仮面の告白『雲の上の虹』

この世の誉・不正・不道徳・破廉恥・権力者を追及し、無害なことも記録しつつ、雲の上の虹をめざす枕流亭の日記(日乘)

既成政党崩壊:日本の一番愚かな会談

2012年08月08日 | 怒髪衝天

  なんなんだ!!!!!!!!!!今夜の谷垣・野田会談は!

  今祖国を救わなければならないときに!

  自民党の役目は一日も早く民主党売国奴政権を倒閣すること!

  その役目が自民党の政党としての最期の仕事だ!ろうが!

  増税をする政党に明日はないことを、新政治勢力に期待するしかないのだ!

  思えば民主党という自民党亜種政党に期待し投票した愚かな大衆のせいで今日の祖国の惨状がある。

  自民党は美しく崩壊しろ!その条件が民主党内閣の倒閣だったのに!

  自民党は散り際を失った!

  本当に第2の維新が必要だ!

 

  

 

<野田首相>「近いうちに解散」民自公、党首会談で合意

毎日新聞 8月8日(水)20時48分配信

 

 野田佳彦首相は8日夜、自民党の谷垣禎一総裁と国会内で約40分間会談し、消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案について「(民主、自民、公明の)3党合意を踏まえて早期に成立を期す。成立した暁には近いうちに国民に信を問う」ことで合意した。自民党は法案成立の条件として衆院解散・総選挙の確約を求めていたが、谷垣氏がこの合意を受け入れ、首相が政治生命を懸ける消費増税法案は10日に参院で可決、成立する見通しとなった。


 首相と谷垣氏の党首会談には後から公明党の山口那津男代表も加わり、3党首で約10分間会談した。民主党の樽床伸二幹事長代行、自民党の石原伸晃、公明党の井上義久両幹事長が同席した。

 この合意を受け、自民党は内閣不信任決議案と首相問責決議案の提出をやめ、野党6党が提出した不信任案の否決に協力する。山口氏も会談後、「否決の姿勢で臨みたい」と記者団に述べた。3党は9日の衆院本会議で不信任案を否決し、参院の野党7会派が提出した首相問責決議案は採決しない方針。消費増税法案など一体改革関連法案については、10日午前の参院特別委員会で可決し、同日午後の参院本会議で成立させる日程で調整する。

 首相は会談後、記者団に合意内容を説明し、解散時期については「そういうやり取りはしていない。首相として解散時期を明示することは控えなければならない」と語った。民主党の輿石東幹事長は8日夜、東京都内で記者団に対し、赤字国債の発行に必要な特例公債法案と衆院の「1票の格差」を是正する選挙制度改革関連法案が成立していないことを挙げ「解散できる状況ではない」と早期解散を否定した。

 党勢の低迷する民主党内には解散回避を求める声が強く、「近いうちに」との表現には不安も広がる。

 党首会談に先立つ8日夕、国会内で開かれた民主党両院議員総会で首相は「首相の専権事項、大権として、解散の時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、あってはならない」と明言。「国民に信を問うような政局に絡む話を公党間で協議し、確認する文書をつくることもふさわしくない」と合意文書の作成も否定し、事前に党内の理解を求めた。出席者から党首会談を行うことへの異論は出なかったが、「解散だけは一致団結して阻止すべきだ」などけん制する発言もあった。

 一方、自民党側は首相が早期解散を確約したと受け止めており、今後、解散時期をめぐる認識の差が表面化する可能性もある。

 自民党側は7日の幹部協議で、8日午前中に首相側から解散確約に関する回答がなければ不信任案と首相問責決議案を提出する方針を確認した。8日午前、3党の国対委員長会談が開かれ、民主党の城島光力国対委員長は、3党党首会談で首相が「法案が成立した暁には、近い将来、信を問う」と表明する案を提示。自民党側は「この内容ではとても応じられない」(谷垣氏)と反発し、同日夕まで首相側の再回答を待った。


ほんとうは怪しい私学高校の教育:仙台の私立高校の深ーい闇!

2012年08月08日 | 怒髪衝天

  仙台市内の私立高校での「根性焼き」犯罪の件。なんと被害者が退学を勧告され、退学に追い込まれたという。さすがに驚いた保護者が被害届を出したわけだろう。

  このとんでもない高校はすでに「仙台◎A高校」と特定されている。

  仙台の名門私学らしいが、「迷門」の間違いだろう。

  さて、かなり前に言及したことだが、実は私学は名声を上げることばかりに専念し不祥事をもみ消すための退学を乱用している。それは高校に限らず、私学の性だ。

 特にスポーツで名を上げている高校には教員にも筋肉脳の者が多くそのような非教育的なことがまかり通っている。

 考えて見ればわかるが、私学の教員といっても公立と同じ教員免許なのだ。採用が単に私学というだけに過ぎない。しかもその学校の卒業生を積極的に採用するといった傾向もある。ますます母校への忠誠も濃いものになるというわけだ。つまり一層隠蔽体質になるということだ。

 特にこの◎A高校は生徒を進学とスポーツの二極で指導して、それぞれが実績を上げているようだ。まぁよくあるパターンだ。

 同様の事件は東京の私学中学校でもあったようだ。

 実は全国にある「いじめ」という犯罪。保護者は即被害届、さらには告訴すべきだ。教育的指導を期待できのなら仕方あるまい。

 
私学幻想、一部の学力優秀児とスポーツ優秀児を集める学校は要注意だ!

 

 

 

「根性焼きのいじめ受けた」高2男子 仙台・有名私立高がなぜか退学求める

J-CASTニュース 8月7日(火)20時2分配信

 仙台市内の私立高校で、2年男子生徒(16)が左腕にタバコの火を何度も押しつけられるなどのいじめを受けたと訴えている。しかし、学校からは、なぜか退学を求められたというのだ。

 赤く腫れた水ぶくれの跡――それが左腕のひじから手首まで、びっしり23か所もできている。テレビニュースでは、男子生徒が報道陣の前でサポーターを外した瞬間を生々しく映し出した。

■やけどの様子を撮影される

 支援団体のNPO法人全国いじめ被害者の会などによると、男子生徒は、2011年11月ごろから3、4人ほどの同級生らに腹や胸などを殴ったり蹴ったりされるいじめを受けるようになった。担任教師の前でも殴られたという。そして、12年5月下旬には、「根性焼き」として、その場にいた同級生2人から、左腕に自分でタバコの火を押しつけるようにさせられ、さらに同級生1人が生徒を押さえつけ、いじめの中心だったもう1人が2回に分けて、計22か所もタバコ火でやけどを負わせた。

 また、やけどの様子をプリクラで撮らされ、「根性焼き最高」と書かれたシールを作らされたともいう。

 男子生徒は、6月に学校に相談したが、いじめが止まないため、翌7月から不登校になった。その後、8月3日になって、両親とともに同級生らを交えて学校側と話し合い、同級生らは殴ったり蹴ったりしたことは謝罪した。ところが、根性焼きについては謝罪せず、学校側はその場で6日までに男子生徒が自主的に退学届を持ってくるよう求めてきた。

 その理由としては、痛々しいやけどの跡をほかの生徒に見せ、気分を害するような動揺を与えたためと説明したという。学校側は、退学届を持ってこなければ、この日付で退学処分にすると男子生徒側に伝えた。

 話し合いに同席した全国いじめ被害者の会の大澤秀明理事長は、取材に対し、こう学校側に反論する。

■ニュースで学校名を特定

  「男子生徒は、左腕にいつもサポーターをしており、学校で見せろと言われて無理やりはがされただけです。自分からほかの生徒に見せたことはありません。学校側は、それを理由にして、退学にしたかったのでしょう。自主退学を求めたのは、処分すれば学校側に理由がいるので、それを避けたかったからだと思います」

 その後、男子生徒と両親らは2012年8月6日、仙台東署に被害届を提出し、受理された。報道によると、仙台東署では、傷害と暴行の疑いで捜査を始め、同級生らの事情聴取も予定している。

 男子生徒らは翌7日、学校側と再度話し合い、同席した大澤秀明理事長は「男子生徒は無理やりやけどさせられたのに、退学しろというのはおかしい」と抗議した。退学処分の撤回を求めると、学校側は、校長がいないとして、処分を保留にすると説明したという。一方で、同級生らの処分はしていないといい、大澤理事長は「警察の捜査結果でやらざるを得ないでしょう」と言っている。

 男子生徒が通う私立高校は、スポーツが盛んなことで知られる。マスコミでは、学校名を伏せて報じているが、NHKニュースで映された学校の様子から、ネット上で学校名が特定され、様々な意見が上がっている。滋賀県大津市の中2男子生徒自殺でいじめ問題がクローズアップされたことから、「なんでこうも弱者ばかりが辛い目にあうの?」「日本の教育施設どうなっとるんだ」と疑問の声も相次いだ。

 この私立高校に取材のため電話すると、夏期休業中であることを知らせる留守電が流れてそのまま切れた。なお、学校側は、他のマスコミ取材に、男子生徒が当初自分でやけどの跡をつけたと話すのを聞いて退学を求めたと説明し、詳細については調査中だとして「現時点ではコメントを控えたい」と回答している。

 

 

<夏の高校野球>仙台育英が快勝 宮城県勢震災後初勝利 毎日新聞 8月8日(水)17時26分配信

 第94回全国高校野球選手権大会の開幕日8日は1回戦3試合。第3試合は優勝した07年以来の出場となる佐賀北(佐賀)と、東北勢の先陣を切って登場する23回目出場の仙台育英(宮城)が対戦。仙台育英が8-2で快勝した。宮城県勢は東日本大震災後、甲子園初勝利。