Peace Waveの平和な日々~行く雲、流れる水のように~

気が向いたら、ボチボチ更新しようかと・・。(笑)

新説!?日本ミステリー

2008年10月20日 | 歴史・民俗

最近、お気に入りの番組がこの「新説!?日本ミステリー」

当初、特番で「みのもんたの~」とつく番組だったのだが、今はありがたい(笑)コトに編集され、CGの白虎(声:ゴルゴ松本)と青龍(声:松方弘樹)がナビゲーターをつとめ、新説を唱える白虎と、通説の青龍が「信じるのか?」「信じないのか?」とゲストにジャッジを求めるという構成になっている。

 

今回のネタは長篠の戦いはなかった!?というもの。

1575年、武田の騎馬隊を織田信長の鉄砲隊が破った、戦術的にも画期となった戦いで、ドラマなどでもよくとりあげられている。

通説では、武田軍1万5千に対し、織田・徳川軍は3万8千、戦死者は1万。3000挺の鉄砲で100発撃ったとして、8時間で実に30万発!

 

しかし、その戦場だった現在の愛知県新城市からは、たった12発の弾丸しか発見されていない。しかも、徳川が主力で、織田は加勢したのみで戦死者も1000人という。

また武田家の軍記、『甲陽軍鑑』にも騎馬隊の記述はなく、馬に乗っていたのは主だった武将の他、7~8人程度で、その馬自体も日本古来の木曽馬という小さな種類で体高130cm程度、走る速さも小学生が走るほどだというから、とても「疾きこと風のごとし・・」という風林火山のあのイメージはない。

もともとこの戦いの通説のもととなった『信長公記』は、秀吉が家臣に書かせたもので、ライバル・家康の功績をなきものにしようと捏造したというのだ!

 

もしそうだとしたら、今まで学校で習ったコトって、一体なんだったの?・・というコトになるが、ありえない話ではない。

歴史はいつも記述するものの意図によって往々にして歪められてきた。

マルクスの唯物史観しかり、皇国史観しかり・・。日本最古の史書、『古事記』や『日本書紀』といった記紀神話でさえ、藤原一族の権力を確固たるものにするために編纂されたものといわれている。

「蘇我の一族ムシ殺(645)し」と、昔憶えた大化の改新も、天皇を利用し、権力を我がものにしようとした悪の権化・蘇我入鹿とそれを倒した正義の中大兄皇子中臣鎌足・・というイメージが我々世代にはあると思うが、その図式自体がまったくの逆・・という可能性が高いのだ。

ちなみに中臣鎌足の子、藤原不比等が記紀神話の編纂に携わったといわれている。この不比等はかなりの謀略家だったらしく、いずれこの話もしてみたい・・。

 

真実と思っていたものが偽りだったり・・ホントにこの世は「事実は小説より奇なり」だ。