すずめのどんぐり

オットひとり ムスメ(はぼ)が小6、 ムスコ(ぐり)が小1。絵日記でしたが、さぼり中。

橘由子 『主婦になりきれない女』

2012年11月10日 | 本 漫画 映画
慶応卒業後、通訳・翻訳を経て執筆や講演会活動をしていた 純然たる 「先生」 だった著者が、 「まさか、 この私が離婚するとは思わなかった。」

「申し分のない結婚だったはずだ。 誰が見ても、 理想的な結婚であった。
 元夫には非の打ちどころなどひとつもなかった。」

自由と責任を取る快感と生きているという実感をもとめて離婚。


おもしろいのが、 最初からライターや事務職などを見向きもせず ブルーワークに向かわれたところです。

「(講演会や生涯学習などで) 『自分探しのお手伝い』をしているうちに、 講師である私のほうはその詐欺性がうしろめたくなった。 自分探しなんて玉ねぎの皮むきのようなもので、 おそらくむいてもむいても 『向き合う自分』 なんて出てこないだろうということは、 ほんの少しでもこのようなことに手を染めた人間なら容易にわかるはずなのだ。」

生活をまかないうるだけの安定収入と とれる範囲の責任、 日々の生きている実感が得られ、 そしてわずらわしい人間関係がない、 夕食食材配送の一人代理店を選び、 おおむね満足されているようです。




「パートナーを嫌いになって悩んでいる人。 先に書いたように男女関係においては理屈では説明のつかない出来事が起こるもので、 理由などあってもなくても嫌ったり嫌われたりするものだ。
 一度崩壊した男女関係はめったなことでは元に戻らない。 ワードローブの整理のコツのひとつに 『三年(あるいは二年ともいわれている)着なかった洋服は一生着ないものとして処分したほうがいい』 というのがあるではないか。 洋服と人間をいっしょにするのもいかがなものかとは思うが、 好みに理由はないという点においては同じだろう。
 三年くらい嫌いな状態が続いているのなら、 もう相性が悪いとあきらめて、 いさぎよくシングルになったほうがいい。 バツイチは独特のオーラとフェロモンを発するらしいから、 もっと自分に合った異性にめぐりあうチャンスだってあるはずだ。 いや、 必ずある。
 また、 中流の家庭生活のパターンがどうしても合わない人。 こういう人は一般的に、 家事専任であることにストレスを感じ、 食べるためのシンプルな労働から免れていることで逆に生活のメリハリとか生きているという実感をも奪われていると感じているわけだから、 もしかしたら中流の 『そこそこ金持ち』 状態より、 むしろ貧困生活に身を置いてこそ本来の輝きを発しはじめるのかもしれない。」



「いやになったら逃げるというのは、 問題解決のひとつの有力な手段だと思う。 ここがダメで逃げる、 逃げた場所もまたダメでまた逃げる、 そうこうしているうちには、 ひとつくらいそれなりに自分に合った場所が見つかるかもしれないし、 もしそれが見つからなかったとしても、 場所を変えつづけながら生きていくという人生もまたあるだろう。 それがその人に合ったパターンなら 『逃げるのは負けだ』 という訓戒はまったくナンセンセスである。」


暴力・浮気癖・借金などのよっぽどのことがなきゃ別れるのはわがままだよ、 とか 離婚するにしても十分に準備してからにしなさい、 などの文章はよく見るのですが、 実際そんな余裕のあるうちは フーフは別れないわけで・・・・・

踏み切れない肩をぽんと押してくれたり もやもやの多い毎日にすっと選択肢を差し入れてくれる、 いいノンフィクションだとおもいます。


よどみきった沼の中で なにかが変わることをじっと待っている日々よりは ぱっと飛び出すほうが わたしも向いているかも。

まあ いつもながら たいがいのことは飛び出してから気づくんですけど。
コメント
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