昨日NHKの「プロフェッショナルの条件」を見ていて、「短所は長所に変わる」ということを聞いた。少なくとも可能性があるということだ。
例えば、私はいまでは数学好きな人間と思われているが、決してそうではなかった。多くの人が理系志望から文系志望に変わるという現象が日本ではある。これは大抵数学ができないためである。しかし、その反対に少数だが純然たる文系人間から理系に変わる人もいる。
私が文系から理系に変わったというつもりはないが、日本でもいくつかの知られた例はある。数学者の八杉真利子さんは哲学か科学基礎論専攻から転向したのだし、もっと若い人では新井紀子という数理論理学者がいる。
彼女は法律か何かを専攻していたらしいが、いまではいくつかの啓蒙的な数学書を書いている。二人とも数理論理学とか数学基礎論を専攻しているところがちょっと似ている。また、アメリカで勉強をしたところも同じだ。新井さんの本を買って読もうかと思いながらまだ果たしていない。
また竹内薫という名で物理の啓蒙書を書いている人もはじめは東大経済学部か何かの出身である。もっとも竹内さんの場合はその後東大の物理学科に学士入学して、物理学科を卒業している。大学院はカナダのMc-Gill大学だと思う。
数学の得意な理系出身の人が数理経済をする例は多い。これは理系から文系への転進とは一概に言えないだろう。私の子どももその範疇に属している。
外国では有名なノーベル賞学者のde Broglieは30歳くらいまで西洋史の専攻だったというし、素粒子理論のスーパーストリングで有名なある学者は先年数学でフィールズ賞を受けたが、彼はやはりはじめは大学で文系の学問を修めていたとかいう(2013.12.9 付記)。
私はまだ現在のところまだ図を描くのが下手だが、そのうちにいずれかのグラフィックスを習得して弱点が克服されるかもしれない。
大学でドイツ語を習ったときにその語法がまったく理解ができず、これを克服することが困難な課題であったが、現在ではカタコトでもドイツ語を話せるようになった。もちろんその間には涙ぐましい努力があったはずだが、そういう風に自分で思ったことはない。
数学だって高校のときに因数分解ができず、また方程式と恒等式の区別を知らなくて大いに数学の学習で苦労した。そして、それを克服するのに多くの時間がかかった。だが、そういう経験が今に生きていると思う。もし私が高校のときに数学をなんなく理解して得意であったのなら、現在の私はないだろう。
(2013.12.9 付記) この学者の名前はWittenであった。どうしたものかこのブログを書いたときには度忘れをしていたが、物理学者の亡くなった木村利栄先生のこと思い出したときに、このWittenという名前も同時に思い出した。木村さんがWittenがどうとか言われていたということを。