5月2日付の当ブログに詳しく趣旨を書きましたが、断続的に、1994年11月・洋泉社発行の私の著書『コレクターの快楽――クラシック愛蔵盤ファイル』第3章「名盤選」から、1曲ずつ掲載しています。原則として、当時の名盤選を読み返してみるという趣旨ですので、手は加えずに、文末に付記を書きます。本日分は「第11回」です。
◎モーツァルト*アイネ・クライネ・ナハトムジーク
この、モーツァルトのセレナードの中でも最も広く知られた曲は、古くから多くのディスクがあり、戦前のワルター/ウィーン・フィルのSP盤を聴いてモーツァルト・ファンになった人も多いと思う。ワルターが最晩年にコロンビア響とステレオで録音した演奏にも、その優美なスタイルが残されている。微妙にかかるリタルダンドや、音の出をわずかに遅らせて作られる一瞬の〈間〉が美しく、そうしたすきまにそっと入り込める聴き手にとっては、ワルターのモーツァルトの優しさは、かけがえのないものとなるだろう。
ウィーンフィルを起用した演奏でも、八三年に録音されたレヴァイン盤は、軽やかで率直な響きで、現代感覚の清涼剤のような音楽世界を聴かせてくれるものとなっている。その爽やかで明快な音楽の運びが、ウィーンフィルの艶のある優美な音色とともに楽しめる。
きっちりとした造形感で、硬質なモーツァルトを貫いて成功しているのは、リステンパルト/ザール放送室内管の演奏だ。キメの細やかな音の動きに支えられた軽やかさが、優美さや華麗さの後退を補っている。純度の高い演奏だ。
クレンペラー/フィルハーモニア管盤も足取りの確かな格調の高い演奏で、この曲の古典的な造形感を聴かせてくれる安定度のある名演。オケの澄んだ響きも美しい。
晩年のヨッフムがバンベルク響と録音した演奏は、とうとうと流れる音楽が自然で好ましい。無理なところの一つも無い演奏の合間から、時折、愛らしい表情が浮かび出るのも、このコンビならではの魅力。特に第二楽章の優しさは絶品だ。若き日のコリン・デイヴィスが、フィルハーモニア管と残した古い録音は、最近あまり聴かれなくなったシンフォニックな響きでまとめた演奏。合奏力の優秀さもあって、決してふやけた演奏になっていない。豊かなニュアンスが楽しめる。
【ブログへの再掲載に際しての付記】
今のところ、特に付け加えることはありませんが、レヴァインの演奏、そんなに良かったかなあ、と思っています。思い出せないのです。ヨッフム/バンベルクは出色の演奏だったという記憶が、今でもあります。
ワルター盤は、昨年の10月2日付の当ブログのまえがきにあるように、愛書家であった気谷誠氏を見舞いに行って、久しぶりに聴いた演奏でした。思いがけなくも、私にとって思い出深い演奏となりました。