《河童》の旅メモ

富雄川流域探索

今昔奈良名所「興福寺食堂・細殿」

2019年01月17日 | Weblog

食堂(じきどう)・細殿。
明治まで鎌倉再建の建物が残っており、
柱と屋根だけで「あばらや」と呼ばれていた。
明治6、7年に毀(こぼ)たれた、その部材は跡地に建てられて
木造擬洋風の寧楽(なら)書院(奈良師範学校の前身)の建築材料になったと言う。
昭和34年に食堂、細殿の外見を復元し興福寺国宝館がつくられた。

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