黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

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松山市・内子町・旧大瀬村訪問(付け足し)

2008-07-21 11:53:08 | 文学
 僕の知る限り、大江健三郎は「全集は刊行しない」「記念館、記念文学館の類も建設に同意しない」という姿勢を貫いている。多くの作家が「全集」という形で自分の文学をまとめたいと思っており、またもし可能ならば「記念館・記念文学館」のタグがけ説されることを望んでいることを考えると、大江さんの「信念」は「異常」と映るかも知れない。
 今回、松山市・内子町・旧大瀬村を訪問し、大江さんの恩師や同級生、あるいは関係者の方々から話を聞いて、何故大江さんが「頑な」とも思える態度で、故郷(旧大瀬村・内子町・松山市)に対して「異和」を感じているのか、地元=故郷の「要求・要望」に何故応えないのか、の一端が理解できたような気がした。自分が生まれ育った旧「大瀬村」を原型に、「森」に囲まれた「谷間の村」とし多くの物語を創り出してきたにもかかわらず、である。
 それは、大江健三郎というノーベル賞受賞作家に対する故郷=地元の評価が「愛憎」半ばするといった感じで、極端な言い方をすると、旧「大瀬村」の人で何人が大江の小説やエッセイを読んできたか、という疑問を禁じ得ないと言うことに通じる。内子町大瀬地区には、かつての村役場が「大瀬の館」という名前の「研修・宿泊」施設があり、その中に「大江文庫」も存在するのだが、それは現在手に入る「単行本」を揃えただけで、あとは大瀬地区を訪れた大江さんのポートレイトが飾ってあるだけの、貧寒としたものにすぎなかった。大江さんの恩師という方も、社会科の教師であったということもあって、殆ど読んでいないという。
 松山東高校の同級生・同窓生についても同じようなことが言えるようで、必ずしも「歓迎」されているとは言えないという印象がある。それに先の「報告」にも書いたが、県、市が双手を挙げて「ノーベル賞受賞記念祝賀会」を松山市で開こうとしたことに対して、「否」と返事をしたということ、さらに関係者の「証言」では余り故郷=地元と関係を持ちたくないような素振りを見せたこと、等々、故郷=地元に対する大江さんの「微妙な心理」が地元の人々の「反発」を招いている、というようなことがあるように思う。
 元々、愛媛県(松山市・等々)は、戦後の教育民主化に対する「反動」の極致と言われる「勤務評定」を日教組の猛反対を押し切って(その結果、愛媛県の教員組合はズタズタに分断され、弱体化された)、全国に先駆けて実施したり、全国一斉学力テストも大歓迎するなど、「戦後民主主義者」を自認する大江さんを逆なでするような「保守県」で、大江さんがノーベル賞を受賞したから「祝賀会」というのは、政治的便宜主義の典型であった。その意味では、断るのは当たり前とも言っていいのだが、それに拍車を掛けたのが、天皇から勲章は貰えないという理由で「文化勲章」の授章を辞退したことである。「右翼」の脅しに同調するような考え方が見え隠れする地元=故郷、大江さんの足がだんだん遠のいていっても仕方がなかったのではないか、と思う。
 大江さんが「蕩児」というわけではないが、「蕩児は、故郷に錦を飾れない」の原則がここでも働いていると思い、愕然とした。
 「衣の袖から鎧がちらっ」というのが、今回の「松山市・内子町・旧大瀬村訪問」で僕が実感したことであった。いろいろ世話になって、今更こんなことは言いたくないのだが、文学者が出身地=故郷に受け入れられるのは、並大抵のことではない、と思った。
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6 コメント

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教えてください。 (雄三)
2008-07-22 23:27:41
 こんばんは。遠路のご「調査」ご苦労さまでございました。
先生のブログのおかげで、大江健三郎の故郷の思わぬ概観を知ることが出来、感謝いたしております。

 日本には、かつて金属鉱山がたくさんあり、そのほとんどが、現在、廃鉱になっています。
その無数の坑道から、今も流れ出る排水や、野ざらしのままの廃鉱石(ズリ)から溶出する重金属をきちんと除去している鉱山は、ほとんどありません。排水から重金属を除去している所は、全国で数ヶ所ではないでしょうか。ほとんどの所で、せいぜいpH中和処理がいいところです。

 さて、「保守県」愛媛ですが、先の秋葉原無差別殺傷犯の、青森県に似た構造があるよな気がいたします。
 六ヶ所村の、膨大な核のゴミを吐き出している核燃料再処理工場の立地と、愛媛県の中構造線上に位置する「 伊方原子力発電所 」の立地は、いずれも、無理・無謀な立地条件の双璧かと思います。

 活動盛んな地震断層の連続帯である、長大な「中央構造線」上に、事もあろうに原子炉を設置するなど、素人が考えても正気の沙汰とは思えません.建設から30年以上も経過し、恐らく、世界でも、最もハイリスクな原子力発電所の一つとマークされている事でしょう。

 莫大な電源交付金を目当てに、黒い物を白とねじ曲げる、地元「保守」層にとって、大江氏は水と油の関係。また、高額の税金を使う祝賀会、叙勲どころではないというのが、大江氏側の気持ちと想像します.

>大江さんが「蕩児」というわけではないが、「蕩児は、故郷に錦を飾れない」の原則がここでも働いていると思い、愕然とした。 「衣の袖から鎧がちらっ」・・・・<

 蕩児錦を飾らずとは、日本の文学界のジンクスなのでしょうか。それとも故事成語の類でしょうか? 後者の場合、「蕩児」とは、漢詩や京劇でいう武人・英雄の意味でしょうか?辞書をひきましたが判りませんでした。ご教示を、一つお願い致します.
 
 猛暑につき、どうかご自愛ください。
お答えします。 (黒古一夫)
2008-07-23 08:40:59
 「蕩児」という言葉の使用について、僕も使いながら、一抹の不安がありました。というのは、僕としては今回の「調査」で明らかになった、「大江の家は、大江を東大にだすのに、楮や三つ叉を収納しておく倉庫代わりの家を1軒売った」とか、「父親が(大江が10歳の時に)亡くなった後、お母さんは長兄と稼業を続けると同時に、うどん屋などをして少しでも家計の足しになることを考えていた」などということを聞き、また正岡子規を生んだ土地柄なのに、夏目漱石が「坊ちゃん」の中で旧制松山中学の教師たちを様々な形でからかったように、あまりに「文学」的でない状況を知るにつけ、大江健三郎は地元の旧大瀬村や内子町、松山市で十分に「理解」されていない、歓迎されていない、という印象が強かったものですから、「異邦人・変わり者・ストレンジャー」の意味を込めて、地元の人たちにとっては「蕩児」という感じだったのではないか、と思い、「蕩児」という言葉を使いました。
 なお、大江が愛媛県や松山市(旧大瀬村・内子町)から受け入れられていないのではないか、という理由に一つに「伊方原発」問題があるのではないか、という雄三さんの指摘、僕もその通りだと思います。地方における電力会社の経済支配は、北陸電力や中国電力のことをいくらか知ると、目に余るものがあると思います。「原発反対」を明らかにしている大江健三郎を、例えノーベル賞作家でも歓迎しない―だから大江も余り故郷に対して言い思いを持たない―というのは、もちろん松山市や愛媛県の総意ではないかも知れませんが、「右翼」や保守派の人々が未だに大江を歓迎していないというのと、思想的には連動していることなのだろうと思います。
 沖縄の「集団自決」問題に関して「訴訟」してまで大江を貶めようとする勢力がこの日本に存在することを僕らは忘れてはならないと思います。
丁寧なご教示、ありがとうございました(^^)。 (雄三)
2008-07-24 16:39:04
 蒸し暑い季節になりました。畑の作物、いかが生育していますでしょうか。
 
 さて、原子力施設ができると、地域が歪むと、よく言われますが、地域経済までもが影響を受けるのですね.意味深長なご教示、本当にありがとうございます。

>「蕩児は、故郷に錦を飾れない」の原則 <
 たしかに昔は、文士=「放蕩息子」(太宰治の最期など)であったかもしれませんが、最近はだいぶ評価が変わって気やように感じます。ちょっとした物書きでも、「先生」呼ばわりで、引っ張りダコです。雨後の筍のごとく全国津々浦々から山奥にまで出現した、カルチャースクール、○●ゼミ、市民講座、文化会館、図書館等々の講演会に、今や「文士」は、引っ張りだこです。ちょっと、本を出せば講演の以来が舞い込む時代です。聞く方も、著作を読まずとも、講演を聞いてすませる向きもいて、各地で盛況を極めているようです。
 私も、県立図書館に行った時、東京教育大学を出た「地理学者??」の講演会があるというので、聞いてみました。すると、何と、学生の卒論を束ねて「本」にしただけのの「御著作」で、馬脚赤裸々なご講演会でした。
 今や、本さだせば、「先生」として一応、評価される時代となったことだけは、間違いありません.「蕩児」という言葉、そうした大先生へのエールも含むと解釈させて頂きます(^^;

>沖縄の「集団自決」問題に関して「訴訟」してまで大江を貶めようとする勢力がこの日本に存在することを僕らは忘れてはならないと思います。<

 出征された退役軍人の方々には、独特の心理とプライドがあり、尊重すべき所あろうと思います。問題は、そんな熾烈な経験のない金目当ての他の連中が、騒ぎ立てる事です.(日教組の集会に、街宣車が繰り出すのと同じ。第二日教組の集会にはなぜか、来ないが‥).
  今回の裁判で、いちばん傷ついたのは、他ならぬ肉親、友人、近隣縁者を失った島の人たちです。現地に溶け込んで暮らしていた灰谷健治次郎が、こうした問題に直接ふれなかったのも、そうした心ないモノの出現を予想しての事ではないのでしょうか?
訂正:  (雄三)
2008-07-24 16:55:14
二ヶ所、誤字・脱字の訂正です.
申し訳ございません。

>「蕩児は、故郷に錦を飾れない」の原則 <
 
・たしかに昔は、文士=「放蕩息子」(太宰治の最期など)であったかもしれませんが、最近はだいぶ評価が変わってきたように感じます。

・今や、本さえだせば、「先生」として一応、評価される時代となったことだけは、間違いありません.
Unknown (Simone Prisca Biblia)
2019-02-11 20:49:45
松山市民は、根拠の無いプライドばかり無駄に高くて、すぐに他人のことをとやかく言い、通りすがりの赤の他人にまで聞こえよがしに干渉して鬱陶しいです。出来ない人間が、努力する者の足をしきりに引っ張ります。自分たちと違う人間を排斥しようとします。夏目漱石の『坊ちゃん』には、松山市民の嫌なところがよく描かれています。全くあれの通りです。漱石が、松山の市民や学生と良好な関係を保てたとは思えません。その問題は、松山市民にあります。
人権都市宣言なんて嘘っぱちで、行政も市民も、人権意識なんてこれっぽっちも持ち合わせていません。体裁だけ何とかしようとしているだけですね。むしろ、警察が率先して、市民こぞって真の弱者を排斥しようとします。市の条例なんて、そのために作ったものですね、あれは。
警官は、「人権侵害なんか知らん。関係ない」と言います。
だから、男も女も、子供も年寄りも、人間が腐っています。中学高校大学どれをとっても、根性の曲がったガキ学生ばかり。子供ですらそうだから、大人は言うまでもありません。大学といっても、しょせんは田舎の三流大学ですから。
男は横柄で臆病。女はワガママなビッチ。社会人として苦労したらした分、品性が下劣になっています
心療内科を含む精神科の医院が多いのは、それだけ心を病んでいる人間が多いということでしょう。そうなっておかしくないところです。適応できるのは、ヒトデナシだけです。
これはどこもそうですが、各所でしょっちゅう動物虐待が起こっており、あちこちで毒餌被害が頻出しています。東雲公園では、地域住民による公然の虐待も目撃しました。
観光客に外面だけよくしようと必死なのが笑えます。
女子供や年寄りが弱者を装ってモンペまがいの嫌がらせをします。松山市民は、「羊の皮を被った蝮」です。卑怯で陰険な性格を昔から持っています。
文化レヴェルも極めて低く、こんなところで育つ子供は不幸です。自分や家族をロウデナシにしたくないなら、少しでもまともな人間でいたいなら、愛媛県には近づかないことです。
Unknown (Simone Prisca Biblia)
2019-02-11 20:53:29
「ロクデナシ」ですね。誤字です。失礼しました。

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