怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子

2015-02-18 07:33:57 | 
この本の題名を見て内容を想像できるだろうか。
小川洋子の小説は題名からは訳が分からない内容のものが多い。「ブラフマンの埋葬」って言うけどブラフマンって何?「ことり」が鳥とお話しできるおじさんの話って想像だにしないよね。
この本も何だろうと思って最初を読んでみると
「リトル・アリョーヒンが、リトル・アリョーヒンと呼ばれるようになるずっと以前の話から、まずは始めたいと思う。」
これは一体全体、外国の物語か?
リトル・アリョーヒンていうのはどこの国の人?
実はアリョーヒンていうのはロシア人でチェスの世界での伝説の名人の名前。
この小説は天才的なチェス少年の物語です。チェスの基礎知識がないといまいち理解できないところがあるのですが、そんなところはスルーして乏しい将棋の基礎知識で想像しながら読んでも十分心に沁みわたります。

チェスに天賦の才がありながら、何故か盤上を見て指すことができずに、盤の下に潜り込んでしか指せない少年。
少年が愛していたデパートの屋上で大きくなりすぎて下に降りることができずそのまま屋上で一生を終えた象のインディラ。
少年にチェスの手ほどきをした古い回送バスに住んでいたマスター。
マスターの「慌てるな、坊や」と言う言葉は力強くリフレインしています。
マスターの飼っていた猫の名前が「ポーン」で、少年はいつもチェスの盤の下で猫を抱いて心を落ち着けていました。
その猫を抱いてチェスの盤の下の海原を象と一緒に泳いでいる少年。どうやらこれが題名の由来です。
少年は人前に出ることが無くと言うか人前に出ることができなくてチェスの盤の下に潜って人形の「リトル・アリョーヒン」を操ることによってチェスを指すのですが、チェスは単に勝ち負けを競うのではなくて盤上でその人の人生と言うか志を醸しだすもの。
お互いの死力を尽くしつつ最強でなく最善の道を探る駒の動きによって美しい棋譜が出来上がっていきます。駒の動きに隠された暗号から、バイオリンの音色を聴き取り、虹の配色を見出し、どんな天才も言葉にできなかった哲学を読み取っていく。ライバルたちが指す一手一手の中に一瞬の光を発見し深く心打たれる試合。チェスと言う海に自ら発する光だけを頼りに泳ぐ少年の姿。チェスと言うもののゲームの奥深さに読む人を誘います。
まったく浮世離れした物語ですが、物悲しくて、なぜか心が洗われる小説です。
いつも少年を励ます言葉「慌てるな、坊や」
ここに出てくる主人公の少年も回送バスで半ば隠遁生活を送っていて少年にチェスを教えたマスターもデパートの屋上を降りることができない象のインディラも「リトル・アヒョーヒン」の助手をしていたミイラと言う名の少女も「リトル・アヒョーヒン」の製作費を出した富豪の老嬢も、みんなどこか悲しい。でもそんな悲しい人生を恨むことなく、自らの運命に抗うことなく、自分たちの務めを一生懸命全うしています。
チェックメイト。
人生って勝ち負けだけではなくて、悲しくも美しいもの…


コメント
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