ここ何回か、この欄において「忙しい」が常套句になっていたが、(たぶん)今年最後のメッセージとなる今回も、また「忙しい」日々の記述から始めることになってしまった。
前回から20日余り、何をしていたか? まず「私」的な面では、例の朝日新聞アスパラクラブに連載中の「黒古一夫が選ぶ現代文学の旗手たち」の1月(第15回山田詠美・第16回よしもとばなな)用の原稿を書くために、彼女たちの窮策をいくつか読み直し、また一番新しい『タイニーストーリーズ』(山田詠美)や『アナザー・ワールド 王国その4』を読む、という作業をした。毎回「3枚」前後、と短いので、執筆に時間はかからないのだが、旧作の読み直し、新作の読了、二時間がかかる。これまで、興に任せて読んできた作家たちの仕事を、「現代文学の旗手」として現代文学史の中に位置づけ直す仕事は、結構やり甲斐のあるもので、ちらほら「読んだよ。面白かった」というような声も寄せられており、いつまで続くのかわからないが、続く限り納得いくものを書いていきたいと思っている。
その他には、先頃刊行された『立松和平 仏教対談集』(12月10日 アーツアンドクラフツ刊)に関するエッセイを書いた(「大法輪」2月号用)。玄侑宗久をはじめ山折哲雄や曹洞宗の僧侶や比叡山の僧侶、足立倫行、岩田慶治、神津カンナ、板東三津五郎らと対談したものを集めたものであるが、亡くなる前の立松がどのようなことを考えていたのかがよくわかる対談集で、このエッセイを書いている最中、ずっと立松が62歳という若さで逝ったことが「口惜しい・無念・残念」という思いを禁じ得なかった。改めて、立松和平という現代作家がこの世からいなくなったことの大きな「空洞」を思い知らされた。
後は、例によって卒論、修論、博士論文への対応で、以前にも増して目の回るような忙しい日々を過ごしてきた。特に、修論を書いている二人が留学生(トルコとウズベキスタン)、博士論文を提出しようとしている一人が中国からの留学生ということもあり、「日本語」のチェックに夥しく時間がとられてしまった。留学生たちは、流ちょうな日本語をしゃべり、日本人の話をほとんど理解し、日本語の本もかなり深く読むことができるのだが、日本語で論文を書くこと、つまり自分の考えを日本語で論理的・実証的に展開することについては、どこでも訓練(教授)されてこなかったせいか、日本人学生と同じようには書くことができず、「直す」のに大変な思いをする羽目になっている。200枚、300枚、500枚(いずれも400字詰め)という長さの論文を日本人教師が読んでわかるように書き直させるのは至難のことで、せっぱ詰まった現在、お互い大変な状況にある。一番の責任は、留学生を気軽に引き受けた僕にあるのだが、留学生からの研究室所属オファーを断る教師たちの気持ちを今更ながらに思う。留学生たちの中には、日本人以上に優れた才能(文学的センス)を持っている学生もいるのだが、言葉=日本語の壁の高さをこの時期にいたって改めて痛感せざるを得ない。まだまだ「日本語」の点検は終わっていないので、忙しい日々は相変わらず続く。今日もこの後、送られてきた原稿のチェックが予定に入っている。
そんな多忙な日々ではあるが、もうあきれて開いた口がふさがらない小沢一郎の「政治とカネ」を巡る民主党内部の騒動、つまらない「権力争い」で1年が過ぎようとしていることに、腹立たしい思いを禁じることができない。誰もが「国民生活第一」といいながら、その「国民」は何処にいるのだ、民主党がやっていることはまさに「国民不在」ではないか、そんなことをやっているから「のど元過ぎれば、熱さを忘れ」のごとく、世論調査に拠れば自民党の支持率が回帰した(上がった)のである。その間に、北朝鮮や中国の「対日政策」を口実に「ナショナリズム(日本主義)」が声高に己のレーゾンデーテル(存在)を主張し始めてきているようで、「危ういな」という気持ちにさせられ続けてきた。たぶん、この「ネオ・ナショナリズム」の公然たる登場は、先に「新たな<検閲>」ということで東京都の青少年有害図書規制法などのファシズム的な動きと連動している(裏表の関係にある)のではないか、と思わせる。どちらにも人々の間に潜在する「英雄待望」を利用して威勢のいい(差別的な)発言を繰り返してきた「作家」石原慎太郎が深く関わっていることを考えると、納得がいくのではないだろうか。
そんなことを思うのも、アジア太平洋戦争、とりわけ日中戦争から太平洋戦争が始まる頃にかけて、「エログロ・ナンセンス」文学が流行ったことと、村上春樹の『1Q84』がエンターテイメント性を濃厚に持つ故に世界的にベストセラーとなったり、訳のわからないままに若いタレントが書いた小説が100万部を超えるといった偏頗な文学状況と酷似しているのではないか、また人々が「翼賛」的な体制の下で「政治」に異議申し立てしない状況(学生たちが就活で苦しんでいる状況は、まさにそのような「異議申し立て」を封じるためではないか、とも考えられる)は、次のファシズム体制の準備期間なのではないか、と思えてならない。
ただ一つ救いなのは、保守そのものであった沖縄県知事に「普天間基地の移転は県外、それ以外の選択肢はない」とまで言わせた沖縄県民が健在だということである。仲井間知事の対立候補を応援していた僕の友人たちは、選挙には負けたが今度の知事選で「普天間基地の県外移設」を公約させたことを「成果」として、めげずに頑張っている。あの粘り腰に、僕らは「希望」を見いだすべきなのかも知れない。
さて、来年はどんな年になるのだろうか。
前回から20日余り、何をしていたか? まず「私」的な面では、例の朝日新聞アスパラクラブに連載中の「黒古一夫が選ぶ現代文学の旗手たち」の1月(第15回山田詠美・第16回よしもとばなな)用の原稿を書くために、彼女たちの窮策をいくつか読み直し、また一番新しい『タイニーストーリーズ』(山田詠美)や『アナザー・ワールド 王国その4』を読む、という作業をした。毎回「3枚」前後、と短いので、執筆に時間はかからないのだが、旧作の読み直し、新作の読了、二時間がかかる。これまで、興に任せて読んできた作家たちの仕事を、「現代文学の旗手」として現代文学史の中に位置づけ直す仕事は、結構やり甲斐のあるもので、ちらほら「読んだよ。面白かった」というような声も寄せられており、いつまで続くのかわからないが、続く限り納得いくものを書いていきたいと思っている。
その他には、先頃刊行された『立松和平 仏教対談集』(12月10日 アーツアンドクラフツ刊)に関するエッセイを書いた(「大法輪」2月号用)。玄侑宗久をはじめ山折哲雄や曹洞宗の僧侶や比叡山の僧侶、足立倫行、岩田慶治、神津カンナ、板東三津五郎らと対談したものを集めたものであるが、亡くなる前の立松がどのようなことを考えていたのかがよくわかる対談集で、このエッセイを書いている最中、ずっと立松が62歳という若さで逝ったことが「口惜しい・無念・残念」という思いを禁じ得なかった。改めて、立松和平という現代作家がこの世からいなくなったことの大きな「空洞」を思い知らされた。
後は、例によって卒論、修論、博士論文への対応で、以前にも増して目の回るような忙しい日々を過ごしてきた。特に、修論を書いている二人が留学生(トルコとウズベキスタン)、博士論文を提出しようとしている一人が中国からの留学生ということもあり、「日本語」のチェックに夥しく時間がとられてしまった。留学生たちは、流ちょうな日本語をしゃべり、日本人の話をほとんど理解し、日本語の本もかなり深く読むことができるのだが、日本語で論文を書くこと、つまり自分の考えを日本語で論理的・実証的に展開することについては、どこでも訓練(教授)されてこなかったせいか、日本人学生と同じようには書くことができず、「直す」のに大変な思いをする羽目になっている。200枚、300枚、500枚(いずれも400字詰め)という長さの論文を日本人教師が読んでわかるように書き直させるのは至難のことで、せっぱ詰まった現在、お互い大変な状況にある。一番の責任は、留学生を気軽に引き受けた僕にあるのだが、留学生からの研究室所属オファーを断る教師たちの気持ちを今更ながらに思う。留学生たちの中には、日本人以上に優れた才能(文学的センス)を持っている学生もいるのだが、言葉=日本語の壁の高さをこの時期にいたって改めて痛感せざるを得ない。まだまだ「日本語」の点検は終わっていないので、忙しい日々は相変わらず続く。今日もこの後、送られてきた原稿のチェックが予定に入っている。
そんな多忙な日々ではあるが、もうあきれて開いた口がふさがらない小沢一郎の「政治とカネ」を巡る民主党内部の騒動、つまらない「権力争い」で1年が過ぎようとしていることに、腹立たしい思いを禁じることができない。誰もが「国民生活第一」といいながら、その「国民」は何処にいるのだ、民主党がやっていることはまさに「国民不在」ではないか、そんなことをやっているから「のど元過ぎれば、熱さを忘れ」のごとく、世論調査に拠れば自民党の支持率が回帰した(上がった)のである。その間に、北朝鮮や中国の「対日政策」を口実に「ナショナリズム(日本主義)」が声高に己のレーゾンデーテル(存在)を主張し始めてきているようで、「危ういな」という気持ちにさせられ続けてきた。たぶん、この「ネオ・ナショナリズム」の公然たる登場は、先に「新たな<検閲>」ということで東京都の青少年有害図書規制法などのファシズム的な動きと連動している(裏表の関係にある)のではないか、と思わせる。どちらにも人々の間に潜在する「英雄待望」を利用して威勢のいい(差別的な)発言を繰り返してきた「作家」石原慎太郎が深く関わっていることを考えると、納得がいくのではないだろうか。
そんなことを思うのも、アジア太平洋戦争、とりわけ日中戦争から太平洋戦争が始まる頃にかけて、「エログロ・ナンセンス」文学が流行ったことと、村上春樹の『1Q84』がエンターテイメント性を濃厚に持つ故に世界的にベストセラーとなったり、訳のわからないままに若いタレントが書いた小説が100万部を超えるといった偏頗な文学状況と酷似しているのではないか、また人々が「翼賛」的な体制の下で「政治」に異議申し立てしない状況(学生たちが就活で苦しんでいる状況は、まさにそのような「異議申し立て」を封じるためではないか、とも考えられる)は、次のファシズム体制の準備期間なのではないか、と思えてならない。
ただ一つ救いなのは、保守そのものであった沖縄県知事に「普天間基地の移転は県外、それ以外の選択肢はない」とまで言わせた沖縄県民が健在だということである。仲井間知事の対立候補を応援していた僕の友人たちは、選挙には負けたが今度の知事選で「普天間基地の県外移設」を公約させたことを「成果」として、めげずに頑張っている。あの粘り腰に、僕らは「希望」を見いだすべきなのかも知れない。
さて、来年はどんな年になるのだろうか。