黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

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スロベニアにて(7)

2006-03-29 09:28:52 | 近況
 昨夜(28日夜)誘われて、19世紀末に建てられたというスロベニア国立劇場で上演されたフランス人演出家による「青年団」(平田オリザ主宰)の芝居「ヘドラ」(Fedra)を見た。ギリシャ悲劇から材をとった「前衛劇」とのことであったが、正直2時間半の「苦行」を強いられたという印象しか持てなかった。台詞はすべて日本語(スロベニア人にはイヤーホーンからスロベニア語が流れる)だったので、内容は理解できたのだが、身体の動き(舞台上での動き、人と人との絡み)を極限まで削り取った「前衛劇」なるものが、これほど僕が考える「芝居」の本道からはずれているものなのか、何故彼らは「板」(舞台)の上で、これを演じなければならないのか、僕には理解できなかった。まるで、「朗読劇」を聞いているようで、「芝居」にする必要はなかったのではないかと思われた。実際、目をつぶって聞いてもみたのだが、ただ「明かり=照明」だけが意味を持っていて、役者の身体は意味がないように思われた。台詞も、やたら文語調を使ったり、意味のない大声を上げたり(小声になったり)、説明文が多かったり(役者同士の辛みがないから、状況を説明せざるを得ないのかもしれない)、「不自然さ」が気になって仕方がなかった。芝居を見るのは久し振りなので、最近の「前衛劇」はこんなものだ、と言われればそれまでだが、何とも不満しか残らない2時間半だった。
 ただ、劇場は3階席まである古い形の劇場で、フランスやイタリアのオペラ座を小さくしたような造りで、この劇場では別な芝居を見たかった、と思った。それと、僕らのまわりの観客は、日本人が多く、これほど多くの日本人がリュブリャーナ市にはいるのか、と改めて感心させられた。若い人が多かったが、以前アメリカ・ニューメキシコのアルバカーキーのフリーマーケットで日本人学生にあったときのような驚きと感動があった。今の若者は、世界どこへでも出かけていくのだな、と思ったのだが、彼らはそれで何を得るのか、「留学」という経験をどのようにその後の人生に生かすのか、聞いてみた衝動に駆られた。
 ともあれ、疲れた夜だった。
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スロベニアにて(6)

2006-03-28 07:35:12 | 近況
 すでにこの「スロベニアにて」に書いたように、僕は今、スロベニアのリュブリャーナ大学の日本語・日本文化学科で「沖縄文学」を講じているが、今日、深沢七郎の「楢山節考」で卒論を書く予定の学生からの相談を受けた。彼女は1年前に群馬大学に1年間留学していたのだが、その時「姥捨て伝説」について興味を覚え、それで「楢山節考」を読み、緒形拳と坂本スミ子の映画も見て、それをテーマに卒論を書きたいと思ったという。具体的には、論文をどのような視点から書いて良いのか、まだ迷っている状態のようで、時間がなかったということもあり、十分に話を聞けなかったのだが、「姥捨て」という「伝説」が日本にあったことに興味を持ったスロベニア人学生のメンタリティーに、僕としては面白いものを感じた。
 6年前、アメリカのワシントン州(シアトル)のワシントン大学に半年ほど滞在し、大学院生達と近代文学についてゼミを持ったことがあるが、その時も、外国人が日本の近代文学に関心を持つその視点の在り方、例えば「明治期の毒婦もの」とか「戦時下の軍神小説」というテーマに、日本人学生にはない新鮮さを感じたものであるが、今回も、日本近代文学を「外側」から見た時の「おもしろさ」は、日本人とは感じ方が違うのだな、と痛感させられた。もちろん、その外国人がどのような教育を受けてきたか、ということも考慮されなければならないが、重箱の隅をつつくようなちまちました研究テーマや輸入した欧米の哲学などを援用した研究方法などが大手を奮っている現今の学会やそれに踊らされている学生達の姿を見ていると、外国人の「真っ向勝負」の姿勢が何とも新鮮に思えてならない。
 他の日に、村上春樹の小説に興味を持っているという自称「翻訳家」にも会ったが、ここにも「村上春樹現象」が及んだか、という感慨はあっても、それ以上のものは感じられなかった。「流行もの」はどこの国でも流行るもので、村上春樹文学は、日本社会の在り方と切っても切れない関係にあるという本質が置き忘れられているのではないか、という感想しか残念ながらもてなかった。今年我がゼミの博士課程を修了した(Phdを取得した)庚君が調べた「中国における村上春樹の翻訳出版状況」で、中国ではほとんど日本における「村上春樹研究」・「村上春樹論」の類が紹介されていない、と報告されていたが、スロベニアでも事情は同じで、村上春樹が日本でどのように捉えられているか、ほとんど関心を示されなかった。
 というように、世界文学化したと言っていい日本文学の二つの側面(「楢山節考」と村上春樹)を知って、何とも不思議な思いを抱きつつある昨日、今日である。ゆっくり考えてみたいと思う。
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スロベニアにて(5)

2006-03-27 15:45:38 | 近況
 前夜リュブリャーナに着いた群馬大学学術交流委員会の一行5人に合流し、市場を散策し、ベケッシュ先生お勧めのパン屋さんでパンを買い、魚料理の店で昼食を摂り、午後からの「民宿農家」行きの準備をする。ちょうど1週間前、アイスバーンで車が立ち往生した「民宿農家」へ、群馬大学の先生達と交歓会を行うために出かけたのだが、1週間前とは全く様変わりしていて、道に雪はなく、楽々と目的地まで行くことができた。お茶代わりの自家製酒を小さなグラスに1杯、急激に回った酔いを覚ますために、「隣の家まで散歩したら」という農家の主人の薦めによって山道を歩くこと30分、確かにその家まで1軒も家がなかったから「隣の家」かもしれないが、山道を30分も歩かなければならないとは、誰もわからず、へとへとに疲れた。
 夕食は、殆ど自家製の食材を使った素朴な料理でとてもおいしかった。特に、「野菜スープ」と「そばがき」、「鹿肉の煮込みスープ」(鹿は自分の山で飼育している)は絶品で、煮込みスープにそばがきを入れて食べると、何とも言えない味がして、等もお代わりをしてしまった。夜間は放れるということだったので、「ゴロ寝」状態で、毛布1枚をかぶって寝たのだが、習慣とは恐ろしいもので、朝の5時には目覚め、近くを散歩することに。朝明けを目の前にそびえる雪山を眺めながら迎えたのだが、6時頃上空の雲が「あかね色」に染まり、しばらくすると谷間から遠望できるイタリア国境方面のアルプスがやはりあかね色に染まり、絶景を満喫することができた。「早起きは三文の得」とは、このことか。
 朝食には、絞りたての牛乳と自家製のイチゴジャム、蜂蜜、ハーブ茶、コーヒー、サラミが用意され、朝合流した日本語・日本文化学科の女性教師達と一緒に、大満足の朝食会になった。やはりパンがおいしく、節食を忘れて食べてしまった。
 その後、3台の車に分乗して、これも1週間前に訪れたブレッド湖からさらにその奥地のボヒン湖へ、そしてそこから80人乗りのゴンドラの乗ってスキー場の入り口にもなっている展望台へ、視界の前のそびえるアルプスがみごと陽に映え、そのパノラマは何とも言えない光景であった。ボヒン湖周辺は自然保護区になっているとのことで、観光施設も目立たない形で数軒のホテルとバンガローがある程度で、ゴミはなく、スロベニアが自然を大切にしていることがよくわかった。湖面の大半を氷でおおわれたボヒン湖のおしどりと群れを成すニジマス(こちらでは、「黄金ます」と言うとのこと)が、印象的だった。
 帰路は、山の斜面に立つ古い村を眺め、ロカという中世(15~6世紀)の町並みをそのまま残す都市を見学し、そこでお茶を飲み、スイートを食し、1泊2日のスロベニア北西部の旅を終えた。直線にして5,60キロのところにある湖や山、町、農村を見て、早計かもしれないが、スロベニアというヨーロッパの小国がどのような歴史を歩み、現在を歩んでいるかの一端を垣間見たような気がした。
 いよいよ、今週から具体的な作品を取り上げた「沖縄文学」の講義が始まる。しっかり準備したしよう。
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スロベニアにて(4)

2006-03-25 00:57:43 | 近況
 当地に来て10日目、ようやく落ち着いてきたという感じです。生活のスタイルも、たとえばスーパーで野菜や果物を買うとき、その品物を必要なだけ袋に入れて秤に乗せ、その品物の前に書いてある番号を押せば、シールが出てきてそれを袋に貼ってレジに持って行くとか、バスはゼットンと呼ばれるメタルを前もって安く買っておけば、市内のどこへも行ける、という交通の仕組みなど。
 当地では、自分だけの時間がたっぷりあります。講義の準備をすませてしまえば、講義のない今日(24日)など、時間をもてあましてしまいそうになります。ゆっくりの朝食(パンとコーヒーとスープ、そしてリンゴ)のあと、下着の洗濯をして、それからこちらへ持ってきた「林京子論」の続きを書き、そして30分ほど散歩と買い物。散歩の途中で小学校の校庭で遊んでいる子供達を見て、そうそう、その子供達の遊びを見ていて面白かったのは、どこの国でも同じなのだなーと思いましたが、鬼ごっこ(たぶん)をしている子供の中に一人泣いている子がいたので見ていたら、どうも太っているので他の子供を捕まえることができずに「鬼」ばかりやらされて、それが悔しくて泣いているようで、仲間に慰められながら(涙を流しながら)それでも遊んでいる姿に感心させられました。子供の世界は、どこでも同じなのだ、と思いました。
 今日は天気が良く、遠く(と言っても、2時間ほどで麓に着いてしまう)の雪をかぶったアルプスの山々が見えました。ここリュブリャーナ市が盆地に発達した都市だと言うことがよくわかりました。そう言えば、昨夜講義が終わったあとコーヒーを飲んだあと、古代ローマ時代の城壁が残っているというので、夜なのに見に行きました。古い都市の証明が、エンタシスの柱と共に、さりげなく長さ100メートルほど残っている光景は、感動ものでした。
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スロベニアにて(3)IT時代を考える

2006-03-22 18:04:44 | 近況
 今朝8時半頃、東京の出版社から国際電話があった。かねてから相談を受けていた「企画」が本格化したので、「企画意図」を書いておくって欲しいという内容であった。こちらについて、メールしたのを読んだということでの依頼であったが、郵便や時間のかかる国際電話でしか連絡できなかった一昔前を考えると、なんと「情報」の伝わるのが早くなったことか。それだけ、「便利」になったということかもしれないが、「あわただしい」ということも確かである。僕としては、今までめちゃくちゃ忙しかったので、久し振りに「のんびり」しようと思っていたのに、IT社会の進展によって、「つかの間の夢」に終わりそうで。
 そんなことを思ってメールを開けたら、またまた「緊急の連絡」が二本入っていて(同じ人から)、その対応に追われました。今編集が終わってあとは刊行を待つばかりの「在日文学全集」に関する問題なのですが、ことの詳細は別にして、何千キロも離れた異国にあって、二本で日々動いている仕事について「指示」を出すなどという社会は、本当に人間の幸せに繋がっているのだろうかと、考えさせられました。
 確かに、「便利」なんでしょうが、何とも不思議な気がしてなりません。僕が「古い」人間だからでしょうか。
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スロベニアにて(2)地中海へ

2006-03-21 14:55:30 | 近況
 20日(月)、朝ベケッシュ先生から電話で海沿いの町にある実家へ行く用事が出来たのだがご一緒にどうか、と電話があり、スロベニアに来たら一度は地中海を見てみたいと思っていたので、同行することにした。リュブリャナ市内を抜けて、カルト大地の中を走る高速に乗ること1時間半、突然目の前に海と町が飛び込んできた。赤い(黄土色)屋根と青い海、天気が良かったのでそのコントラストは見事で、思わず息をのんでしまった。
 海沿いの道から小高い丘へ、そこからの長めはまさに「絵に描いたような風景」で、所々に生えている糸杉が、個々が地中海沿岸であることを教えてくれた。こんな風景の中で「余生」を送れたら、と思わせる風景であったが、所詮それは「夢のまた夢」。海沿いに立つベケッシュ先生の実家(豪邸:今は無人で、週末にはお兄さん夫婦が管理のためにやってくるとのこと)によった後、「ピラン」という典型的な地中海沿岸の町を散策する。きれいな水が押し寄せるヨットハーバーには、たぶん小アジだろうと思われる小魚が群れ、思わず釣りがしたいななどと思ったが、1時間あまりの散策の後、カプチーノを飲みアップルパイを食べたのだが、二日続きでお菓子を食べ、癖になりそうです。スロベニアでダイエットを、と考えている僕としてはまずいことになりそうですが、どうなることやら。
 今日もまた、歩け歩け。弱ってきている足が悲鳴を上げています。それでも地中海の美しい風景を眺め、その中を歩き、心地よい疲れを感じています。
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スロベニアにて(1)

2006-03-20 14:49:24 | 近況
 18日(土)、19日(日)の二日間、リュブリャナ市内見学と観光をしました。18日は、まず市内の小高い丘の上にある「城」に登りました。城と言っても、日本の城やヨーロッパのキャッスルとは幾分か異なり、僕を招聘してくれたベケッシュ教授の説明によると、宗教(カトリック)的な意味を持つもので、「戦」のための城ではないとのことです。坂道を歩いていったのですが(車でも山頂に行けます)、異臭感ほど前に降った雪が5センチほど積もっており、それが溶け始めているので、滑って大変でした。お城からの市内の眺めは抜群で、登って良かったなと思いました。
 そのあと、城の下にある素敵な「路地」(フランスでは「パサージュ」というものに当たるのでしょう)を歩いて、巨大な「市場」に行きました。30万人市民の胃袋を満足させるだけの野菜や肉に始まって魚、果物、パンなどありとあらゆる食べ物や洋服、木工製品の類まで、所狭しと地上(青空市場)と地下一階の各店舗に並んでいました。僕はそこで、ミカンとリンゴ、にんじんなどの野菜とちょっとした木工品を買いました。時間が無くて全部を見られなかったので、また来週の土曜日雇用と思っています。
 翌19日(日)は、ベケッシュ教授の案内で、半ばまで雪に覆われた山(2000メートル級)の裏側にある「民宿農家」まで、来週こちらに来る群馬大学の先生との合宿交流の下見に行きました。高速を使って市内から40分ほどの距離にある場所でしたが、山に入ると雪が多く、それもアイスバーンになっていたため、スタッドレスをはいた車でしたが、立ち往生してしまい、トラクターに乗った地元の青年に助けてもらって無事目的地に着きました。山の斜面に立つ「自給自足」を目的とする農家からの長めは絶景で、それを見ていると「命の洗濯」という言葉を思い出しました。ありふれた言い方ですが、心底そのように思わせる景色でした。到着したのが昼頃だったので、軽い食事をということで、お茶(手作りのハーブ・テー)とパン、ベーコン、サラミを食べたのですが、いずれも自家製でパンと鹿肉のサラミ、およびそこに付けられた「唐辛子」(甘い)の酢漬けが絶品でした。あまりにパンがおいしかったので、ラグビーボールを半分にしたようなパンの残りを譲って頂きました(なんと、4,5日分で150円)。
 その帰りに、「ブレッド」(Bled)というスロベニアを代表する観光地(よくチョコレートの包み紙などに使われている)に行きました。基本的に観光が好きでない僕ですが、そこにある湖(あまり大きくない)とそのがけの上に立っているお城、湖上の島に立つ教会のロケーションには、感動しました。「絵のような」とか「絵はがきのような」という言い方がありますが、それを超える景色でした。多くの市民(恋人達や家族連れが多かった)や観光客が、湖のまわりを歩いていました。僕らも1周しました。その途中で「有名」な「ミルフィーユ」を食しました。ケーキなど何年ぶり、という僕でしたが、湖を半周したあとのケーキとコーヒーは格別の味でした。仕事ではなく、ゆっくり、のんびり、また来たいなと思いました。このような気持にさせられたのは、インドでタージマハルを見たとき以来、久し振りでした。デジカメで撮りまくったのですが、アダプターを忘れてきたので、あとで公開します。楽しみにしていて下さい。
 ではまた。
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いよいよ発刊

2006-03-17 21:46:08 | 文学
お知らせ!
(1)かねてより編集中の紀行文集「立松和平・日本を歩く」(全7巻 黒古責任編集 勉誠出版)が出ます。いかに、立松和平が日本中を歩き回り、そのことが彼の文学と深い関係にあるか、各巻に6枚ほどの「解説」を付けましたが、短いながらも立松和平文学の1側面を明らかにしているのではないか、と思っています。
公共図書館や大学図書館にリクエストして頂ければ幸いです。写真も多数入った、なかなかステキな本に仕上がっていると思います。
(2)これも同じ出版社で編集中であった「<在日>文学全集」(全18巻 磯貝治朗さんと共編 勉誠出版)が4月の中旬過ぎに刊行されます。日本で最初の「在日」文学全集になる予定です。画期的な試みだと自負しています。今まで、何度か企画されながら、「蛮勇」を奮う人がいなかったせいでしょうか、戦後(戦前も含む)の文学史で重要な位置を占める「在日文学」の全集は、不思議なことに今までありませんでした。今回の出版で、たぶん話題になると思いますが、第一歩を踏み出すことが出来たのではないかと思っています。こちらの方も、個人購入はもちろん、大学・図書館で購入申し込みをしてもらえれば幸いだと思っています。

いま、この原稿は「仕事」の方で見てもらえればわかりますように、スロベニアで書いています。
よろしく。
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スロベニアに来ています。

2006-03-17 21:32:59 | 仕事
しばらくぶりです。
今(3月14日~)、スロベニアに来ています。イタリアの東隣、人口300万人ほどの小さな国です。数年前、非常勤で行っていた群馬大学で出会った留学生(スロベニア人)や古い友人との縁が積み重なって、今年初めてここに来ました。国立のリュブリャーナ大学日本語日本文化学科で1ヶ月「沖縄文学」について講じます。不思議な縁を感じていますが、ともかく出国するまで猛烈に忙しかったので、こちらの「スロー・ライフ」に併せて、少しのんびりしようかなと思っています。
こちらは、何日か前に降った雪(30センチほど)がまだ残っていて、外は日中でも3度から5度、夜になるとマイナスになります。緯度が北海道の稚内と同じなので仕方がないのかもしれませんが、真冬並みです。
到着した翌日(15日)から授業を始めていますが、まじめな学生ばかりで、興味津々で聞いていてくれます。慣れてくれば、もっとつっこんだ話が出来るかな、と思っていますが、今は「沖縄」についての概論を行っています。学生達は、「沖縄」と自分の国とが相似だと思っているようです(でも、本当はまだよくわかりません)。もう少ししたら、「亀甲墓」(大城立裕)と「水滴」(目取真俊)を読む予定でいます。スロベニアの学生がどのように読むのか、楽しみです。
このことについては、また報告します。(時間はたっぷりあります)
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