって現在人気絶頂の「維新の会」(橋下徹大阪市長)では、大飯原発の再稼働問題や「文化」軽視のその政治姿勢を見ただけで「ごめん被りたい」し、混迷の度が増すばかりで、ニヒリズム(虚無)が蔓延しているのも、諾成るかな、と思わざるを得ない。
 何とかならないかな、と思うばかりである。
 本当に「嫌な時代」になってきた。

 話はがらりと変わって、選集の土曜日3時に起きて、1年一回の「新潟への山菜(蕗・わらび)採り」に行ってきた。1年分の「きゃらぶき」を作るための蕗採りが目的で、谷川岳の麓まで行くのだが、今年は国境の山々に雪がずいぶんと残っている状態にもかかわらず、蕗の生育状態は良好で、大量に収穫し、帰宅してから翌朝9時まで「きゃらぶき」作りに徹夜だった。結果として自分でも感心するほど「おいしい」きゃらぶきができた。これから少しずつ親戚や友人、知人に「お裾分け」するのだが、寝不足ではあったが、蕗採りからきゃらぶき作りまで、嫌なことを忘れた2日間、心地よい時間を過ごすことができた。(機会があればお裾分けできるのだが、と思っています)