Ⅲ 第二バチカン公会議の他宗教観
第2バチカン公会議は他の宗教をどう見ていたのか。この「他の宗教」には正教会やプロテスタントも入るし、仏教やヒンズー教も入る。この他宗教観は「教会憲章」と「諸宗教宣言」のなかで表明されている。要約は難しいテーマだが、少し覗いてみよう。
1 「教会憲章」
教会憲章の全8章のうち第2章は「神の民について」と題されている。神の民とは、カトリック信者だけではなく、他のキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、その他の宗教を信じる者、そして無神論者まで、同心円的に拡大して捉えている点が特徴的だ。人類全体を神の民と想定しているのであろう。
14項はカトリック信者、15項はプロテスタント、16項はキリスト教以外の諸宗教を信じる者が取り上げられている。16項には、「まだ神をはっきりとは認めていないとはいえ、神の恵みに支えられて正しい生活をしようと努力している人々」という表現で無神論者も含めて救いの可能性を述べている。
2 「キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言」
この宣言は「諸宗教宣言」と略して呼ばれることが多いが、日本語訳でもわずか4頁の短いものだ。キリスト教の他宗教観を簡潔に表明したものだ。日本語訳はなかなか手に入りづらい文書なので、PDFにして載せてみた。参考になれば幸いである(1)。 ポイントだけ拾っておきたい。
序文では、「すべての民族はひとつの共同体であり、唯一の起源を持っている・・・ひとびとは種々の宗教から、昔も今も同じように人の心を深く揺さぶる人間存在の秘められた謎に対する解答を期待している」と述べ、すべての民族がそれぞれの歴史・文化・宗教を持っていることを認める。
2項では、「カトリック教会は、これらの宗教の中に見いだされる真実で尊いものを何も排斥しない」が、他方、「教会はキリストを告げている」ので、「教会は自分の子らに対して、キリスト教の信仰と生活を証明しながら、賢慮と愛をもって、他の諸宗教の信奉者との話し合いと協力を通して、彼らのもとに見いだされる精神的、道徳的富および社会的、文化的価値を認め、保存し、さらに促進するよう勧告する」とのべている。
3項では、「教会はイスラム教徒をも尊重する」と述べ、4項ではユダヤ教について、「新約の民とアブラハム子孫とを霊的に結んでいる絆を思う」と述べている。
5項では、「教会は、民族や人種、身分や宗教の違いのために行われるすべての差別や圧迫を、キリストの精神に反するものとして退ける」と述べ、全人類が父なる神のもとで兄弟であると述べる。
3 第2バチカン公会議の公文書にみられる他宗教観を支える理念
上記以外の公文書でも他宗教への言及がみられる。それらを支える共通の理念は次のように整理できよう。
①他宗教への肯定的姿勢がみられる すべての人が救いへの一般的召命を受けていることの言及
②救いへの道は多数あるという教会の主張は、自分の宗教を救いの場とするおのおのの人間がそこで神に近づき、神のみ旨を遂行できるという意味である
③教会は「救いの普遍的秘跡」であるという自己理解が一貫している
④キリストは神と人間との唯一の仲介者である。キリストは教会を設立し、この教会を通してすべての人に真理と恩恵が与えられる
⑤キリストの教会はカトリック教会の中に存在する。だがこの組織のほかにも、本来キリストの教会に属すべきものが存在することを認めている。
キリストと教会と神の民がキーワードのようだ。第2バチカン公会議はこういう理念のもとに他宗教の存在を肯定的に見ていたようだ。だが当初から批判はあった。そしてその批判は今でも続いている。
4 教会の他宗教観への批判
①伝統主義者からの批判:第2バチカン公会議で示された教会の立場は、キリストの救いにおける絶対不可欠性の主張を相対化してしまっているのではないか。
②多元主義者からの批判:キリストの唯一・絶対的・普遍的救いと教会の役割の主張はあまりにも自己中心的ではないか。
③他宗教からの批判:教会が現存していない国や地域で、教会はどうやって救いの仲介者になれるのか
こういう批判はやがて包括主義をめげる大論争に発展していく。第2バチカン公会議以後半世紀にわたって教会はこの論争の中で生きてきたとも言えそうだ。次稿でみてみたい。
注
1 「キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言」全文。出典は、南山大学監修『第2バチカン公会議公文書全集』サンパウロ、2001 197-199頁 である。