ヤマタノオロチ。
『日本書紀』では八岐大蛇と表記される、八つの頭をもつ大蛇の化け物で、祭りが多いこの時期、広島では神楽の演目として好んで上演される。
舞台狭しと暴れまわるジャバラのヤマタノオロチのダイナミックな動きは、見る者を圧倒する。
子どもから大人まで誰もが楽しめる、神楽でも最も人気がある演目といっても間違いないだろう。
最初の登場シーンは、スモークと共に現れたヤマタノオロチが娘を飲み込む場面。
猛威を振るうヤマタノオロチが表現される。
娘のクシナダヒメをヤマタノオロチに生贄に奉げなければならず、嘆き悲しんでる老夫婦とスサノオが出会うシーン。
クシナダヒメを妻としてもらいうけるコトを条件に、ヤマタノオロチ退治を請け負うスサノオ。
強い酒を飲ませ、眠ってるトコロを退治するという知恵を授け、見事、これを退治する。
神楽では、このスサノオとヤマタノオロチの立ち回りがクライマックスとなっており、次々とオロチの首を刎ねていくシーンは見もの!
退治したヤマタノオロチの尾から出てきた刀が、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、後の草薙剣で、三種の神器の1つで、スサノオは、これを姉のアマテラスに献上した。
中国山地は国内有数の良質な砂鉄の産地で、出雲は既に風土記の時代、「もののけ姫」でも出てきた”たたら製鉄”が盛んな古代のハイテク地帯だった。
ちなみに、たたらで作った玉鋼(たまはがね)から日本刀は作られる。
「鉄穴(かんな)流し」という、山を切り崩して土砂を流し、川に沈んだ砂鉄を採る方法が用いられていたため、斐伊川に土砂が堆積し、よく氾濫をおこしたという。
また、鉄が流れ込むコトで川の水が真っ赤に染まったそうだ。
実際、ヤマタノオロチは八つの頭と八本の尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、ハつの谷、八つの峰にまたがるほど巨大とされている。
多くの支流に分かれた川を、八つの頭をもつヤマタノオロチに見立て、血でただれた腹は「鉄穴流し」で赤く染まった川・・というワケだ。
それゆえ、スサノオは「州砂之王」―すなわち、”砂鉄の王”とする説がある。
製鉄の技術は半島から来たものであり、渡来系の製鉄神がスサノオで、その荒ぶる神としての性格も、製鉄の荒々しさから来ているというのだ。
製鉄民の技術は自然を破壊し、川を汚し、氾濫させる。
ヤマタノオロチが毎年娘をさらうのは、河川の氾濫の象徴で、これでは農耕民とは相容れず、対立は必至である。
しかし、そのままでは争いが絶えず、戦争になってしまう・・。
クシナダヒメは『日本書紀』では奇”稲田”姫と表記するトコロから、稲田―すなわち農耕民を表し、スサノオとクシナダヒメとの結婚は、製鉄民と農耕民の融合を象徴しているのではないか・・と、駒沢大学の瀧音能之教授は述べている。
ヤマタノオロチ退治=治水であり、実際、鉄器は、武器としてよりも農具として生産力の向上に貢献したと言われている。
ヤマタノオロチ退治の神話は、渡来系の製鉄民と、土着の農耕民が手を取り合うまでの、葛藤と苦悩の物語なのかもしれない・・。
「ハイテク技術」と「環境破壊」、そして、異なる文化をもつ民族同士の和解―それは、そのまま現代にも通じるテーマであろう。
それが結婚によって成される・・というのも、また面白い。
古代出雲の製鉄文化を象徴する鉄剣、天叢雲剣をアマテラスに献上した・・というエピソードも、当時の出雲と大和の関係を推しはかる上でも興味深い話であるが、それもまた、おいおい・・。