甲府市立中の男性教諭(50)が教え子の女子生徒にストーカー的行為を繰り返した問題で、私は昨年12月21日付朝刊(東京本社発行)から、市教育委員会の対応の甘さについて、紙面で繰り返し追及してきた。市教委は当初、教諭を口頭注意のみで不処分とした。最終的に今月7日、懲戒処分を求める方針に転じたが、取材を通じ、教育現場のかばい合いと隠蔽(いんぺい)の体質、そして市教委の自浄能力の欠如を痛感した。この背景に、調査を指揮する市教委課長と現場の校長の「階級差」のために市教委が及び腰になるという構造的問題がある。
◇執拗にメール、でも口頭注意
教諭は09年1~2月、女子生徒に連日深夜まで執拗(しつよう)にメールを送りつけるなどした。同3月に学内で問題化したが、市教委学校教育課長は口頭注意で済ませていた。
昨年12月の最初の記事で、この判断に疑問を投げかけた。教諭はメールで、生徒と自分を若い男女のキャラクターに例えて呼んだり、「芸能人目指しても良いかも。顔だけはかわいいから」などと書き、ハートマークなど絵文字を多用していた。生徒宅に押しかけたこともあった。県教委の指針では、ストーカー規制法に違反する行為は懲戒処分の対象だ。記事を受け、市教委は再調査に乗り出したが、「口頭注意後に生徒への被害がない」ことを理由に、指導の効果が表れたと判断。今年1月12日、県教委に提出した報告書も懲戒処分を求めない内容になった。
市教委の対応が一変したのは、この報告書後、長谷川義高・市教育長がメールの詳細な内容を知ってからだ。長谷川教育長の再々調査の指示を受け、市教委は2月7日、ようやく「ストーカー的行為」があったと認定した。
昨年12月からの再調査の段階で、学校教育課長らは生徒の保護者に面会した。が、生徒側が保存していた10通以上のメールのうち1通を確認しただけ。教諭の言い分をうのみにし、「メール内容は教科指導が大半」と結論づけた。
私は数通のメールを入手し、1月17日、教育長室を訪ねた。長谷川教育長は「恋愛感情はないと教諭本人が言っている」と答えたが、メールを見ると顔色を変えた。そして保護者に改めてメールの提供を求め、市教委はこれを基に再々調査をまとめた。
関係者らによると、保護者は今、「やっと事実が伝わった」と安堵(あんど)しているという。しかし、教育長の指示がなければ生徒側は泣き寝入りを強いられていたかもしれない。
さらにこの教諭は09年3月末、他校に異動することになり、指導していた部活動の男子生徒に軽率にも書類の処理を手伝わせ、結果として3年生の成績表を外部流出させたことも発覚。この時も校長は口頭注意しただけだった。
一連の経過は、市教委の現場への指導機能に問題があることを示している。なぜか。取材を進めるうちに、教員の間では、県庁所在地の甲府市の市立小中の校長は“格が高い”ことが分かった。甲府市教委学校教育課長は「甲府市内の校長への栄転を約束された待機ポスト」に過ぎず、強く指導できないというのだ。ある中学の教諭は「市教委課長が教員を指導することは、校長の経歴に傷をつけること」と話す。そんな雰囲気の中、不祥事を小さい話に持っていこうという意識が働いただろうことは想像に難くない。
こうした教委が現場に遠慮する「階級差」を解消する第一歩として、甲府市内の校長経験者を学校教育課長に任命できないか。しかし、長谷川教育長は「現実には難しい」と慣例の壁を強調する。
現在の人事は、校長職になると、最初は甲府市外の校長や教委管理職を経験する。甲府市の校長か教委課長になれるのは退職前の4年程度だ。校長や課長は複数年勤務が原則で、しかも校長で退職するのが通例。こうした事情が校長経験者の課長就任を難しくしているのだという。
◇不祥事の対処に外部委員会を
教育評論家の尾木直樹法政大教授は「山梨は全国でも教育委員会と組合、校長との結びつきが強い。身内意識が強く、教委に生徒や保護者の声が届きにくい」と指摘する。
ただ、こうした教育現場の「階級差」の問題は、大なり小なり他の自治体にもある。そこで、尾木教授は、教員不祥事への対処には階層化した教育行政の転換が必要だと指摘し、教員OBや地元の名士らが委員を務める教育委員会とは別に、弁護士や県外の教育学者による外部委員会の設置を提唱する。同感だ。PTAの関与も有効だろう。
市教委は人事の慣例などにとらわれることなく、「子どもを守る」という原点に立ち返って、抜本的改革を断行すべきだ。