「…何度か焼けた興福寺の五重塔。1433年に再建されたと言う。
この塔を遠望すれば奈良風景に欠かせぬアクセントになっているが、
造形的には奈良に残るさまざまな古塔にくらべて、優美な点でやや欠ける。
たとえば天へ舞い立つ力学的な華やぎ、
あるいは軽快さと言う点で劣り、無用に重すぎる…。
"惜しいな"と塔のシルエットを振り返った。
塔の構造を小さくちじめてゆけば、
はるかに天をめざす鋭さを出すだろう、というのである。
私はこの塔が重すぎる感じも、捨てがたいと思っている。
猿沢池をへだて、水を近景として、向こうの大地を見た時、
ずっしりと周りをおさえ込んでいるのはこの塔である。
薬師寺の東塔の瀟洒な天女が奏でるような形がそこにあっても、
大観の抑えがききにくいかと思うのである。"この塔でいいんだ"。
私は、塔の精霊のために、ふりかえってそういった」。
司馬遼太郎著「街道をゆく・近江散歩、奈良散歩」より抜粋。
今日の暦:大阪・十日えびす。家ごとに里芋、大根、五色の幣(ぬさ)を供えるが、
この供物を男が食べると物忘れをすると言う。