月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

陽だまり

2014-01-24 | 想い
ライターの仕事というのは、いつも同じものを書くわけではないので、常に新しい分野の勉強が必要になる。
今、急に頭に入れているのは、某電気メーカーの照明器具について。それも家庭用ではなくプロ仕様。
そんなふうに、常に新たな知識を取り入れていかないといけない。
衰えが顕著な年齢の自分にとっては、なんともありがたい話である。
「知識を取り入れる」ということは、いつも脳が刺激されているわけで。
そりゃ、若い時のようにはいかないけれど、自分に限界を作らずに、どんどん新しいことを取り入れていきたいと思っている。

ただ、小説が読みたい、とは思う。
物語の世界へどっぷりと浸かりたい。

そういう時間が割けないことが、今はとても残念だ。
読まなければならない仕事の本は大量に積まれていて、それを頭に詰め込んでいくことで精一杯。

小説と実用書。
同じ「本」というカタチでありながら、そこにはなんて大きな差があるんだろうかと思う。

右脳と左脳について私はよく知らないが、たぶん読むときにはそれぞれ別の脳を使っているのだろうな、と感じる。
刺激されるのは実用書であり、リラックスするのは小説。
小説は映像と共に進んでいくが、実用書は単なる文字の処理。
同じ「本を読む」という作業なのに、全然違う感覚だ。

休日の午後、おいしいお菓子と珈琲をいれて、リビングの陽だまりの中でゆっくりと小説を読めたら、なんて素敵なんだろう。
実際には、休日もただパソコンに向かうだけなんだけど。

でも、実は、そうやってパソコンに向かいながら、その素敵な風景を思い浮かべている時間が一番スキなのかもしれない。
忙しい時に「次に時間ができたらこれをしよう」と考えているとき。
それが、私にとっては一番幸福なのだと思える。

陽だまりの暖かさを思い浮かべると、それだけで幸せな気持ちになる。