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バルビローリ、渾身のプロムス・ライヴで聴くシベリウス「第5」とニールセン「不滅」

2012年06月06日 13時23分21秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの86枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6097
【曲目】シベリウス:交響曲第5番
    ニールセン:交響曲第4番「不滅」
【演奏】ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団
【録音日】1968年8月9日、1965年7月30日

■このCDの演奏についてのメモ
 バルビローリは、BBC-RADIOクラシックスのシリーズには初登場だが、イギリスの指揮者の中でもとりわけファンの多い指揮者だ。そのロマンティックな歌にあふれた芸風が愛されているからだろうが、そうしたバルビローリ・ファンにはぜひとも聴いていただきたいアルバムだ。曲目はいずれもバルビローリの得意曲で、したがって、これまでのレパートリーを広げるものではない。そして、オーケストラが長年にわたって首席指揮者をしていたハレ管弦楽団だから、これまでのスタジオ録音盤と同じコンビだ。だが、今回はライヴ録音という楽しみがある。
 バルビローリのファンならばよくご承知のように、当時のハレ管は、メジャー・レーベルに録音するオーケストラとして、決して技術的水準の優れたオーケストラではなかった。どちらかというと、バルビローリのイギリス国内での人気が、EMIというメジャー・レーベルのオーケストラ起用の最低基準に特例をもたらしたふしがある。だから、録音や編集の段階での補正は、かなり行われていたのではないかと思われる。バルビローリ・ファンからはお叱りを受けそうだが、現実に、ハレ管との英ニクサ(英パイ)というマイナー・レーベルへの録音と、EMIへの録音とを聴いてみて、そう感じることがある。これは、バルビローリ・ファンのひとりとしての私の、偽らざる感想としてお許しいただきたい。
 さて、そこで、今回のライヴ盤だ。
 これまで発売されたスタジオ録音について、先に記そう。シベリウスの交響曲第5番は、1957年にハレ管と英ニクサに録音(その後、英パイに移り、やがてEMIからCDで復刻発売)し、66年に同オーケストラとEMIに再録音している。ニールセンの《不滅》は59年の英ニクサ録音がある。これに、今回のライヴ盤が加わったわけだ。どちらも、スタジオ録音では到達できなかったロマンティックな音楽の起伏の自然な盛り上がりが、ライヴ盤で顕著に聴かれるのが何よりうれしい。
 例えば、第1楽章の10分経過あたりからのじわじわとテンポが速まっていく生きた感覚は貴重だ。いたるところでくっきりと聴きとれる対旋律も、これまでさほど深い意味付けを感じなかったが、実はほんとにバルビローリはそうしたことに意味を求めていないようだ。旋律の太い流れに身をゆだねていればよいのかもしれないと思わせるような、甘美でしかも沈んだ歌に専心した第2楽章など、随所で「これがバルビローリだ!」と言いたくなる。自然体のバルビローリ盤の登場をよろこびたい。(1997.1.28 執筆)


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『聖母マリアの夕べの祈り』をイギリス合唱音楽界の重鎮ルイス・ハルゼイで聴く。若き日のホグウッドも参加

2012年05月10日 16時22分28秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの85枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6095~6
【曲目】モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り
【演奏】ルイス・ハルゼイ指揮ロンドン・バッハ管弦楽団
    ルイス・ハルゼイ・シンガーズ
    ロンドン・コルネット&サックバット・アンサンブル
    クリストファー・ホグウッド/デイビット・マンロウ/
    リチャード・リー(コンティヌオ)
    (独唱者は解説中に記載)
【録音日】1970年5月25日


■このCDの演奏についてのメモ
 イギリスの合唱音楽演奏の伝統の成果が表われた美しい盤の登場だ。20年以上前の録音だが、今日の音楽状況にあっても少しも色あせることなく、清澄な響きで音楽にひたる喜びを率直に、伸びやかに味わえる。
 演奏者のなかに、わずか33歳で夭折したデーヴィッド・マンロウや、エンシェント室内管弦楽団を設立する以前の若き日のクリストファー・ホグウッドの名前が見られるのも、このCDが、長いイギリスの古楽演奏の歴史の流れのなかにあることを物語っている。
 このCDで指揮をしているルイス・ハルゼイは1929年にロンドンに生まれた。キングズ・カレッジで学び、50年代から合唱指揮者として活躍、67年には自らルイス・ハルゼイ・シンガーズを設立した。ルネサンス期の音楽の解釈で定評がある。また63年から長年にわたってBBC放送の音楽プロデューサーとしても、その見識を生かして放送や演奏会に多くの貢献をした。
 ソプラノのアプリール・カンテロは古楽と現代曲の分野で指導的役割を担うベテランのアンサンブル歌手。デラー・コンソートにも所属し、また、グラインドボーン・オペラの常連でもあった。
 もうひとりのソプラノ歌手アンジェラ・ビールについてはその経歴など、手元の資料ではわからなかった。
 カウンター・テノールのポール・エスウッドは、世界のトップレベルのカウンター・テナーのひとりだった。1942年にイギリスのウェスト・ブリッジフォードに生まれ、ロンドンの王立音楽学校に学び、64年から71年までウェストミンスター大寺院の合唱団で活躍した。このCDの録音は引退の前年のものということになる。
 テノールのイアン・パートリッジは1938年にイギリス、ウィンブルドンに生まれた。妹のジェニファーのピアノでのソロ活動のほか、コヴェントガーデン王立歌劇場にもしばしば登場している。
 テノールのジョン・エルヴェスは、生年不祥だが、初めボーイ・ソプラノ歌手として、ジョージ・マルコムに学んだという。バロック期の音楽を特に得意としている。
 バリトンのデイヴィッド・トーマスも生年不祥だが、セントポール寺院の合唱団出身で、長じてキングズ・カレッジに学んだ。バロックや古楽からウォルトン、ティペット、ストラヴィンスキー、シェーンベルクまでとレパートリーは幅広い。ソプラノのエンマ・カークビーとのリサイタルのほか、モンテヴェルディ合唱団、エンシェント室内管弦楽団などとの共演も多い。(1997.1.27 執筆)



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ダリウス・ミヨー自作指揮で聴く南仏プロヴァンス地方の大らかさ。フランス6人組の精華も併せた貴重盤!

2012年05月01日 12時37分22秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの84枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6094
【曲目】ダリウス・ミヨー:2台のピアノと管弦楽のための協奏曲
       :交響的組曲第2番「プロテウス」作品57
       :「プロヴァンス組曲からの断章」作品152b
(バレエ「エッフェル塔の花嫁花婿」から)
 オーリック:序曲
 プーランク:将軍の演説
      :トゥルーヴィユの水浴する女
 タイユフェール:電報のワルツ
 オネゲル:葬送行進曲
 ミヨー:結婚式の散会
【演奏】ダリウス・ミヨー指揮BBC交響楽団
    ジュネヴィエ―ヴ・ジョワ(pf)
    ジャクリーヌ・ロパン(pf)
    アシュリー・ローレンス指揮BBCコンサート管弦楽団
【録音日】1969年9月24日、1969年9月21日、1974年10月23日

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスとしてはCRCB-6061に続く「ミヨー自作自演集」の第2弾だが、今回は第1弾とは異なり、公開のスタジオでのコンサートの記録だ。録音年は発売順とは逆に、今回の第2弾の方が1年ほど早い。
 第1弾のCDの解説でも触れたが、ミヨーは1969年という晩年になって初めて、イギリスの聴衆の前での自作指揮をしたとされている。おそらく、その時の一連の演奏の記録の一部が、当CDの大半を占める2曲だったのだろう。
 「聴衆を前にしたミヨーの自作指揮」の記録として貴重なものとなった当CDだが、集中力を欠いたところもあって仕上りでは非公開の録音の緊迫感には及ばないものの、至るところで洒脱さと柔和さのある演奏となっていることが興味深い。1970年の非公開録音が、几帳面さや切れ味の鋭さが硬さとして若干感じられるのに対して、今回の公開コンサートのある種の弛緩した仕上りは、結果的に細部の乱れに気付かせながらも、音楽の陰影に独特の味わいを与えている。
 「2台のピアノのための協奏曲」は機知に富んだ作品で、ピアノもこの作品の方向に沿った好演をしているが、協奏曲という作品の性格上、どうしても合わせ物の難しさが出てしまう。だが、組曲「プロテウス」の第2楽章から第3楽章あたりのノリの良さは、公開コンサートならではの一気呵成ぶりで、このイギリスのオーケストラが思いがけず暖かな色彩を振りまいているのがうれしい。南仏プロヴァンス風の大らかさに包まれた魅力的作品として楽しめる演奏だ。いずれにしても、この2曲の録音は、ミヨーの音楽の面白さを味わう格好のCD。ミヨーの音楽の親しみやすさに触れるには、まず、この1枚だろう。
 「協奏曲」で協演している2人は、長年にわたってピアノ・ドゥオで今世紀のフランス音楽の演奏を続けていることで知られており、いわゆる〈6人組〉から以降の作曲家の作品を数多く演奏して、それぞれの作曲家の信頼を得ている。なお、ジュヌヴィエーヴ・ジョワは、現代フランス作曲界の重鎮、アンリ・デュティーユの夫人だ。
 このCDの余白には、ライト・ミュージックのチャンネルであるBBC第2放送局所属のオーケストラ、BBCコンサート管弦楽団によるミヨーの親しみやすい作品「プロヴァンス組曲」と、ミヨーら同世代の作曲家たちで分担して作曲した「エッフェル塔の花嫁花婿」、それぞれの抜粋が収録されている。指揮は、こうした軽い作品では手慣れたところを聴かせるアシュリー・ローレンス。イギリスの聴衆のミヨー観の一端を聴く軽快な演奏に徹しており、このCDの親しみやすさに貢献している。(1997.1.26 執筆)



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ツェムリンスキー『叙情交響曲』は、ギーレン/BBC響盤が、おそらく、最も標準的な演奏だと思う。

2012年04月25日 11時34分52秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの83枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6093
【曲目】ツェムリンスキー:叙情交響曲 作品18
        :メーテルランクの詩による6つの歌曲 作品13
【演奏】エリザベート・ゼーダーシュトレーム(sp.)
    トーマス・アレン(br.)
    ミヒャエル・ギーレン指揮BBC交響楽団
    フェリシティ・パルマー(sp.)
    ベルンハルト・クレー指揮BBCフィルハーモニー管弦楽団
【録音日】1981年2月18日、1986年6月6日

■このCDの演奏についてのメモ
 つい先頃、シノポリ盤が登場したばかりのツェムリンスキー『抒情交響曲』だが、BBC-RADIOクラシックスの1枚にも同曲が加わった。録音は最近のものではなく1981年2月で、BBC交響楽団の創立50周年を記念するコンサートを収録したものだ。指揮は当時このオーケストラの首席客演指揮者(78~82年の5年間就任)だったオーストリア出身のミヒャエル・ギーレンだ。
 今でこそ、ツェムリンスキーの名前はかなり浸透しているが、50年代の終わりから始まったマーラー再評価の高まりの中からツェムリンスキーの名前が取りざたされ注目を集めたのは生誕100年の1972年以降だ。日本では若杉弘指揮の京都市交響楽団が、やっと78年7月4日に日本初演を行っている。そして、この交響曲のメジャー・レーベルによる録音は、81年3月に行われたドイツ・グラモフォンのマゼール指揮ベルリン・フィル盤まで待たなければならなかった。
 それに先行するドイツ、オーストリア圏の録音として、当CDの余白に収められた「6つの歌曲」の伴奏指揮をしているベルンハルト・クレーによるベルリン放送交響楽団(西ベルリン)盤がある。80年6月の録音で、ドイツ・シュワンからLPが発売されている。意欲的な活動をしていた人々が、先を争って、ツェムリンスキー作品の演奏を競っていた当時の状況が浮かびあがってくるようだ。
 BBC交響楽団も、当CDのギーレンに先立ち、既に1978年には早々と「抒情交響曲」の演奏をしている。ドロシー・ドロウのソブラノ、ジークムント・ニムスゲルンのバリトン、ガブリエル・フェッロの指揮で、これはイタリアのフォニト・チェトラからLP発売されている。私の知る限り、これがツェムリンスキー復権後の初の「抒情交響曲」の録音だ。
 もっとも、同じBBC響でもフェッロ盤は、表情豊かな歌に溢れた演奏で、オペラの一場面をちぎって美しく並べて見せたような味わいに満ちて、世紀末的な刹那の美を表わした個性的演奏。特に第2楽章が特徴的だ。これに比べてギーレン盤は、全体の構成を重んじた標準的演奏に引き戻して、当時の音楽的関心の方向に沿っているように思われる。この曲の存在を最も広く知らしめたマゼール盤がオーケストラに細心の表現を求めて多くのことを語り尽くしているのに比し、控え目で抑制された様式で、この曲の紹介という役割をまっとうしている。
 この曲はこれからも多くの演奏家によって、様々の角度からの解釈が試みられるだろう。そうした際の尺度となる演奏が、このギーレン盤となると思う。(1997.1.26 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
ここで私が言いたかったのは、マゼール盤が決して標準的な演奏ではなく、むしろ、多面的な表情づけが、この曲をとても〈饒舌〉にしているということです。そして、フェッロ盤は、ひょっとすると、作曲当時の聴衆のイメージに一番近いのかもしれないと思うのです。
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名手カンポーリの美音に酔う、色彩の作曲家アーサー・ブリス「ヴァイオリン協奏曲」自作指揮の記録!

2012年04月11日 10時40分22秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの82枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6092
【曲目】アーサー・ブリス:ヴァイオリン協奏曲
        :バレエ「シャロット姫」作品86
【演奏】アルフレッド・カンポーリ(vn.)
    アーサー・ブリス指揮BBC交響楽団
【録音日】1968年12月16日

■このCDの演奏についてのメモ
 BBC-RADIOクラシックスでは、アーサー・ブリスの作品集としては、CRCB-6078 に次ぐ2枚目のアルバムだが、今回のアルバムでまず注目されるのはオーケストラの指揮が作曲者のブリス自身であることだろう。ブリスは自作を中心に指揮活動もしているので、これまでにもいくつかの自作の録音が知られているほか、エルガーの作品の録音が輸入盤のカタログに載っている。その中には、当アルバムに収められた「ヴァイオリン協奏曲」の初演当時の録音もあるようだが、当アルバムのもう1曲、バレエ「令嬢シャロット」は、これが当作品そのものの世界初録音、おそらく、現在入手できるものとしても、これが唯一のものだろう。
 ブリスは、その出世作である「色彩交響曲」などでも、その題名が示すとおり色彩感の豊かな作風を聴かせるが、それに暝想的な作風が次第に加わっていった作曲家だ。
 そうした特徴をことさら感じるのが、弦楽の巧みな扱いで、これは「令嬢シャロット」のプロローグや、それに続く部分にもよく表われている。流れるような旋律が美しく織り込まれた佳品を、ブリスの指揮は十分に楽しませてくれる。おそらく、この作品で最も大切なのは、流動感のあるしなやかな音楽の運びなのだろうということが、いたるところで聴き取れる。落ち着きのある進行とともに、気品を感じさせる作品であり、演奏だ。
 なお、この演奏は、録音された1968年の年末にBBC放送によって全英に放送されたが、それが放送初演だったという。1958年に書き上げられ、バレエとして舞台初演されてから、既に10年が経過していた。
 名ヴァイオリニスト、カンポーリのために書かれた「ヴァイオリン協奏曲」は、前述の1度目の録音(筆者未聴)も、カタログの記載によれば当然ながら初演者のカンポーリによる独奏で、伴奏がブリス指揮ロンドン・フィルとなっている。録音は初演と同年の1955年とされており、モノラル録音だ。今回のCDはもちろんステレオ録音で、カンポーリは60歳を過ぎているが、それでも、カンポーリらしい甘美な音色が曲趣に合って、この作品の魅力を十全に伝える演奏となっている。弦楽を主体としながらも、きらめくような色彩の豊かさを表現したブリスの音楽の魅力を伝える代表盤のひとつと言えるだろう。
 アルフレッド・カンポーリは1906年にローマに生まれたヴァイオリニスト。1911年にロンドンに移り、以来ロンドンを中心に活躍した。60年代には最後のヴィルトゥオーソのひとりとして2度の来日を果したが、1991年に長い生涯を終えた。(1997.1.26 執筆)


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冷戦時代にショスタコーヴィチを招聘したイギリス「エジンバラ音楽祭」。作曲者立会いのライヴ録音を聴く!

2012年03月28日 11時29分33秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、同シリーズの81枚目。

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【日本盤規格番号】CRCB-6091
【曲目】ショスタコーヴィチ:交響曲第12番「1917年」(*)
       :「カテリーナ・イズマイロヴァ」組曲(*)
       :歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」より2つのアリア
        ~「ある日窓越しに私は小鳥の巣を見た」
        ~「森の奥の湖の水は私の良心のように黒い」
    ムソルグスキー(マルケヴィッチ編曲):「6つの管弦楽伴奏歌曲」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮フィルハーモニア管弦楽団(*)
    ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ソプラノ)
    マルケヴィッチ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1962年9月4日、1962年8月26日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDは、ショスターコヴィチも招待されていた1962年のイギリスのエジンバラ音楽祭の記録だ。この時期のソビエト連邦の芸術家たちは、当時の社会主義政権の文化政策によって様々な形で苦しめられていた。海外への演奏旅行には必ず、ソ連当局による身辺捜査が付きまとい、行動にも多くの制約があったことは、よく知られている
 このCDで歌っている名ソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤは、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチの夫人だが、1962年は、彼女とイギリスとの関係に、ソ連当局が大きく干渉してきた年でもあった。
 ヴィシネフスカヤがイギリスの大作曲家ベンジャミン・ブリテンと初めて出会ったのは、前年1961年のこと。ロストロポーヴィチとブリテンは60年に知り合って以来意気投合しており、その後の共同作業の下地が既にできていたが、ブリテンはロストロポーヴィチ夫人ヴィシネフスカヤの歌唱に感動し、そのころ作曲を進めていた『戦争レクイエム』に彼女のパートを加えることを決意したのだった。初演は1962年5月30日と決められた。
 作曲者の構想は、ピーター・ピアーズのテノール、フィッシャー=ディースカウのバリトン、ヴィシネフスカヤのソプラノ、という3人の独唱を組み込むというものとなった。これは、第2次世界大戦で苦しんだイギリス、ドイツ、ソ連、を代表する歌手を一堂に会して初演を行うという目論見だったが、このブリテンの世界平和を願う真摯な企画を政治的に意味付けして嫌ったソ連当局は、初演1週間前までロンドンのコベントガーデン歌劇場でオペラ『アイーダ』を歌っていたヴィシネフスカヤに、強制的に「急用ができた」との記者会見を命じ、帰国させてしまった。
 このCDの録音は、その数ヵ月後、傷心の日々を乗り越えて、自身の歌での『戦争レクイエム』の再演を実現しようと密かに運動中の時期のものだ。曲目に、ソ連当局から上演が禁じられたために改訂を余儀なくされていたショスタコーヴィチのオペラ『ムツェンスクのマクベス夫人』が加えられているのも、何かしら象徴的だ。ただし歌詞は、現在復活上演されている原典版ではなく、翌年に初演される改訂版(オペラ『カテリーナ・イズマイロヴァ』と改題)で歌われている。
 このCDの録音された時代の背景に、そうした政治の影があったということは、記憶しておいていいだろう。この音楽祭の主賓ショスタコーヴィチの新作交響曲の西側陣営での披露は、そうした中で行われた。演奏にあたって、作曲者は細かなアドヴァイスを与えたと伝えられている。(1997.1.26 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 この時期の記念碑的な録音として、ブリテンとロストロポーヴィチとが共演したブリテン作品が英デッカに残されているので、ご記憶の方も多いだろう。そして、この後、ロジェストヴェンスキーはロンドンのBBC交響楽団の主席指揮者に迎え入れられる。イギリス政府の意向を受けて、BBC放送局やイギリスの音楽界が、執拗にソ連の共産主義体制に風穴を開けようと刺激を与えていた時代だったことを思い出していただきたい。下世話な話だが、テレビの『スパイ大作戦』や、映画の『007シリーズ』の時代である。
なお、このCDのイギリスでのオリジナル盤の曲目表記は、『ムツェンスク郡のマクベス夫人(Lady Macbeth of the Mtesnsk district)』となっているが、この原稿が執筆された1997年は折しも、原典版での上演が話題になっている時期でもあったことから、混同を避けるため、敢えて、改題されたタイトル表記で国内盤を発売した。ついでながら、このCDに残された歌唱は、翌年1963年の改訂版初演に先立つ試演だったはずである.




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エルガーの音楽世界に浸る、チャールズ・グローヴズの貴重な一枚!

2012年03月14日 15時12分03秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の15枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6090
【曲目】エルガー:序曲「フロワッサール」作品19
     :「バイエルン高地の風景」作品27
     :「主に捧げよ」
     :「凱旋行進曲」
     :「ためいき」作品70
     :「スルスム・コルダ(心は上に)」作品11
     :「二つのパート・ソング」作品26
【演奏】チャールズ・グローヴズ指揮BBCスコティッシュ交響楽団
      スコティッシュ・フィルハーモニック・シンガーズほか
【録音日】1983年1月16日、1981年2月9日

■このCDの演奏についてのメモ
 これは最初の曲が鳴り始めただけで、うれしくなってしまうCD。いかにも「BBC-RADIO クラシックス」らしい企画物の登場だ。イギリス作曲界におけるロマン派的巨匠エルガーの、あまり知られていない作品をスタジオ収録したBBCのライブラリーからの編成盤だが、合唱付き管弦楽作品を中心にしたアルバムで、しかも指揮が、親しみやすく自然な語り口の演奏で多くのファンを魅了しているチャールズ・グローヴズというのだから、これ以上はないという贅沢な組み合わせだ。
 エルガーは有名な小品「愛の挨拶」を捧げていることからもわかるように、愛妻家として知られている。このアルバムの中心を成す「バイエルン高地の風景」は、そのエルガー夫人の作詞によるものだ。平和で温かな雰囲気に満ちた作品で、グローヴズの指揮も優しさにあふれた伸び伸びしたもの。その自然な音楽の運びからは、この作品を支える素直で飾り気のない抒情精神が伝わってくる。
 この作品に先立って当CDに収録されている序曲「フロワッサール」は、エルガーが結婚した翌年の作品。この輝かしさを伴った曲をアルバムの冒頭に置いて、エルガーの世界への招待を演出するというCD構成上の配慮にも、こまやかな工夫が感じられる。
 そして、「バイエルン高地の風景」の後、オルガン付きの作品をいくつか挟んでエルガーらしい敬虔さとロマンティックな感情の高揚を聴き、アルバムの最後には再び夫人の作詞による小品を聴いて閉じるという趣向には、制作者のエルガーに対する愛情さえ感じられる。親しげに微笑みかけるエルガーの一面を凝縮した美しいアルバムだ。
 これは、イギリス音楽が持っている〈人なつこさ〉という一面を聴くには、恰好の1枚といえるだろう。
 この楽しい1枚のCDで指揮をしているチャールズ・グローブズは、1915年ロンドンに生まれ、1992年、同じくロンドンで心不全により急死したイギリスの指揮者。イギリスの音楽に囲まれて成長し、イギリスの聴衆と共に育ったと言っても過言ではない生涯を送った指揮者のひとりで、その温かくのびやかな音楽で、死の直前までイギリスの長老指揮者として愛されていた。グローヴズの演奏は、いつも、幸福な音楽の営みが聞こえてくるのが特徴で、このCDアルバムは、そうしたグローヴズの持ち味が、作品とうまくマッチしている。(1996.7.25 執筆)

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ロンドンのオーケストラを振った「ウィーン音楽」で聴く、指揮者としてのボスコフスキーのアマチュアリズム

2012年03月07日 12時11分24秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の14枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6089
【アルバムタイトル】ボスコフスキー「ウィーン音楽コンサート」
【曲目】スッペ:ファティニッツァ行進曲
    ツィーラー:行進曲「ウィーン市民」
    ベートーヴェン:メヌエット~トルコ行進曲
    シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィーンの森の物語」
    コムツァークⅠ:行進曲「本物のウィーン気質」
    シュトラウスⅡ:皇帝円舞曲
    シュトラウスⅡ:山賊のギャロップ
    ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「おしゃべりやさん」
    スッペ:オペレッタ「美しきガラテア」序曲
    シュトラウスⅠ:シュペール・ギャロップ
    シュトラウスⅡ:アンネンポルカ
    シュトラウスⅡ:ポルカ「帝都はひとつ、ウィーンはひとつ」
    レハール:ワルツ「金と銀」
【演奏】ボスコフスキー指揮BBCコンサート管弦楽団
【録音日】1974年6月1日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、シュトラウス・ファミリーの音楽の指揮で有名なウィリー・ボスコフスキーが、ロンドンに来演した折りの録音が収められている。
 ボスコフスキーは、長年ウィーン・フィルのコンサート・マスターを務めたが、そのかたわら、名指揮者クレメンス・クラウスの死後、1950の後半から、1979年までの長い間、クラウスが創始した「ウィーン・フィル/ニュー・イヤー・コンサート」の指揮を毎年担当し、ウィンナ・ワルツの代名詞にまでなってしまった音楽家。必ずしも指揮は本業ではなかったが、この種の音楽では、仲間であるウィーン・フィルとの共同作業で自身の持ち味が率直に反映していた。
 このCDは、そうしたボスコフスキーにとってはめずらしい〈他流試合〉の記録ということになる。
 ボスコフスキーの相手をするのは、BBCのライト・ミュージックのチャンネル、第2放送所属のオーケストラ、BBCコンサート管弦楽団だ。
 他流試合というのは、聴き慣れた指揮者の演奏であっても、勝手の違いが思わぬ結果を生んでいたりして、面白いものだ。このCDでも、しばしば指揮台に立っているのがボスコフスキーであることを忘れてしまうような、きりりとしてリズミカルな運びが、プロムスのラスト・ナイトのような快活さで聞こえてくる。
 曲目構成にもそれは表われていて、行進曲が多いのは、やはりイギリスの聴衆の好みなのだろうか? しばしば飛び出す金管の響きも、この国の音楽の軽快さを思い起こさせるし、小太鼓も快調だ。スッペの序曲の鳴り方や加速度は、サドラーズ・ウェルズのオペレッタの楽しさだ。
 ボスコフスキーとウィーン・フィルの演奏には、いわゆるウィーン・スタイルのリズムのひきずりがあり、それが、独特の雰囲気を生んでいるのだが、当CDでは、「皇帝円舞曲」でさえ前へ前へと進む推進力に突き動かされている。こうした演奏を聴くと、改めてボスコフスキーの、良い意味でのアマチュアリズムからくる素直さを感じる。ボスコフスキーは、決してバトンのテクニックでオーケストラをドライヴしていく人ではないのだ。むしろ自分たちなりに独自の音楽文化を形成しているロンドンのオーケストラが、自分たちのスタイルで奏でるウィーンの音楽を、楽しむ側にまわってさえいるのが、このCDでのボスコフスキーだ。
 実に面白いCDが発売されたものだ。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 私の「ウィーン音楽」に関する考え方は、1996年の「ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサート(マゼール指揮)」のライナーノートで詳しく述べました。じつは、私は、ある意味で、ボスコフスキー/ウィーン・フィルの一連のウィーン音楽録音全体に横溢している、一種の、八百長試合のような甘えに懐疑的なのです。もちろん、良い面も多々あるのですが、クレメンス・クラウス時代のようなみずみずしさはないように思っています。そういう意味では、その真反対にマゼールの、徹底してバトンをしっかり振り続けて「キッチュなウィーン音楽」を現出して見せた演奏が興味深かったわけです。ボスコフスキーが降りたあと1980年からの連続7年間のことです。そのマゼールが大転換を成功させた最初が、1996年(最初のRCA盤)と思っています。その2年前の再会、1994年のソニー盤は、その転換に至る前の軋[きし]みから来る歪んだ音楽が痛々しいものでした。私がRCAの96年盤のために執筆したライナーノートは、当ブログにも掲載してあると思いますので、左の欄外を下にスクロールして「ブログ内検索」で「マゼール ニューイヤー」としていただければ見つかるはずです。
 ついでながら、ボスコフスキーは、ウィーン・フィルを離れて、彼が気心知れた仲間とだけでEMIに残した「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団」との録音のほうが、その徹底されて楽しく華やいだ雰囲気が好きです。これは名演だと思っています。ボスコフスキーは、ほんとに、バトン・テクの人ではなかったのです!

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ウォルトン作品――自作指揮による「ヒンデミット変奏曲」と、ボールト指揮による「交響曲第1番」を聴く

2012年02月24日 14時36分43秒 | BBC-RADIOクラシックス



 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の13枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6088
【曲目】ウォルトン:交響曲第1番 変ロ短調
      :「ヒンデミットの主題による変奏曲」
【演奏】エードリアン・ボールト指揮BBC交響楽団
    ウィリアム・ウォルトン指揮ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
【録音日】1975年12月3日、1963年3月8日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには今世紀のイギリス音楽を代表する作曲家のひとりであるウィリアム・ウォルトンの重要な管弦楽作品が2曲収められている。そしてこの2曲の録音はおそらく、演奏解釈の上でも重要な記録として将来に残るものだろう。
 まず、後半に収められた「ヒンデミットの主題による変奏曲」だが、これは、作曲者自身の指揮というだけでなく、当CDの演奏が、初演当日の記録であるという点でも、歴史的に意義が大きい。ドイツの作曲家であるヒンデミットとウォルトンは、かなり親密だったことが知られているが、ヒンデミットは、このウォルトンの「変奏曲」を気に入り、指揮者としても実績のあったヒンデミットは、自らも指揮をする構想を持ったようだ。だが、結局果せないまま、数ヵ月後には世を去ってしまった。残念ながら主題を提供したヒンデミットの指揮する演奏は実現しなかったが、作曲者の初演の記録は、こうして今日、聴くことができる。
 ウォルトンの指揮は、演奏スタイルとしては、かなり感情表現の幅を大きくとったスケールの大きなもので、同時に、色彩感が豊かでニュアンスが細かく、くっきりとして引き締まった造形も聴かせる。かなり達者な指揮ぶりだ。この曲の真価を問うにふさわしい演奏と言えるだろう。
 ところで、ウォルトンは、わずか19歳の時に作曲した作品「ファサード」で〈恐るべき子供〉として驚嘆され。一躍、世界の作曲界に躍り出た。それはジャズの手法を大胆に取り入れた斬新な作品だった。そのため、モダニストのイメージが強いが、その後の「交響曲」や3曲の「協奏曲」などで聴かせるウォルトンの、大きな感情の振幅を表現する〈抒情性〉を忘れてはならない。
 そうしたウォルトンの音楽が内包する〈劇〉が自作の指揮から聴きとれるのだが、それは、ボールト指揮の「交響曲第1番」にも表われている。
 ドイツ・ロマン派との接点を色濃く持つイギリス指揮界の長老であるボールトにとって、ウォルトンは明らかに、若い世代に属する作曲家だ。そのため、ボールトのこの演奏からは、作品を支える時代精神が、ロマン主義の屈折の過程のあったということを、むしろ分かりやすく表現する結果となっている。そうした演奏が可能な指揮者は、(作曲者の残した自演盤を除けば)おそらくボールトを置いて他にいないだろう。そして、ウォルトンとヒンデミットを結び付ける絆も、そこにあったはずだ。当CDは、この作品の初期のイメージを伝える貴重な演奏と言ってよいだろう。(1996.7.28 執筆)

【ブログへの再掲載に際しての付記】
 特に付け加えることはほとんどありませんが、文中の「交響曲第1番」の作曲者指揮による録音は、英HMV原盤のLPのことです。また、その「作曲者の残した自演盤を除けば」とわざわざ言っているのは、サイモン・ラトルによるウォルトン盤を意識しているからだったと記憶しています。ラトル盤はなかなかの名演で、しかも、新しいアプローチで問題提起をしています。そのことは、私自身が、東芝EMIからの国内盤ライナーノートに書きました。(このブログ内を検索していただければ読めます。掲載済みです。)

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若き日のロジェストヴェンスキーが1966年プロムス・ライヴで聴かせた「マンフレッド交響曲」

2012年02月17日 11時37分34秒 | BBC-RADIOクラシックス


 このところ、音楽とは直接に関わらない時代考証的な仕事で忙しくしていますので、このブログの更新も滞りがちです。私が体調不良なのではないか、と心配して電話をしてきた友人も何人か居て、その中から思いがけず、むかし話に興じたりという幸福な時間も得ることができました。ブログの更新が滞ると、「私に何かあったのではないか」と思われてしまうのですね。みなさま、申し訳ありませんでした。当ブログ、「決定稿主義」でUPしていますから、どうでもよいことをつぶやくわけには、いかなかったのです。さて――

 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 ――と、いつも繰り返し掲載しているリード文に続けて、久しぶりの、以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の12枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6087
【曲目】チャイコフスキー:「マンフレッド交響曲」
     :交響的幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団
    イーゴリ・マルケヴィッチ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1966年8月18日、1962年8月26日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、チャイコフスキーの管弦楽作品の内、文学に材をとった標題音楽が2曲収録されている。指揮は、いずれもロシアの指揮者によるものだが、二人とも強い個性を持っているので、それぞれの表現を聴く楽しみがあるCDだ。
 「マンフレッド交響曲」は、ロシア(旧ソビエト連邦)の戦後世代を代表するゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが1966年に、当時音楽監督をしていたモスクワ放送交響楽団を率いてロンドンのプロムナード・コンサート(プロムス)に出演した際のライヴ録音。この時期にはロジェストヴェンスキーは、すっかりロンドンの聴衆に親しまれていた。
 1931年生まれのロジェストヴェンスキーは、まだ20歳代半ばの56年にボリショイ・バレエのロンドン公演に同行してロンドンにデビューした。ロジェストヴェンスキーの並み外れたオーケストラの掌握力や、豪快で華麗な色彩感などにいち早く注目したロンドンの聴衆は、その後も機会あるごとに、この若い指揮者をロンドンに呼び寄せた。ロンドンとロジェストヴェンスキーの結び付きは、やがて、1978年からのBBC交響楽団首席指揮者就任へと発展していくが、この「マンフレッド交響曲」はその途上の1966年の演奏会。確信に満ちて自身のオーケストラを振り切って、チャイコフスキーの音楽から、カラフルでクリアなサウンドを引き出している。押し出しの堂々とした力強さが、どの部分でも濁りのない響きを失っていない。金管の強奏でも、弦楽とバランスよく刈り込まれ、束ねられ、まろやかでありながら輝きを持っているのが彼の持ち味。第2楽章は特に印象的だ。
 こうしたアンサンブルの妙味で聴かせるのがロジェストヴェンスキーだとすると、1912年にロシア(現在はウクライナ共和国)のキエフに生まれたマルケヴィッチの指揮する音楽は、かなり肌合いが違う。
 この演奏はオーケストラがロンドン交響楽団で、録音年が1962年となっている。これは、マルケヴィッチがフィリップス・レーベルに同交響楽団とで「チャイコフスキー交響曲全集」を録音していた時期と重なっている。完璧主義で知られるマルケヴィッチが、周到な研究でチャイコフスキーの音楽の解釈を築いていた時期の録音だ。ここでも、音楽の表情付けに揺るぎない自信が感じられる。
 マルケヴィッチの演奏は、突出した音色や、表情を容赦なく抉[えぐ]り出して聴かせるところにある。メリハリのくっきりした音楽は、ロジェストヴェンスキーとは別の意味で、押し出しの強い音楽の力を生んでいる。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 この、15年以上も前に書かれた文章を読み返して、私自身も聴き直してみたくなりました。確かに、ここに書かれているとおりの特徴を持った演奏なのでしょう。だとしたら、それぞれの曲想からして、理想的な演奏でもあると、その後、この二つの曲を様々な演奏で聴き継いできた今、言い切ってもいいかと思っています。ぼんやりとした記憶ですが、特にロジェヴェンの若き日の演奏は、とても力強く、この人が、確かにこの時期「只者ではない」とロンドンで高く評価されていたのを納得した思いでした。「マンフレッド」にはマルケヴィッチの名盤がフィリップスにありますが、あのスコアをよく整理したといった演奏から飛び出してくるもの、はちきれてしまったもの、がロジェヴェンの演奏には刻印されていたと記憶しています。ロイヤル・アルバートの大きなホールを熱狂させた「プロムス」の名演記録のひとつだと思います。


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ジョン・オグドンの名演で聴くイギリス近代のピアノ協奏曲(ロースソン&シンプソン)

2011年09月13日 15時11分56秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の11枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6086
【曲目】ロースソン:ピアノ協奏曲第2番
       :2台のピアノのための協奏曲
    シンプソン:ピアノ協奏曲
【演奏】ジョン・オグドン(pf)/ブレンダ・ルーカス(pf)
    プリッチャ―ド指揮BBC交響楽団/ロンドン・フィル
    シルヴェストリ指揮ボーンマス交響楽団
【録音日】1983年5月22日、1968年8月14日、1967年9月20日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、今世紀に入ってから生まれた二人のイギリスの作曲家のピアノ協奏曲が収録されている。ピアノ独奏はいずれも、ジョン・オグドンで、内1曲は、初演のコンサートのライヴ録音となっている。
 ジョン・オグドンは戦後のイギルスが生んだトップ・クラスのピアニストで、特にロマン派作品の演奏で定評があった。このCDの演奏でも、作品の現代性の中に息づいているエモーショナルな動きやリリシズムを、詩情豊かに表現している。
 オグドンは1937年にイギリスのマンチェスターに生まれた。モーツァルト、ベートーヴェン、の権威として知られるデニス・マシューズと、無類のヴィルトーゾ的ピアニストのひとりエゴン・ペトリに学んでいる。1962年のチャイコフスキー・コンクールで、ウラディーミル・アシュケナージと二人同時優勝という、コンクール史上でもめずらしい経歴を持っている。チャイコフスキー、リスト、ラフマニノフなどで、力強い、芯のしっかりしたロマンティシズムを聴かせてくれたが、1989年に52歳という、まだこれからという時期に惜しくも世を去った。
 ロースソーンの「ピアノ協奏曲第2番」は、1951年にクリフォード・カーゾンが初演している作品だが、オグドンによるこの演奏は83年のもの。
 一方、「2台のピアノのための協奏曲」は、当CD収録の演奏が初演の記録。第2ピアノを担当しているブレンダ・ルーカス・オグドンは、ジョン・オグドン夫人で、作品が持っているピアノの打楽器的用法の力強さにも、息のあったところを聴かせている。
 最後に収録されたシンプソンの「ピアノ協奏曲」は初演を行い、この作品を捧げられたオグドンの独奏によるものだが、初演の記録ではなく、その2ヵ月程後の1967年9月の録音。ルーマニア出身の指揮者コンスタンティン・シルヴェストリが伴奏を担当している。シルヴェストリは、50年代の終わりにルーマニアでのポストを捨ててロンドンでデビュー、1961年には、イギリスのボーンマス交響楽団の首席指揮者の地位を得ている。この録音はイギリスへの帰化も果した時期のものだが、その2年後の1969年に急逝した。終曲部分での諧謔的な動きの面白さなどには、シルヴェストリならではのうまさが聴かれる。(1996.7.30 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 オグドンについての私の記述が、かなり素っ気ないですが、これを書いていた当時には、オグドンにあまり関心がなかったという記憶があります。もっとも去年あたりに、リストやブゾ―ニの演奏の流れを追っていて興味を持って、EMIに残されたオグドンのレコーディングをまとめて聴いたりして、いいピアニストだなと思うようになりましたが、そのこまやかなピアニズムの印象は、この15年前に書いていた文章と変わりませんでした。
 ところで、上記の文中に「エゴン・ペトリに学んだ」とありますが、そんなことを書いていたとは、すっかり忘れていました。エゴン・ペトリは、リスト生誕200年を記念してのCDラッシュの今年、ペトリの没後50年ということもあって、来週、9月21日に『リスト/古典派~浪漫派の名曲によるピアノ作品集』というリストによるピアノ編曲を集めた復刻CDが発売されます。日本ウエストミンスター(販売:日本コロムビア)の復刻シリーズの一枚で、先日、戴いたばかりの見本盤を聴いて、そのあまりの見事さに驚いています。近々、それについても言及します。メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』の「結婚行進曲」と「妖精の踊り」や、グノー『ファウスト』の「ワルツ」など、驚異的です。
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ロジェストヴェンスキーの華麗な指揮で、ブリテン「春の交響曲」の生き生きとした躍動感を感じ取る

2011年08月16日 11時33分56秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の10枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6085
【曲目】ブリテン:「春の交響曲」
    ブリッジ:管弦楽のための狂詩曲「早春」
    ブリッジ:交響詩「夏」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団
      エイドヴェン・ハーリー(sop.)
      リンダ・フィニー(con-alt.)
      ロバート・ティアー(te.)
      BBC交響合唱団、ロンドンヴォイセス
      サウザンド少年合唱団
    チェールズ・グローヴス指揮BBC交響楽団
    アシュリー・ローレンス指揮BBCコンサート管弦楽団
【録音日】1980年9月6日、1978年9月12日、1976年10月7日

■このCDの演奏についてのメモ
 このCDのアルバム構成も、〈BBC-RADIO クラシックス〉ならではのもので、ブリテンの声楽を伴う大作「春の交響曲」に加えて、ブリテンの師であるフランク・ブリッジの、春と夏にちなんだ作品が収められている。ユニークな構成であるばかりでなく、イギリスの近代管弦楽曲の中での、〈春〉の一般的イメージを知る上でも、参考になる作品の収録となっている。ブリッジの描く「早春」と「夏」からは、イギリスの牧歌的な美しい風景が、目に浮んでくるようだ。
 ところで、ブリテンの「春の交響曲」の成立過程については別項にあるので、ここでは触れないが、春の訪れを人一倍待ちわびるイギリス人たちの〈春〉を歌った曲としてだけでも、この作品はイギリスで人気の高い曲のようだ。ブリテン自身の指揮、コヴェントガーデン王立歌劇場管の録音が英デッカ=ロンドンにある他、プレヴィン/ロンドン響によるEMI盤、ヒコックス/ロンドン響による英シャンドス盤などが知られている。
 当CDは、それらに伍して、ロシアの指揮者、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーによるライヴ録音である点がユニークだ。もっとも、オーケストラはBBC交響楽団で、歌手たちも全てイギリス勢。会場もプロムナード・コンサート(プロムス)だ。当時、このオーケストラの首席指揮者として、次々にロンドンっ子の愛聴曲を自身のレパートリーにしていったロジェストヴェンスキーの才人ぶりに改めて驚かされる。
 この人は、どんな曲でも、器用に、そして的確にすぐ振れてしまうところがあって、それは、この大規模な作品でも発揮されている。特に、第3部あたりからの生き生きとした自由さは、この作品が既に彼のなかで充分に醸成されていることを感じさせる。終曲のリズム・センスにも、ロジェストヴェンスキーの華麗で色彩感豊かな現代感覚が、鋭く光っている。1931年生まれの彼は、戦後のロンドンで最も人気を博した指揮者だが、そのことを納得する演奏のひとつだ。
 ブリッジ「早春」で指揮をしているチャールズ・グローヴズは、その率直な表現でイギリスの聴衆に愛されていた指揮者。1992年に惜しまれつつ世を去った。
 アシュリー・ローレンスは、ニュージーランド出身だが、ロンドンの王立音楽院を卒業後、バレエ指揮者としてキャリアを積みながら、イギリスのライト・ミュージックの分野で成功した。1990年に急逝しているが、その生涯をイギリスのライト・クラシックの発展に尽くしたことで、多くのファンから敬愛されている。(1996.7.29 執筆)

【当ブログへの再掲載に際しての付記】
 これは、この曲のイメージをかなり変える演奏だったという記憶があります。じっと「春を待つ」北欧音楽的な感覚は、イギリスにもありますが、ロシアの「ロジェヴェン」の抜けるような明るさはちょっと独特。ロジェヴェンが、戦中派の後の世代特有の、ある種の「アッケラカン」としたタフさを持っているからだったのかもしれません。15年ほど前の自分の原稿を読み返して、久しぶりに聴き直してみたくなりましたが、ここ数日、別件で忙しいので、延期、です。このブログの更新も、来週まで無理かもしれません。猛暑でバテているわけではありません。ご心配無用です。個人的なことで恐縮ですが、本日は、私の誕生日! 62歳になってしまいました!! 
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プロムスの大舞台でダイナミックに鳴り切ったサージェント異色のドビュッシーとフランス歌曲の名唱を聴く

2011年07月20日 10時34分11秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の9枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6084
【曲目】ドビュッシー:交響詩「海」
    ショーソン:愛と海の詩
    ラヴェル:歌曲集「シェエラザード」
【演奏】マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
    ジャネット・ベイカー(m.s.)
     スヴェトラーノフ指揮ロンドン交響楽団
    マーガレット・プライス(sop.)
マルコム・サージェント指揮BBC交響楽団
【録音日】1963年9月5日、1975年4月17日、1965年8月6日


■このCDの演奏についてのメモ
 このCDには、フランス近代の作曲家3人の作品が収められている。その内、2曲が管弦楽伴奏付きの歌曲集というめずらしい組み合わせだ。
 アルバムの導入のように置かれたドビュッシーの交響詩「海」は、ロンドンの夏を彩るプロムナード・コンサート(プロムス)の主役として、戦後の長い間、人気を博していたマルコム・サージェント指揮BBC交響楽団の演奏。もちろん、この録音も、1963年のプロムスでのライヴだ。
 演奏は、いわゆるドビュッシー的な淡い色彩の音楽を期待すると、かなり違和感があるかも知れない。遠目からもそれぞれの色彩の違いがくっきりと見分けられるといった傾向の演奏で、身振りの明確な演奏だ。誤解を恐れずに言えば、かなりスペクタクルな動きのはっきりした演奏だが、それは、プロムナード・コンサートという大ホールを埋め尽くす観客を相手にした演奏会にとって、むしろふさわしいことだったのかも知れない。必ずしもサージェントという指揮者の、これまでの録音での特徴にそのまま一致する演奏スタイルではないからだ。いずれにしても結果として、この「海」は、なかなかダイナミックでわかりやすく、親しみやすい演奏になっている。第3楽章は特に圧巻で、音楽が生き生きしていて楽しい。このあたりに、イギリスがクラシック音楽を上手に大衆化している上質なセンスを聴くことができる。
 一方、ショーソンとラヴェルの作品では、イギリスの誇る2人の女性歌手の名唱を聴くことができる。イギリスには、かつてのキャスリーン・フェリアのように、歌曲の分野で実力を発揮する歌手が多いが、ジャネット・ベイカーと、マーガレット・プライスの2人も、そうした例だ。ベイカーには、バルビローリ指揮でベルリオーズ「夏の夜」や、ボールト指揮でブラームス「アルト・ラプソディ」などの録音が、プライスには、アバド指揮でラヴェル「シェエラザード」や、サヴァリッシュのピアノとのシューベルト歌曲集などの録音が、それぞれある。
 ショーソンでロンドン交響楽団を指揮しているのは、ロシアの指揮者エフゲニー・スヴェトラーノフだが、ベイカーの歌唱ともども適度な劇性を聴かせて、この曲にしっかりとした芯を与えて、聴き手を掴んで離さない。旋律のラインを的確に朗々と響かせながら、繊細さを確保した語り口のうまさが光る。
 ラヴェルのプライスは、前述のように、アバドとの87年録音があるが、このサージェントとのライヴ録音は、65年のプロムスでのもの。張りのある若々しく開放的な歌が魅力だ。(1996.7.28 執筆)





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ウォルトン「ヴィオラ協奏曲」と「ヴァイオリン協奏曲」の正統を伝える演奏を、BBCに残された録音で聴く

2011年07月11日 15時22分07秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の8枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6083
【曲目】ウォルトン:ヴィオラ協奏曲
       :ヴァイオリン協奏曲
【演奏】ピーター・シドロフ(va)
     コリン・デイヴィス指揮BBC交響楽団
     アイオナ・ブラウン(vn)
     エドワード・ダウンズ指揮ロンドン交響楽団
【録音日】1972年8月21日、1967年7月18日


■このCDの演奏についてのメモ
 今世紀のイギリスを代表する作曲家のひとり、ウイリアム・ウォルトンはその生涯に、独奏と大管弦楽との本格的な協奏曲をヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、それぞれのために1曲ずつ残したが、そのうちの2曲が、このCDには収められている。
 冒頭に収められた「ヴィオラ協奏曲」は、ウォルトンの協奏曲の中では最も早くに書き上げられた作品。ナチ台頭前夜の不安な世相を反映しながら、深い祈りにも似た抒情精神にあふれた美しい作品だが、それほど録音はされていない。古くはウォルトン自身の指揮による2種の録音(独奏:37年、ライデル/68年、メニューイン)があったが、88年にナイジェル・ケネディの独奏、プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏がCDで発売されて、最近では93年発売の英シャンドス盤で、日本の誇る世界的ヴィオラ奏者今井信子が好演している。
 当CDは1972年のプロムナード・コンサート(プロムス)のライヴ録音で、ここでヴィオラを独奏しているピーター・シドロフは、室内楽ファンならば誰でもその名を知っている弦楽四重奏団、アマデウス・カルテットのヴィオラ奏者。ジュリアード・カルテットのヒリアーと並んで、名カルテットでの活動が中心のヴィオラ奏者の中で、そのヴィルトーゾ性に抜きん出たものを持っていた人だが、これは、その貴重なソロ活動の録音と言えるだろう。ウィーンの流れを汲みながら、戦後、近代感覚を存分に発揮していくつもの名演を残したアマデウス・カルテットの一員だけあって、シドロフの演奏は、この作品の背後にあるほの暗い抒情が豊かに歌い上げられ、時代精神を伝える見事な演奏となっている。コーリン・デーヴィスの指揮も、独奏者の心をよく聴き取りながら、控え目なペースでよく随いている。
 一方の「ヴァイオリン協奏曲」で独奏しているアイオナ・ブラウンは、フィルハーモニア管弦楽団から1964年にネビル・マリナー率いるアカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)に移籍し、74年以降、同楽団のリーダー、ソリストとして活躍している。この録音は1967年で、ブラウンがソリストとして高い評価を得つつある頃にあたる。力強いアプローチで弾き切っており、この自国の今世紀を代表するヴァイオリン作品のイメージに、揺るぎない確信を持って接していることが伝わってくる。これもまた、この曲を聴くにふさわしい仕上りを聴かせてくれる録音だ。(1996.7.25 執筆)



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クレンペラーによってイギリスの聴衆との絆が生まれたピアニスト、アニー・フィッシャーの「比類ない詩情」

2011年07月05日 11時14分12秒 | BBC-RADIOクラシックス


 1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
 私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
 なお、2010年1月2日付けの当ブログでは、このシリーズの特徴や意義について書いた文章を、さらに、2010年11月2日付けの当ブログでは、このシリーズを聴き進めての寸感を、それぞれ再掲載しましたので、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。

 以下の本日掲載分は、第4期発売の15点の7枚目です。

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【日本盤規格番号】CRCB-6082
【曲目】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第19番
      :ピアノ・ソナタ第15番「田園」
      :ピアノ・ソナタ第30番
      :ピアノ・ソナタ第32番
【演奏】アニー・フィッシャー(pf)
【録音日】1971年2月24日、1977年10月19日、
     1987年11月11日、1977年10月19日


■このCDの演奏についてのメモ
 オーケストラ作品の多い〈BBC-RADIO クラシックス〉のシリーズで、これはめずらしいピアノ・ソロのアルバムだ。録音年代は長期にわたっているが、演奏者はいずれもアニー・フィッシャーで、曲目はすべてベートーヴェンのソナタとなっている。
 アニー・フィッシャーは1914年にハンガリーに生まれた女性ピアニスト。1933年にリスト・ピアノ・コンクールで第1位を獲得した。第2次大戦中はスウェーデンに移住していたが、1946年に再びハンガリーに戻って活動を再開した。
 戦前から、その詩的でエレガントなピアノが多くの大指揮者を感激させたと言われ、共演した指揮者は、フリッツ・ブッシュ、メンゲルベルク、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラーなど、錚々たる顔ぶれだ。
 特にクレンペラーは、戦後のハンガリーでの活動を通じて、アニー・フィッシャーの素晴らしさを認識し、後に、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者時代には、しばしばロンドンに呼び寄せ、共演している。いくつかが、英EMIによって録音もされているが、そうしたことで、アニー・フィッシャーとイギリスの聴衆との結びつきは、なおさら強いものとなっていったようだ。
 フィッシャーのピアノには深く、もの静かな思索があり、その独特の浮揚感から湧き出てくる詩情の豊かさには、比類ないものがあった。そのことは、このCDの冒頭に収められた19番のソナタを、ひと度聴き始めただけでも、即座に感じ取れる。イギリスの聴衆は、長い間、彼女のピアノを愛し続け、この上質なピアニズムを大切に守ってきた。
 おそらく、ロンドンの聴衆は、世界で最も、彼女の芸術を理解していただろう。良い聴き手とめぐり合った時、演奏も、ほんとうに光り輝くのだと思う。クレンペラーとの共演をはじめとして、彼女のロンドン録音には、すばらしい成果を出したものが多い。だが、今回のBBC放送のために録音された一連の演奏は、それを凌駕して余りあるほどの見事な音楽的充実を持っている。彼女のこれほどの名演奏を収録し、こうして保存してきたBBCのスタッフに敬服する。
 フィッシャーの最後の公開のリサイタルは、1992年6月に、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールで行われた。それから3年後、1995年4月に、彼女はブダペストの自宅で81年の長い生涯を閉じた。バッハの「ヨハネ受難曲」の放送を聴きながらの死だったという。(1996.7.30 執筆)



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